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第一章・救国の王女

102.氷結の聖女2

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「──よし行こう、今すぐ行こう。お風呂すっごく楽しみだわ!」
「はいっ! わたしもお供致します!」
「むむ、であれば我も共に行くのじゃ」

 こうして三人(と大勢の侍女達)で花風呂なる浴場に向かう事に。
 部屋の扉を開け外に出ると、そこにはやけに眠そうなディオ達とリードさんがいた。皆こちらに気づくと、それぞれ挨拶をして来る。私はそれに一括で「皆おはよう~」と軽く返し、侍女先導のもと浴場を目指す…のだが。
 何か当たり前のように着いてくるわねこの人達。行先が浴場だって事を話してあげた方が良かったのかしら。
 やがて浴場の前に着く。すると侍女達がチラチラと困ったようにディオ達を見ていた。私の私兵だから直接言いにくいのかしら?
 ならば彼等の主として何とかせねば。

「ねぇ…ディオ、シャル、イリオーデ、リードさん」
「どうした殿下」
「何かあったのか?」
「はい、何でしょうか」
「どうしたんだい?」

 くるりと振り返り、彼等を呼ぶ。すると全員が当たり前のように腰を折ったり膝を曲げて目線を合わせてくれた。
 優しい彼等に対してこんな事を言うのは気が引けるんだけど……。

「私、これから湯浴みなの。だからこれ以上着いて来られると流石に困るというか……」

 ここまで言わなくてごめんねと心のうちで謝罪しつつそう告げると、全員の顔が青くなったり赤くなったりして。

「っ悪ぃそんなつもりじゃなかったんだッ!!」

 顔を少し赤くしながら冷や汗を滲ませるディオ。

「………………す、すま…ない…」

 耳まで赤くして首が一回転しそうなぐらい顔を背けるシャル。

「──誠に申し訳ございませんでした! この無礼、我が身をもって償いますッ!!」

 顔を真っ青にして額を強く地面に殴りつけるイリオーデ。

「ごごごっ、ごめんね本当にごめん! 全然気づかなくて本当にごめんなさい!!」

 同じく顔面蒼白で何度も頭を下げるリードさん。
 四人共何も聞かずに着いてきた事を後悔しているようだった。それはそうだ、変態の汚名を着せられる所だったんだから。

「まぁ実際に中まで入った訳ではないし、そこまで重くとらえなくていいわよ」
「よくないですよアミレス様! この大人達はあろう事かアミレス様のあられもない姿を……!!」
「でも未遂だし…………」

 そもそも私が何も言わなかった事が原因だからね、と言うとメイシアは納得がいかないようにディオ達を睨んでいた。

「あのね、メイシア」
「…なんですか?」

 猫のようにディオ達を威嚇しているメイシアの両肩に手を置く。するとメイシアはチラリとこちらを見上げて。
 そんな彼女に向けて私は笑顔で宣言する。

「私が、アミレス・ヘル・フォーロイトが──覗きをするような変態を許す訳ないでしょう? 大切な友達が関わってるのなら尚更」
「アミレス様……!」
「だから安心して頂戴な、もし本当に変態が現れたら溺死させてやるから」
「はいっ!」

 メイシアはたいへん可愛らしく頬を赤らめはにかんだ。
 その時、ディオ達の顔が(溺死……!?)と言いたげに青ざめていて…それに気づいた私は「皆は未遂だから溺れさせないわよ~」とちゃんと伝えておいた。
 そんな大人達には部屋の前で待っておいてもらう事にして、私達はついに花風呂なる浴場を目の当たりにする事となる。
 広さとしてはお高めのホテルの大浴場ぐらいであり、その名の通り色とりどりの花と花びらがその湯に浮かんでいる。
 メイシアが王妃様が~と言っていたが、これはなんとオセロマイト王国王妃専用の浴場で、このように客人に解放される事はまず無いらしい。
 その為、この特別の機会に心躍らせる侍女達は喜色満面で私達をここまで案内してくれたようだ。
 そんなどこか幻想的な雰囲気すらある浴場にて、私はナトラとメイシアと共に体の洗いっこをしていた。

「アミレス、くすぐったいのじゃ」
「ふふっ。もうちょっと我慢してね」
「アミレス様の御体を洗う栄誉にあずかる日が来るなんて……っ!」

 私がナトラの体を洗い、メイシアが私の体を洗う。キャッキャキャッキャと騒ぎながら洗いっこをする私達。侍女達には脱衣所で待って貰っているので、広い浴場には私達三人の声だけが響く。
 先程、彼女達は侍女の仕事として私達の入浴を手伝うと提案して来た。しかし私はこれでも一国の王女であり、ナトラは私以外の人に触れられるのを嫌がる。そしてメイシアには義手という問題があった。
 その為、手伝いはいらないと申し出は断らせていただいたのだ。

「メイシア、本当に義手は大丈夫なの?」
「はい。元々水を弾くようになっているので問題ありません……ただアミレス様の御体を両手で洗う事が出来ず、時間がかかってしまうのが申し訳なくて……」

 メイシアはしゅんと俯いた。確かにメイシアは義手を体側に下ろしていて、私の体を洗うのは彼女の左手のみであった。
 その事に気を落とすメイシアを励まそうと私は必死に口を動かした。

「いいのよ。それにほら、その分メイシアと長い間くっついていられるじゃない?」
「アミレス様ぁ……っ」

 あれこれ変態っぽくない? 私自身を溺死させた方がいいかしら?? なんて気づきにそっと蓋をする。
 まるで恋する乙女のような顔でときめいているメイシアに向け、ナトラが「急にどうしたのじゃこやつ」と呟く。それは私にも分からないわ。
 変態発言に引かれた訳ではないみたいだから別にいいか、と私は無責任に結論づけた。
 その後、メイシアの小さくて細い体をガラス細工に触れるように慎重に洗った。傷がつかないよう、傷つけてしまわないようにと集中して取り組んだ。
 そうして三人で仲良く洗いっこを終え、ようやく湯船に浸かる。
 花びらや花を押し退けて体全体で湯船を感じる。とても温かく、いい香りのする湯で……「ぁ~~っ」と気の抜けた声が漏れてしまった。
 気持ちい。今まで普通の風呂にしか入って来なかったけど、元日本人的にはやっぱりこういう大浴場とかが落ち着くのよね。
 貧民街に大衆浴場が出来たら私も行ってみよう。やっぱり視察は大事だしね、うんうん。

「わははははは! 楽しい、楽しいぞアミレス!!」

 バシャバシャと大きく音を立て、花びらを次々蹴飛ばし湯船を泳ぐナトラ。
 楽しそうで何よりだけど、水しぶきがこちらまで飛んでくる。流石は竜の脚力……。

「ちょっとナトラさん、はしたないですよ!」
「む? 我、はしたないとかよく分からんのじゃ!」

 メイシアの忠告もむなしく、ナトラは「わーっははははは!」と上機嫌に泳ぎ続けていた。………王妃には後でちゃんと謝ろう。
 暫く泳いでいたナトラが飽きるまで花風呂を満喫し、体にタオルを巻いて脱衣所に行くと、そこには待ってましたと言わんばかりに侍女達が立っていた。
 その手には様々な手入れの道具。その背後には様々なドレス。まるでハンターのような面持ちの侍女達はこちらににじり寄ってきて。

「聖女様、伯爵代理様、ナトラ様。御髪を拭きましょう!」
「御体の手入れを!」
「爪先もピカピカにしましょう!」
「本日お召になられるドレスをお決めくださいませ!」
「それに合う宝石を選びましょう!」
「お化粧はいかがなさいますか?」

 彼女達の気迫は凄まじく、あれよこれよという間に私達は一連の着替えを終えてしまった。まぁナトラが触られたくないと拒否した事により、ナトラの着替えは私がやったのだが。
 別にパーティーに出る訳でもない日常の服なので宝石も身に着けず、極力シンプルなものを選ばせて貰った。
 しかし何故こんなにも念入りに着飾るのだろう……と悩んでいた所で侍女が鼻息荒く教えてくれた。

「この後、聖女様は王妃様とのお茶の予定がありますから!」
「………………お茶ですか?」
「はい。王妃様直々に、聖女様のご予定が空き次第是非にと!」
「………………なるほどぉ」

 何やら知らぬ間に王妃様とのお茶の予定を入れられたらしい。別にいいんだけども、前もって言ってくれても良かったんじゃないかな。
 突然の事に心臓バクバクよ、もう。
 しかもそのお茶、私一人でと言う指定が入ってるそうな。何だかちょっと怖いわね。
 まぁ別にそんなヤバい事は起こらないだろうとタカをくくり、脱衣所を出る。部屋の前で待ってた保護者達に向けて「ちょっと王妃様の所行ってくるね」と行先を告げ、侍女達に案内してもらう。
 場所は王宮にある王妃の私室。その部屋の前で、中には私一人でと侍女からもう一度言われてナトラとイリオーデとディオがそれに食ってかかった。
 まぁ王妃の私室なら仕方ないでしょうと皆を説得し、私はいざ王妃の部屋に入室した。

「お初目お目にかかります。わたくしはアミレス・ヘル・フォーロイト……エリザリーナ・オセロマイト王妃殿下の茶のお相手にお呼び頂けた事、心より光栄に思います」

 入室してすぐ一礼する。すると程なくして「顔をお上げになって」と穏やかな声が聞こえてきた。
 それに従いゆっくり顔を上げると、そこには……。

「──エリザリーナ・オセロマイトと申します。初めまして、アミレス・ヘル・フォーロイト王女。私も、貴女に会えて光栄ですわ」

 色素の薄い栗色の髪をした、とても儚げな美女がいた。王妃はゆっくりと椅子から立ち上がり、とても穏やかで麗しい笑みを浮かべていた。
 この方がマクベスタのお母さん……マクベスタと違い、とてもか弱そうに見受けられる。

「さぁ、お座りください。ずっと…ずっと、貴女とお話出来る日を楽しみにしておりました」
「…では失礼致します」

 王妃の向かいの席にゆっくりと腰かける。すると王妃が慣れた動作で紅茶を入れ、こちらに手渡してきた。……どうして侍女が一人も待機していないのか。
 疑問を抱えつつも私は紅茶を味わう。オセロマイト産の茶葉はとても味わい深くて好きなのだが、これは今まで飲んで来た中でも一二を争うぐらい私好みだ。

「……とても美味しいですね、こちらの紅茶」
「ありがとうございます。こちらはアルトゥールティーと言いまして、我が国自慢の特産品なのですよ」

 なるほどねアルトゥールティーか、覚えたわよ。また後でシャンパー商会で扱ってないか聞こう。もしあったら言い値で買おう。
 そんな欲まみれの私の言葉にも王妃は微笑んで親切に返してくれた。その言葉にも、態度にも、表情にも怪しい所など一つもなかった。
 一人で、なんて言われたからそれなりに身構えていたのだけど。どうやら危険な目には遭わないで済みそうだ。
 安心してアルトゥールティーを堪能していると、王妃がボソリと呟いた。

「…なんと言えば良いのか分かりませんわ。貴女は本当に、心の根が澄んだ御方なのでしょうね」

 まるで何かに引け目を感じているような、そんな表情だった。
 急に何の話? と内心で困惑していると。

「……本当に申し訳ございません。本来であれば私からアミレス王女をお訪ねすべき所を…私の体が思うように動かないあまり、こうしてアミレス王女にこのような所まで御足労いただくなんて。なのにそれを責める事なく私の入れた紅茶まで味わってくださるだなんて……何とお詫び、お礼申し上げればよいのか」

 王妃は美しい顔に影を落とした。彼女が頭を下げると、その栗色の長髪が絹の糸のようにサラリと流れ落ちる。
 突然王妃に頭を下げられた私は当然テンパっていた。ぎょっとしながら、

「頭を上げてください!」

 王妃に向けてそう言うと、彼女はおずおずと顔を上げた。
 どうしてそんな風に謝るのかと王妃に問うた所、王妃は自分の胸の辺りにそっと触れながら語り始めた。
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