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第二章・監国の王女
132.ある王子の思惑
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バタン、と扉が閉まる。それは近頃仕事漬けで疲れの溜まっているアミレスが就寝の為に退出した音であった。
アルベルトのひとまずの処遇も決まり、様々な捏造に関しては明日朝一でハイラが手配する事となった。その為、アミレスも少しは安心して眠れるというもの。
日々仕事に押し潰されそうなアミレスを心配していた者達が早く休むようにと促した結果、アミレスだけ一足先に休む事になったのだ。
だがしかし、アミレス以外の者達はまだ部屋に残っていた。そこに、残る理由があったのだ。
「──そんなに俺の存在が気になるんだ、実に愛されてんね~アイツは」
肝が据わっているのか、カイルは張り詰めた空気の中でヘラヘラと笑っていた。長椅子にはカイルだけが座っており、他の者達はカイルを囲み見下ろす形で半円状に広がり立っている。
殺意の籠ったいくつもの瞳に睨まれようとも、カイルは全く怯んだ様子を見せない。寧ろ、どんどん楽しげな笑顔になってゆく。
(ま、誰も彼もが俺に殺意向けてくる時点で分かりきってた事だけどさ。アイツ、まさかの鈍感系だったかぁ……いや、それとも──…)
「答えろ、カイル・ディ・ハミル。お前はアミィとどういう関係なんだ? あの手紙は一体何だったんだ?」
脳内で考察を繰り広げるカイルに向けて、シルフが強く威圧する。精霊界に在る彼の本体は、今や怒りのあまりティーカップに亀裂を入れる程である。
しかしそのような事をカイルが知るはずも無く。
「関係……仲間かな。運命共同体もアリ。とにかく似た境遇の仲間なんだよ、俺とアミレスは。あの手紙はただお互いの話をしてただけで国際問題に関わるような内容ではないぜ?」
だから安心してくれよ、とカイルが笑うと、その髪を掠めるようにイリオーデの剣が素早く突かれる。あとほんの少し横にズレていたらカイルの顔が斬られていた…そんな緊迫感でも、カイルはずっと笑っていた。
こうして脅してもなお全く堪える様子のないカイルに、イリオーデは口の端を歪めてキッと睨む。
「お前の身勝手な行動で王女殿下が裏切り者だと世間から後ろ指を指される事になるやもしれないのだぞ、何故笑っていられる」
「まぁ、それは確かに申し訳無いとは思う」
「申し訳無い? ただそれだけか!」
イリオーデがカイルの胸ぐらを掴む。それにはさしものカイルも少し驚いたような顔をした。
しかしそのイリオーデの言動を、
「イリオーデ卿!」
焦るハイラが割って入って止めて、
「どれ程憎かろうと相手は他国の王族です! 危害を加えてしまっては姫様の立場が悪くなるだけです!!」
「………っ!」
カイルからイリオーデを引き剥がした。引き剥がされたイリオーデは悔しげに俯く。
そう。瞬間転移を用いて不法入国しているとは言え、カイルがハミルディーヒ王国の第四王子である事実は変わらない。
もしカイルが帝国で危害を加えられたりすれば、それが切っ掛けで戦争が起こるやもしれないし、そうでなくともイリオーデを従えるアミレスに責任が問われその立場が悪くなる事だろう。
それを理解して、イリオーデも嫌々カイルから手を離したのだ。
「………あー、俺、未来予知出来るんだよ」
場の空気を感じ取り、カイルはようやく神妙な面持ちを作り口を開いた。
その突拍子の無い発言に、誰も彼もがゴミを見るような目でカイルを見る中、
「ある程度先の未来がたまにぼやーっと見えるんだよね。実はそこでたまたまアイツが考えた暗号を見たから、それを使って手紙送ってみたんだ。そしたら、将来自分が考える事になる暗号だからかアイツも分かったみたいで…それからというもの世間話をする友達になったって訳」
カイルはその場ででっち上げた嘘八百を躊躇いも無く口にした。
そう、全くの嘘である。どうすればこのアミレスに執着している奴等を納得させられるか、と考えた末にカイルが導き出した答えである。
(何せ、アミレスが言うには俺達の記憶やゲームの知識はこの世界に流出しないようになってるらしいからな。転生者だとか言ってもどうせ通じないし、こうでも言うしかねぇよな)
アミレスから齎された情報を念頭に置き、カイルは作り話を構成した。
「だからアンタ等が心配するような事は何も無い…と言いたいが、そうも言ってられねぇ身分だからなぁ俺達。ああでも、少なくとも俺達が恋人になったりとかそういう可能性だけは絶っ対に無いからそこは安心してくれよな!」
「そんな心配は最初からしてねェんだよ」
「おねぇちゃんの魅力が分かんないとか生きてる意味無いじゃんお前」
「アミィに手出そうものなら殺す」
カイルはひゅっと喉笛を鳴らした。恋人になる事だけは無い、と丁寧にサムズアップしてお知らせしたにも関わらず、エンヴィーとシュヴァルツに射殺されそうな程睨まれシルフから禍々しい殺気を向けられたからだ。
(…何コイツ等怖っ! アイツ、マジでやべーのに愛され過ぎだろ……何これ。精霊が二体とただ者じゃない騎士と侍女さん、後よく分からん子供が二人に攻略対象のマクベスタ、って………)
どんな生き方してたらこんなのに愛され執着されんの? とカイルは呆れ半分恐れ半分にため息をついた。
なお、この場にいないが…アミレスは魔女と呼ばれる少女と二大宗教の事実上のトップ二人とも仲がいいのである。カイルは知らないが。
「あ。愛されてると言えば……アイツの事大好きなアンタ等に頼みがあんだけど」
カイルがそう言いながら顔を上げると、誰も彼もが『頼み事? 自分の置かれた状況を理解しろよ』と言いたげに顔を顰める。
だが。アミレスを大好きな、と言う部分は全く否定しない面々であった。
「アミレスの事をこれから沢山愛してやってくれ。アイツが家族からの愛なんて不要だって心から言えるようになるぐらい、アンタ等の愛でアイツの事を満たしてやってくれよ」
突然、そんな事を言いだしたカイルは優しく微笑んでいた。
(──急に、何を言い出すんだこの男は。アミィが家族からの愛を不要としているのは、昔からで………)
その発言にシルフは困惑し、
(でも、待って。あの男の言い方だとまるで……アミィがまだ、家族からの愛を不要と割り切れていないみたいな…っ!)
悲しい事実に気づいてしまった。あれだけ父親と兄を憎み嫌っていながらも、僅か十二歳の彼女はまだ…心の底で最低最悪な家族の愛を望んでいる。
どれだけ求めても返って来る事は決して無いその望みの所為で、アミレスが憎き皇帝とフリードルを殺せないでいるのだと、シルフはついに気づいてしまった。
「…アミィは、皇帝と皇太子を殺さないんじゃなくて、殺せなかった…のか」
「そりゃそうだろ。アイツ……アミレス・ヘル・フォーロイトは元々生き死により家族からの愛を求めてたんだから」
(──そんな奴が、中身が変わったぐらいで家族を殺せる訳ねぇじゃん)
シルフの行き着いた答えに、カイルはどこか自嘲気味に返した。
カイル自身もそうであったのだ。どれだけ彼がどうでもいいと思っていても、彼の体は──カイル・ディ・ハミルは兄王子達や国王に認められたいと心の底で訴え続けていた。
その経験があるからこそ、アミレスが体の残滓で苦しんでいるであろう事にはカイルも気づいていたのだ。
「姫、様は…………幼い頃、いつもいつも勉強されてました。礼儀作法も勉学もダンスも、全ての分野を精力的に学んでおられました…『少しでもいい子になったら、いつか兄様とお父様に褒めて貰えるかもしれないから』と自分に言い聞かせるように言って……」
ハイラは知っていた。カイル以外で唯一、この中で変わる前のアミレスを知る彼女は震えていた。
「姫様は、変わられたのだと思ってました………でも、本当は変わってなどいなかったのですね。ほんの六歳にして全てを悟ってしまい、御二方に求めていた愛情を、その代わりとなる憎悪で…無理やり押し隠していた…だけだったのですね……っ」
あまりの虚しさに口元を押さえて涙目になるハイラ。この中で最も長い期間をアミレスと共に過ごした彼女は、よりにもよって自分が最愛の人の事を見誤っていたのだと認識してしまった。
「殺さないんじゃなくて、殺せない……どれだけ無駄と分かってても愛を求める事だけは止められないとか…最悪じゃねぇか………」
エンヴィーが前髪をくしゃりと握りやるせなさを口にする。
(困ったなぁ、いざとなったらおねぇちゃんを苦しめる原因を全部壊そうと思ってたのに。そんな事をした日にはおねぇちゃんまで壊れるじゃんか……それじゃあ面白くないし困ったなァ)
シュヴァルツは据わりきった目で頬杖をつき思案した。
(…どうして彼女は報われないんだ。どうして、彼女だけがそんなにも憂き目に遭わなければならないんだ……っ)
(王女殿下の望みは生きて幸せになる事。その最大の障害が皇帝陛下と皇太子殿下で……でも王女殿下は御二方に変わらず愛を求めている。だから殺せない…どう、すればいいんだ。どうすれば、私は王女殿下の望みを叶えられるんだ…?!)
マクベスタが理不尽な事への怒りから拳を体側で震わせ、イリオーデはアミレスの望みを叶える方法はどこにも無いのかと当惑した。
(…アミレスは、本当に欲の無い人間じゃと思うておったが……人間ならあって当然の欲を抱く事を諦めていただけなのか。我を前にしても醜い欲を抱かず、ただ笑って一緒に来るかと手を差し伸べて来たあの人間が…自己を守る為に無欲であろうとしたなど)
ナトラはその尖った牙でギリ、と歯ぎしりして、
(ああなんと腹立たしい事か。我を──他ならぬこの緑の竜を救った人間が無欲である事を強いられるなど! 竜と対峙する者はこの世で最も強欲で貪欲な者でなければならぬ。我を救ったのじゃから、アミレスはこの世で最も貪欲になってもらわねば困る!!)
黄金の瞳に新たな決意を宿す。竜と対峙する者は決まって大義や大願の為に己を奮起させる者であった。
だが、アミレスは。ただ友との約束の為に…いつかの未来で友が悲しむ姿を見たくないと言う独善的な理由だけで竜に立ち向かった。
緑の竜からすれば、それはこれまで己が目で見て来た人間達と大いに違う姿だったのだ。
アミレスには大義も大願も無かった。ただ知っていたから、友の為にと動いた。ナトラが見て来た中で最も無欲で愚かな人間……それがアミレスだった。
結果的にこうして飼い慣らされている緑の竜であるが、一応竜種としてのプライドがまだあるようで。やはり己を打ち倒す者は最も貪欲な者でなければならない! と兄や姉からの教えを忠実に守ろうとしている。
故に、ナトラは決めたのだ。アミレスを世界で一番貪欲な人間にしてやるのじゃ! と…………。
アルベルトのひとまずの処遇も決まり、様々な捏造に関しては明日朝一でハイラが手配する事となった。その為、アミレスも少しは安心して眠れるというもの。
日々仕事に押し潰されそうなアミレスを心配していた者達が早く休むようにと促した結果、アミレスだけ一足先に休む事になったのだ。
だがしかし、アミレス以外の者達はまだ部屋に残っていた。そこに、残る理由があったのだ。
「──そんなに俺の存在が気になるんだ、実に愛されてんね~アイツは」
肝が据わっているのか、カイルは張り詰めた空気の中でヘラヘラと笑っていた。長椅子にはカイルだけが座っており、他の者達はカイルを囲み見下ろす形で半円状に広がり立っている。
殺意の籠ったいくつもの瞳に睨まれようとも、カイルは全く怯んだ様子を見せない。寧ろ、どんどん楽しげな笑顔になってゆく。
(ま、誰も彼もが俺に殺意向けてくる時点で分かりきってた事だけどさ。アイツ、まさかの鈍感系だったかぁ……いや、それとも──…)
「答えろ、カイル・ディ・ハミル。お前はアミィとどういう関係なんだ? あの手紙は一体何だったんだ?」
脳内で考察を繰り広げるカイルに向けて、シルフが強く威圧する。精霊界に在る彼の本体は、今や怒りのあまりティーカップに亀裂を入れる程である。
しかしそのような事をカイルが知るはずも無く。
「関係……仲間かな。運命共同体もアリ。とにかく似た境遇の仲間なんだよ、俺とアミレスは。あの手紙はただお互いの話をしてただけで国際問題に関わるような内容ではないぜ?」
だから安心してくれよ、とカイルが笑うと、その髪を掠めるようにイリオーデの剣が素早く突かれる。あとほんの少し横にズレていたらカイルの顔が斬られていた…そんな緊迫感でも、カイルはずっと笑っていた。
こうして脅してもなお全く堪える様子のないカイルに、イリオーデは口の端を歪めてキッと睨む。
「お前の身勝手な行動で王女殿下が裏切り者だと世間から後ろ指を指される事になるやもしれないのだぞ、何故笑っていられる」
「まぁ、それは確かに申し訳無いとは思う」
「申し訳無い? ただそれだけか!」
イリオーデがカイルの胸ぐらを掴む。それにはさしものカイルも少し驚いたような顔をした。
しかしそのイリオーデの言動を、
「イリオーデ卿!」
焦るハイラが割って入って止めて、
「どれ程憎かろうと相手は他国の王族です! 危害を加えてしまっては姫様の立場が悪くなるだけです!!」
「………っ!」
カイルからイリオーデを引き剥がした。引き剥がされたイリオーデは悔しげに俯く。
そう。瞬間転移を用いて不法入国しているとは言え、カイルがハミルディーヒ王国の第四王子である事実は変わらない。
もしカイルが帝国で危害を加えられたりすれば、それが切っ掛けで戦争が起こるやもしれないし、そうでなくともイリオーデを従えるアミレスに責任が問われその立場が悪くなる事だろう。
それを理解して、イリオーデも嫌々カイルから手を離したのだ。
「………あー、俺、未来予知出来るんだよ」
場の空気を感じ取り、カイルはようやく神妙な面持ちを作り口を開いた。
その突拍子の無い発言に、誰も彼もがゴミを見るような目でカイルを見る中、
「ある程度先の未来がたまにぼやーっと見えるんだよね。実はそこでたまたまアイツが考えた暗号を見たから、それを使って手紙送ってみたんだ。そしたら、将来自分が考える事になる暗号だからかアイツも分かったみたいで…それからというもの世間話をする友達になったって訳」
カイルはその場ででっち上げた嘘八百を躊躇いも無く口にした。
そう、全くの嘘である。どうすればこのアミレスに執着している奴等を納得させられるか、と考えた末にカイルが導き出した答えである。
(何せ、アミレスが言うには俺達の記憶やゲームの知識はこの世界に流出しないようになってるらしいからな。転生者だとか言ってもどうせ通じないし、こうでも言うしかねぇよな)
アミレスから齎された情報を念頭に置き、カイルは作り話を構成した。
「だからアンタ等が心配するような事は何も無い…と言いたいが、そうも言ってられねぇ身分だからなぁ俺達。ああでも、少なくとも俺達が恋人になったりとかそういう可能性だけは絶っ対に無いからそこは安心してくれよな!」
「そんな心配は最初からしてねェんだよ」
「おねぇちゃんの魅力が分かんないとか生きてる意味無いじゃんお前」
「アミィに手出そうものなら殺す」
カイルはひゅっと喉笛を鳴らした。恋人になる事だけは無い、と丁寧にサムズアップしてお知らせしたにも関わらず、エンヴィーとシュヴァルツに射殺されそうな程睨まれシルフから禍々しい殺気を向けられたからだ。
(…何コイツ等怖っ! アイツ、マジでやべーのに愛され過ぎだろ……何これ。精霊が二体とただ者じゃない騎士と侍女さん、後よく分からん子供が二人に攻略対象のマクベスタ、って………)
どんな生き方してたらこんなのに愛され執着されんの? とカイルは呆れ半分恐れ半分にため息をついた。
なお、この場にいないが…アミレスは魔女と呼ばれる少女と二大宗教の事実上のトップ二人とも仲がいいのである。カイルは知らないが。
「あ。愛されてると言えば……アイツの事大好きなアンタ等に頼みがあんだけど」
カイルがそう言いながら顔を上げると、誰も彼もが『頼み事? 自分の置かれた状況を理解しろよ』と言いたげに顔を顰める。
だが。アミレスを大好きな、と言う部分は全く否定しない面々であった。
「アミレスの事をこれから沢山愛してやってくれ。アイツが家族からの愛なんて不要だって心から言えるようになるぐらい、アンタ等の愛でアイツの事を満たしてやってくれよ」
突然、そんな事を言いだしたカイルは優しく微笑んでいた。
(──急に、何を言い出すんだこの男は。アミィが家族からの愛を不要としているのは、昔からで………)
その発言にシルフは困惑し、
(でも、待って。あの男の言い方だとまるで……アミィがまだ、家族からの愛を不要と割り切れていないみたいな…っ!)
悲しい事実に気づいてしまった。あれだけ父親と兄を憎み嫌っていながらも、僅か十二歳の彼女はまだ…心の底で最低最悪な家族の愛を望んでいる。
どれだけ求めても返って来る事は決して無いその望みの所為で、アミレスが憎き皇帝とフリードルを殺せないでいるのだと、シルフはついに気づいてしまった。
「…アミィは、皇帝と皇太子を殺さないんじゃなくて、殺せなかった…のか」
「そりゃそうだろ。アイツ……アミレス・ヘル・フォーロイトは元々生き死により家族からの愛を求めてたんだから」
(──そんな奴が、中身が変わったぐらいで家族を殺せる訳ねぇじゃん)
シルフの行き着いた答えに、カイルはどこか自嘲気味に返した。
カイル自身もそうであったのだ。どれだけ彼がどうでもいいと思っていても、彼の体は──カイル・ディ・ハミルは兄王子達や国王に認められたいと心の底で訴え続けていた。
その経験があるからこそ、アミレスが体の残滓で苦しんでいるであろう事にはカイルも気づいていたのだ。
「姫、様は…………幼い頃、いつもいつも勉強されてました。礼儀作法も勉学もダンスも、全ての分野を精力的に学んでおられました…『少しでもいい子になったら、いつか兄様とお父様に褒めて貰えるかもしれないから』と自分に言い聞かせるように言って……」
ハイラは知っていた。カイル以外で唯一、この中で変わる前のアミレスを知る彼女は震えていた。
「姫様は、変わられたのだと思ってました………でも、本当は変わってなどいなかったのですね。ほんの六歳にして全てを悟ってしまい、御二方に求めていた愛情を、その代わりとなる憎悪で…無理やり押し隠していた…だけだったのですね……っ」
あまりの虚しさに口元を押さえて涙目になるハイラ。この中で最も長い期間をアミレスと共に過ごした彼女は、よりにもよって自分が最愛の人の事を見誤っていたのだと認識してしまった。
「殺さないんじゃなくて、殺せない……どれだけ無駄と分かってても愛を求める事だけは止められないとか…最悪じゃねぇか………」
エンヴィーが前髪をくしゃりと握りやるせなさを口にする。
(困ったなぁ、いざとなったらおねぇちゃんを苦しめる原因を全部壊そうと思ってたのに。そんな事をした日にはおねぇちゃんまで壊れるじゃんか……それじゃあ面白くないし困ったなァ)
シュヴァルツは据わりきった目で頬杖をつき思案した。
(…どうして彼女は報われないんだ。どうして、彼女だけがそんなにも憂き目に遭わなければならないんだ……っ)
(王女殿下の望みは生きて幸せになる事。その最大の障害が皇帝陛下と皇太子殿下で……でも王女殿下は御二方に変わらず愛を求めている。だから殺せない…どう、すればいいんだ。どうすれば、私は王女殿下の望みを叶えられるんだ…?!)
マクベスタが理不尽な事への怒りから拳を体側で震わせ、イリオーデはアミレスの望みを叶える方法はどこにも無いのかと当惑した。
(…アミレスは、本当に欲の無い人間じゃと思うておったが……人間ならあって当然の欲を抱く事を諦めていただけなのか。我を前にしても醜い欲を抱かず、ただ笑って一緒に来るかと手を差し伸べて来たあの人間が…自己を守る為に無欲であろうとしたなど)
ナトラはその尖った牙でギリ、と歯ぎしりして、
(ああなんと腹立たしい事か。我を──他ならぬこの緑の竜を救った人間が無欲である事を強いられるなど! 竜と対峙する者はこの世で最も強欲で貪欲な者でなければならぬ。我を救ったのじゃから、アミレスはこの世で最も貪欲になってもらわねば困る!!)
黄金の瞳に新たな決意を宿す。竜と対峙する者は決まって大義や大願の為に己を奮起させる者であった。
だが、アミレスは。ただ友との約束の為に…いつかの未来で友が悲しむ姿を見たくないと言う独善的な理由だけで竜に立ち向かった。
緑の竜からすれば、それはこれまで己が目で見て来た人間達と大いに違う姿だったのだ。
アミレスには大義も大願も無かった。ただ知っていたから、友の為にと動いた。ナトラが見て来た中で最も無欲で愚かな人間……それがアミレスだった。
結果的にこうして飼い慣らされている緑の竜であるが、一応竜種としてのプライドがまだあるようで。やはり己を打ち倒す者は最も貪欲な者でなければならない! と兄や姉からの教えを忠実に守ろうとしている。
故に、ナトラは決めたのだ。アミレスを世界で一番貪欲な人間にしてやるのじゃ! と…………。
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