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第一章・救国の王女

94.緑の竜5

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「………姫君、せめて聞いてるフリぐらいはして頂けませんか…?」

 全く話を聞く気配の無い私達に向け、ミカリアが虚しそうな面持ちを向けてくる。
 聞いたのはこっちなのに、いざその話になると全然聞いてないとか私害悪すぎないかしら??
 ハッとなりながら姿勢を正し、少し恥ずかしい気持ちで謝罪する。

「……説明を求めたにも関わらず、すみません」
「いえ、僕の話がここの品物に負けたと言うだけの話ですし…別に、全然……拗ねてなどないですよ」

 いやどこが。めっちゃ拗ねてるじゃない。私の所為だけど。
 不老不死でもう何十年と変わらない姿で生きているミカリアにも、妙に子供っぽい所があるのよね…アンディザファンの間では、この垣間見える精神的幼さと人類最強の聖人としてのギャップが良いと話題になっていたものだ。
 その気持ちはよく分かる。分かるのだけれど、いざ実物を前にするとどう反応したものかと悩む。
 確かこれ、ゲームにも似たようなシーンがあって選択肢ミスった時のミカリアが本当にめんどくさかったのよね~。流石は共依存枠、って感じの勘違い&執着を見せてたなぁ。
 正解を選んだらそれまで全然上がらなかったミカリアの好感度が突然ぐんっと上がるのだけど、まぁ私はアミレスだし、今はそのシーンじゃないし、関係ないわ。
 そもそも選択肢覚えてないから分かんないし。とにかく、思った事…を──、

「………じゃあ次はこれに勝てるように話して下さい。期待してますから」

 気分が良く何だか少し楽しくなって来たからか、飲み物を指さしつつ笑顔でそんな事をぬかしていた。
 これを受けて、ミカリアはびっくりしたように小さく口を開けっ放しにしている。それも束の間、口元に手を当てて考え込むように視線を落とす。
 もしや私の偉そうな謎発言を真に受けて面白い文章でも考えているのか。いや真面目か!
 程なくして顔を上げたミカリアは少しぎこちない笑みを浮かべていて。

「…ごほんっ、姫君に満足頂けるよう精進します。して姫君、早速話の続きなのですが」
「あぁ、はいどうぞ」
「──巷で姫君が聖女様と呼ばれている話と、この国の被害状況の話。どちらが聞きたいですか?」
「なんですかその選択肢!!?」

 バンッと思い切りテーブルを叩いて身を乗り出す。
 まてまてまてまて、特になんなんだ前者ァ! 何で私が巷で聖女って呼ばれてんの? あまりにも意味不明なんだけど!?
 後者も非常に重要な話ではあるがそれ以上に前者! 心当たりが無さすぎる!!
 と内心パニック状態でとりあえず着席した私に向け、作戦成功とばかりに得意げなミカリアは楽しそうに語り出した。

「まず、二日前から歌劇場で来る者拒まずの治療をしている方達がおりまして、その方達が治療後にこう語ったのです──『僕は彼女に頼まれたからやっているだけに過ぎないので…感謝はいずれ、彼女に』『凄いのは俺じゃなくて王女様だ。俺を褒めるのは間違っている』と。彼等の謙虚な姿勢とその言葉に、『我々の為にこのような素晴らしい御方を遣わして下さるなんて、帝国の王女様は心優しき女神様なのでは……』『聖女様…』とその日から評判が広まり始めたようです」

 僕もここに到着したのは昨日の昼でしたので、あくまでも伝聞でしかありませんが…とミカリアは付け加えた。
 唖然とする私を置いて、彼は更に続ける。

「その少し後に、南部の方々の治癒を終えた僕とラフィリアがこの街に到着しまして。ここに来たのは姫君に依頼されたからと話した所…『国教会の方を動かすなど、やはり彼の御方は聖女なのでは!?』『女神様の生まれ変わりの聖女様に違いない!』『聖女様!』とどんどん噂が愉快な方向に転がり始めまして」

 …神々を崇める国教会として、女神の生まれ変わりだとかの妄言は無視出来ないものの筈なのに。何故かミカリアは何でもないかのように話す。
 そうやって明るく話すも束の間、ミカリアは心苦しそうな面持ちで続けた。

「本当はもっと早くこちらに来るつもりだったのですが、国教会の方も色々と立て込んでまして……予想以上に日数を要してしまったのです。遅れてしまいすみません」

 この時点で私は額に手を当てて観念していた。情報のスクランブル交差点で行先を見失っている感覚だ。
 しかしミカリアの話はまだ終わってはいなかった。ミカリアは心機一転とばかりに飲み物で喉を潤して、

「話を戻しましょう。そこに更に、昨日の夕暮れ頃にあのシャンパー商会より姫君が手配した沢山の食材等が届きまして……その話も飲み込んだ例の噂は目にも止まらぬ速さで広まってゆき、その結果、貴女の兄君に倣い『氷結の聖女様』と敬われるようになったのです!」

 意気揚々、最後までしっかりと語り切った。いやフリードルとお揃い(?)の二つ名とか嫌。絶対嫌よ、私。
 あまりにも衝撃的な話に私はショックのあまり机に突っ伏した。
 なんっでそうなるかなぁぁあ…! と声にならない声で唸りつつ、ドンドンと何度も机を叩く。
 その姿に同じテーブルに座る人達は「どうしたのじゃ?!」「姫君!?」「様子、異常」と驚いているようだった。ヒリヒリと赤くなった額を擦りながら顔を上げる。
 思案顔で治癒しましょうかと提案してくるミカリアに向け、これぐらいは平気と告げる。

「あー……誠に不本意ながら聖女と呼ばれている事は分かりました」
「…聖女と呼ばれるのが不本意なのですか? 皆に尊重されるのですよ」

 ミカリアが意外、とばかりに目を丸くする。

「私に聖女などという肩書きはあまりにも重すぎます。そもそも私は聖女と呼ばれるような人間ではありませんから」

 人々を癒し、導き、尊ばれる…それが私の中の聖女像。
ならば人々を傷つけ、貶め、恐怖される…そんな氷の血筋フォーロイトであるアミレスが……聖女になどなれる筈がないのだ。
 そもそもなりたいとも思わないけれど。
 そういった肩書きは我等がヒロインミシェルちゃんの方が似合うだろう。

「この件に関しては、私は何もしてません。大勢の人達を癒し治したのは皆様ですから…私が受ける賞賛など無いのです。その聖女なる呼称も、私ではなく皆様に贈られるべき賞賛なのです」

 実際にこの国の人々を救ったのはリードさんやシャルやミカリアやラフィリアだ。
 私がしたのは彼等に治癒を頼みいくらかの物を用意した程度。それで何故聖女と呼ばれるのかが本当に分からない。普通、最前線で動いていた人が賞賛されるものだろう。
 そう考えた結果の発言なのだが、これにナトラが反応する。

「何もしていないと言うのは謙遜が過ぎるのではないか、アミレス。お前は他でもない呪いの原因たる我を救ったのじゃぞ。際限なく振り撒かれる筈じゃった我の呪いを、お前が我を救った事で阻止したのじゃ。何故誇らぬ?」

 ナトラの綺麗な黄金の瞳が、私を貫いた。
 そのすぐ後、今度はミカリアの柔らかな檸檬色の瞳がこちらに向けられる。

「……そう言う事だったのですね。病にしては些か強過ぎるとは思っていたのです。そうか、呪いと来ましたか………まさか姫君が此度の原因を一人で解決したなんて…」

 ミカリアはどこか寂しげに瞳を伏せた。その美しい顔を曇らせてしまった事を急に自覚し、私の心は締め付けられるようだった。
 それも束の間、ミカリアはナトラを見据え問いかけた。

「我の呪い、と貴女は仰ってましたね。貴女は一体──何なのですか?」
「……」
「…答えて貰えない感じですかね」

 ツーンとしながらミカリアの言葉をスルーするナトラ。その口はドライフルーツを咀嚼している。
 ミカリアはどうしようかなぁと苦笑いを浮かべている。

「…ナトラ、話してあげて?」
「我は偉大なる緑の竜じゃ。ひれ伏せ人間共」

 ミカリアの言葉を無視するのはまずいと思い口添えすると、ナトラはすんなり答えた。どうやら私の言う事は聞いてくれるらしい。
 明かされたナトラの正体にミカリアは一瞬驚き…はしたものの、むしろ納得したように「あぁ、成程…」と言って肩を竦めた。

「竜の呪い…それも純血なる竜の祖が一つの呪いともなればあの頑固さも頷けます。というか、あのレベルで本当に良かった。更に強力なものであれば、恐らく解呪に時間がかかっておりましたから」

 無作為に魔法を連発して治す事は出来なかったでしょう、とミカリアは乾いた笑いを浮かべながらドライフルーツをつまんだ。
 その時、ナトラにキッと睨まれ少し怯んだ様子でもあった。そんなミカリアに向け私は次の話題を振る。

「ではもう一つの話…この国の被害状況について教えていただけますか?」
「はい。勿論です──……」

 ドライフルーツを取られて不機嫌なナトラをあやしつつ、私はミカリアの話に耳を傾けた。
 現時点で分かっている被害者は全国民のうちおよそ五割、つまり半分近い。被害は発生源とも言われていた北部に三割と集中していて、北部に住む人達の過半数は亡くなられたようだ。
 次いで王都ラ・フレーシャを含む中央部が一割、発生源より離れていた南部が一割程。
 ラ・フレーシャには重症者が多く被害が爆発的に増える筈だったのだが、リードさんとシャルの活躍でその重症者が減少し、被害も一割程度に抑えられたようだ。
 そしてこれは予想通りだったのだが……感染経路が不明である事から、人々は自慢の野菜や果物はたまた家畜にまで手を出せず食事に困っていたらしい。
 そんな時にシャンパー商会が独自の最新鋭運搬技術を駆使して大量の食材と共に駆け付けたからか、それを手配した私が救世主として崇められてしまっているようなのだ。
 更に驚きだったのだが、なんとハミルディーヒ王国からも支援物資が届いていたとかで…様々な縁(ほとんど私とミカリアは強調していた)に恵まれ、オセロマイト王国は窮地を脱したのだ。

 ちなみに、ミカリアとラフィリアはラ・フレーシャを除く全ての町や村を飛び回りぽんぽん魔法を連発していたらしい。たったの一日強で国中を癒して回りきったこの男達に、賞賛を通り超えていっそ恐怖すら感じた。
 …まぁこの国が滅びないのであればそれでもう満足ですとも。何か聖女と呼ばれてる事も、この国の存続が確約された事と比べれば些細な事。気にしない事にした。
 こうして一連の説明を聞き、もうミカリアと共にいる理由は無くなった…のだが。一応聞いておきたい事がもう一つだけあるのだ。

「…………ちなみに、どうして聖人様は部下に私を拉致するよう頼んでいたのでしょうか」

 そう、実はそこの説明はまだ受けていない。なのではよ話せやとにこやかに圧をかけてみた所…ミカリアは少し頬を赤らめて、

「…僕が、姫君にお会いしてみたいと思っていたからです」

 視線を泳がしながら答えた。
 いや何照れてるんですか聖人様。そういうのはミシェルちゃんに見せなさいよ。ヒロインじゃない私相手に何をそんな照れているんだこの男は。
 そんなミカリアによって強引に話題が変えられる。ミカリアは両手をパンっと合わせて胸の前で傾けた。

「それより姫君…聖人などと肩書きで呼ばず、どうか僕の事はミカリアと名前で呼んで下さ──」
「え、無理です」
「──ちょっと答えるの早すぎませんか? そのように食い気味で答える事なのですか……?」

 まさかの申し出に私は即答した。産まれた時から聖人のミカリアに名前を呼ぶ事を許される──それすなわち友達認定の証!
 親しい間柄の人間がほとんどいないミカリアにとって、名前で呼んで欲しいと相手に頼む事は『親しくなりたい』と言っているのと同義。
 ゲームで見たもの、ミカリアから名前で呼んでと言われたミシェルちゃんが人前で名前で呼んでしまい、ミカリアガチ勢集団の大司教達に囲まれシメられそうになったのを!
 もしここで私が軽率に名前で呼ぼうものなら、横に座っているミカリア至上主義のラフィリアによって瞬きのうちに地に沈められる事だろう。
 そんなの断固拒否! こんな所で死亡フラグを立てたくない!
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