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第一章・救国の王女

97.緑の竜 番外編

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 アミレス・ヘル・フォーロイト失踪当日の晩。
 一つの客室にて彼女の私兵であるディオリストラス、シャルルギル、イリオーデに知り合いのリード、そして友達のマクベスタとシュヴァルツを交えた話し合いが行われていた。
 起き抜けから色々な事が起きたこの日、かなり動揺していた彼等はとにかく無我夢中に各々の役目に身を投じていた。気を紛らす目的だったのである。
 夜になり、皆ある程度頭が冷えた事で話し合いをする事となったのだ。

「そーゆう訳で、これより『おねぇちゃん失踪によるぼく達の今後の立ち回りについて』の会議を始めるよぅ!」

 議長はシュヴァルツだった。前もって城の者から強奪…もとい拝借しておいた紙とペンを目の前に置き、シュヴァルツは議論開始の合図を告げる。
 どうやらこの議長、進行だけでなく書記の役割も務めるらしい。
 そんな中、早速挙手する者が現れる。それはシャルルギルであった。

「はいどうぞシャルルギル」
「シュヴァルツ、子供はもう寝る時間だ。寝た方がいい」

 シュヴァルツは議長としてシャルルギルが発言する事を許可したのだが、その内容は議題と全く関係の無いものだった。それに頬をひくつかせ、シュヴァルツはにこやかに言い放つ。

「…君達大人があまりにも見るに堪えない狼狽えっぷりだったからこうして色々取りまとめてあげてるんだけど? つーかロクに考えずに発言しないでよ時間の無駄だし」

 とても可愛いらしい笑顔ではあるものの、その言葉にはとてつもない毒が込められていた。元々シュヴァルツは辛辣な方だったのだが、ここまで露骨なのは初めてだったので……それに、

(シュヴァルツ、急に一体どうしたんだ…?)
(あのガキ思ってたよりヤバそうだな……)

 マクベスタとディオリストラスは息を飲んで恐怖していた。
 ポカーンとするシャルルギルに見向きもせず、シュヴァルツはカリカリとペンを走らせ何かを紙に記していく。

「会議っていうのはとても貴重な時間なの。ぼくはそれを邪魔する奴が大嫌い。生きてる価値もない塵芥相手に割いてあげる時間は無いんだよね~、だからさシャルルギル。発言するならもっとまともな事言ってね。ぼくへの説教とかいらないから」

 そう話している間にもシュヴァルツは素早く綺麗な文字を書いていた。
 その内容を横から覗き見て、リードはギョッとした。

(あれ……どう見たって夢魔法の魔法術式だよね? わざわざ魔法陣を解体して術式を紙に書いて…僕達に使うつもりなのかな? 怖っ!)
(いざとなればこれでこいつ等眠らせよう、めんどくさいし)

 リードの予測は正しく、シュヴァルツはもしもの時はその場で全員眠らせてやろうと画策していた。
 勿論、これからも馬車馬の如く働かせるつもりのリードとシャルルギルには使わないつもりのようだが……。

「……まぁなんだ、とにかく話を続けようぜ。今日一日殿下がいない中色々やった訳だが…正直どうだった、お前等」

 話の流れを変えようと、ディオリストラスが皆に問いを投げかける。それに一同は昼間の事を思い出しつつ答えた。

「…恥ずかしい事に、全く集中出来ていなかった。騎士として至らぬ事ばかりで、いっその事自決してしまいたいぐらいだった」

 まず初めにイリオーデが独白した。その顔色は未だ悪く、この中で最も精神的ダメージを受けている事は明白であった。

「僕も。何回か神聖十字臨界セイクリッド・ペトロを失敗しそうになってしまったよ、本当に情けない…」

 次にリードがため息と共に吐露する。予定通り万能薬を乱用ドーピングして神聖十字臨界セイクリッド・ペトロという特殊な魔法を何度も発動してのけたリードだったが、それでも本人としてはまだまだと言う扱いになるらしい。
 幼少期より真性の化け物と比較され続けた結果、自己を過小評価しがちになってしまったリード。彼は自覚しようとしていないだけで、リードの実力も世界的に見ればトップクラスなのである。

「……オレもやるべき事をしていたが…気が気でなく、常にアミレスの事を考えていた」
(アミレスがここに来たのはオレの所為だ。もし、彼女に何かあれば…オレは………っ)

 次は暗く沈んだ面持ちのマクベスタだった。その膝の上で強く作られた握り拳が小さく震える。
 マクベスタは酷く後悔していたのだ。アミレスに兄から送られて来た手紙の内容を教え、協力を乞うた事を。
 その記憶が、事実が、重く恐ろしい責任となってマクベスタの肩にのしかかる。

「……気づけば治療に時間がかかるようになってしまった。多分、あれは集中出来ていなかったのだと思う」

 次はしょんぼりと項垂れるシャルルギル。ようやく空気を読み真面目に考える事にしたようだ。

「やっぱり全員同じ意見っつーか、感想は変わらねぇんだな。俺も同じだよ、今もなお殿下の事が心配で仕方ねぇ」

 最後は後頭部を掻くディオリストラスだった。当たり前のように無茶無謀を繰り返すのだ、そりゃあ心配されまくるのも仕方の無い事。
 そんな各々の感想を聞き、ずっと紙に悪夢を見せる魔法の落書きをしていたシュヴァルツがおもむろに口を開いた。

「あんまり心配とかしない方がいいと思うけどなぁ」
「…何を言ってるんだお前は」
「王女殿下の御身がかかった事なのに、心配するなだと…?」
「この状況でそれは無理だと思うよ……」

 シュヴァルツの言葉にはマクベスタとイリオーデとリードが反応する。中でもイリオーデが特に険しい面持ちでシュヴァルツを睨んだのだ。
 当のシュヴァルツはペンを走らす手を止めて、

「だって心配っていうのは弱者が弱者にするものなんでしょ? この場合、全ての条件が当てはまらないじゃないか」

 と口にした。その言葉に今度はディオリストラスが身を乗り出して、

「じゃあ何だ? こんな状況だってのに心配するなって言うのか、お前は!」

 眉を吊り上げてシュヴァルツの胸ぐらを掴んだ。

「ちょっとディオ!」
「やめろディオ。相手は子供だぞ」

 リードとシャルルギルがそう言って止めに入るが、「別に大丈夫だよぅ」と言ってシュヴァルツは二人を制止した。
 怒りを宿すディオリストラスの瞳を冷たく見つめ、シュヴァルツは呆れ顔を作る。

「ことおねぇちゃんに関しては心配なんて不要だって言ってんの。お前達に──ぼく達に許されたのは、彼女を信じる事だけだ」

 その言葉に男達は瞠目した。子供らしからぬ風格で堂々と語るシュヴァルツに、ディオリストラスは怯んだようにシュヴァルツから手を離した。

「……悪かったなシュヴァルツ。ついカッとなっちまった」
「別にいいよぉ、虫に刺されたようなものだし」

 ディオリストラスが謝ると、シュヴァルツは特に気にしていない様子で胸元の黒いリボンを結び直していた。
 そんなやり取りを眺めながらマクベスタが呟く。

「信じる事だけ、か…そうだな。オレ達がアミレスを心配するのは、アミレスへの侮辱になるのかもしれないな」
「俺達が王女様を心配する事が侮辱になってしまうのか?」
「アミレスは強く賢い。恐らくこの中の誰よりも……シュヴァルツの言う通りならば、人並外れたアミレスの事を彼女よりも弱いオレ達が心配すると言うのは…確かに侮辱に他ならないかもしれない」
「そう言う事か………弱いと大事な人を心配する事も許されないのか。もど………も…ももかして?」
「もどかしい、か?」
「そうそうそれだ。流石はイリオーデだ、賢いな」

 真面目な空気はシャルルギルによって壊された。天然+馬鹿のシャルルギルがこの空気の中意味不明な間違いを犯したのである。
 その様子を見かねたイリオーデによるアシストが入り、シャルルギルは言いたかった事を言葉に出来た。

(お前の物忘れが激しいだけでは)
(ももかして……??)

 イリオーデが心の内でそれに冷静にツッコミを入れ、マクベスタがそれに疑問を抱く。
 重苦しい雰囲気であった空間は一気に和やかになり、「もう真面目な話する気分にならねぇ………」とディオリストラスがボソリと零した事により、この会議はロクに話し合う事もなく飲み会へと転身した。
 勿論、何一つ話し合えてなどない。議論時間一分にも満たない会議であった。
 まだ子供のマクベスタとシュヴァルツは、酒ではなくあっさりとした果実水でその飲み会に参加していた。

「だからさぁ…なんで殿下はこう、全部一人で抱え込もうとするのかねぇ……」
「王女様はどうして大人に頼ろうとしないんだ」
「ただ私達は…王女殿下の命に、大人しく従っていれば良いんだ……それが、何よりなんだ……」

 酒が入り少々口が軽くなった男達は愚痴を漏らす。意外な事に、この中で最も酔いが回るのが早かったのはディオリストラスだった。
 赤くなった顔で彼は背もたれに全身を預けて天井を見上げる。そして、奥歯を噛み締めたような声でディオリストラスは独白する。

「──強くなりてぇよ。殿下を心配出来るぐらい、殿下がちゃんと頼ってくれるぐらい、強い大人になりてぇ…!!」

 その思いに男達は静かに同意した。ただ一人、シュヴァルツを除いて。

「じゃあ強くなってよ。お前達がおねぇちゃんを悲しい運命から守るんだ。今のぼく達には傍にいる事しか出来ない……だからお前達が強くなって、おねぇちゃんを守って」

 今まで一度も見た事のないようなとても柔らかな優しい笑みで、シュヴァルツは切望した。
 それにふと違和感を抱いたリードが口を開く。

「…ねぇシュヴァルツ君。君はどうして、全てを僕達に託そうとするんだい? 様々な事を把握した上で、どうして?」

 リードの疑念はシュヴァルツに困惑という二文字を与えた。これにどう答えたものか──。そんな風に悩む酷く歪なシュヴァルツの姿が、彼等の瞳には映し出されている事だろう。
 少し悩んだ後に、シュヴァルツはニヒルな笑みを浮かべて答えた。

「──ぼくにも色々と事情があるんだ。ああでも、おねぇちゃんに死んで欲しくないっていうのは紛れもないぼくの本心だよ。彼女にはこれから先もずっとずっと生きて、面白おかしい人生を送って欲しいからね」

 そこに嘘偽りは無かった。確かにこれは、何にも歪められなかったシュヴァルツ自身の言葉。それは彼等とて聞いててぼんやりと理解した事だろう。

「………そうか。事情があるなら仕方ないか」
(彼の言う事情が、恐らく彼の正体と繋がってるんだろうな)

 リードはそれ以上は追及せず、あっさりと引き下がった。しかしその脳内ではシュヴァルツの正体について考えを巡らせていた。
 だが答えには至らない。判断材料も無く、情報と言う情報も無い。現時点のリードがシュヴァルツの"正体"に行き着くのは至難の業なのだ。

(──いずれ、正体を明かすつもりなんだろうけど…その時に僕はそこにいないだろうからな。この先も答えを知らないままか)

 残念だ、と肩を竦めてリードは酒を喉に流し込む。
 その後暫くして大人達が酔い潰れ眠った為、マクベスタとシュヴァルツがその介抱をする羽目になった。
 その際シュヴァルツが「子供はもう寝る時間だとか言っときながら自分達のが先に寝てるじゃん」と文句を口にしていた事を、マクベスタは気まずそうに知らんぷりしていたのだった……。

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