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第二章・監国の王女

126.悪友は巡り会う。

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 それは降り積もった雪で子供達が遊ぶなんて事ない昼間の事だった。
 七人目の被害者が出てしまった。それは城に勤める四十代の赤茶色の髪の男。自宅への帰宅途中に近くの通りで殺されたらしい。……恐らく、本来八人目の被害者となる筈だった人だ。
 七人目の被害者らしき伯爵夫人と九人目の被害者らしきクラリスをとりあえず皇宮で匿っているので、恐らく繰り上がりで七人目として殺されてしまったのだろう。
 分かっていたのに救えなくて、大変申し訳なく思う。私に出来る被害者達への最大の償いは、少しでも早く犯人を見つけて捕まえる事だろう。
 しかし正体も何も分からない犯人をどう見つけ、捕まえるというのか。答えは簡単だ。

「潜入捜査は基本中の基本、よね!」

 七人目の被害者が出てしまった日の夜。
 私は夜が更ける前に帝都の大通りにある宿屋に向かった。ちなみに髪の色も久々に桃色に変えている。
 寒いけど窓を開けて、私は外の様子に目を光らせる。ここだとある程度大通りの様子が見えるので怪しい人物などが現れたならばすぐに分かる事だろう。
 実はこんな感じで、私、マクベスタ、イリオーデ、師匠とそれぞれ別れて各通りの監視を行っているのだ。何かあれば上空に魔法をぶちかましてお互いに知らせると決めて。
 ハイラとナトラとシュヴァルツも最初はこちらに来ようとしていたのだが、それでは皇宮が心配だからと皇宮に残ってもらった。
 勿論この作戦を発案した時は皆に危ないと大反対された。しかし、

『私は腐ってもこの国の王女だもの。これ以上私の民が犠牲になるのは見過ごせないわ』

 と何とか皆を説得し、こうして潜入捜査…というか張り込みを行う事になったのだ。
 ハイラが用意してくれたサンドをもぐもぐと頬張りながら通りを見ているのだが……人っ子一人いない。怪しい人物なんて、何処にもいない。

「今日は外れかしら…」

 元々それらしき人物が現れるまでの長期戦のつもりでいたのだが、私としてはこれ以上被害者が出る前に犯人を捕まえたいのだ。
 ちなみに服は私兵団の団服をちょっと変えた私専用特別仕様の戦闘服。シャンパー商会がこれでもかと言う程に特殊な素材を使い作り上げた一点物。
 いつも市販のシャツとズボンで特訓していると話したら、伯爵とメイシアにそれでは駄目だと言われてしまい、『我々が責任をもってご用意させていただきます!』と息巻く伯爵によって本当に用意された代物なのだ。
 実はメイシアが皇宮に来る際に納品がてら持参したものである。これがね……本当に驚く程に暖かい。冬場でもこれ一つで出かけられるんじゃないかってぐらいに暖かい。
 ただ、外気に晒される顔だけは全然寒い。仕方ないよね、服ってそういうものだもの。

「……しかし、これは何かの役に立つのかなぁ」

 ふと手首に目をやると、そこにはキラキラと輝く赤い宝石のブレスレットがある。
 これはこっちに来るなと返事を送った後にカイルから送られて来た、お守りとやらだ。カイル曰く、暫くは風呂とかの時以外肌身離さず持っとけとの事。
 本当に気休め程度のお守りなのか、はたまた何かしらの役目のあるお守りなのか…詳しい説明が無かった為、その辺は私もよく分からないままこうして身につけている。
 これを見た師匠やシュヴァルツが凄く不機嫌になってたんだけど……やっぱり赤い宝石だからかしら。
 何かと赤が関連する事件を捜査する人間が不必要に赤いものを身につけるなー、って感じ? まぁ確かに、狙われる可能性のある要因を増やすなって話よね。

「ま、本当にただの宝石みたいだし…気休め程度のお守りぐらいに思っておこう」

 過度な期待は良くないからね。とため息をつき、改めて外に目を向ける。
 寒さから鼻や耳を赤くしながら私は監視を続けた。なんの変化も起きない景色を見下ろしては平和に安堵し、同時に焦燥感にも駆られてしまう。
 伯爵夫人とクラリスが死ぬ事は無くとも、その二人の代わりに別の誰かが少なくとも後二人死ぬ可能性がある。それを阻止する為にもいち早く犯人を見つけなければならない。

「──きゃあっ!!」

 その時だった。どこかから女の子の悲鳴が聞こえて来た気がした。ほんの一瞬の事だったけど、あれは間違いなく悲鳴だ。
 何かあったのだろうか。もし万が一、犯人に狙われている女の子の悲鳴なのだとしたら………今すぐ助けに行かないと。
 急いで窓から飛び降りる。これぐらいの高さならどうって事ない。五点着地をした時にそれなりに手足が痺れたが、折れてはいない。

「確かあっちの方だったわよね」

 雪の上で五点着地なんて初めてやったけれど、よく失敗しなかったな。しかし一瞬にして全身濡れた。でもほとんど冷たさを感じないとか何で作られてるのかしらこの服。
 だがそんな事を気にしている場合では無い。悲鳴が聞こえてきた方に向け、マントをなびかせて私は走り出す。
 少し走って行った所にある曲がり角。そこに差し掛かろうという時、丁度その曲がり角を一人の女の子が走り抜けて来て。

「ひゃっ?!」
「っいてて…大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

 私と女の子は正面からぶつかってしまった。女の子の顔は真っ青で、涙が溢れている。そしてその体はとても震えていた。
 一瞬、その震えは寒さから来るものかと思ったけど……その女の子の髪の色を見て、私は別の要因に辿り着いた。
 まさか初日から大当たりを引くなんて…!

「何かあったんですか? 私で良ければ話してください」
「こっ…怖い人に追いかけられてるの! い、家に突然…知らない人が来て……お母さんとしばらく話してたのに、あたしを見た瞬間に、その人が…あたしの事、追いかけて来て……こわっ、くて……っ!」
「………よく、ここまで逃げて来たね。お疲れ様。貴女の事は私が守るから」

 よく見れば女の子の服装は家着のようなもの。この時間のこの寒さに出掛ける人のそれではない。つまり、この子の言い分は正しく本当にここまで逃げて来たのだろう。
 泣きながら震える女の子を優しく抱き締めてあげて、私は眦を決する。
 果たして桃色の髪が赤系統の髪と判断されるかは分からないけど…最悪の場合は身代わりになれるだろう。私が殺人鬼の気を引いている間に皆にここまで来てもらって、女の子の保護を頼もう。
 遠くから誰かの足音が聞こえて来る。徐々に近づくそれは恐らく殺人鬼のもの。
 私は上空目掛けて水鉄砲ウォーターガンを放つ。後はこれに気づいた誰かが来てくれる事を祈るだけだ。
 女の子を背中に隠し、私は「おいで、白夜」と呟く。すると手元にはいつもの重みが現れる。そして──

「っ、出たわね……!!」

 ──曲がり角から飛び出て来たのは、イリオーデと同じかそれ以下程の大きさの人影。全身を真っ黒なローブで包んでいて、夜だからかその顔はよく見えない。
 とにかく異様なオーラを放つ殺人鬼が、遂に目の前に現れた。
 殺人鬼は私を見るなり驚いたようにビクリと反応した。追いかけていたターゲットとは別の人間がいたらそりゃあ驚くわよね。
 そして殺人鬼はゆっくりと手を上げて、後ろの女の子を指差した。

「──俺が殺さないといけないのは、その子だけだ。無闇矢鱈と人を殺したくない。だからお願い、そこを退いて」

 殺人鬼が震える声で喋ると、女の子が「ひぃっ!!」と更なる悲鳴を上げて私の背中に隠れた。
 何だ、何なんだこの殺人鬼。殺さないといけない? 無闇矢鱈と人を殺したくない? 一体何を言ってるんだ?

「何をふざけた事を言ってるのかしら。お前が連続殺人事件の犯人なんでしょう? 人の命を弄んどいて、その台詞は一体何のつもり?」
「……俺は、俺だって…誰も殺したくなかった。俺は、俺はただ──」

 殺人鬼の様子がおかしい。どうして殺人鬼がそんな言葉を吐くんだ。誰よりも苦しむような声で、殺したくなかったなんて。

「──ごめん、ごめんなさい…っ」

 気がついたら。殺人鬼が凄まじい速度で私の横を通り、女の子へと短剣ナイフを向けていた。その口から放たれる謎の謝罪。
 それを知覚した瞬間、死ぬ気で体を動かして殺人鬼の短剣ナイフを白夜で上空に弾き飛ばす。
 ……速い。この男、ただの殺人鬼じゃない。しかも何だこの禍々しい気配。今までに感じた事の無いタイプの魔力だ。

「この子は絶対に殺させない。私が相手よ、殺人鬼」
「………どうして、邪魔を…俺は……っ!」

 殺人鬼との戦いが始まった。この男は非常に厄介な相手であった。
 動きが速く鋭い。その上、闇夜に紛れるように姿が見えなくなる事が多く、気がつけば女の子を殺そうとしていたりする。
 殺人鬼は一貫して私を狙わなかった。ずっと、女の子を狙い続けていて…女の子と殺人鬼の間に私が割って入り女の子を守っていた形となる。
 そして不味い事にこの男には魔法が全然効かないようなのだ。発動はするが、発動した魔法の大半が殺人鬼に当たる寸前で闇に消えてゆく。
 私一人であればまだ何とか戦えただろうが……女の子を守りながらとなると少し厳しい。
 この剣筋だってそうだ。明らかに素人のそれではない…何年も騎士として鍛錬を続けていたみたいな、そんなちゃんと強い剣だ!
 ああもうっ、早く皆来てくれないかなぁ! 生け捕りって難しいのよ?!

「この子の事は諦めて、さっさと投降してくれないかしら?」

 このまま長期戦に持ち込まれると私は負ける。だからこそ、私は息を落ち着かせてそう提案した。
 しかし殺人鬼は首を縦に振らない。

「無理だ。俺は逃げられないから。絶対に、その子を殺さないと…いけないんだ。そうじゃないと………弟に、会えない」

 …弟に会えない? それに、逃げられないってどういう……。
 そんな、些細な違和感が脳内に生まれた。

「誰かに脅されたりしてるんじゃ──」

 違和感から、ふと思いついたある可能性をボソリと呟いた時。殺人鬼の放った黒い影のようなものが私達を飲み込もうとして。

「しまった…ッ?!」

 私の馬鹿! 戦闘中に気を抜くとか信じられない!! そうやって己を叱責しても、もう時既に遅し。
 慌てて女の子の方を向くと、そこにはもう殺人鬼の魔の手があった。そちらに向け右手を伸ばしたその瞬間、手首につけていたブレスレットの宝石が、砕け散った。

「え…」

 突然の事に唖然としたその瞬間。私達の目の前に、一つの大きな……白く輝く魔法陣が現れたのだ。
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