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第二章・監国の王女

131.悪友は巡り会う。6

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「お疲れ。サベイランスちゃん」
《──機能、停止》

 どうやらサベイランスちゃんは声紋認証の魔導具のようで、カイルの言葉一つで起動し、停止するらしい。一体この世界の技術力でどうやってそんなものを作り上げたのか、私には理解が及ばないが。
 確かな土壌で育まれたチートキャラに転生したオタクって、本当その世界からすれば災厄そのものなのね…。
 何て考えているうちにハイラやシュヴァルツが私達を出迎えてくれて。アルベルトやカイルを見て眉を顰める皆に彼等を紹介すると、何故か決まって皆の顔が険しくなる。

「何で俺、こんな行く先々で殺意向けられてんだろ……」
「さぁ………厄日なんじゃない?」

 カイルが悲しげに呟いた。私だってそれは聞きたい。他国…それも休戦協定中の敵国の王子だから? でもたったそれだけの理由でそんな殺気放つかなぁ。
 そして。シルフ、ハイラ、シュヴァルツ、ナトラを混じえて話し合う事に。その間も、全員殺人鬼のアルベルトよりカイルの方を敵視しているようで……それが本当に不思議で仕方なかった。
 改めて皆の紹介をしようと思った時、私は「あっ」と思い出したように立ち上がり、カイルの前に立つ。互いの呼吸が分かるぐらいにまで顔を近づけて、私は小さく日本語で告げた。

「"裏切らないでよ"」
「"──勿論。最後までお前の味方でいてやるよ、仲間だしな"」

 カイルもまた、ニヤリと笑いながら日本語で返してくる。
 ナトラやシルフ達の事を紹介するのに、カイルがそれをハミルディーヒに漏らしたりしては大問題だ。だからその可能性を摘み取るべく、裏切るなと念押ししたのだ。
 カイルは仲間だと言った。同じような境遇の、同じ世界を知る同志………確かに、私達は正確に仲間と言える関係だろう。
 カイルの返答に満足した私は、カイルにナトラやシルフ達の事を紹介し(勿論あのオタクはめちゃくちゃテンション上がってるみたいだった)、次にアルベルトの話へと移った。
 アルベルトは最初私に語った時よりもずっと細かく、覚えている限りの事全てを語ってくれた。赤髪ばかりを狙っていたのはアルベルトの目が赤色以外全て白黒に見えるから、と聞いて…私達の予測は結構外れていた事を知り少し落胆したりもした。
 これまでアルベルトは自分の目にも見える赤い髪を持った人間を、闇の魔力や知り合いの騎士達から教わった剣術で殺して来たと話した。
 正確に心臓を刺せたのは、闇の魔力で心臓の場所を探っていたからとの事。闇の魔力ってそんな事まで出来るのかと背筋がゾッとしたとも。
 そしてアルベルトの話を纏め、この話し合いはアルベルトをどうするか、と言う旨に移行する。

「隷従の首輪がやっぱり一番の問題なのよね…あれがある限りその男爵には逆らえないみたいだし」
「ですがあの首輪は一種の覆せない奴隷契約のようなもので………主人側が契約を破棄しなければ鍵があろうとも外せなかった筈です。破壊も、魔導具の性質上難しいでしょう」
「やはり例の男爵とやらを引きずり出す必要がありそうだな」
「それもだけどぉ、その犯人、今日このまま帰ったらまた罰を受けるんじゃあないの? だって誰も殺せてないんだから」
「ならば今から適当な死体を見繕うか? 気が乗らんじゃろう」
「死体役は…まァ、最悪俺がやれるが…果たして意味があるかどうかは分かんねーわ」

 深夜だと言うのに皆で精力的に話し合う。次々に自身の意見を口にするこの光景を、カイルは不思議そうに眺めていた。
 暫く、うーん…と思い悩む様子であったカイルが、「アミレス」と私を呼ぶ。

「そのアルベルト…に嵌められた首輪って魔導具なんだよな?」
「えぇ、まぁそうね」
「じゃあ俺、クラッキング出来るかも。魔導具なら俺の専門分野だし」
「そうか……貴方そう言えばそうだったわね! じゃあ任せてもいい?」
「りょ、俺とサベイランスちゃんに任せろぉ」

 緩い言葉でカイルはこれを請け負い、サベイランスちゃんと共に魔導具のクラッキングに挑んでいる。
 流石はチートオブチート…頼りになるわね。とカイルの背中を眺めていると、「あ、そうだ」と振り向いたカイルと目が合った。

「そのアルベルトがこのまま帰ったら怒られるーって方は適当に捏造したら何とかなると思うぜ。どっかの新聞社でも脅して嘘の記事書かせるとかさー」

 この時私達は思った。そうか、その手があったか! と。
 カイルの意見を積極採用し、私達はシャンパー商会に頼み込んで号外を偽の事件情報で埋め尽くす計画を立てた。ハイラが交渉の方を担ってくれるので、重要な紙面の方を私達は考える。
 これまでの被害者達を報せる紙面を参考に皆で原稿を考え、最後にそれをハイラに渡した。後はカイルのクラッキングが済めば…とくるりと彼の方を向くと。
 いつの間にかカイルがアルベルトにかけていた絶対捕縛魔法を解除して、アルベルトから短剣ナイフとトランプを受け取っていた。

「ちょっ…あんた何勝手に?!」
「そう心配なさんなや、鎖は消えたけど変わらず魔法は使えないままだから。ほら、事件と新聞を捏造するなら血の着いた凶器と相手の毛髪の一つでも必要だろ? だから俺の髪と血をやろうと思って」

 彼めちゃくちゃ強いのよ?! と焦る私に向けカイルはニコーっと笑い、自分の腕に短剣ナイフをグサリと刺した。

「よし、これで血の方は大丈夫っしょ。後はわざとらしく袖の辺りに俺の赤髪つけときゃ男爵にもバレねぇだろ」

 屁でもない様子で短剣ナイフを抜き、アルベルトに手渡すカイル。更にはアルベルトの服の袖に抜いたばかりの赤髪をつけた。

「…痛くないの、それ」
「そりゃ痛てーけど……兄貴達に虐められた時よかマシだな。だってただ剣が刺さっただけだし。抉られた訳でも切り裂かれた訳でもねぇからな」

 それはゲームでも語られたカイル・ディ・ハミルの幼少期の話。兄王子二人に嫌われていたカイルは幼い頃からよく酷い目に遭っていたらしいのだ。
 流血沙汰なんていつもの事とゲームでカイルが語っていたが、まさかそこまでとは。この世界の人達はどうしてそう悲惨な過去を持ちがちなんだ。

「……ハイラ、包帯とか持って来て。このままだとこの部屋がアイツの血で汚れちゃうから」
「畏まりました」
「ひでぇ言い方だなァ、そうならないようにこうして服で血を受け止めてるのに」
「はいはい。で、首輪の方はどうなったの? まだ途中?」
「いんや、もう全部終わったけど。魔導具としての機能は一時的に全停止。今はただの首輪だから鍵さえあればいつでも外せるぜ」
「…鍵さえあれば、か」

 あまりにも仕事が早すぎるカイルからの報告を受け、私はスタスタスタとアルベルトに近寄っていった。
 契約とやらの方をカイルが一時的に強制停止させたようなので、後必要なのは鍵のみと。ならば私の出番じゃないか!
 首輪の錠前部分に触れ、私は水を出す。そしていつも通り、それを内部に流し込んで鍵穴の形に合わせて氷に変える。そしてそれをガチャガチャと何度か回すと。
 ガチャリ、と聞き慣れた音が聞こえて来る。
 それを間近で聞いて驚くアルベルト。私はゆっくりとその首輪をアルベルトから外してあげた。

「あ………首輪、が…俺、これでもう…っ」

 これまでの一年間で彼を苦しめ続けた最悪の呪縛。それから解き放たれて、アルベルトは嬉しそうに涙していた。
 しかしどうやって鍵を、と私の方を見てくる皆に……私はついに説明する事にした。説明していい? とシルフの方を一度ちらりと見ると、シルフも仕方なさそうに頷いたのだ。

「凄い今更な気もするけど…まぁ、簡単に言えばこういう事よ」

 私は手元で水の玉をふよふよと浮かせてから、それを氷に変えた。
 たまげた顔をする人達に向け、解説していく。

「私が水の魔力しか持ってなくて、この血筋特有の氷の魔力を持たないのは有名な話でしょう? だからね、氷の魔力が無くて皇族の恥晒しって呼ばれてる私が、こうして氷も作れてしまってはちょっとした騒ぎになりかねないから…今まで黙ってたのよ。ごめんね」

 皆には隠してたけど、これまでも何度か氷作って戦ったり作業したりはしてたからね。
 まぁ、この場にいる人達は信頼が置ける……というか、これをわざわざ外に漏らしたりしないでしょうし。

「ああ、勿論内緒よ? 特にカイルとアルベルト」
「分かってるって」
「……分かり、ました」

 絶対外部に漏らすなよと圧をかけると、カイルもアルベルトも繰り返し頷いて、内緒にするぞとアピールした。

「でもさァ姫さん。それ一応まだつけておいた方がいいんじゃないですかね? ほら、黒幕を表に引きずり出すまでの間に勘繰られないようにも」
「確かに。うーん………アルベルト、これもう一回つけられる? カイルに頼んで機能は停止させておくから」
「はい。必要、なら…それであの男爵が、ちゃんと裁かれるのなら」

 小さく体を震わせて、アルベルトは首輪を自らつけた。そしてカチャリと施錠する。
 今すぐ解放してやれない申し訳なさから、一連のアルベルトの様子をただ黙って見ている事しか私は出来なかった。
 アルベルトは『もうこれ以上誰も殺さない』と約束した。その為解放しても大丈夫だろうと判断し、カイルが絶対捕縛魔法を解除して、とりあえず彼は男爵の元に帰る事となった。
 カイルが大通り辺りまで送ってやるよ、とアルベルトに提案しそれを彼が承諾すると、アルベルトはふと私に向けて深く背中を曲げた。突然の事に目をぱちぱちとさせ戸惑っていると。

「俺の話を信じてくれて、ありがとうございました」

 アルベルトはそう言い残し、カイルの魔法で街に転移させられたようだ。カイルの行った偽装工作が上手く働いてくれるといいのだけど……。


♢♢


「──ここは、大通りのど真ん中…?」

 カイルの使用した座標指定形式の特殊な瞬間転移。それによってアルベルトは大通りの真ん中に転移させられていた。

(…誰にも、見られてないよな?)

 キョロキョロと辺りを見渡して、深夜故の人影の無さにアルベルトはホッとため息をこぼす。
 そして彼は、己の首にある効力を失った隷従の首輪を隠すようにマフラーを口元まで上げて歩き出した。
 ザク、ザク、と雪を踏みしめて歩く。この雪ならば朝にはこの足跡も消えている事だろう。それだけ、この日は雪がよく降っていた。
 暫く歩くと男爵の邸に辿り着いた。いつも通り闇の魔力で姿を隠し、裏口から中に入る。肩や頭についた雪を手で払い落とし、アルベルトは男爵の元へと向かった。

(………どうせ男爵は、彼女と違って俺の言葉を信じない。だからどれだけ適当にやっても問題は無いだろうけど…もし、俺がいい加減にやって彼女の計画が狂ってはいけない。報告する時の声、口調、表情、全てを今までと同じようにしなければ)

 闇の魔力を持つ者は、それのコントロールと共に自身の感情をもコントロールしうる才能を持ち合わせる事が多い。感情に留まらず、ありとあらゆる自身の全てを客観視し制御する事が出来る。
 今まではずっと精神面において限界ギリギリの所で耐えていた為かその余裕が無かったものの、この国の唯一の王女がその名にかけてただ一人の平民に誓った事が…その事実が、アルベルトの心に僅かな余裕と安寧を齎した。
 故に今のアルベルトであればある程度自身を御し思い通りに偽る事も可能であった。そう、例えば………隷従の首輪で言いなりにされる自分を完璧に演じる事とて可能だろう。
 皇族がその名にかけて何かを誓うと言う事は、即ち──それは絶対に違える事のない最上級の宣言である事を示す。
 齢十二歳の世間知らずな王女は、ただ一人の平民……それも連続殺人事件の犯人である人間相手に名をかけた誓いを行った。
 ただ、その事実が。暗い沼の底で溺れ後は壊れるのを待つだけであった彼に一筋の光を灯したのだ。

「男爵、戻り…ました」

 コンコンコン、とノックしてアルベルトが部屋に入ると、

「あぁん? 遅いぞ、何処で油売ってやがった……今日もちゃんと殺れたんだな?」

 異様に酒臭い小太りの男は、ワインを片手にぐりんっと首を動かしてアルベルトを睨んだ。

「……っ、はい。ちゃんと…言われた…通りに」
「ハンッ…どうせ貴様にはそれしか出来ぬのだから、最初からきちんとやっておけ」
「…………はい」

 しっしっ、と手で追い払うようにされたアルベルトは大人しく部屋を出て小さくふぅ、と息を吐く。

(まるで気付く様子が無い。このまま男爵を騙し続けていれば、いずれ彼女が男爵を罰してくれるから……俺は、その時を待てばいい。罰を受け、罪を償い、死に際に『こんな馬鹿な事をするなんて』とエルに嗤ってもらえたら…俺はそれで満足だ)

 ゆっくりと、に与えられた部屋まで戻る。その纏う空気も息遣いも何もかもがいつもと同じ。己の変異を悟られぬよう、アルベルトは完璧に外面を偽った。
 寝台ベッドの上に寝転がる。希望が見えた事を改めて実感し、熱くなった目元に腕を押し当ててアルベルトは呟いた。

「…エル」

 ──記憶喪失でもなんでもいい。元気でいてくれ。
 そんなアルベルトの切実な願いは、夜闇に溶けて消えていった。
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