111 / 765
第一章・救国の王女
106.オレは彼女と出会った。
しおりを挟む
思い返せば全部とても些細な事だった。小さなきっかけを積み重ねて、徐々にその花は芽吹こうとしていたんだ。
帝国の騎士達に弱小国の王子でしかないオレは相手にされず、一人で素振りをしていた時。
『一緒に剣の特訓をしませんか?』
そう、提案してきた風変わりな少女がいた。銀色の髪に寒色の瞳を持つオレよりもずっと小さいその少女が、現フォーロイト帝国唯一の王女アミレス・ヘル・フォーロイト殿下である事は一目で分かった。
淑女らしくドレスを身に纏うのではなく、男のようにシャツとズボンを身に纏い、扇や宝石ではなく剣を手に持つ少女。
彼女は一緒に強くなろうと、オレに手を差し伸べてくれたのだ──。
ある夏の日の事。アミレスとの特訓を初めて二ヶ月程が経った頃だった。この頃にはオレも二つ歳下の彼女と打ち解ける事も出来て、彼女の魔法と剣の師匠たるシルフと師匠とも少しは仲良くなれたと思う(シルフには妙に警戒されているが)。
お二方ともなんとあの精霊と呼ばれる存在であり、それを初めて聞いた時はアミレスが精霊士なのかと目がひっくり返る思いだった。
だが実際は違い、何と彼等二人はただの好意…アミレスを気に入ってるからという理由だけで召喚された訳でもなくこちらの世界に降り立ち、アミレスに剣と魔法を教えているらしい。
気まぐれな精霊にそこまでさせるとは、アミレスにはまだまだオレには分からない魅力や力があるのだろう。そう、当時は納得していた。
そしてこの夏の日に、オレもその魅力を理解する事となったのだ。
「………小国からの親善使節ごときに、何か御用でしょうか」
ほぼ毎日天気が悪い日以外はアミレスと共に特訓をしていたので、この日もいつも通り東宮の裏手にある特訓場に向かうつもりだった。
ただいつも使っている道が馬の手入れだとかで塞がっていて、別の道を行く必要があった。その為に少し騎士団の訓練場近くを通った所……物の見事に絡まれた。
複数人の騎士に囲まれ、オレは逃げ出せなくなっていた。約束の時間まで後少しなのに、こんな所で道草を食う訳には…………。
そう考えて事を穏便に済まそうと下出に出たのだが、これは逆効果だったらしい。
「いやぁ、我々も今丁度手が空いておりまして。以前王子が我々と共に訓練がしたいと! そう仰っていた事を思い出しまして、ねぇ?」
「ああそうだ! 王子もきっとお暇でしょう、良ければ我々がお付き合いして差しあげましょうか?」
「遠慮なさらず、例え王子のお遊びの剣であろうと我々は全力でお相手しますから。そうだよなお前達!」
「勿論だとも!」
「だから安心して下さい王子。我々と、共に………訓練、しましょうか?」
底意地の悪い笑みを浮かべる大人達。それはまるで、新しい遊び道具を見つけたかのようであった。
…いや、事実そうなのだろう。オレは彼等大人を相手に何も出来ず、結果袋叩きにあった。
木剣とはいえ何度も殴られたら痛いし、最早剣も関係なくただただ嬲られた。体中を傷だらけにされ、服も汚された。
だけどオレは抵抗しなかった。オレには抵抗する権利が無い。例え彼等が子供相手に複数人で憂さ晴らしをするような屑であろうと、フォーロイト帝国の人間である事は変わりない。
フォーロイト帝国のご機嫌取りの為に来ているオレが、フォーロイト帝国の人間に刃向かう事など許されないのだ。
だから何もしない。正直な所、この男達は全員本当に騎士かと疑うぐらい弱い。それに技術も拙い。
うちの騎士団長や師匠と比べると雲泥の差がある。その為、彼等の攻撃は全部見えたし、避ける事も反撃も可能ではあった。
だけど許されない。こんな屑相手でもオレは下出に出なくてはならない。反抗してはならない。従順でなくてはならない。それが弱小国が生き残る唯一の道だから。
オレの感情も、尊厳も関係ないのだ。
「王子サマぁ~、いかがでしたか我々との訓練は? あまりにも王子サマが弱すぎて、まるで我々が集団で王子を嬲ったように見えてしまうではありませんか!」
「俺達はただ王子と訓練していただけなのにな!」
「まさか王子がこんなにも弱いだなんて! まったくの誤算だ!!」
「ははははははは!」
大人達は何度も訓練だと強調した。別にそのような予防線を張らずとも、フォーロイト帝国がわざわざ我が国相手に配慮する事などないから安心すればいいのに。
どれだけオレを虐げようと、彼等が罰せられる事は無いだろう。誰しも、弱小国からゴマすりの為に寄越された王子より、この国で騎士として戦う彼等の言葉を信じるだろうから。
ひとしきり虐げて満足したのか、大人達は「王子サマ、それではまた明日」と卑しい嘲笑を浮かべてここを後にした。
ボロボロになった体を起こし、執拗に蹴られた腹を押さえる。
「………っ、あのフォーロイト帝国の騎士が、まさかここまで腐敗してるとは……」
強きをくじき弱きを救う。民の良き営みを守る為に在る騎士という存在が、まさかこのような矮小な行いをするなんて……とオレは密かに失望していた。
そもそもこの時間、普通ならば騎士としての仕事中なのではないか? そうでないにしても普通は己の実力を高める為に鍛えるものだろう。しかも全員そこそこ酒臭かったぞ。
何だあの大人達は…寄って集って子供を囲って嬲り、それにこんな真昼間から酒浸りだと? フォーロイト帝国の騎士に憧れていたオレの幼気な心を返して欲しいぐらいだ。
「いって………最悪だ、アミレスとの約束にかなり遅れてしまう……」
はぁ、と大きくため息をついて立ち上がる。愛剣を手にふらつく足取りで彼女が待つであろう特訓場に向かうと。
「遅かったわねマクベスタ、先始めちゃってるわ……よ…」
既に剣を手に持っているアミレスが、オレの姿を見てぎょっとしていた。……どんな表情でも愛らしいな、彼女は。
「どうしたの?! 全身ボロボロじゃない!」
「……あー、その…来る道に馬がいてな」
「馬!? まっ、まさか蹴られたとか…? とと、とりあえず早く手当てしなきゃ!!」
「大した事ではないんだ、見た目程痛みも傷も無いから心配するな」
「心配するなって方が無理あるわよ……?!」
アミレスはそう言いながらハイラさんを呼びに走り出した。その間、オレは師匠と二人きりで取り残される。のそのそと近づいてきた師匠はオレの額目掛けて中指を親指で弾き、中々の打撃を与えてきた。
額を押えながら師匠を見上げると、師匠はじっとこちらを見下ろしていて。
「なんで何もしなかったんだよ」
「……何の事ですか」
「純粋な姫さんならともかく、本気で俺を騙せると思ってんのか」
どうやら師匠には嘘が通用しなかったらしい。……本気で騙せるとも思っていなかったが。
これは仕方のない事なのだと、諦めの面持ちで師匠を見上げて。
「だってオレはフォーロイト帝国へのご機嫌取りで来た身ですから。この国の人間に逆らうなんて事、あってはならないんだ」
「………あっそ。つまんねぇな、お前」
師匠は興味を失ったかのように踵を返した。あぁ、師匠を失望させてしまったかもしれない。でもこれは仕方のない事なんだ。
苛立ちや悔しさが無いかと言われれば、勿論あるが……でもこれは表に出してはならないもの。
大丈夫、感情の抑制なら慣れている。だからきっと平気だ。
あの日独りだったオレに手を差し伸べてくれた、心優しき彼女に迷惑をかけないで済むのなら。これぐらいいくらでも耐えられるとも。
色々な道具を持ったハイラさんをアミレスが連れて来て、オレはハイラさんの治療を受けた。
アミレス以外にはあの下手な嘘は通じなかったようで、治療中のハイラさんにも「…馬との衝突は避ける事を推奨します」と暗に騎士達と関わるなと言われてしまった。
そして怪我が悪化しない程度にその日も特訓し、帰る頃にはいつもの道も空いていて、誰かに絡まれる事もなく帝国滞在中のオレに用意された部屋に戻る事が出来た。
そして翌日、よく晴れた日だった。用意された食事を終え、暗澹と曇る心で特訓に向かう。
今日はいつもの道を通れるといいな、なんてささやかな希望すらも、この氷の国では通用しない。
城を出てすぐの場所にあの騎士達が待ち伏せしていたのだ。彼等はオレの姿を見つけるなり魔物のように口の端を吊り上げて近寄ってくる。
「昨日振りですねぇ王子サマ~」
そして馴れ馴れしく肩を組んで来たかと思えば、訓練場まで連行される。──勿論、周りにはオレが同意して着いて行っているように見せかけて。
ああ、またか。オレはまたアミレスに要らぬ心配をかけてしまうのか。
袋叩きに遭う事よりもそれが嫌だった。怪我も痛みも放っておけば消えるし忘れるものだ。
でも……彼女の不安そうな顔や、怯える顔は、いつまでもこの目に焼き付いていて消えやしない。
「それじゃあ王子サマ。今日も楽しく訓練しましょうか」
男達は一斉に木剣を振り上げて、猛禽類かのような鋭い瞳で笑う。そして男達は勢いよくそれを振り下ろした。
「──止まりなさい!」
しかし、その木剣はオレに猛威を振るう寸前で停止する。男達は突如訓練場に響いたその声に怯み、驚いていた。
それはオレも同じであった。その声はここ最近でよく耳にしている、あの少女の声だった──。
「ここは我が帝国が誇りし清廉にして高潔なる騎士団の訓練場! その場を汚すような騎士道精神に反する行いをするなど帝国騎士の恥と知りなさい!!」
大の大人達を相手に一切怯える様子も無く、その少女は堂々とした態度で言い放つ。
訓練場に似合わない可憐なドレス。陽光に照らされた銀色の波打つ髪は硝子のように煌めく。深き寒色の瞳は強い意志に満ちていた。
この場にいる誰もが、彼女が誰であるかを瞬時に理解した。例えこれまで一度も表舞台に立ってなかったのだとしても、間違える筈がない。
「──アミレス・ヘル・フォーロイト、王女殿下……?!」
男のうちの一人がわなわなと震えながら呟くと、男達は慌てて跪いた。
現在三人しかおられないフォーロイト帝国が皇族……そのうちの一人が、このような場に現れたのだ。帝国に仕える騎士ならば、跪かない方がおかしいというもの。
だがオレは跪けなかった。勿論そのつもりはあるのだが、彼女がここにいるという驚きのあまり体が思うように動かないのである。
「クッソ……ッ、何でこんな所に野蛮王女が現れるんだ!?」
「よりにもよってこのタイミングで!」
「いくら陛下と殿下に嫌われてるとは言え一応このガキも皇族だ、バレた以上不味い事になるかもしれん……!!」
「こうなったら何がなんでも雑魚王子に証言させるぞ!」
「所詮相手はロクな教育も受けてねぇ出来損ないだ、言い逃れなんて余裕だろ」
男達はアミレスに聞こえぬよう小声で会話していた。何と失礼な。何と愚かな。
この男達は何も分かっていない。アミレスという存在の一欠片も理解していない。にも関わらず知ったような口を聞くなんて。
許せない。初めてこの男達に怒りを覚えた。今すぐにでも殴りかかってしまいそうで、それを理性で何とか制する。
──その時だった。アミレスが威厳を漂わせて口を開いたのだ。
帝国の騎士達に弱小国の王子でしかないオレは相手にされず、一人で素振りをしていた時。
『一緒に剣の特訓をしませんか?』
そう、提案してきた風変わりな少女がいた。銀色の髪に寒色の瞳を持つオレよりもずっと小さいその少女が、現フォーロイト帝国唯一の王女アミレス・ヘル・フォーロイト殿下である事は一目で分かった。
淑女らしくドレスを身に纏うのではなく、男のようにシャツとズボンを身に纏い、扇や宝石ではなく剣を手に持つ少女。
彼女は一緒に強くなろうと、オレに手を差し伸べてくれたのだ──。
ある夏の日の事。アミレスとの特訓を初めて二ヶ月程が経った頃だった。この頃にはオレも二つ歳下の彼女と打ち解ける事も出来て、彼女の魔法と剣の師匠たるシルフと師匠とも少しは仲良くなれたと思う(シルフには妙に警戒されているが)。
お二方ともなんとあの精霊と呼ばれる存在であり、それを初めて聞いた時はアミレスが精霊士なのかと目がひっくり返る思いだった。
だが実際は違い、何と彼等二人はただの好意…アミレスを気に入ってるからという理由だけで召喚された訳でもなくこちらの世界に降り立ち、アミレスに剣と魔法を教えているらしい。
気まぐれな精霊にそこまでさせるとは、アミレスにはまだまだオレには分からない魅力や力があるのだろう。そう、当時は納得していた。
そしてこの夏の日に、オレもその魅力を理解する事となったのだ。
「………小国からの親善使節ごときに、何か御用でしょうか」
ほぼ毎日天気が悪い日以外はアミレスと共に特訓をしていたので、この日もいつも通り東宮の裏手にある特訓場に向かうつもりだった。
ただいつも使っている道が馬の手入れだとかで塞がっていて、別の道を行く必要があった。その為に少し騎士団の訓練場近くを通った所……物の見事に絡まれた。
複数人の騎士に囲まれ、オレは逃げ出せなくなっていた。約束の時間まで後少しなのに、こんな所で道草を食う訳には…………。
そう考えて事を穏便に済まそうと下出に出たのだが、これは逆効果だったらしい。
「いやぁ、我々も今丁度手が空いておりまして。以前王子が我々と共に訓練がしたいと! そう仰っていた事を思い出しまして、ねぇ?」
「ああそうだ! 王子もきっとお暇でしょう、良ければ我々がお付き合いして差しあげましょうか?」
「遠慮なさらず、例え王子のお遊びの剣であろうと我々は全力でお相手しますから。そうだよなお前達!」
「勿論だとも!」
「だから安心して下さい王子。我々と、共に………訓練、しましょうか?」
底意地の悪い笑みを浮かべる大人達。それはまるで、新しい遊び道具を見つけたかのようであった。
…いや、事実そうなのだろう。オレは彼等大人を相手に何も出来ず、結果袋叩きにあった。
木剣とはいえ何度も殴られたら痛いし、最早剣も関係なくただただ嬲られた。体中を傷だらけにされ、服も汚された。
だけどオレは抵抗しなかった。オレには抵抗する権利が無い。例え彼等が子供相手に複数人で憂さ晴らしをするような屑であろうと、フォーロイト帝国の人間である事は変わりない。
フォーロイト帝国のご機嫌取りの為に来ているオレが、フォーロイト帝国の人間に刃向かう事など許されないのだ。
だから何もしない。正直な所、この男達は全員本当に騎士かと疑うぐらい弱い。それに技術も拙い。
うちの騎士団長や師匠と比べると雲泥の差がある。その為、彼等の攻撃は全部見えたし、避ける事も反撃も可能ではあった。
だけど許されない。こんな屑相手でもオレは下出に出なくてはならない。反抗してはならない。従順でなくてはならない。それが弱小国が生き残る唯一の道だから。
オレの感情も、尊厳も関係ないのだ。
「王子サマぁ~、いかがでしたか我々との訓練は? あまりにも王子サマが弱すぎて、まるで我々が集団で王子を嬲ったように見えてしまうではありませんか!」
「俺達はただ王子と訓練していただけなのにな!」
「まさか王子がこんなにも弱いだなんて! まったくの誤算だ!!」
「ははははははは!」
大人達は何度も訓練だと強調した。別にそのような予防線を張らずとも、フォーロイト帝国がわざわざ我が国相手に配慮する事などないから安心すればいいのに。
どれだけオレを虐げようと、彼等が罰せられる事は無いだろう。誰しも、弱小国からゴマすりの為に寄越された王子より、この国で騎士として戦う彼等の言葉を信じるだろうから。
ひとしきり虐げて満足したのか、大人達は「王子サマ、それではまた明日」と卑しい嘲笑を浮かべてここを後にした。
ボロボロになった体を起こし、執拗に蹴られた腹を押さえる。
「………っ、あのフォーロイト帝国の騎士が、まさかここまで腐敗してるとは……」
強きをくじき弱きを救う。民の良き営みを守る為に在る騎士という存在が、まさかこのような矮小な行いをするなんて……とオレは密かに失望していた。
そもそもこの時間、普通ならば騎士としての仕事中なのではないか? そうでないにしても普通は己の実力を高める為に鍛えるものだろう。しかも全員そこそこ酒臭かったぞ。
何だあの大人達は…寄って集って子供を囲って嬲り、それにこんな真昼間から酒浸りだと? フォーロイト帝国の騎士に憧れていたオレの幼気な心を返して欲しいぐらいだ。
「いって………最悪だ、アミレスとの約束にかなり遅れてしまう……」
はぁ、と大きくため息をついて立ち上がる。愛剣を手にふらつく足取りで彼女が待つであろう特訓場に向かうと。
「遅かったわねマクベスタ、先始めちゃってるわ……よ…」
既に剣を手に持っているアミレスが、オレの姿を見てぎょっとしていた。……どんな表情でも愛らしいな、彼女は。
「どうしたの?! 全身ボロボロじゃない!」
「……あー、その…来る道に馬がいてな」
「馬!? まっ、まさか蹴られたとか…? とと、とりあえず早く手当てしなきゃ!!」
「大した事ではないんだ、見た目程痛みも傷も無いから心配するな」
「心配するなって方が無理あるわよ……?!」
アミレスはそう言いながらハイラさんを呼びに走り出した。その間、オレは師匠と二人きりで取り残される。のそのそと近づいてきた師匠はオレの額目掛けて中指を親指で弾き、中々の打撃を与えてきた。
額を押えながら師匠を見上げると、師匠はじっとこちらを見下ろしていて。
「なんで何もしなかったんだよ」
「……何の事ですか」
「純粋な姫さんならともかく、本気で俺を騙せると思ってんのか」
どうやら師匠には嘘が通用しなかったらしい。……本気で騙せるとも思っていなかったが。
これは仕方のない事なのだと、諦めの面持ちで師匠を見上げて。
「だってオレはフォーロイト帝国へのご機嫌取りで来た身ですから。この国の人間に逆らうなんて事、あってはならないんだ」
「………あっそ。つまんねぇな、お前」
師匠は興味を失ったかのように踵を返した。あぁ、師匠を失望させてしまったかもしれない。でもこれは仕方のない事なんだ。
苛立ちや悔しさが無いかと言われれば、勿論あるが……でもこれは表に出してはならないもの。
大丈夫、感情の抑制なら慣れている。だからきっと平気だ。
あの日独りだったオレに手を差し伸べてくれた、心優しき彼女に迷惑をかけないで済むのなら。これぐらいいくらでも耐えられるとも。
色々な道具を持ったハイラさんをアミレスが連れて来て、オレはハイラさんの治療を受けた。
アミレス以外にはあの下手な嘘は通じなかったようで、治療中のハイラさんにも「…馬との衝突は避ける事を推奨します」と暗に騎士達と関わるなと言われてしまった。
そして怪我が悪化しない程度にその日も特訓し、帰る頃にはいつもの道も空いていて、誰かに絡まれる事もなく帝国滞在中のオレに用意された部屋に戻る事が出来た。
そして翌日、よく晴れた日だった。用意された食事を終え、暗澹と曇る心で特訓に向かう。
今日はいつもの道を通れるといいな、なんてささやかな希望すらも、この氷の国では通用しない。
城を出てすぐの場所にあの騎士達が待ち伏せしていたのだ。彼等はオレの姿を見つけるなり魔物のように口の端を吊り上げて近寄ってくる。
「昨日振りですねぇ王子サマ~」
そして馴れ馴れしく肩を組んで来たかと思えば、訓練場まで連行される。──勿論、周りにはオレが同意して着いて行っているように見せかけて。
ああ、またか。オレはまたアミレスに要らぬ心配をかけてしまうのか。
袋叩きに遭う事よりもそれが嫌だった。怪我も痛みも放っておけば消えるし忘れるものだ。
でも……彼女の不安そうな顔や、怯える顔は、いつまでもこの目に焼き付いていて消えやしない。
「それじゃあ王子サマ。今日も楽しく訓練しましょうか」
男達は一斉に木剣を振り上げて、猛禽類かのような鋭い瞳で笑う。そして男達は勢いよくそれを振り下ろした。
「──止まりなさい!」
しかし、その木剣はオレに猛威を振るう寸前で停止する。男達は突如訓練場に響いたその声に怯み、驚いていた。
それはオレも同じであった。その声はここ最近でよく耳にしている、あの少女の声だった──。
「ここは我が帝国が誇りし清廉にして高潔なる騎士団の訓練場! その場を汚すような騎士道精神に反する行いをするなど帝国騎士の恥と知りなさい!!」
大の大人達を相手に一切怯える様子も無く、その少女は堂々とした態度で言い放つ。
訓練場に似合わない可憐なドレス。陽光に照らされた銀色の波打つ髪は硝子のように煌めく。深き寒色の瞳は強い意志に満ちていた。
この場にいる誰もが、彼女が誰であるかを瞬時に理解した。例えこれまで一度も表舞台に立ってなかったのだとしても、間違える筈がない。
「──アミレス・ヘル・フォーロイト、王女殿下……?!」
男のうちの一人がわなわなと震えながら呟くと、男達は慌てて跪いた。
現在三人しかおられないフォーロイト帝国が皇族……そのうちの一人が、このような場に現れたのだ。帝国に仕える騎士ならば、跪かない方がおかしいというもの。
だがオレは跪けなかった。勿論そのつもりはあるのだが、彼女がここにいるという驚きのあまり体が思うように動かないのである。
「クッソ……ッ、何でこんな所に野蛮王女が現れるんだ!?」
「よりにもよってこのタイミングで!」
「いくら陛下と殿下に嫌われてるとは言え一応このガキも皇族だ、バレた以上不味い事になるかもしれん……!!」
「こうなったら何がなんでも雑魚王子に証言させるぞ!」
「所詮相手はロクな教育も受けてねぇ出来損ないだ、言い逃れなんて余裕だろ」
男達はアミレスに聞こえぬよう小声で会話していた。何と失礼な。何と愚かな。
この男達は何も分かっていない。アミレスという存在の一欠片も理解していない。にも関わらず知ったような口を聞くなんて。
許せない。初めてこの男達に怒りを覚えた。今すぐにでも殴りかかってしまいそうで、それを理性で何とか制する。
──その時だった。アミレスが威厳を漂わせて口を開いたのだ。
12
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる