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第二章・監国の王女

120.私兵団結成2

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「──……様。アミレス様。制服の方は見に行かれないのですか?」
「っえ? あぁ、ごめん。ぼーっとしてたわ」

 考え事に耽けぼーっとする私を覗き込むように、メイシアが上目遣いで見つめてくる。…考え事に集中し過ぎていて気づけなかったみたい。
 それじゃあ制服を見に行きましょう、とメイシアに伝えると彼女は嬉しそうに「はい、行きましょう!」と応えてくれた。
 伯爵夫人に一礼してから部屋から出て、メイシアに着いて行く。私達を案内するメイシアの横顔が本当に楽しそうで………ゲームでは人形そのものとばかりの無表情しか見れなかったから、何だかこうして年相応に笑う姿を見られて本当に嬉しい。
 これでこそアンディザのシナリオの基盤ベースを変えた甲斐があるというものだ。
 とは言え、現時点で私が変えられたものはメイシアの性格とマクベスタの実家の件のみ。他は全然……というかぶっちゃけ変え方が分からない。大公領の内乱はまだ先の話だから今の私にはどうしようもないし。
 ああでも、もう一つだけあるか、ゲームから変わった事──。

「こちらですアミレス様! 当商会の威信をかけて完璧に仕上げました!!」

 メイシアの声に引かれ、顔をバッと上げる。するとそこには私が思い描いた通りの制服があって。一つ一つサイズが違い、男女で制服の差異もある。
 制服のモデルとなったのはいつか見た西洋の軍服。それをベースにこの世界──西洋風ファンタジーな世界観を壊さないように美しい刺繍や飾緒が銀色のもので施され、胸元の釦には本人達の希望から月の模様が刻印されている。
 生地の色はほとんど黒に近い濃い青で、袖や襟などに差し色として程よく明るい青が使われている。この色を指定したのも本人達だ。
 ブーツもソードベルトもマントも併せて作ったので、全体的にきちんと統一された落ち着きのあるかっこいい色合いに収まっている。
 私が考えたのは本当に大元のデザインだけで、細かい色はイリオーデ達に聞いて決めたのだけど……なんか本当にえらいかっこよくなったな。
 我がデザインもさる事ながら(自画自賛)、黒と青ってもうめちゃくちゃかっこいい配色よ。イリオーデ達天才じゃないかしら。

「かっこよ………っ!! 最高じゃん…!」
「無事、アミレス様のご希望に添えたかと自負しております。ささ、こちらにマントの予備の方もありますので、こちらもどうぞご覧下さい」

 口元を押え、あまりのかっこよさに私は小さく震えていた。そんな私にメイシアが手渡して来たのは一枚のマント。お試しでこんな肌触りですよーと教える為の物のようだ。こちらもまた制服本体と同じで、外側が黒に近い青…そして内側が明るい青となっている。
 何より肌触りがめちゃくちゃ良い。なんだこの肌触り。
 マントに頬をすりすりしてはその肌触りを体感していると、マクベスタと師匠が制服本体の方をまじまじと観察しながら話す声が聞こえて来た。

「…これは、凄いな。かなりかっこいい…」
「姫さん天才じゃん、色数がちと少ねぇが寧ろそれがいい味出してやがる。てかマジで姫さん天才じゃん……今度俺の服も考えて貰おうかねぇ」
「えっ、ズル──…いや何でもない聞き流してくれ」
「お前今ズルいっつったよな? なぁ??」
「気の所為だ、師匠」
「おい逃げられると思ってんのかァ~~?」

 ふいっとそっぽを向いたマクベスタの顔を無理やり自分の方に向け、悪魔のように笑う師匠。「離してくれ、師匠」「ハハハ、離して欲しけりゃ正直に白状するんだな!」と、本当に仲良くじゃれ合っているようだ。
 そんな二人を他所に私はメイシアと共に次々梱包されてゆく制服を眺めていた。メイシアが手をパンっと鳴らした瞬間、部屋に何人もの侍女達が現れ、無駄のない動きで商品の梱包を始めたのだ。
 そしてその際、メイシアに随分と綺麗な箱を手渡した侍女が一人いた。それは何? と私が尋ねると、メイシアは待ってましたと言わんばかりに、自信満々にそれを開ける。

「………その、アミレス様はよく体を動かすようですので…そんなアミレス様の為に、用意したのです」

 頬を赤らめて、メイシアは箱を差し出してきた。その中身はブーツ。しかし素人の私が見ても絶対高級品だと分かる精巧さと美しさのもの。
 そして何より──ヒールブーツだ、これ。そのヒール部分が金属製なのかしら…金色で、それに合わせて靴底も金色の何かで作られている。それなのに、いざ手に取るとやけに軽い。
 どういう事だと訝しげにブーツを見つめていると、メイシアがポッとしながら話し始めた。

「アミレス様はどんなお姿であろうと勇ましく、まるで童話に聞く勇者や英雄の如くご活躍なされますよね。普段はお淑やかにヒールを履かれていらっしゃいますが、いざと言う時はそのまま戦ってしまう程に。ですがそれだと危険ですので、少しでも普段使いしやすく、且つヒールよりも安定するものを………と考えた結果、こちらのブーツをお贈りする事にしたのです」

 言われてみれば、このブーツは今履いているヒールや普段履くヒールよりもヒール部分が大きくて安定しそうだ。
 このブーツであれば確かに普段使いもしやすく有事の際は動きやすそう…………………めっちゃ実用的! え、本当にこんな凄そうなもの貰っちゃっていいの?!

「メイシア。これ本当に私が貰っていいの…?」
「勿論です! アミレス様にお贈りする事だけを考え、数ヶ月間お母さんとお父さんと相談しながら作り上げたのですから!!」
「伯爵達と相談して作ったの?!」
「はいっ! 二人共、アミレス様にお贈りする物と言う事で一切の妥協無くこれに取り組んでました」

 私の不安を吹き飛ばすメイシアの満面の笑み。あっさりと明かされる制作裏話。
 これはー……メイシアや伯爵夫人の事のお礼、って事でいい………かな。これ以上はもう、なんか、受け取れないというか。受け取り辛いというか。もう十分というか。
 ひとまずこのブーツは有難く戴くとして、私は気を取り直してこのブーツを早速履いてみる事にした。何せこれから行く貧民街は細いヒールだと少し歩き辛いでこぼこの道ばかり。丁度、これを履くピッタリの理由となったのだ。
 新品だからまだ革が硬いが、何度も履けばこれは確かに最高の普段使いブーツになりそうだ。それぐらい安定しているし、思っていた以上に脱げにくい。
 見た目よりずっと軽いからか動きやすくもある。本当に素晴らしいなこれ!

「ありがとうメイシアっ、こんなにも素晴らしいブーツを…!!」
「アミレス様に喜んでいただけたのなら、わたし達としても最も喜ばしい事です」

 お礼を告げると、メイシアはほっとしたようにはにかみ、胸を撫で下ろした。
 そんなメイシアと共に私達はもう一度馬車に乗り込み、今度は貧民街を目指す。勿論制服を渡しに行く為だ。皆があれを見てどんな反応をするのか、今からとても楽しみだ。


♢♢♢♢


「おぉおおおおおっ」
「カッケー! すっごいカッケー!!」
「………ほんとにかっこいいじゃん…」
「ッハァ! メイシアちゃっ──」
「エリニティ、ステイ」

 制服を見て目を輝かせるシャルとジェジとルーシアン。制服をスルーしてメイシアに飛びかかろうとするエリニティに手刀を落とし、行動を封じるバドール。

「こんなに高そうな服、私達が……」
「アタシはもうちょっと可愛い方が良かったかも。でもすっごいスベスベだから許す」
「…偉そうに……僕達がこんないい服着れるだけでも天変地異なのに」
「ねえ見てよディオ、これちゃんと俺達の体格に合わせて作られてるみたいだ」
「本当に俺達専用の服、って事か」

 棘のある会話をしながら制服を眺めるクラリスとメアリードとユーキ。それとは対照的に子供のように無邪気な笑みを浮かべるラークとディオ。
 そして、

「──私達の、王女殿下の騎士たる…証……」

 後生大事に制服を抱き締めるイリオーデ。
 なんというか、皆ちゃんと喜んでくれている…と思っていいのかな? まぁ、喜んでくれているのだろう。
 メイシアとやったね、と手を合わせて笑い合う。そしてその後皆が早速着替えると言い出したので、メイシアが用意した制服の着方マニュアルを置いて私達は馬車まで戻り、暫し待つ。
 この後皇宮に戻ったらまた仕事だよ…とぼやいているとマクベスタが、

「オレで手伝えそうなものは手伝うから、そう悲観するな」

 と甘やかしてくるものだから。私はキラキラとした目でマクベスタ……っ! と彼を見つめた。すると隣に座っていたメイシアがギュッと私の腕に抱きついてきて、

「アミレス様っ、わたしも、わたしも何かお手伝いしたいです!」

 上目遣いでそう宣言した。もうっ…なんて可愛くていい子なのメイシアは!
 でもごめんねメイシア、ただでさえ後継者教育のようなもので忙しい貴女に私の仕事まで手伝わせる訳にはいかないの。

「ありがとう、メイシア。でも流石に十一歳の子に仕事を手伝わせるなんて、私には出来ないし………その言葉だけで私、頑張れるわ」

 メイシアの小さな頭を優しく撫でながら、私はごめんねと告げる。メイシアはそれを聞いて「そうですか…」としゅんとなった。

「いや姫さんもまだ十二歳じゃん……」
「アミィ、自分の事は棚に上げてるね」
「ちょっとそこの精霊さん達お黙りっ」

 中々に痛い所を着いてくる精霊さん達に私はキツめの一言を放つ。
 だって仕方ないじゃない、私は王女なんだから。皇帝がいない今、その仕事を押しつけられる立場なのよ!
 そうやってぷんぷんと怒っていたのだが、

「王女様、全員着替え終わったから呼びに来たわよ」

 コンコンと馬車の扉を叩いて、クラリスが呼ぶ。そんな彼女を見て私は先程の怒りを一瞬で忘れたのだ。
 すっごい似合う。イケメン系美人のクラリスにすっごく似合ってる。まさかこんなにも着こなしてくれるなんて……胸元の膨らみが無ければ、あまりのかっこよさに男性だと思ってしまいそう。
 そんなクラリスと共に再度ディオの家に向かい、扉を開けると──

「…これで大丈夫でしょうか、王女殿下?」

 ──そこには、お揃いの制服に身を包む十人の男女がいた。
 うわ………私の私兵達かっこよすぎ……?
 脳内でそんな風にふざけながら、私は少し緊張気味のイリオーデに向けて親指を立ててニッと笑う。

「皆すっごく似合ってるわよ!」

 皆の為に用意した甲斐があった! と、なんの迷いも無く口にした。
 その後、安堵や喜びで浮き足立つ皆に向けて、「ちょっと話があるんだけど……」と私は更に続ける。

「出来れば誰かに私兵団の団長をやって貰えたらなぁって思ってるんだけど、誰か団長やりたいって人いる?」

 しんっ…と静まる空間。やりたいと立候補してくれる人はいないようなので、「じゃあこの人にやって欲しい…みたいなのは、ある?」と改めて聞く。
 彼等彼女等はお互いに視線を送り合うと、一斉に一人を指さした。

「──俺?!」

 十人から推薦されたのはディオだった。自分以外の全員に指さされたディオはくわっ、と驚いた声をあげている。
 満場一致でディオが団長に推薦された。だがまぁ、こちらとしてもきっとそうなるだろうと思っていたので、特に驚きは無い。
 だがディオはまだ驚き困惑しているようで、くるりとイリオーデの方を向いて彼は焦ったように頬に冷や汗を浮かべて尋ねた。

「イリオーデ、お前、本当にいいのか? 団長だぞ? こん中で一番強いお前がやるべきだろ?」
「いやいい。管理職など名誉と権力以外何も無いものだ。それに、立場があるといざと言う時好き勝手動けぬだろう。私はいついかなる時でも王女殿下のお言葉に従えるよう、ある程度自由の効く立場でありたい」
「お前本ッ当にブレねぇな!」
「何だ、やりたくないのか? 王女殿下がお前に任せて下さると言っているのだぞ。大人しく拝命しろ」
「なんだコイツ横暴過ぎる」

 自分なりの価値観をもって団長にはならないとハッキリ言い切るイリオーデと、それに食って掛かるディオが賑やかに言い合う。
 それにしてもこの中で一番強い事は否定しないのね、イリオーデ……確かな事実なんだろうけども。
 まぁとにかくだ。私は団長が決まったならばやろうと思っていた事がある。その為にごほんっ、と咳払いをすると、ディオ達も言い合いを中断してこちらに意識を向けてくれた。

「えーっと、それでは改めまして──わたくし、アミレス・ヘル・フォーロイトの名において、この場にて我が剣となる私兵団の結成を宣言する! これを束ねし者ディオリストラスよ、前に」

 彼等を見上げて私は堂々と宣言する。突然こんならしくなく喋り出したものだから、皆が唖然と口を開けている。
 ディオはどこか混乱した面持ちのまま前に出て、そして片膝をつき頭を垂れた。

「………今日この時より、お前に我が私兵団を統率する役目を与える。我が私兵として恥じぬよう精進せよ。そして、お前達が最も誇れる己となれ。良いな」
「ハッ、不肖ディオリストラス……この大役、仰せつかりました!」

 騎士の叙任式のような、荘厳な空気が流れていた。何となく形から入りたかった私が始めた、このささやかな結成式。
 あれだけイリオーデと言い合っていたのに、いざとなれば団長としてこんなにもちゃんと役目を果たしてくれるなんて。ディオのポテンシャルの高さは流石のものだ。
 そんなディオがスっと顔を上げて、歯を見せて笑う。

「──これからもよろしくお願いしますわ、殿下」

 それはまるであの夜の…私を信じて手を取ってくれた時と同じような、そんな笑みだった。
 だから私も笑った。彼の期待と信頼に答える為に。私なりの返事として、

「──勿論よ。私を信じてくれた事だけは、絶対に後悔させないわ」

 あの夜と同じ言葉を吐いた。
 これが私の………彼等彼女等への宣誓だから。

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