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第二章・監国の王女
117.私は王女殿下と再会した。
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時は残暑。夏の終わりを迎え、まだ僅かに残る熱気が汗を呼ぶ朝。
「──ッ!! はぁ、はぁ……また、あの……っ!」
勢いよく体を起こし、荒い息を落ち着かせようと下手くそな深呼吸を繰り返す。まるで実際に起きた出来事かのように鮮明な悪夢……それを度々見るようになって、私はあまり眠れなくなっていた。
それは夢と言うにはあまりにも現実的すぎて──……いや、もしかしたら。あれはある種の私の未来そのものなのかもしれない。どこかの地点で分岐した、私の未来の可能性の一つ。
そうとしか考えられない。途中まではまさに私の歩んで来た人生そのもの…だが途中からはまだ私も歩んでいない未来の結末を映し出していた。
どういう事なのか自分でもサッパリではあるが、悪夢に合理性など求めるものではない。だからあれは……限りなく現実に近い悪夢なのだ。
悪夢の中の私が感じた全てが、まるで最初から私のものであったように私の中に流れ込んで来る。
果てしない絶望の慟哭。この私とは違う道を行った、別の私が辿った結末。それは何度見ても私の心までもを締め付け、押し潰してしまいそうな程にその苦しみを流し込んで来た。
「……三年後に、もし、本当に王女殿下が…」
あの悪夢は、どうやら今より三年後の話のようだった。私の知らない私の人生。私の知らない未来の話。
あの未来と同じように、もし王女殿下が天へと旅立たれてしまったら──。
そう、考えて。私の体は形容しがたき恐怖に襲われた。口元を押さえ、叫び出したい気持ちを何とか抑え込む。
初めてこの悪夢を見たのはオセロマイト王国に向かう道中で野宿をした時だった。痛い程に伝わってくる悪夢の中の私の感情。その所為で、気づけば私は泣いていた。
涙なんて、王女殿下に我が名前を呼んでいただけた時以来一度も流していなかったのに。王女殿下に情けない姿をお見せし、更には私ごときが心配までお掛けしてしまった。加えて、手を握っていただくなど……!
騎士として一生モノの恥だ。だが………純粋に嬉しかった自分もいた。
その前の移動中で、王女殿下の御身体をお守りしていた時もそうだったが…あんなにも小さくか弱い存在であらせられた王女殿下がこんなにも健やかに成長して下さった事を実感出来て、とても嬉しかった。
十年という月日はあまりにも長い。私が王女殿下から離れてしまったその期間で、王女殿下はあまりにもお強く…高潔に成長なされた。
最後にお会いした時、王女殿下はまだ幼かったので私の事を覚えてなくて当然だった。でも、それで良いのだ。寧ろ誓いを違えてしまった私の事など覚えていて欲しくなかった。
今年の十二月の騎士団入団試験を受け、正規の騎士となり改めて王女殿下の御前に……と考えていたのだが。その必要が無くなってしまった。
何故なら王女殿下の私兵となる事が叶ったからだ。私兵と言えども、私としては心も体も王女殿下の騎士だ。
今は無理でもいずれきちんとした誓いを立てよう…そんなささやかな希望が、恐慌状態の心臓に落ち着きを取り戻してくれる。
ああ……本当に夢のようだ。ご成長なされた王女殿下に今一度お会いする事が叶い、更にはあの御方の剣として生きる事が出来るなんて。
湧き上がる喜びに胸を焼かれ、心臓が熱く鼓動する。悪夢から訪れた苦しみ達も、この喜びによって押し潰されどこかへと消えていた。
…だがしかし、一つ懸念すべき点もある。王女殿下があまりにもお強い事だ。
仕える主が非常に強き存在であるという事は騎士にとって光栄な事。そのような主に仕える事を許されるのだから、騎士としてはこれ以上無い栄誉となるのだ。
だが同時に、主に恥じぬ強き騎士である事が求められる。その為、王女殿下の騎士たる私は強く在らねばならない。もっともっと強くならねばと決意した私は、寝台から飛び降りて剣を片手に近くの空き地へと向かった。
そして基礎的な体力作りや筋肉作りを中心に体動かしていた。
そんな鍛錬の最中思い出されるは、王女殿下との十年ぶりの再会となったあの日の事。
あの奴隷商の一件でディオに取引を持ちかけた勇敢な少女……私はその夜のうちに例の少女と顔を合わせる事はなく、ディオ達づてにその話を聞いただけだったのだが、その夜に少女に会おうとしなかった事を、あの日後悔した。
その少女が私達全員に用があるとラークが呼びに来て、皆でディオの家に向かった所………あの御方が、そこにいた。
──桃色の髪に寒色の瞳。一目でわかる。例え髪の色が変わっていようと、私がその御方を見間違える訳がない。あんなにも皇后陛下と瓜二つな御方などこの世界にただ一人。
息が止まった。あまりにも突然の出来事に視界がチカチカと瞬いているようだった。その後、追い討ちとばかりにディオの口から紹介されたあの御方の御名前。
ずっと、ずっと私が思い続けていたたった一人の女性の尊き御名前。それを聞いて、更に王女殿下と一瞬目が合ってしまった時…私は、顔を逸らしてしまった。
あまりにも突然の事で心の準備が出来ていなかった……というよりかは、もし真正面からあの御方のご尊顔を拝謁してしまってはうっかり泣いてしまいそうな予感がしたのだ。
そのような事、恥以外の何物でもない。それにこの時にはまだ、王女殿下が私の事を覚えているかもしれないという不安もあった。故に顔を……。
十年ぶりだ。ずっとお会いしたかった王女殿下に、このような所でお会いする事が叶うなんて思いもしなかった! ああっ…あんなにも小さくか弱くあらせられた王女殿下がこんなにも大きく、まさに荘厳美麗……この世の何よりもお美しく気高く成長なされて……っ!
今まで私が会ってきた全ての人間の中で最も優美で可憐──いや待て、落ち着くんだイリオーデ。
ずっと、必ずや王女殿下のお傍にと考えていたにも関わらず、いざ王女殿下にお会いする事が叶った際に口にする言葉の一つも考えていないではないか。
気の利いた洒落の一つも言えないで果たして王女殿下の騎士になれるのか、何故こういう事には気が回らないんだ私は!!
と、私がそうやって一人で心の中で非常に焦り興奮していた所、メアリーとシアンが王女殿下に粗相を働いた。これが身内でなければ、私はその場で首をへし折っていた事だろう。
しかしこの時は私の出番では無かった。王女殿下がとても砕けた口調でメアリーとシアンにも分かりやすいように語りかける。………ただ、その内容に関しては色々と、私の脳内にてきちんと保持させていただく事にした。
どこの貴族共が王女殿下を侮辱しているのか…追追調べて制裁を加えなければと。皇帝陛下だけでなく皇太子殿下まで王女殿下を嫌うだなんて、そんな馬鹿なと。
私がどれ程馬鹿な信じられないと思っていても、残酷な事にそれが事実なのだ。王女殿下は確かに御二方に疎まれ、更にはいつ殺されるやも分からない状況で生きてきたらしい。
何故、そんな王女殿下のお傍に私はいなかったのか。この時……私は強く、そう悔やんだ。
そして私は、無礼にも王女殿下に粗相を働いたメアリーとシアンに謝罪を促した。すると、慈悲深き王女殿下は二人の事をお許しになったのだ。ああ、なんとお優しき御方なのか。
加えて──会話を、してしまった。王女殿下と、会話を。
早く王女殿下と言葉を交わしたいと思っていた十年前の記憶が、まるで昨日のように思い出された。それが十年越し、十二歳にまでご成長なされた王女殿下と実現するだなんて。
私は一体、前世でどれだけの得を積んだのだろうか。
穢れた心が浄化されるような眩い微笑みを、王女殿下は私に向けて来た。その瞬間。私は感極まり、なりふり構わずその場で跪いていた。
順序というものがあると、そう、頭では理解していたのだが……どうにも心と体が勝手に先走ってしまったのだ。
『……メアリーとシアンを許してくださった事、心より感謝致します。私はイリオーデ、慈悲深き王女殿下に忠誠を誓いたく申し上げます』
当時一歳程であった王女殿下は私の事など覚えていないだろう。だからこうして今一度改めて誓いを捧げたのだ。
メアリーとシアンをダシにしたのは事実だ。突拍子の無い忠誠では流石に王女殿下を困らせてしまう事になる、という自覚が私にもあったのだ。
だがしかし。この時は王女殿下に忠誠を受け取っていただけず、何なら誤解されてしまったようでもあった。
しかしまぁ…王女殿下の私兵になれたのだから良しとしよう。恐らく私はあの中の誰よりもその事に喜んでいたと思う。表には出さなかったが、我ながら柄にもなくかなりはしゃいでいた。
その浮かれもあったのか、はたまた私が弱すぎたのか……王女殿下の御友人というマクベスタ王子に大敗を喫した。
彼は強い。それは立ち姿や鞘を構えた時には既に分かっていた事だったが………まさかあれ程とは。
これでも帝国の剣たる父から剣を教わり、二十年来欠かさず剣を手に鍛錬を積んで来たのだが…歳下でまだ発展途上の少年相手に手も足も出ないなんて。
王女殿下の騎士として恥ずかしい限りだな…と我が身の至らなさに下唇を噛んでいた時。
『……貴殿は、本来大剣ではなく長剣を得物としているのでは? 理由は特に無いのだが、何となくそうだと思ったんだ。だからこそ何故貴殿が大剣を使っていたのか、オレには分からないが…貴殿が本来の得物を使っていたのならば、オレは恐らく勝てなかっただろう』
ディオの家に戻る道中で、マクベスタ王子が疑問を手に話しかけて来たのだ。
確かに、彼の言う通り私の本来の得物は長剣だ。一通りの剣や武器を扱えるように昔躾られたので、一通りの武器を扱えるものの、やはり最も得意とするのは長剣なのだ。
ただ、この時私は大剣を使っていた。何故かと言うと。
『……長年使っていた長剣は、先の冬の薪割りの際に寿命を迎え折れてしまってな。新しく買う金も無かった上、使える大剣があったからこちらを使っていたんだ』
『えっ、薪割り………?!』
試行錯誤の末、長剣で薪割りをするのが最も効率的だったんだ。と話すとマクベスタ王子はぎょっとした顔で『そうなのか………』と呟いた。
家を出た時から使っていたそれなりにいい剣。金が無いので道具を揃えられず、きちんと手入れをする事が出来なかったからかあっさりと寿命を迎えてしまった。
分配された謝礼を私も貰ったので、近々長剣を買いに行こうと思っていた所だった。王女殿下の騎士となるのだから、流石に最も得意とする武器を常に持たずしてどうする。
明日にでも長剣を買いに行こう。そう決めて、有言実行…私は翌日には長剣を買い、それを手に馴染ませるよう延々と素振りをしていた。
そして王女殿下との再会より数日後の夜。いつも以上に鍛錬に精を出していた私達は着替えていたのだが…ふと、何となくではあるが王女殿下がいらした気がしたのだ。
これはただの直感。しかし、もしこれが現実であったなら……夜の貧民街に訪れる高貴な御方など、乞食や暴漢の格好の的だ。
だからもしもの場合に備え、お守りする為にもお迎えに上がらねばと。その一心で過去一の速度で着替えを済まして私は家を飛び出た。
この時の私は、王女殿下が一人で手練の大人達相手に大立ち回りをしたと言う話を完全に忘れていた。それだけ焦っていたのである。
すると家の近くに、どこにでもあるような荷馬車が止まっていた。その傍に見えるはこの街に不似合いな御方。今の所危険な目に遭った様子は無いと確認し、安堵した私は当然のように、なんの迷いもなく、その場で跪いた。
そして王女殿下は私にこう問われた──
『………そんな所で一体何をしているの? イリオーデ』
──何をしているか、という問であり私は『跪いていた』と答える事が正解だったのだろう。だがしかし、私はそれを出来なかった。
当然だ。何せ王女殿下が私の名を呼んで下さったのだから! 王女殿下が! 私の名を!!
『いーぉーで』と舌足らずにも愛らしく懸命に我が名を呼んで下さっていたあの王女殿下が、こんなにもハッキリ『イリオーデ』と呼んでくださったこの事実に。私は歓喜に打ち震えていたのだ。
これに興奮せずして何に興奮しろと。その喜びのあまり私は、『私は王女殿下の騎士ですので』などと答えになっていない言葉を返してしまっていた。
王女殿下は何やらシャルに用事があるようで、シャルがどこにいるのかと尋ねて来た。
何故王女殿下があの天然馬鹿に……と私は柄にもなく拗ねていた。しかし私は王女殿下の騎士だ。王女殿下に問われたのならば答え(ていなかったが)、王女殿下に求められたのならば応える。
なのでシャルがいるディオの家まで案内したのだが、あいつ等、まだ着替えていた。遅過ぎる…王女殿下のお目汚しをしおって。
そう責任転嫁すると、ディオの当然の怒りがこちらに飛ばされる。だが私はそれを無視した。
そしてシャル達の準備が終わり、王女殿下のお話を聞く事に。それは他国にて蔓延する未曾有の伝染病を根絶しに行くというもの。
ああ確かに、それならば王女殿下がシャルに用事があると仰ったのも納得だ。とても危険で、今すぐにでもお止めしたいような無謀な計画……だが、王女殿下の瞳にある決意は揺るぎないものであり、それに私が異を唱える事などあってはならない。
ならばせめて。私もそれに同行し、いざと言う時に王女殿下のお力となれるようにしようと。
とにかく何とかしてシャルと共に行こうと決めた私は、馬車の手綱を引く役目に食い気味に立候補した。我ながら、他の追随を許さない素早い挙手だったと思う。
「──ッ!! はぁ、はぁ……また、あの……っ!」
勢いよく体を起こし、荒い息を落ち着かせようと下手くそな深呼吸を繰り返す。まるで実際に起きた出来事かのように鮮明な悪夢……それを度々見るようになって、私はあまり眠れなくなっていた。
それは夢と言うにはあまりにも現実的すぎて──……いや、もしかしたら。あれはある種の私の未来そのものなのかもしれない。どこかの地点で分岐した、私の未来の可能性の一つ。
そうとしか考えられない。途中まではまさに私の歩んで来た人生そのもの…だが途中からはまだ私も歩んでいない未来の結末を映し出していた。
どういう事なのか自分でもサッパリではあるが、悪夢に合理性など求めるものではない。だからあれは……限りなく現実に近い悪夢なのだ。
悪夢の中の私が感じた全てが、まるで最初から私のものであったように私の中に流れ込んで来る。
果てしない絶望の慟哭。この私とは違う道を行った、別の私が辿った結末。それは何度見ても私の心までもを締め付け、押し潰してしまいそうな程にその苦しみを流し込んで来た。
「……三年後に、もし、本当に王女殿下が…」
あの悪夢は、どうやら今より三年後の話のようだった。私の知らない私の人生。私の知らない未来の話。
あの未来と同じように、もし王女殿下が天へと旅立たれてしまったら──。
そう、考えて。私の体は形容しがたき恐怖に襲われた。口元を押さえ、叫び出したい気持ちを何とか抑え込む。
初めてこの悪夢を見たのはオセロマイト王国に向かう道中で野宿をした時だった。痛い程に伝わってくる悪夢の中の私の感情。その所為で、気づけば私は泣いていた。
涙なんて、王女殿下に我が名前を呼んでいただけた時以来一度も流していなかったのに。王女殿下に情けない姿をお見せし、更には私ごときが心配までお掛けしてしまった。加えて、手を握っていただくなど……!
騎士として一生モノの恥だ。だが………純粋に嬉しかった自分もいた。
その前の移動中で、王女殿下の御身体をお守りしていた時もそうだったが…あんなにも小さくか弱い存在であらせられた王女殿下がこんなにも健やかに成長して下さった事を実感出来て、とても嬉しかった。
十年という月日はあまりにも長い。私が王女殿下から離れてしまったその期間で、王女殿下はあまりにもお強く…高潔に成長なされた。
最後にお会いした時、王女殿下はまだ幼かったので私の事を覚えてなくて当然だった。でも、それで良いのだ。寧ろ誓いを違えてしまった私の事など覚えていて欲しくなかった。
今年の十二月の騎士団入団試験を受け、正規の騎士となり改めて王女殿下の御前に……と考えていたのだが。その必要が無くなってしまった。
何故なら王女殿下の私兵となる事が叶ったからだ。私兵と言えども、私としては心も体も王女殿下の騎士だ。
今は無理でもいずれきちんとした誓いを立てよう…そんなささやかな希望が、恐慌状態の心臓に落ち着きを取り戻してくれる。
ああ……本当に夢のようだ。ご成長なされた王女殿下に今一度お会いする事が叶い、更にはあの御方の剣として生きる事が出来るなんて。
湧き上がる喜びに胸を焼かれ、心臓が熱く鼓動する。悪夢から訪れた苦しみ達も、この喜びによって押し潰されどこかへと消えていた。
…だがしかし、一つ懸念すべき点もある。王女殿下があまりにもお強い事だ。
仕える主が非常に強き存在であるという事は騎士にとって光栄な事。そのような主に仕える事を許されるのだから、騎士としてはこれ以上無い栄誉となるのだ。
だが同時に、主に恥じぬ強き騎士である事が求められる。その為、王女殿下の騎士たる私は強く在らねばならない。もっともっと強くならねばと決意した私は、寝台から飛び降りて剣を片手に近くの空き地へと向かった。
そして基礎的な体力作りや筋肉作りを中心に体動かしていた。
そんな鍛錬の最中思い出されるは、王女殿下との十年ぶりの再会となったあの日の事。
あの奴隷商の一件でディオに取引を持ちかけた勇敢な少女……私はその夜のうちに例の少女と顔を合わせる事はなく、ディオ達づてにその話を聞いただけだったのだが、その夜に少女に会おうとしなかった事を、あの日後悔した。
その少女が私達全員に用があるとラークが呼びに来て、皆でディオの家に向かった所………あの御方が、そこにいた。
──桃色の髪に寒色の瞳。一目でわかる。例え髪の色が変わっていようと、私がその御方を見間違える訳がない。あんなにも皇后陛下と瓜二つな御方などこの世界にただ一人。
息が止まった。あまりにも突然の出来事に視界がチカチカと瞬いているようだった。その後、追い討ちとばかりにディオの口から紹介されたあの御方の御名前。
ずっと、ずっと私が思い続けていたたった一人の女性の尊き御名前。それを聞いて、更に王女殿下と一瞬目が合ってしまった時…私は、顔を逸らしてしまった。
あまりにも突然の事で心の準備が出来ていなかった……というよりかは、もし真正面からあの御方のご尊顔を拝謁してしまってはうっかり泣いてしまいそうな予感がしたのだ。
そのような事、恥以外の何物でもない。それにこの時にはまだ、王女殿下が私の事を覚えているかもしれないという不安もあった。故に顔を……。
十年ぶりだ。ずっとお会いしたかった王女殿下に、このような所でお会いする事が叶うなんて思いもしなかった! ああっ…あんなにも小さくか弱くあらせられた王女殿下がこんなにも大きく、まさに荘厳美麗……この世の何よりもお美しく気高く成長なされて……っ!
今まで私が会ってきた全ての人間の中で最も優美で可憐──いや待て、落ち着くんだイリオーデ。
ずっと、必ずや王女殿下のお傍にと考えていたにも関わらず、いざ王女殿下にお会いする事が叶った際に口にする言葉の一つも考えていないではないか。
気の利いた洒落の一つも言えないで果たして王女殿下の騎士になれるのか、何故こういう事には気が回らないんだ私は!!
と、私がそうやって一人で心の中で非常に焦り興奮していた所、メアリーとシアンが王女殿下に粗相を働いた。これが身内でなければ、私はその場で首をへし折っていた事だろう。
しかしこの時は私の出番では無かった。王女殿下がとても砕けた口調でメアリーとシアンにも分かりやすいように語りかける。………ただ、その内容に関しては色々と、私の脳内にてきちんと保持させていただく事にした。
どこの貴族共が王女殿下を侮辱しているのか…追追調べて制裁を加えなければと。皇帝陛下だけでなく皇太子殿下まで王女殿下を嫌うだなんて、そんな馬鹿なと。
私がどれ程馬鹿な信じられないと思っていても、残酷な事にそれが事実なのだ。王女殿下は確かに御二方に疎まれ、更にはいつ殺されるやも分からない状況で生きてきたらしい。
何故、そんな王女殿下のお傍に私はいなかったのか。この時……私は強く、そう悔やんだ。
そして私は、無礼にも王女殿下に粗相を働いたメアリーとシアンに謝罪を促した。すると、慈悲深き王女殿下は二人の事をお許しになったのだ。ああ、なんとお優しき御方なのか。
加えて──会話を、してしまった。王女殿下と、会話を。
早く王女殿下と言葉を交わしたいと思っていた十年前の記憶が、まるで昨日のように思い出された。それが十年越し、十二歳にまでご成長なされた王女殿下と実現するだなんて。
私は一体、前世でどれだけの得を積んだのだろうか。
穢れた心が浄化されるような眩い微笑みを、王女殿下は私に向けて来た。その瞬間。私は感極まり、なりふり構わずその場で跪いていた。
順序というものがあると、そう、頭では理解していたのだが……どうにも心と体が勝手に先走ってしまったのだ。
『……メアリーとシアンを許してくださった事、心より感謝致します。私はイリオーデ、慈悲深き王女殿下に忠誠を誓いたく申し上げます』
当時一歳程であった王女殿下は私の事など覚えていないだろう。だからこうして今一度改めて誓いを捧げたのだ。
メアリーとシアンをダシにしたのは事実だ。突拍子の無い忠誠では流石に王女殿下を困らせてしまう事になる、という自覚が私にもあったのだ。
だがしかし。この時は王女殿下に忠誠を受け取っていただけず、何なら誤解されてしまったようでもあった。
しかしまぁ…王女殿下の私兵になれたのだから良しとしよう。恐らく私はあの中の誰よりもその事に喜んでいたと思う。表には出さなかったが、我ながら柄にもなくかなりはしゃいでいた。
その浮かれもあったのか、はたまた私が弱すぎたのか……王女殿下の御友人というマクベスタ王子に大敗を喫した。
彼は強い。それは立ち姿や鞘を構えた時には既に分かっていた事だったが………まさかあれ程とは。
これでも帝国の剣たる父から剣を教わり、二十年来欠かさず剣を手に鍛錬を積んで来たのだが…歳下でまだ発展途上の少年相手に手も足も出ないなんて。
王女殿下の騎士として恥ずかしい限りだな…と我が身の至らなさに下唇を噛んでいた時。
『……貴殿は、本来大剣ではなく長剣を得物としているのでは? 理由は特に無いのだが、何となくそうだと思ったんだ。だからこそ何故貴殿が大剣を使っていたのか、オレには分からないが…貴殿が本来の得物を使っていたのならば、オレは恐らく勝てなかっただろう』
ディオの家に戻る道中で、マクベスタ王子が疑問を手に話しかけて来たのだ。
確かに、彼の言う通り私の本来の得物は長剣だ。一通りの剣や武器を扱えるように昔躾られたので、一通りの武器を扱えるものの、やはり最も得意とするのは長剣なのだ。
ただ、この時私は大剣を使っていた。何故かと言うと。
『……長年使っていた長剣は、先の冬の薪割りの際に寿命を迎え折れてしまってな。新しく買う金も無かった上、使える大剣があったからこちらを使っていたんだ』
『えっ、薪割り………?!』
試行錯誤の末、長剣で薪割りをするのが最も効率的だったんだ。と話すとマクベスタ王子はぎょっとした顔で『そうなのか………』と呟いた。
家を出た時から使っていたそれなりにいい剣。金が無いので道具を揃えられず、きちんと手入れをする事が出来なかったからかあっさりと寿命を迎えてしまった。
分配された謝礼を私も貰ったので、近々長剣を買いに行こうと思っていた所だった。王女殿下の騎士となるのだから、流石に最も得意とする武器を常に持たずしてどうする。
明日にでも長剣を買いに行こう。そう決めて、有言実行…私は翌日には長剣を買い、それを手に馴染ませるよう延々と素振りをしていた。
そして王女殿下との再会より数日後の夜。いつも以上に鍛錬に精を出していた私達は着替えていたのだが…ふと、何となくではあるが王女殿下がいらした気がしたのだ。
これはただの直感。しかし、もしこれが現実であったなら……夜の貧民街に訪れる高貴な御方など、乞食や暴漢の格好の的だ。
だからもしもの場合に備え、お守りする為にもお迎えに上がらねばと。その一心で過去一の速度で着替えを済まして私は家を飛び出た。
この時の私は、王女殿下が一人で手練の大人達相手に大立ち回りをしたと言う話を完全に忘れていた。それだけ焦っていたのである。
すると家の近くに、どこにでもあるような荷馬車が止まっていた。その傍に見えるはこの街に不似合いな御方。今の所危険な目に遭った様子は無いと確認し、安堵した私は当然のように、なんの迷いもなく、その場で跪いた。
そして王女殿下は私にこう問われた──
『………そんな所で一体何をしているの? イリオーデ』
──何をしているか、という問であり私は『跪いていた』と答える事が正解だったのだろう。だがしかし、私はそれを出来なかった。
当然だ。何せ王女殿下が私の名を呼んで下さったのだから! 王女殿下が! 私の名を!!
『いーぉーで』と舌足らずにも愛らしく懸命に我が名を呼んで下さっていたあの王女殿下が、こんなにもハッキリ『イリオーデ』と呼んでくださったこの事実に。私は歓喜に打ち震えていたのだ。
これに興奮せずして何に興奮しろと。その喜びのあまり私は、『私は王女殿下の騎士ですので』などと答えになっていない言葉を返してしまっていた。
王女殿下は何やらシャルに用事があるようで、シャルがどこにいるのかと尋ねて来た。
何故王女殿下があの天然馬鹿に……と私は柄にもなく拗ねていた。しかし私は王女殿下の騎士だ。王女殿下に問われたのならば答え(ていなかったが)、王女殿下に求められたのならば応える。
なのでシャルがいるディオの家まで案内したのだが、あいつ等、まだ着替えていた。遅過ぎる…王女殿下のお目汚しをしおって。
そう責任転嫁すると、ディオの当然の怒りがこちらに飛ばされる。だが私はそれを無視した。
そしてシャル達の準備が終わり、王女殿下のお話を聞く事に。それは他国にて蔓延する未曾有の伝染病を根絶しに行くというもの。
ああ確かに、それならば王女殿下がシャルに用事があると仰ったのも納得だ。とても危険で、今すぐにでもお止めしたいような無謀な計画……だが、王女殿下の瞳にある決意は揺るぎないものであり、それに私が異を唱える事などあってはならない。
ならばせめて。私もそれに同行し、いざと言う時に王女殿下のお力となれるようにしようと。
とにかく何とかしてシャルと共に行こうと決めた私は、馬車の手綱を引く役目に食い気味に立候補した。我ながら、他の追随を許さない素早い挙手だったと思う。
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そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
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マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
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