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第二章・監国の王女
129.悪友は巡り会う。4
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「あ。マクベスタ、イリオーデ、師匠! もー、来るのが遅い!」
「すまん、来る途中で検問に巻き込まれて……」
「到着が遅れました事、深くお詫び致します」
「あの場であの人間達を殺さなかっただけ褒めて欲しいっすよ」
ぷんぷんと怒りながら遅れてやって来た三人を見上げる。どうやら三人共二回目の水鉄砲には気づいてくれたようで、こちらに向かってる途中で警備隊の検問に巻き込まれていたらしい。
まぁこんな夜中に歩き回ってたらそりゃあそうよね。
「…ちょっと姫さん、あんた何でこんなに顔真っ赤なんですか? って冷た! 耳とか凍ってんのかってぐらい冷たいけど、どんだけ外にいたんすか?! そもそも何で合図を送ったんですかね?」
「師匠の手あったかい…」
「話逸らさないでもらえます??」
外気に晒される顔はそれはもう冷えていた。私の目には見えないが、結構鼻も耳も真っ赤になっているらしい。
それに気づいた師匠が温かい手で私の耳を包んでくれて…本当に温かい。そもそも師匠自体が温かい。流石は火の精霊……歩くストーブだわ…。
師匠の手が耳を包んでいるから少し周りの声が聞こえにくくなっているけれど、それでも聞こえない事はない。
「お前、マントはどうしたんだ?」
「んー…襲われてた女の子に貸してあげたから今は無いかな」
「王女殿下、私のマントをお使いください。少しは暖を取れるでしょう」
「ありがとうイリオーデ。でも大丈夫よ、それだと貴方が寒いでしょう。私はしばらく師匠にくっついてるから」
この歩くストーブさんにくっついていたらきっととても温かいだろう。そう思い、私は説教をしようとする師匠の懐に抱きつく形で自ら収まりに行った。
ああ…思っていた通りとても温かい。お風呂みたいな温かさだ。
「姫、さん…!?」
「え」
「…………っ」
師匠の懐で暖を取っていると、慌てるような師匠の声と当惑するマクベスタの声と、声にならない叫びを上げるイリオーデの息が聞こえて来た。
歩くストーブを独り占めしたから文句を言われても仕方ないだろう。だがとりあえず今はこうさせて欲しい。血筋のお陰か知らないけど、めちゃくちゃ寒いと言う訳では無いんだ。
ただ何となく、今はとても人肌が恋しい気分で。
「あ、ごめんね師匠。動きづらいし邪魔だよね。あと一分だけこのままでいさせて……師匠めちゃくちゃ温かいから…」
「別にこれ自体は全然問題無いし俺としては寧ろ大歓迎っすよ? でもほら…………これは本当に、なんつーか、不味いっつーか…シルフさんに知られたらまァ確実にシメられるっつーかァ…」
師匠の胸元で暖を取っていると、その師匠がやたらと早口でごにょごにょ何かを呟いている。半分ぐらい聞き取れなかった。
そうこうしているうちに一分経ち、私は「ありがとう師匠!」と言いながらホクホク顔で離れる。歩くストーブから離れた反動でちょっと顔がより寒く感じるけど、もう問題無い。全然耐えられる寒さだわ。
「………アミレス。先程から気になっていたんだが…そこの男、誰だ?」
マクベスタがチラチラとアルベルトを見ながら聞いてくる。そのアルベルトはというと、師匠を見て唖然としながら固まっている。
…そう言えば数日前に師匠が刺されて逃げたばかりだものね。心臓を刺した相手が逃げただけでなくこうピンピンと生きていては、刺した側としては困惑するのもなのだろう。
ごほん、と咳払いをして私はアルベルトの事を紹介する。
「ええと、こちらが私達の探していた殺人鬼…のアルベルトよ。こうして捕縛して色々事情を聞いていたの」
捕縛したのは私じゃないけどね。と思いつつ話すと、三人はぎょっとして、
「姫さんあんたまた無茶したんすか!?」
「お前は本当に……どうしてそう…!」
「して犯人はどうなさるのですか。ここで殺しますか?」
冷や汗を滲ませくわっと怒ったり、額に手を当てひねり出すようなため息を吐いたり、真顔で剣を抜いたりした。イリオーデの殺意が凄い。
私は、無茶はしてないしこの人は殺さないよ、と告げた。
そして、困惑するイリオーデ達に向けて私はアルベルトから聞いた話を掻い摘んで話した。その中でも、主に隷従の首輪について。
その一連の話を聞いたイリオーデは、ふむ…と一考する。彼ならきっと私の思惑に気づいてくれると思ったので、それを待つ事にした。
「…つまり、王女殿下はその男の望みを叶えてから罰を与えたいのですね?」
「そうっ、そうなのよ! 流石はイリオーデ、よく分かってくれたわね!」
「っ! 王女殿下の騎士として当然の事です」
考えをまとめたイリオーデがズバリ私の思惑を言い当てたので、私は期待通りの喜びから何度も頷いた。
心無しかイリオーデも機嫌が良くなったようだし、私の思惑に賛同してくれるやもしれない。そんな更なる期待を込めて、私はイリオーデ達を見上げた。
そして、今の私に出来る最大限の誠意を込めて、
「…そういう事だから、お願い、私に力を貸して?」
上目遣いでおねだりした。
うわぁあああぶりっ子っぽい! やばいつらい! 何より恥ずかしい!!
今すぐにやめてしまいたい。だが、伯爵夫人も言っていたのだ──。
『王女殿下、この世の大抵の男は女のおねだりに弱いものですわ。ですので困った時は、女ならでは武器を惜しみなく使うべきです』
『ぐ、具体的には……』
『そうですわね…やはり上目遣いが鉄板でしょう。うちの旦那も上目遣いでお願いすれば一発ですもの。後はやはり猫なで声もよく効きます。王女殿下ならば十把一絡げの男達もこれで確実にイチコロですわっ!』
『い、イチコロですか……』
そう、伯爵夫人は自信満々にご教授くださった。
困った時は持てる武器を惜しみなく使う…それには賛成なのだが、やはり恥ずかしいというか緊張するというか。そもそも何故あんな会話に至ったのかよく覚えてない。
なんか気がついたら、いざと言う時に役立つ処世術講座が始まっていたのだ。
そうして会得したこのおねだり術…果たして本当に効いてくれるのか。
不安と恥ずかしさで凄いドキドキする。ちょっとだけ、ちょっとだけ皆の方見てみようかな。と、ちらりとマクベスタや師匠の方を見ると。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」」
顔を手で覆い、物凄く大きなため息を吐き出している。師匠に至っては天を仰いでる。
そして今度はイリオーデの方に視線を向けると。
「────」
息を、していなかった。
「ちょっ、イリオーデ?! 呼吸忘れてる! どう生きてたら呼吸を忘れるの?!!!」
呼吸もせずぽかーんとしているイリオーデの両腕を掴み、慌てて何度も前後に揺さぶる。途中でイリオーデが「はっ!」と息を取り戻したので私は安堵して彼から離れた。
…………そこまで見るも憐れなものなのかしら、私のぶりっ子は。
まぁ確かに、フリードルが突然ぶりっ子になったりしたら…あまりの気味悪さに氷河期並の悪寒がすると思う。じゃあそういう事じゃん。
私はどうやら皆に氷河期並の悪寒を与えてしまったらしい。ぶりっ子のフリードルとか想像しただけで気味悪いもの、実際にぶりっ子になった私とか、果たしてどれ程に気味の悪いものだったのだろうか。
想像したくもないわね。それを彼等に見せつけたの私だけど。
「とにかく。私の考えに賛同してくれるよね?」
皆、アルベルトと仲良くしてね。とにっこり笑顔を作り、圧をかける。三人共「…はい」と快く承諾してくれたので、後はハイラにも協力を仰げば何とかなるかしら?
ケイリオルさんにも話を通して……隷従の首輪に限らず、奴隷問題や人身売買に関する事ならあの人も協力してくれる筈だ。人身売買を廃止した皇帝の御世で未だあのような負の遺産が残っているなど、と怒りを口にする事だろう。
何でそんなに皇帝を敬愛しているのかは知らないが、皇帝ゼッターイなケイリオルさんならあの首輪の事…そしてアルベルトを奴隷のように扱っている男爵とやらの事を許さないだろうし。
後の問題は……やっぱりサラよねぇ。どうやって引き合わせればいいのかしら。そもそもサラは記憶喪失だと打ち明けた方がいいのかしら。
と、唸っていると。
「…………サラ?」
イリオーデが、アルベルトの顔を見てボソリとこぼした。
そうか。イリオーデもディオ達と一緒に貧民街で暮らしてたんだもの、サラと面識があって当然だ。
突然、知り合いであるかのように知らぬ名前を呼ばれたアルベルトは、頭に疑問符を浮かべながらイリオーデを見上げた。
「…俺の名前はアルベルトだ。そのサラと言う名前では無い」
「いや、すまない。知り合いと瓜二つで………」
「瓜二つ…? そのサラと言う男の首元に、黒子が二つ無かったか? もしそうだとしたら、それは俺の弟かもしれないんだ」
弟を知る人間が現れたのやもしれない、と希望を見たアルベルトがイリオーデに必死に弟さんの特徴を伝える。
首元の二つの黒子…ってやっぱりサラじゃないの。それアンディザファンの間でドスケベセクシー黒子って言われてたやつじゃないの。何か本当にごめん。
「あった気も──そうか、お前は記憶を失う前のサラの血縁者か。成程、だからこんなにも…」
あ、やべ。いつサラが記憶喪失だと打ち明けるか悩んでたのに、イリオーデがサラっと言っちゃった。サラだけに。
「記憶、喪失──?」
「九年程前だろうか。何も覚えていない黒髪の少年が私達の住む貧民街に来て、そこでうちの纏め役…の男から便宜上とりあえず『サラ』と言う名前を与えられていた。一年程共に暮らしていたのだが、ある日を境にサラは姿を消し、それ以来は私達も誰一人サラとは会っていない」
「九年前………じゃあ、やっぱり、そのサラという男がエルなんだ…! 本当に、帝都にいたんだ……っ!!」
生き別れの弟が記憶喪失だと知ったにも関わらず、アルベルトは何度も「良かった」と繰り返し涙を流していた。
それも束の間、アルベルトはバッと顔を上げて。
「貴方に会った時、エルは……弟はっ、怪我はしてなかったか? どこか病気があったり、苦しんでいる様子は無かったか…?!」
「私の記憶の限りでは傷病の類は無かった。それこそ記憶喪失と言う点だけだったな、問題は」
「そう、か……………エル、無事…だったんだ…良かった……っ」
イリオーデがそう断言すると、アルベルトの顔がふにゃりと崩れ、安堵からか力の抜けた体でベンチに倒れ込んだ。
もうずっと、とめどなく溢れている彼の涙をもう一度拭ってあげようと手を伸ばすと、師匠が「今はそのままにしておいてやりましょうよ」とそれを制止した。
それもそうね、と見上げたその時。ついにあの男が戻って来た。
「すまん、来る途中で検問に巻き込まれて……」
「到着が遅れました事、深くお詫び致します」
「あの場であの人間達を殺さなかっただけ褒めて欲しいっすよ」
ぷんぷんと怒りながら遅れてやって来た三人を見上げる。どうやら三人共二回目の水鉄砲には気づいてくれたようで、こちらに向かってる途中で警備隊の検問に巻き込まれていたらしい。
まぁこんな夜中に歩き回ってたらそりゃあそうよね。
「…ちょっと姫さん、あんた何でこんなに顔真っ赤なんですか? って冷た! 耳とか凍ってんのかってぐらい冷たいけど、どんだけ外にいたんすか?! そもそも何で合図を送ったんですかね?」
「師匠の手あったかい…」
「話逸らさないでもらえます??」
外気に晒される顔はそれはもう冷えていた。私の目には見えないが、結構鼻も耳も真っ赤になっているらしい。
それに気づいた師匠が温かい手で私の耳を包んでくれて…本当に温かい。そもそも師匠自体が温かい。流石は火の精霊……歩くストーブだわ…。
師匠の手が耳を包んでいるから少し周りの声が聞こえにくくなっているけれど、それでも聞こえない事はない。
「お前、マントはどうしたんだ?」
「んー…襲われてた女の子に貸してあげたから今は無いかな」
「王女殿下、私のマントをお使いください。少しは暖を取れるでしょう」
「ありがとうイリオーデ。でも大丈夫よ、それだと貴方が寒いでしょう。私はしばらく師匠にくっついてるから」
この歩くストーブさんにくっついていたらきっととても温かいだろう。そう思い、私は説教をしようとする師匠の懐に抱きつく形で自ら収まりに行った。
ああ…思っていた通りとても温かい。お風呂みたいな温かさだ。
「姫、さん…!?」
「え」
「…………っ」
師匠の懐で暖を取っていると、慌てるような師匠の声と当惑するマクベスタの声と、声にならない叫びを上げるイリオーデの息が聞こえて来た。
歩くストーブを独り占めしたから文句を言われても仕方ないだろう。だがとりあえず今はこうさせて欲しい。血筋のお陰か知らないけど、めちゃくちゃ寒いと言う訳では無いんだ。
ただ何となく、今はとても人肌が恋しい気分で。
「あ、ごめんね師匠。動きづらいし邪魔だよね。あと一分だけこのままでいさせて……師匠めちゃくちゃ温かいから…」
「別にこれ自体は全然問題無いし俺としては寧ろ大歓迎っすよ? でもほら…………これは本当に、なんつーか、不味いっつーか…シルフさんに知られたらまァ確実にシメられるっつーかァ…」
師匠の胸元で暖を取っていると、その師匠がやたらと早口でごにょごにょ何かを呟いている。半分ぐらい聞き取れなかった。
そうこうしているうちに一分経ち、私は「ありがとう師匠!」と言いながらホクホク顔で離れる。歩くストーブから離れた反動でちょっと顔がより寒く感じるけど、もう問題無い。全然耐えられる寒さだわ。
「………アミレス。先程から気になっていたんだが…そこの男、誰だ?」
マクベスタがチラチラとアルベルトを見ながら聞いてくる。そのアルベルトはというと、師匠を見て唖然としながら固まっている。
…そう言えば数日前に師匠が刺されて逃げたばかりだものね。心臓を刺した相手が逃げただけでなくこうピンピンと生きていては、刺した側としては困惑するのもなのだろう。
ごほん、と咳払いをして私はアルベルトの事を紹介する。
「ええと、こちらが私達の探していた殺人鬼…のアルベルトよ。こうして捕縛して色々事情を聞いていたの」
捕縛したのは私じゃないけどね。と思いつつ話すと、三人はぎょっとして、
「姫さんあんたまた無茶したんすか!?」
「お前は本当に……どうしてそう…!」
「して犯人はどうなさるのですか。ここで殺しますか?」
冷や汗を滲ませくわっと怒ったり、額に手を当てひねり出すようなため息を吐いたり、真顔で剣を抜いたりした。イリオーデの殺意が凄い。
私は、無茶はしてないしこの人は殺さないよ、と告げた。
そして、困惑するイリオーデ達に向けて私はアルベルトから聞いた話を掻い摘んで話した。その中でも、主に隷従の首輪について。
その一連の話を聞いたイリオーデは、ふむ…と一考する。彼ならきっと私の思惑に気づいてくれると思ったので、それを待つ事にした。
「…つまり、王女殿下はその男の望みを叶えてから罰を与えたいのですね?」
「そうっ、そうなのよ! 流石はイリオーデ、よく分かってくれたわね!」
「っ! 王女殿下の騎士として当然の事です」
考えをまとめたイリオーデがズバリ私の思惑を言い当てたので、私は期待通りの喜びから何度も頷いた。
心無しかイリオーデも機嫌が良くなったようだし、私の思惑に賛同してくれるやもしれない。そんな更なる期待を込めて、私はイリオーデ達を見上げた。
そして、今の私に出来る最大限の誠意を込めて、
「…そういう事だから、お願い、私に力を貸して?」
上目遣いでおねだりした。
うわぁあああぶりっ子っぽい! やばいつらい! 何より恥ずかしい!!
今すぐにやめてしまいたい。だが、伯爵夫人も言っていたのだ──。
『王女殿下、この世の大抵の男は女のおねだりに弱いものですわ。ですので困った時は、女ならでは武器を惜しみなく使うべきです』
『ぐ、具体的には……』
『そうですわね…やはり上目遣いが鉄板でしょう。うちの旦那も上目遣いでお願いすれば一発ですもの。後はやはり猫なで声もよく効きます。王女殿下ならば十把一絡げの男達もこれで確実にイチコロですわっ!』
『い、イチコロですか……』
そう、伯爵夫人は自信満々にご教授くださった。
困った時は持てる武器を惜しみなく使う…それには賛成なのだが、やはり恥ずかしいというか緊張するというか。そもそも何故あんな会話に至ったのかよく覚えてない。
なんか気がついたら、いざと言う時に役立つ処世術講座が始まっていたのだ。
そうして会得したこのおねだり術…果たして本当に効いてくれるのか。
不安と恥ずかしさで凄いドキドキする。ちょっとだけ、ちょっとだけ皆の方見てみようかな。と、ちらりとマクベスタや師匠の方を見ると。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」」
顔を手で覆い、物凄く大きなため息を吐き出している。師匠に至っては天を仰いでる。
そして今度はイリオーデの方に視線を向けると。
「────」
息を、していなかった。
「ちょっ、イリオーデ?! 呼吸忘れてる! どう生きてたら呼吸を忘れるの?!!!」
呼吸もせずぽかーんとしているイリオーデの両腕を掴み、慌てて何度も前後に揺さぶる。途中でイリオーデが「はっ!」と息を取り戻したので私は安堵して彼から離れた。
…………そこまで見るも憐れなものなのかしら、私のぶりっ子は。
まぁ確かに、フリードルが突然ぶりっ子になったりしたら…あまりの気味悪さに氷河期並の悪寒がすると思う。じゃあそういう事じゃん。
私はどうやら皆に氷河期並の悪寒を与えてしまったらしい。ぶりっ子のフリードルとか想像しただけで気味悪いもの、実際にぶりっ子になった私とか、果たしてどれ程に気味の悪いものだったのだろうか。
想像したくもないわね。それを彼等に見せつけたの私だけど。
「とにかく。私の考えに賛同してくれるよね?」
皆、アルベルトと仲良くしてね。とにっこり笑顔を作り、圧をかける。三人共「…はい」と快く承諾してくれたので、後はハイラにも協力を仰げば何とかなるかしら?
ケイリオルさんにも話を通して……隷従の首輪に限らず、奴隷問題や人身売買に関する事ならあの人も協力してくれる筈だ。人身売買を廃止した皇帝の御世で未だあのような負の遺産が残っているなど、と怒りを口にする事だろう。
何でそんなに皇帝を敬愛しているのかは知らないが、皇帝ゼッターイなケイリオルさんならあの首輪の事…そしてアルベルトを奴隷のように扱っている男爵とやらの事を許さないだろうし。
後の問題は……やっぱりサラよねぇ。どうやって引き合わせればいいのかしら。そもそもサラは記憶喪失だと打ち明けた方がいいのかしら。
と、唸っていると。
「…………サラ?」
イリオーデが、アルベルトの顔を見てボソリとこぼした。
そうか。イリオーデもディオ達と一緒に貧民街で暮らしてたんだもの、サラと面識があって当然だ。
突然、知り合いであるかのように知らぬ名前を呼ばれたアルベルトは、頭に疑問符を浮かべながらイリオーデを見上げた。
「…俺の名前はアルベルトだ。そのサラと言う名前では無い」
「いや、すまない。知り合いと瓜二つで………」
「瓜二つ…? そのサラと言う男の首元に、黒子が二つ無かったか? もしそうだとしたら、それは俺の弟かもしれないんだ」
弟を知る人間が現れたのやもしれない、と希望を見たアルベルトがイリオーデに必死に弟さんの特徴を伝える。
首元の二つの黒子…ってやっぱりサラじゃないの。それアンディザファンの間でドスケベセクシー黒子って言われてたやつじゃないの。何か本当にごめん。
「あった気も──そうか、お前は記憶を失う前のサラの血縁者か。成程、だからこんなにも…」
あ、やべ。いつサラが記憶喪失だと打ち明けるか悩んでたのに、イリオーデがサラっと言っちゃった。サラだけに。
「記憶、喪失──?」
「九年程前だろうか。何も覚えていない黒髪の少年が私達の住む貧民街に来て、そこでうちの纏め役…の男から便宜上とりあえず『サラ』と言う名前を与えられていた。一年程共に暮らしていたのだが、ある日を境にサラは姿を消し、それ以来は私達も誰一人サラとは会っていない」
「九年前………じゃあ、やっぱり、そのサラという男がエルなんだ…! 本当に、帝都にいたんだ……っ!!」
生き別れの弟が記憶喪失だと知ったにも関わらず、アルベルトは何度も「良かった」と繰り返し涙を流していた。
それも束の間、アルベルトはバッと顔を上げて。
「貴方に会った時、エルは……弟はっ、怪我はしてなかったか? どこか病気があったり、苦しんでいる様子は無かったか…?!」
「私の記憶の限りでは傷病の類は無かった。それこそ記憶喪失と言う点だけだったな、問題は」
「そう、か……………エル、無事…だったんだ…良かった……っ」
イリオーデがそう断言すると、アルベルトの顔がふにゃりと崩れ、安堵からか力の抜けた体でベンチに倒れ込んだ。
もうずっと、とめどなく溢れている彼の涙をもう一度拭ってあげようと手を伸ばすと、師匠が「今はそのままにしておいてやりましょうよ」とそれを制止した。
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