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第一章・救国の王女

95.緑の竜6

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「だ、だってほら……私のようなぽっと出のただの人間が聖人様の御名前を呼ぶなど、聖人様に仕える方々が許す筈も無いでしょう?」

 アワアワしながら必死に言い訳を述べる。
 実際、ゲームであのミシェルちゃんですら許されなかったんだから。私みたいな悪役令嬢もとい悪役王女が許される訳無いんですよねぇ~!
 しかしミカリアにはこの訴えも全く効いていないようで。

「姫君を相手に文句を言う輩が国教会にいたのであれば、等しく粛清しますので御安心を!」

 まさに聖人君子といった輝くご尊顔で彼は宣言した。
 何も安心出来ない。それつまり正論を口にしただけで粛清されるって事でしょ? あまりにも独裁政権が過ぎるぞ国教会。
 いくらミカリアの存在が大きいからってそんな……──いや、待てよ。相手は聖人……国教会の事実上のトップ…つまりミカリアさえ味方に出来てたらもしもの時国教会が守ってくれるのでは?
 そうだよ、ミカリアはあの皇帝相手に強く出られる数少ない人物じゃないか! 仲良くしてて損は無い!
 大司教にシメられるかもという懸念はあるが、聖人と仲良くする事で皇帝が私に手を出しにくくなる可能性も十分にある。
 断るにはあまりにも惜しい話である事に今気づけて良かった! それに、よくよく考えたら聖女なんて呼ばれ方も名声としては中々に良いのでは?? いかにも手を出しにくそうじゃないか、氷結の聖女。
 これに気づくとは私ってば天才ね…ふっ……。

「…本当に宜しいのですか?」

 眉尻を下げ、口元に手を当てて小首を傾げる。
 急に意見を変えたらミカリアとて何か裏があるのではと私を疑うかもしれない。しかしこれが打算であるとミカリアにバレてはならないのだ。
 なので細心の注意をはらい、あくまでもミカリアに押し切られたからそう呼ぶようにした。という体を保つ!

「ええ勿論! 僕の事は是非、ミカリアと!」

 何だか全く疑う様子などなく……ミカリアは明るい笑顔を見せた。
 うっわ罪悪感が…と良心に次々槍を刺されるような感覚に陥るも、

「……ではミカリア様と呼ばせていただいても宜しいでしょうか?」

 私は心を強く持ち、これで構わないかと彼に確認する。
 するとミカリアはこれまた嬉しそうな笑顔で「はいっ」と元気よく返事をした。
 ──神よ、こんな私を許さないで下さい…彼の純情を踏みにじった私を罰してください…………。と心の中で懺悔する。
 こうしてミカリアとの話は終わり、私はついに城……ではなく、先に歌劇場に向かう事にした。何でも歌劇場前で皆が炊き出しを行っているとかで。
 左手でナトラと手を繋ぎ、右手でブレイドの手綱を握る。私の両手両隣は見事埋まっていた。その為ミカリアとラフィリアは私達の前を歩いているのだが、後ろ姿だけでも本当に神々しい。
 ……それにしても。

「なぁおい、あの銀色の髪…!」
「そうよね! じゃああの御方が…!!」
「氷結の聖女様だ! 氷結の聖女様がいらっしゃるぞ!」
「嗚呼…なんとお美しく可憐なのだ……」
「せいじょさまー! たすけてくれてありがとーっ!」
「聖女様ー!!」
「おれ達の救いの女神様だーー!」

 噂の広がり具合半端ないわね!? 通りを歩くだけでこんなに叫ばれるものなの?!
 ぎゅっと唇を結び少し俯き気味で歩く。受け入れたとは言え恥ずかしすぎて顔が熱くなって来た頃、凄く楽しそうにミカリアが振り向いて、

「大人気ですね、姫君」

 微笑んだ。貴方のせいでもあるんだけどね! 貴方が私に頼まれてとか言わなれけば! こんな事には!!
 と心の中で叫んだ所でミカリアには届かない。

「どうしたのじゃアミレス。あやつ等が鬱陶しいのか? 我が何とかしてやろうか?」

 ナトラが観衆を一瞥し、空いている手を力強く握った。

「とりあえずその握った手を開いてみようかー」

 急速に精神的に疲弊した私はナトラに説教などを行う余裕も無かった。なので、やんわりと断りを入れてそのまま進む。
 ナトラはとても正直な子なので開くように言われたらすぐに手を開いた。
 いい子だねーえらいねー、後で何かお菓子あげるねー。と告げると、ナトラは首を傾げて「さっきの干し果物より美味いのか?」と聞いて来た。
 それはナトラ次第だけど私は好きだよ、お菓子。と返事すると、ナトラは「なら貰ってやるのじゃ」と上機嫌になった。
 可愛いなぁナトラは…と緩む頬を律していると、ついに歌劇場に到着した。
 確かに、その入口の前には炊き出しに並ぶ人達らしき大きな人だかりが出来ていて、何故か黄色い悲鳴すら聞こえてくる。
 よくよく見ると、この人だかり…女性が多い気がする。
 誰かが炊き出ししてるのよね。何となく心当たりがあるんだけど…………絶対あの人達だろうなぁ。皆顔整ってるし。
 どうやって歌劇場に入るか考えあぐねていたその時。聞き覚えのある声が耳に届いた。

「──アミレス、様?」

 物凄く賑やかなこの場においても特に聞こえやすい、鈴を転がすような声。ふと後ろを振り向くと、そこには──今にも泣き出しそうな顔のメイシアがいた。
 メイシアは手に持っていた紙の束をその場に落とし、そしてこちらに向かって走り出した。

「アミレス様ぁっ!!」

 涙を浮かべながらメイシアは抱き着いて来た。
 繋いだ手も握っていた手も離し、私はメイシアを抱き締めた。

「わたっ、わたし……! すごく、心配、して…っ! アミレス様がまた無理して、怪我したらどうしようって………死んじゃったら、どうしようって…!! 本当に、ほんとうに……しんぱいして……っ!!」

 メイシアが耳元で泣きじゃくる。その声も体も少し震えていた。
 彼女の背中をゆっくり擦りながら、

「ごめんねメイシア、心配かけちゃって」

 と告げる。するとメイシアがぎゅっと抱き締めて来て、

「もうこんな危険な事はしないでください…!」

 ぐすっ…と鼻をすすりながら言って来た。メイシアの可愛いお願いだから聞いてあげたいのだけど、いかんせん時と場合と必要によっては危険な事もやるつもりだから……確約は出来ない。
 その為「善処します…」と答えた所、メイシアは「善処じゃなくて約束してください!」と涙目でぷんぷん怒ってしまった。
 約束は出来ないなぁ……とメイシアの追及をのらりくらり躱す。
 その時であった。私めがけてまたもや人が走って来たのは。

「王女殿下!!」
「殿下が戻って来たって本当か?!」
「王女様!」

 女性達の群れを掻き分けて現れる見知ったイケメン達。彼等は私の姿を見るなり人にぶつかろうが邪魔になろうが全く気にもとめず、こちらまで全力疾走して来た。
 そしてメイシアと熱い抱擁を交わす私を一旦無理やり引き剥がし、膝を曲げて肩をがっしり掴む。そうしてからディオ達はそれぞれ捲し立てた。

「王女殿下の無事のご帰還を今か今かと待ち侘びておりました。王女殿下がいらっしゃらない数日間、私は改めて己の騎士としての在り方を見つめ直し我が身の不甲斐なさそして愚かさを痛感した所存でございます。何はともあれ王女殿下がこうしてご無事に凱旋された事が私にとっては何よりの喜びです!」
「殿下、怪我とかは無いのか? 体調は? そもそも何で俺達に何も言わなかった? どうしてアンタはいつもいつも大人を頼ろうとしないんだ?」
「聞いてくれ王女様、俺はここ数日間で新たな魔法の使い方を学んだんだ。それに沢山の人を治療した、王女様にがっかりされたくなくて頑張った。だから沢山褒めて欲しい」

 まるで嵐のように吹き荒れるイリオーデとディオとシャルの言葉。周りの喧騒も相まって何も聞こえない。
 とにかく三人の剣幕が凄い…いやシャルは何だかいつも通りなんだけど、とにかく勢いが凄い。
 とりあえず一人ずつ順に喋ってくれ、と言おうとしたその時。私の肩を掴むディオの手首をメイシアが義手で掴み、

「わたしのアミレス様に触れないでくださいませんか、力の加減も知らぬ無骨な男性が……アミレス様が怪我をされたらどうされるおつもりですの?」

 と眉を吊り上げて威嚇した。するとディオは、「悪い、殿下。痛くなかったか…?」と言って慌てて手を離した。

「特に痛くなかったしメイシアは心配しすぎよ。私はそんなにヤワじゃないわ」
「でも心配で…わたしはもう、目の前で貴女が怪我をする所を見たくなくて」
「メイシア……!」
「……なのでもう危険な事は…」
「……それは約束出来ないわね」

 健気に私の事を心配してくれるメイシアの言葉に、私はじーんとしてしまった。
 その際、サラッとメイシアが私に口約束をさせようとしたが、私はすんでのところでそれを回避。
 危なかった…メイシアが賢いばかりに引っかかる所だったわ。
 またその約束は出来ないと告げると、メイシアがリスのように頬を膨らまして「どうしてですか!」と可愛く私の体をポコポコ叩いて訴えかけてくる。
 貴女との約束を破りたくないからその約束だけは出来ない…なんて言ったら、メイシアは怒るだろうなぁ。それが分かってるから、私はずっと『約束は出来ない』の一点張りなのよね。

「人にどうこう言っておいて、自分もアミレスを叩いてるじゃないか、メイシア嬢」
「おかえりなさい、王女殿下。色々と話したい事があるんだけど…とりあえずは。お疲れ様」

 今度はマクベスタとリードさんが現れた。マクベスタの言葉にメイシアが「これは女の子同士の触れ合いです。マクベスタ王子殿下には分からないでしょうけど」と反論する中、

「──どうもご機嫌麗しゅう、国教会の聖人様。まさかお目にかかれる日が来ようとは」
「──こちらこそ。大陸でも最西端に近いこの国でリンデア教の方にお会い出来るとは」

 リードさんとミカリアが不自然な程キラキラした笑顔で会話していた。
 というか、リンデア教と国教会ってめちゃくちゃ仲悪いんだった。でもこの人達以外の仲良くやってるよ? もしやこれが二つの宗教の和解の第一歩に…!!
 するとブレイドがマクベスタを見て「ブルルッ」と嘶いた。ああそうだ、ブレイドの事をちゃんと謝らないと。

「マクベスタ」

 彼の名を呼ぶ。すると、メイシアと口論していたマクベスタがこちらに顔を向けた。
 マクベスタに向けて私は少し背を曲げた。この事に周りの人達が驚きの声を上げる。

「……ブレイドを勝手に連れ出してごめんなさい。貴方の愛馬を…一歩間違えば危険な場に連れて行って、ごめんなさい」

 無断で彼の愛馬を拝借した。森の入口までブレイドを連れて行ってしまった。その事について真剣に謝罪する。
 ブレイドが「ブブッ! ブルルル!」と横から何かを訴えかけてくる。鼻を使って無理やり私の顔を上げさせたりして……これではまるで──。

「そのブレイドが全然気にしていないようだから、オレは何も言わない。どうやらブレイドはお前に頭を下げて欲しくないらしい」

 マクベスタが小さく笑いながらブレイドに近寄る。数日ぶりに本当の主に出会えたブレイドはとても嬉しそうに、穏やかな面持ちでマクベスタに顔を寄せた。
 マクベスタはそれを受け入れ、首を軽く触るなどする。そして彼はどこか切なげな表情で、

「にしても…そうか、そんなにアミレスとの旅は楽しかったのか、ブレイド。少し……妬けてしまうな」

 と呟いた。
 それはそうよね、だってブレイドはマクベスタの愛馬なんだもの! そのブレイドが他所の人間との旅が楽しかったとか言ったらそりゃあ傷つくよね! 本当にごめんなさいマクベスタ!!

「そんな事より」

 くるり、とこちらを振り向いたマクベスタがこちらに向け手を伸ばして来る。何だかよく分からず、一瞬目を閉じて肩を跳ねさせた…がしかし。
 マクベスタの手のひらは私の頭に乗っていて……。

「──お帰り、アミレス。無事で良かった。凱旋の暁には沢山褒めろ…だったな?」

 ニッと笑うマクベスタのその言葉を皮切りに、顔を見合わせて頷きあったリードさんとディオとシャルとイリオーデにこれでもかって程に褒めちぎられた。
 あの言葉ってあれよね…書き置きにジョークのつもりで書いたやつ! 何で皆本当にやっちゃうの?!
 突然私を褒め殺しに来た人達に最初こそ戸惑っていたものの、メイシアも途中からサラッと参加したし…。
 そんな様子をミカリアは微笑ましそうに見守るだけで、助けてはくれなかった。ナトラもナトラで何故か誇らしげに「そうじゃろそうじゃろ」と彼等の言葉に相槌を打っていて、助けてくれそうな気配は無い。
 これぞ四面楚歌……! 最早助かる術は無いと悟り、私は大人しく、皆の気が済むのを待つ事にした。
 ──そう言えば、シュヴァルツは何処にいるんだろう。こういう時真っ先に飛びついて来そうなのにな。
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