だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第一章・救国の王女

101.氷結の聖女

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「…ん……ぁ……いまなんじ…?」

 瞼を開き、霞む視界で自分の手を捉える。大きくあくびをしながら布団を押し退けて体を起こし、窓から射し込む温かい光を見て眩しさから瞼を擦る。

「今は昼過ぎぐらいっすよー、姫さん」
「ししょう…? おはよ……」
「はは、まだまだ眠たいみたいっすねぇ。俺達のお姫様は」

 ベッドの傍で椅子に座り、足を組んで上機嫌にはにかむ師匠がそこにはいた。あまりにも笑顔が眩しくて、私は目を細めていた。
 ようやく視界が鮮明になって来たかと思えば、私のすぐ隣で体を丸めて眠るナトラとシルフがいた。まだ起きる気配のないシルフの頭を撫でながら、私は思い出したように師匠に感謝する。

「そうだ、師匠。手紙ちゃんと届けてくれたんだよね…ありがとうございます。予想とは違う人が来たけど、でも助かったので……本当にありがとう」
「そりゃ良かった。姫さんの役に立てて光栄です」

 ぺこりと頭を下げると、師匠はそう言いながらおもむろに立ち上がった。そして机と長椅子ソファの方に歩いてゆき、何らかの衣類を手に戻って来た。
 ギシッと音を立てて師匠はベッドに腰を下ろす。そしてその衣類を私に手渡して来て。リボンとフリルが沢山ついた、たいへん可愛らしい服であった。

「それ、緑の竜用にここの人間が用意した服らしいんすよ。俺達が渡してもそいつは怒るだろうし、姫さんから渡してやってくださいな」
「ナトラ用に………なんとありがたい…」

 確かに子供用の服で、私が着るには少し小さい。これは師匠の言う通りナトラ用の服なのだろう。
 ナトラはあの白いワンピースに私が着ていたローブだけだったので…こうしてちゃんとした服を用意して貰えるととても助かる。
 横で眠るナトラの可愛い寝顔を見て、私はふっと小さく笑った。ナトラはとっても可愛いからこの服も似合うんだろうなぁ……。早く見たいな、でも起こしちゃうのは申し訳ないしな。
 ナトラのマシュマロほっぺをぷにぷに押して癒されていたのだが…私の視界の端に、師匠のキラキラ顔が映り込み続けている。
 なんかめっちゃ見られてる。いや何その満面の笑み。

「……………何か私の顔についてますかね?」
「ん? どうしたんすか急に」

 いやどうしたんすかはこっちのセリフなのよ。師匠は一体どういう意図で私の事をじっと見つめてるんですかね。

「いや、その……何でずっとこっちを見てるのかなって…」

 恐る恐る目を逸らしながら尋ねると、師匠はこれまた随分と爽やかな笑顔で答えた。

「そりゃあ姫さんが可愛いからっすよ。それ以外に理由あります?」
「かわっ…!?」

 イケメンに面と向かってこんな事を言われて、照れない筈がない。顔が熱くなるのを感じ、慌てて顔を隠しながら逸らす。
 彼等が褒めてるのがアミレスの容姿であると分かっていても、照れるものは照れるのよ!

「とは言ったものの。本当の目的は……監視っすかねェ」

 緊張で荒れる鼓動が途端に落ち着いた。顔から熱が引き、ぎこちない動きで師匠の方を向く。

「………監視とは?」
「うーん、ヒトがいない間に竜に立ち向かうなんて予想以上に無茶な事してたお姫様がまた馬鹿な事しでかさないように? 見ておこうかなーと?」

 怖いくらい笑顔の師匠が強い語気をぶつけてくる。何でそんな過去一キラキラ眩しい笑顔なんですか師匠! 語尾が上がってるのも凄く怖いです師匠!!

「スミマセンデシタ……」

 小声で絞り出すように謝ると、指と指の隙間から見える師匠は「何がっすか?」と笑顔で詰め寄ってくる。あぁ、これもうマジで怒ってるやつだ……。
 それでも怖くて手を顔からどけられずにいると、師匠が私の手首を掴み、無理やり手をどかしてきた。
 ひぇっ怖いから師匠の顔を直視したくな──。

「………顔良…」
「え?」

 互いの息がかかるぐらいの至近距離に見えた師匠の顔が相変わらず欠点一つない美しい顔だったあまり、私は無意識にこぼしてしまっていた。
 ハッと息を飲んだ時には既に遅し。師匠なんてポカーンとした顔で固まっている。

「ごめんなさい、その、あまりにも師匠の顔面が整っててつい……あのあれ! 芸術品を見て『綺麗~!』って言うのと同じようなものなの! だから決して悪口とかでは無いの!!」
「顔面……」

 師匠が困惑したような顔で見つめてくる。しかし程なくして考え込むように目を伏せた。
 えぇ…師匠の睫毛長っ……精霊さんの美しさって本当にバグってるわぁ………。

「ふむ、まぁ要するに姫さんは俺の顔が好きなのかァ。なるほどねぇこりゃいい事聞きましたわ」

 パッと顔を上げた師匠はまたもや綺麗な笑みを浮かべていた。しかしどこか黒いその笑顔に、私は計り知れない恐怖を覚えた。

「俺の顔が好きならきっとシルフさんの顔も気に入るだろうしなァ、いやー安心安心」
「シルフの顔…………あっ、そうだ。私の知ってるシルフと師匠は本当の姿じゃないって聞いたんだけど、それって本当なの?」
「えっ? ……何でそんな事知ってんすか?」
「ひ、人から聞いて………」

 嘘です正確には悪魔から聞きました。でも悪魔と仲悪い精霊さんにそんな事言えないので…勿論隠しますとも。
 師匠の言葉から悪魔に言われた事を思い出し、それが本当なのか裏取りしようと尋ねると、師匠が訝しげにこちらを睨む。

「まぁいいか。そっすね、俺もシルフさんも本来の姿が別にあります。シルフさんは制約で…俺とかは本来の姿じゃあこっちでの影響が強すぎるって事で、別の姿をしてるんすよ」

 説明を聞きながらさりげなく師匠から距離を取ってみる。ずっとあの距離は心臓に悪い。適切な距離を保つ事に成功した結果、私はとりあえず一安心。一度胸を撫で下ろした。

「中でもシルフさんの顔は誰が見ても綺麗って思うモンですからねぇ………何せ精霊界で一番美しいヒトなんで、あのヒトは」
「そんなに綺麗なの?」
「妖精女王に三千年言い寄られるぐらいには美しいっすね」
「よくわかんないけどやばそう……」

 妖精女王…って妖精を束ねるおとぎ話に出てくる世界一美しい妖精の事よね。そんなのに言い寄られるって……シルフそんなに美形なの?
 と強い興味を引かれた私は、すぐ側で眠る猫を抱き抱えて優しく撫でていた。これはどうやらシルフでありシルフでないようだが……実はこの猫がシルフの本体ではないと分かり、納得した私がいる。
 前にあった猫シルフの紅茶事件の説明がようやくつく。本当は人型であったのなら、ああして紅茶を飲む事も頷ける。
 ……だからこそいつかシルフ本人と会ってみたいと思う。制約とやらで無理らしいけれど…いつか、猫じゃなくて人の姿をしたシルフと会えたらいいなぁ。

「む……起きたのなら我も起こせ、アミレスよ。我は少しでも多くお前と同じ時間を共有したいのじゃ…」
「あ、ナトラおはよう。ごめんね、気持ちよさそうに寝てたから………起こすのも偲びなくて」

 ナトラが目を擦りながら上体を起こす。そんなナトラに向けて「やっと起きたのか、緑の竜」と呆れ顔でこぼす師匠。
 それを華麗にスルーして、ナトラは目をパチパチと瞬かせた。

「……我が気持ちよさそうに…こんなにも温かい場で眠るのは久々だからじゃろうか。今までずっと、冷たい場で眠っておったから……」
「ナトラ……っ! これからは沢山一緒に寝ようね、温かい場所で一緒に寝ようね!」
「ど、どうしたのじゃ急に?」

 切ない表情で胸が締め付けられるような事を語ったナトラを、私は気がついたら思い切り抱きしめていた。これからはもうそんな思いさせないよ……そう伝えられたらいいなと思いながら。
 そんな私の行動にナトラは本気で戸惑っているようだった。しかし構わずナトラを抱きしめてその頭を撫で続けていると。
 師匠が猫シルフを抱えて立ち上がり、今度は部屋の扉の方へ向かった。そして「世話役とか呼んでくるんで待っててくださいな」と言い残して師匠は部屋を出た。
 少しして、扉がノックされると共に総勢十名にも及ぶ侍女の方々と共にメイシアが現れた。
 メイシアは同性同士という事で、ディオ達保護者組から代表して私の様子を見に来たらしい。相変わらず愛らしい笑顔をしている。

「ささっ、行きましょうアミレス様!」
「行くってどこに?」
「浴場です! こちらの王妃様がご好意で花風呂なる浴場を解放してくださってるんです。是非アミレス様にと!」

 あちらの侍女達は滞在中のアミレス様のお世話を拝命した選りすぐりの優秀な方々です。とメイシアが説明してくれたが……突然過ぎてまだかなり困惑している。
 だがしかし。私、確かにここ数日湯浴みはおろか水浴びすらしてない! 皆が優しさで何も言わないでいてくれるけど、きっとそれなりに臭う事だろう。
 …………少しでも早くお風呂に入らなきゃ、皆に嫌われる!!
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