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第二章・監国の王女
♢帝都動乱編 119.私兵団結成
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揺れる馬車の中、私は上機嫌に窓の外を眺めていた。
視線の先には落ち着いた色合いの暖かい衣服に身を包んだ街の人達。
オセロマイトの一件から早半年……季節は移り変わり今や十一月。フォーロイト帝国ではもうとっくに冬が始まっている。
あの後、何だかよく分からないけれどこれからも帝国に滞在出来るようになったマクベスタ。彼はそれが決まり次第すぐさまシルフによる魔法の特訓を受け始め、その実力をメキメキ伸ばしている。
そして、ディオ達にも教師がついた。ハイラが知り合いのキールさん(めっちゃ強い)を紹介してくれて、その人がディオ達に稽古をつけてくれているのだ。
それが中々に地獄のトレーニングらしく、ディオ達の腕前の伸びっぷりたるや…はっきり言って異常な速度で急成長を遂げている。
ちなみに、シャルには予定通り眼鏡をプレゼントした。ラークからシャルはよく物を失くすと聞いていたので、眼鏡が失くならないようにチェーンがついていて首に掛けれるタイプの物にして貰ったのだ。
その為か、シャルの見た目だけは更にインテリになった。
ナトラも人間社会での生活に慣れてきたようで、近頃はシュヴァルツと共に侍女服を着て侍女の真似事をするのがマイブームらしい。
今まで全くやってこなかった分野だからこそ新鮮で楽しいのだとか。………しかし何故シュヴァルツまで侍女服を着てるのか、それが私にはよく分からなかった。
まぁ似合ってるんだけどね? めっちゃ可愛いんだけどね?
さて。そんな皆が色々と頑張っている中私は何をしていたかといいますと。
貧民街大改造計画の方を推し進めていた。様々な発注が済んだのは大体六月の頭とかで、そこから工事が始まったのだ。
勿論貧民街の人達もこの強引な計画に最初こそ難色を示したが、ディオ達が説得を手伝ってくれたり、工事を手伝ってくれた人にはきちんとした日給を支払う事、そして毎日朝昼夜の三回炊き出しを行うと説明した所……やはり金と食べ物の力は偉大なり。貧民街の人達も割と受け入れモードに突入した。
しかしこの計画の責任者だというのに、なんと私はほんの数回しか工事現地に行っていない。行こうとはしたのたが、私が行くと、この髪と瞳を見てやはり皆さんいい顔をしないのだ。
だから、説明や建設予定地の指示などの本当に必要のある時しか工事現場には行かないようにしている。私が行っても石を投げられるだけだからねー……。
別に石を投げられた所で避けられるから良いのだけど、もし私以外の誰かに当たったら危険だし…何より、例えどれだけ彼等彼女等の怒りが正しいものであっても、この私に石を投げたという事実が彼等彼女等を許さない。
どれだけ私が許しても、皇族に危害を加えようとした罪は重く、彼等彼女等の正当な怒りさえもねじ伏せてしまう。それが嫌だから私は極力姿を見せないようにしているのだ。
だが今日はシャンパージュ伯爵家に寄ってからその貧民街に行く予定である。お前さっき貧民街には行かないって言ったよな?? なんて囁きが聞こえて来そうだからここでその事についての説明といこう。
実は私はこの貧民街大改造計画とは別に、新たな事業擬きを始めたのだ。それが今回、シャンパージュ伯爵家に寄ってから貧民街に向かう大きな理由となっている。
少し恥ずかしいのだが──いわゆるデザイナー業のようなものだ。
事の発端は数ヶ月前。私兵となった皆にせっかくだから何か制服でも用意してあげようと思い、そのデザインを自分でした。我ながらカッコイイ制服が出来たのではと自信満々になり、シャンパー商会に試しにデザイン案を渡して発注してみた所、
『──アミレス様、是非、我が商会で洋服ブランドを立ち上げてみませんか!?』
メイシアが瞳を輝かせてそう提案して来たのだ。どうやら、完全自己満足でかっこよく仕上げたあの制服デザインをメイシアがいたく気に入ってくれたようだ。
急にブランドとか言われても、と私はちょっと恥ずかしくて困り気味だったのだが、メイシアがそのデザイン案をシャンパージュ伯爵に見せたら、
『──アミレス王女殿下、これは売れますよ!!』
伯爵までもが鼻息を荒くして新たな商売に心躍らせているようだった。名誉や地位なんかより商売に命懸けるような家系だもんね…シャンパージュ伯爵家は……熱量が凄い。
そう少し引き気味だった私ではあるが、この時、貧民街の件とオセロマイトの件で東宮に与えられた予算も大分減って来てちょっとカツカツ、という事を思い出した。
………あれ、これもしかしなくてもやばいのでは? そう焦った私は、
『──やりましょう、新規ブランド!!』
本当に金になるのならとデザイナー業を始めた。
あのデザイン案は私兵団の為に用意したものだったので、それとは別で一般的な女性向けの服をまず考えてみた。
ターゲット層はひとまずメイシアの助言から貴族の女性。普段着に使いやすいドレスや小物を考える事となった。
フォーロイト帝国の貴族女性の間では、日常で着るドレスも下によく広がる重いドレスで、子供はともかくご婦人達ともなると常日頃からコルセットを着ける羽目になる。
その所為か中々に窮屈な生活を送っているのだとか(私は子供な上社交界に一度も出た事ないので詳しくは知らないのだ)。
しかし少しでも自身を美しく見せる為には必要らしく……普段着でもそんな辛い思いをしてるのか…と知った私は、せめて普段着ぐらい楽出来るようにと。窮屈では無いのだけど、でもちゃんと美しく見える楽なドレスがあればいいなぁと思い、それをコンセプトに考えてみた。
だが私はこれでもかという程に服飾の知識が皆無だ。じゃあ何故制服を考えられたかったって? 多分前世でめちゃくちゃ軍服について調べてたんじゃないかな!
とにかく私に描けるものは軍服とか前世で見た覚えのある服ぐらいで、ドレスなんてよく分からない。
なのでハイラやメイシアにたくさん助言を貰いつつデザインの方を考え、シャンパージュ伯爵にお見せしては添削されを繰り返し。
そして九月頃。ついに私のデザインしたドレスが完成し、シャンパー商会の新たな洋服ブランド『ヴァイオレット』が立ち上げられ、その記念すべき初店舗が帝都大通りに堂々オープンしてしまった。
私は素性を隠し、シャンパー商会の新人デザイナー・スミレという名で、このブランドの専用デザイナー? なんて謎の立場に収まった。勿論顔出しはしない。何なら年齢も性別も好評しないよう頼んだ。
私が世に出すものは私がデザインさせていただいた衣服のみ。他は全部シャンパー商会に任せている。
だがやはり凄まじきかな、シャンパー商会のネームバリューたるや……あのシャンパー商会が突然新たな女性向けブランドを立ち上げたと聞いて、多くの貴族女性が我先にとオープン初日から店に足を運び、そして多くのドレスを手に取ってくださったらしい。
デザインは私だが、材料も製造も全てシャンパー商会なので圧倒的な安心と信頼がお客様方にはあるらしい。
お客様からの反応も中々に良く、パーティー等の場には少し不向きだが普段着としてはかなりいい! というか最高! というお褒めの言葉をいただいたと後日シャンパージュ伯爵から聞いて、私も密かにニマニマしていた。
数ヶ月かけてめちゃくちゃ頑張ってドレスをデザインした甲斐があったと思う。
ちなみにお金目当てで始めたデザイナー業なので、私はきっちり収益もいただいた。お金の話はハイラが『お任せを!』と張り切った面持ちで言ってくれたので、大船に乗ったつもりでお任せした。
そして開店より早二ヶ月………月の総売上からシャンパー商会との取引より引かれた金額が私の元に入ってくる筈なのだが、何だかとんでもない金額を毎月渡されている。ハイラも言っていた、今やヴァイオレットのドレスが流行の最先端なのだと。
…まぁ着やすいからなぁ……かく言う私も、デザイナー権限で世に出てない試作デザインのドレスを私服として使い回してるもの。冬服として有能なのよね、これ。
そして今、私はメイシアより私兵団の制服が全員分ようやく完成したと知らされたので、こうして制服を受け取りにシャンパージュ伯爵家に向かっているのだ。
メンバーは私とマクベスタとシルフと師匠。
雷虎の時にコツを掴んだと語るマクベスタが馬車を運転してくれているので、車内には私と膝の上のシルフ、そして向かいに座る師匠だけがいる。
ハイラとて忙しいのに、侍女業を教えろと言うナトラとシュヴァルツに望み通り色々と教えているようで…それで最近はこういう外出の際、三人共いない事が多い。
「アミレス、伯爵邸に着いたぞ」
馬車が止まったかと思えばマクベスタが扉を開けて手を差し出してくる。その手を取り、シルフを抱えながら馬車から降りる。
後に続いて師匠も降りて、私達は門番の衛兵案内のもと、シャンパージュ伯爵家にお邪魔した。
「ようこそお越しくださいました、アミレス様!」
「こんにちは、メイシア。夫人の様子はどうかしら?」
「今では庭を散歩出来る程まで回復しました。本当に、アミレス様のおかげです」
「そう、なら良かったわ。今、夫人に挨拶出来そうかしら?」
「勿論です! 是非、お母さんにも会っていってください!」
出迎えてくれたメイシアと話しながら、私は先に伯爵夫人に挨拶に向かう事にした。
伯爵夫人と改めてお会いしたのは帝国に帰って来てから一ヶ月と少しが経った頃だった。その頃には夫人の体調もかなり回復していて、私はシャンパージュ伯爵邸の皆様に改めて非常に感謝されてしまった。
それからというもの、貧民街大改造計画やデザイナー業の話の為にシャンパージュ伯爵邸に訪れた際は夫人にも挨拶するようになったのだ。
伯爵夫人の部屋の扉をメイシアが「アミレス様がいらっしゃったよ、お母さん!」と言いながら開く。ぺこりとお辞儀をしながら部屋に入り、元気そうに刺繍をしている伯爵夫人に私は「こんにちは、伯爵夫人。お加減はいかがですか?」と挨拶をした。
伯爵夫人は美しく柔らかな微笑みを浮かべ、
「お陰様でかなり良くなってまいりました。アミレス王女殿下が気を使ってくださったからですわ」
刺繍の手を止めて小さく頭を下げた。顔を上げてくださいと言うと、相変わらず皆困ったような驚くような瞳でこちらを見てくる。
……そんなにおかしいのかなぁ、人に頭を下げさせるのがどうも苦手なのって。だって嫌じゃない? 年上の人達に何度も頭下げられるの。なんというか、こう…どうすればいいか分からなくなるわ。
「夫人、その後はどうだー? 魔眼の力が無くなった訳だが」
「エンヴィー様のお陰で何かを見る事が怖くなくなりました。ただ、少し視力が落ちたような気がします」
「まぁなァ、魔眼がその力を失えば残るものはただの目ン玉だ。魔眼だった頃より視力が落ちんのも仕方ねぇーよ」
「そういうものだと割り切って、今はこの視力に慣れるよう、こうして細かい作業をしているのですわ」
師匠と伯爵夫人が医者と患者の診察のように話す。そう、実はメイシアとは違って伯爵夫人は師匠に延焼の魔眼の力を回収して貰っていた。私はその時初めて伯爵夫人も魔眼所持者である事を知った。
…そう言えば、帝国に戻ってきてからというものの……師匠は妙にメイシアと仲がいい。というか頻繁に会っているようだ、私よりも多く。
ずるくないかしら。私だってメイシアに会いたいのをぐっっっ…と堪えて日々公務と貧民街大改造計画の総指揮とデザイナー業と特訓頑張ってるのに。
あぁ、ちなみに公務というのはですね。なんと先月より皇帝がタランテシア帝国に用があるとかで、数ヶ月間帝国を空ける事になったのだ。
それにあたり本来皇帝がやるべき公務や仕事全てが皇太子たるフリードルに押し付けられ、これまで蔑ろにされまくってた私まで、何故かその巻き添えを食らったのだ。
とは言えども。皇帝はいないがケイリオルさんはフリードルの補佐として帝国に残っているので、困った事や限界が来たらあの人を全力で頼ろう。
多分、何となくなんだけど……ケイリオルさんは味方な気がするのよね。
少なくとも皇帝の側近にアミレスが殺されるのは一作目にしかないシナリオだし、二作目では皇帝とか攻略対象に殺されるので、ケイリオルさんに殺される事は無い。
つまり二作目の世界と仮定しているこの世界において、彼はフリードルや皇帝程警戒する必要の無い相手なのだ。
何だかハイラもケイリオルさんの事は信用しているみたいだしね。きっと信じても大丈夫だろうと、この六年で私も判断したのだ。
視線の先には落ち着いた色合いの暖かい衣服に身を包んだ街の人達。
オセロマイトの一件から早半年……季節は移り変わり今や十一月。フォーロイト帝国ではもうとっくに冬が始まっている。
あの後、何だかよく分からないけれどこれからも帝国に滞在出来るようになったマクベスタ。彼はそれが決まり次第すぐさまシルフによる魔法の特訓を受け始め、その実力をメキメキ伸ばしている。
そして、ディオ達にも教師がついた。ハイラが知り合いのキールさん(めっちゃ強い)を紹介してくれて、その人がディオ達に稽古をつけてくれているのだ。
それが中々に地獄のトレーニングらしく、ディオ達の腕前の伸びっぷりたるや…はっきり言って異常な速度で急成長を遂げている。
ちなみに、シャルには予定通り眼鏡をプレゼントした。ラークからシャルはよく物を失くすと聞いていたので、眼鏡が失くならないようにチェーンがついていて首に掛けれるタイプの物にして貰ったのだ。
その為か、シャルの見た目だけは更にインテリになった。
ナトラも人間社会での生活に慣れてきたようで、近頃はシュヴァルツと共に侍女服を着て侍女の真似事をするのがマイブームらしい。
今まで全くやってこなかった分野だからこそ新鮮で楽しいのだとか。………しかし何故シュヴァルツまで侍女服を着てるのか、それが私にはよく分からなかった。
まぁ似合ってるんだけどね? めっちゃ可愛いんだけどね?
さて。そんな皆が色々と頑張っている中私は何をしていたかといいますと。
貧民街大改造計画の方を推し進めていた。様々な発注が済んだのは大体六月の頭とかで、そこから工事が始まったのだ。
勿論貧民街の人達もこの強引な計画に最初こそ難色を示したが、ディオ達が説得を手伝ってくれたり、工事を手伝ってくれた人にはきちんとした日給を支払う事、そして毎日朝昼夜の三回炊き出しを行うと説明した所……やはり金と食べ物の力は偉大なり。貧民街の人達も割と受け入れモードに突入した。
しかしこの計画の責任者だというのに、なんと私はほんの数回しか工事現地に行っていない。行こうとはしたのたが、私が行くと、この髪と瞳を見てやはり皆さんいい顔をしないのだ。
だから、説明や建設予定地の指示などの本当に必要のある時しか工事現場には行かないようにしている。私が行っても石を投げられるだけだからねー……。
別に石を投げられた所で避けられるから良いのだけど、もし私以外の誰かに当たったら危険だし…何より、例えどれだけ彼等彼女等の怒りが正しいものであっても、この私に石を投げたという事実が彼等彼女等を許さない。
どれだけ私が許しても、皇族に危害を加えようとした罪は重く、彼等彼女等の正当な怒りさえもねじ伏せてしまう。それが嫌だから私は極力姿を見せないようにしているのだ。
だが今日はシャンパージュ伯爵家に寄ってからその貧民街に行く予定である。お前さっき貧民街には行かないって言ったよな?? なんて囁きが聞こえて来そうだからここでその事についての説明といこう。
実は私はこの貧民街大改造計画とは別に、新たな事業擬きを始めたのだ。それが今回、シャンパージュ伯爵家に寄ってから貧民街に向かう大きな理由となっている。
少し恥ずかしいのだが──いわゆるデザイナー業のようなものだ。
事の発端は数ヶ月前。私兵となった皆にせっかくだから何か制服でも用意してあげようと思い、そのデザインを自分でした。我ながらカッコイイ制服が出来たのではと自信満々になり、シャンパー商会に試しにデザイン案を渡して発注してみた所、
『──アミレス様、是非、我が商会で洋服ブランドを立ち上げてみませんか!?』
メイシアが瞳を輝かせてそう提案して来たのだ。どうやら、完全自己満足でかっこよく仕上げたあの制服デザインをメイシアがいたく気に入ってくれたようだ。
急にブランドとか言われても、と私はちょっと恥ずかしくて困り気味だったのだが、メイシアがそのデザイン案をシャンパージュ伯爵に見せたら、
『──アミレス王女殿下、これは売れますよ!!』
伯爵までもが鼻息を荒くして新たな商売に心躍らせているようだった。名誉や地位なんかより商売に命懸けるような家系だもんね…シャンパージュ伯爵家は……熱量が凄い。
そう少し引き気味だった私ではあるが、この時、貧民街の件とオセロマイトの件で東宮に与えられた予算も大分減って来てちょっとカツカツ、という事を思い出した。
………あれ、これもしかしなくてもやばいのでは? そう焦った私は、
『──やりましょう、新規ブランド!!』
本当に金になるのならとデザイナー業を始めた。
あのデザイン案は私兵団の為に用意したものだったので、それとは別で一般的な女性向けの服をまず考えてみた。
ターゲット層はひとまずメイシアの助言から貴族の女性。普段着に使いやすいドレスや小物を考える事となった。
フォーロイト帝国の貴族女性の間では、日常で着るドレスも下によく広がる重いドレスで、子供はともかくご婦人達ともなると常日頃からコルセットを着ける羽目になる。
その所為か中々に窮屈な生活を送っているのだとか(私は子供な上社交界に一度も出た事ないので詳しくは知らないのだ)。
しかし少しでも自身を美しく見せる為には必要らしく……普段着でもそんな辛い思いをしてるのか…と知った私は、せめて普段着ぐらい楽出来るようにと。窮屈では無いのだけど、でもちゃんと美しく見える楽なドレスがあればいいなぁと思い、それをコンセプトに考えてみた。
だが私はこれでもかという程に服飾の知識が皆無だ。じゃあ何故制服を考えられたかったって? 多分前世でめちゃくちゃ軍服について調べてたんじゃないかな!
とにかく私に描けるものは軍服とか前世で見た覚えのある服ぐらいで、ドレスなんてよく分からない。
なのでハイラやメイシアにたくさん助言を貰いつつデザインの方を考え、シャンパージュ伯爵にお見せしては添削されを繰り返し。
そして九月頃。ついに私のデザインしたドレスが完成し、シャンパー商会の新たな洋服ブランド『ヴァイオレット』が立ち上げられ、その記念すべき初店舗が帝都大通りに堂々オープンしてしまった。
私は素性を隠し、シャンパー商会の新人デザイナー・スミレという名で、このブランドの専用デザイナー? なんて謎の立場に収まった。勿論顔出しはしない。何なら年齢も性別も好評しないよう頼んだ。
私が世に出すものは私がデザインさせていただいた衣服のみ。他は全部シャンパー商会に任せている。
だがやはり凄まじきかな、シャンパー商会のネームバリューたるや……あのシャンパー商会が突然新たな女性向けブランドを立ち上げたと聞いて、多くの貴族女性が我先にとオープン初日から店に足を運び、そして多くのドレスを手に取ってくださったらしい。
デザインは私だが、材料も製造も全てシャンパー商会なので圧倒的な安心と信頼がお客様方にはあるらしい。
お客様からの反応も中々に良く、パーティー等の場には少し不向きだが普段着としてはかなりいい! というか最高! というお褒めの言葉をいただいたと後日シャンパージュ伯爵から聞いて、私も密かにニマニマしていた。
数ヶ月かけてめちゃくちゃ頑張ってドレスをデザインした甲斐があったと思う。
ちなみにお金目当てで始めたデザイナー業なので、私はきっちり収益もいただいた。お金の話はハイラが『お任せを!』と張り切った面持ちで言ってくれたので、大船に乗ったつもりでお任せした。
そして開店より早二ヶ月………月の総売上からシャンパー商会との取引より引かれた金額が私の元に入ってくる筈なのだが、何だかとんでもない金額を毎月渡されている。ハイラも言っていた、今やヴァイオレットのドレスが流行の最先端なのだと。
…まぁ着やすいからなぁ……かく言う私も、デザイナー権限で世に出てない試作デザインのドレスを私服として使い回してるもの。冬服として有能なのよね、これ。
そして今、私はメイシアより私兵団の制服が全員分ようやく完成したと知らされたので、こうして制服を受け取りにシャンパージュ伯爵家に向かっているのだ。
メンバーは私とマクベスタとシルフと師匠。
雷虎の時にコツを掴んだと語るマクベスタが馬車を運転してくれているので、車内には私と膝の上のシルフ、そして向かいに座る師匠だけがいる。
ハイラとて忙しいのに、侍女業を教えろと言うナトラとシュヴァルツに望み通り色々と教えているようで…それで最近はこういう外出の際、三人共いない事が多い。
「アミレス、伯爵邸に着いたぞ」
馬車が止まったかと思えばマクベスタが扉を開けて手を差し出してくる。その手を取り、シルフを抱えながら馬車から降りる。
後に続いて師匠も降りて、私達は門番の衛兵案内のもと、シャンパージュ伯爵家にお邪魔した。
「ようこそお越しくださいました、アミレス様!」
「こんにちは、メイシア。夫人の様子はどうかしら?」
「今では庭を散歩出来る程まで回復しました。本当に、アミレス様のおかげです」
「そう、なら良かったわ。今、夫人に挨拶出来そうかしら?」
「勿論です! 是非、お母さんにも会っていってください!」
出迎えてくれたメイシアと話しながら、私は先に伯爵夫人に挨拶に向かう事にした。
伯爵夫人と改めてお会いしたのは帝国に帰って来てから一ヶ月と少しが経った頃だった。その頃には夫人の体調もかなり回復していて、私はシャンパージュ伯爵邸の皆様に改めて非常に感謝されてしまった。
それからというもの、貧民街大改造計画やデザイナー業の話の為にシャンパージュ伯爵邸に訪れた際は夫人にも挨拶するようになったのだ。
伯爵夫人の部屋の扉をメイシアが「アミレス様がいらっしゃったよ、お母さん!」と言いながら開く。ぺこりとお辞儀をしながら部屋に入り、元気そうに刺繍をしている伯爵夫人に私は「こんにちは、伯爵夫人。お加減はいかがですか?」と挨拶をした。
伯爵夫人は美しく柔らかな微笑みを浮かべ、
「お陰様でかなり良くなってまいりました。アミレス王女殿下が気を使ってくださったからですわ」
刺繍の手を止めて小さく頭を下げた。顔を上げてくださいと言うと、相変わらず皆困ったような驚くような瞳でこちらを見てくる。
……そんなにおかしいのかなぁ、人に頭を下げさせるのがどうも苦手なのって。だって嫌じゃない? 年上の人達に何度も頭下げられるの。なんというか、こう…どうすればいいか分からなくなるわ。
「夫人、その後はどうだー? 魔眼の力が無くなった訳だが」
「エンヴィー様のお陰で何かを見る事が怖くなくなりました。ただ、少し視力が落ちたような気がします」
「まぁなァ、魔眼がその力を失えば残るものはただの目ン玉だ。魔眼だった頃より視力が落ちんのも仕方ねぇーよ」
「そういうものだと割り切って、今はこの視力に慣れるよう、こうして細かい作業をしているのですわ」
師匠と伯爵夫人が医者と患者の診察のように話す。そう、実はメイシアとは違って伯爵夫人は師匠に延焼の魔眼の力を回収して貰っていた。私はその時初めて伯爵夫人も魔眼所持者である事を知った。
…そう言えば、帝国に戻ってきてからというものの……師匠は妙にメイシアと仲がいい。というか頻繁に会っているようだ、私よりも多く。
ずるくないかしら。私だってメイシアに会いたいのをぐっっっ…と堪えて日々公務と貧民街大改造計画の総指揮とデザイナー業と特訓頑張ってるのに。
あぁ、ちなみに公務というのはですね。なんと先月より皇帝がタランテシア帝国に用があるとかで、数ヶ月間帝国を空ける事になったのだ。
それにあたり本来皇帝がやるべき公務や仕事全てが皇太子たるフリードルに押し付けられ、これまで蔑ろにされまくってた私まで、何故かその巻き添えを食らったのだ。
とは言えども。皇帝はいないがケイリオルさんはフリードルの補佐として帝国に残っているので、困った事や限界が来たらあの人を全力で頼ろう。
多分、何となくなんだけど……ケイリオルさんは味方な気がするのよね。
少なくとも皇帝の側近にアミレスが殺されるのは一作目にしかないシナリオだし、二作目では皇帝とか攻略対象に殺されるので、ケイリオルさんに殺される事は無い。
つまり二作目の世界と仮定しているこの世界において、彼はフリードルや皇帝程警戒する必要の無い相手なのだ。
何だかハイラもケイリオルさんの事は信用しているみたいだしね。きっと信じても大丈夫だろうと、この六年で私も判断したのだ。
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