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第一章・救国の王女

93.緑の竜4

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 その後暫くナトラは喜びの舞を踊り続けていた。私はそれを見守りつつ、体力と魔力の回復を待つ。
 ある程度魔力と体力が回復した後、これでもう地下大洞窟とはおさらばだぜ! と立ち上がった瞬間。ナトラが私の服の裾を掴み、こちらを見上げて言ったのだ。

「………どこかに行ってしまうのか?」

 その寂しげな面持ちと声音に、心臓がキュッと締め付けられる思いだった。
 だが私はラ・フレーシャに戻らねばなるまい。この間にもたくさんの心配と迷惑をかけているだろうから…少しでも早く帰らなければならないのだ。
 しかし、ナトラを一人置いて行くのも……とどっちつかずな私はある一手を繰り出した。

「私と一緒に来る?」
「……何?」
「街での暮らしだから基本的にはその姿でいてもらう事になるし、窮屈だろうけど…それでも大丈夫なら。私は、ナトラとこれからも一緒にいたいな」
「~~~っ?!」

 しゃがみ込んでナトラに目線の高さを合わせ、その手を握りお願いした。
 するとナトラの顔が真っ赤な苺のようになって……暫く口をパクパクしながら視線を右往左往させたかと思えば、

「……お前がそこまで言うのなら…我も暫し付き合ってやるのじゃ」

 と少し尖った耳まで赤く染めて手を握り返してくれた。これからもよろしくね、と改めて挨拶して私達は二人で手を繋いだまま歩き始めた。
 ナトラは見てて肌寒そうな格好だったので、羽織っていたローブをなんかいい感じに体に巻いてあげた。
 まぁ、本人は「我竜だからこんなの不要じゃぞ?」と言っていたのだが。こればかりは気分の問題なので…。
 そして行きに使った魔法陣をもう一度使って瞬間転移を行い、地下大洞窟を出る。
 その際に看板を見せようと思っていたのだが、あった筈の場所に看板は無く綺麗さっぱり姿を消していたのだ。それ故、白の竜からのメッセージであろう看板を見せてあげる事は出来なかった。

 数時間ぶりに出た地上は、行きとは大違いでとても空気が澄んでいて心地よかった………がしかし。行きと同じ道を通った事により、大量の死体をいちいち避けて歩く羽目になったのだ。
 だがこれ以外の道を知らないのだし、仕方ないと思う。
 まぁ、ナトラが数百年ぶりの外だとかで何だかとても楽しそうだし…いっか。
 しかしはしゃぎ過ぎたのかナトラが途中で顔から転んでしまった。ナトラ曰く、久しぶりの人間体だからじゃ! との事。
 何度も転ばれては気が気で無いので途中から私が抱き抱えた状態で歩く事に。ナトラは不自然に見た目よりもずっと軽かったので、私でも軽々抱っこ出来てしまったのだ。
 そのまま暫く進み、森を抜けるとそこにはブレイドがいた。町に戻っててと言ったのに森の入口でずっと待ってたようだ。
 ブレイドは私に気づくと「ヒヒンッ!」と駆け寄って来たが、途中で慌てて緊急停止していた。その視線の先にはナトラがいる。
 ブレイドはとても賢い馬だから、本能でナトラの正体を察知したのかもしれない。それで警戒してるとか。

「ええと……ナトラ、あちらは私をここまで乗せてくれたブレイドよ。ブレイド、この子は…まぁその、緑の竜のナトラよ。仲良くして頂戴」

 とそれぞれの紹介をする。しかしブレイドがナトラの事を警戒しっぱなしで、全然仲良くなってくれなかった。
 そんなブレイドの背にナトラと一緒に乗り、とりあえずゆっくりと町まで戻る。町に辿り着くとそこはお祭り騒ぎだった。誰も彼もが涙を浮かべて狂喜乱舞。
 何があったのかと道行く女性に聞いた所、数時間前…丁度私がここを出た少し後ぐらいに、ここに国教会の人が来て町の人達を一気に治癒してくれたのだという。
 何でも二日前から国教会の人達が南部を起点に北上しつつ全ての町や村を回って治癒していっているそうな。
 ……竜の呪いを消滅させられる程の魔法を繰り返し使いまくれるとか、国教会ってマジで化け物の集まりなんだな。

「流石は聖人が率いる組織………」

 とボソリ呟いた時。

「──汝、主、既知?」

 背後に何者かの気配を感じた。急いで振り返り、私は目を見張る。

「なんじゃこのにんぎょ──むぐぅっ!?」
「ナトラ、ちょっと静かにしてて…っ!」

 その人を見てナトラが何か不味そうな事を言いそうになったので、急いでその口を塞ぎながら…私はその人を観察した。
 ピンクゴールドの肩上まで伸ばされた髪に不格好なめん。異彩を放つ純白の祭服。そしてこの声、この特徴的な喋り方、私は知っている…っ! 
 これは間違いなくミカリアの腹心の部下の──。

「ラフィリア……?!」
「汝、当方、既知………問。氷王女、何者? 早急解、求」

 聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーンの腹心の部下にして国教会唯一の枢機卿、ラフィリア。
 その正体は幼いミカリアの為に用意された自律型魔導人形オートマタ……国教会ではミカリアに次ぐ実力と権力を持つ彼が、どうしてこんな所に!?

「………有名だからですわ。国教会が枢機卿の噂は…不快な思いをさせてしまったのでしたら謝罪致します」
「……理解。謝罪、突如解要求」

 フォーロイトらしい笑顔で一か八かの言い訳に躍り出たのだが、何とか乗り切れたらしい。
 しかし彼と関わっててもあまりいい事は無い為、私はナトラを解放してからブレイドの手綱を握り、早歩きでその場を離れようとしたのだが、

「止、当方、汝連行」
「連行!!?」

 手首をラフィリアに掴まれてしまう。その瞬間、私達の足元に何だか見覚えのある魔法陣が浮かび上がる。どうやら本当に、私達はこのまま何処かに連行されるらしい。

「出発」
「ま、ままま待ってくださいちょっとあのせめて何処に行くかだけでも!!」

 私の言葉は全て無視され、ラフィリアは黙々と魔法を発動しようとする。
 そんなラフィリアを見てナトラが小さく舌打ちし、

「殺すか? 殺すかアミレスよ。こやつ殺してもよいのじゃぞ」

 と提案して来た。国教会との全面戦争待ったナシなので、その提案は全力で拒否した。
 なんてやり取りをしているうちに魔法は発動する。やはり身に覚えのある眩い光に包まれ、次に視界が開けた時には──私は、ラ・フレーシャの一角に佇んでいた。

「……何でラ・フレーシャに…」
「主、命令。氷王女発見次第、王都連行。主連絡」

 私の疑問にラフィリアが簡単に答えた。
 何と、このラフィリアの行動はミカリアによるものだったらしい……ちょっと待って、今なんか連絡とか言わなかった? なんでだろうとても嫌な予感がする。

「──ああっ、ようやくお会い出来ましたね姫君!」

 今度は上空から。その声につられて上を向くと……空から、天使のごとき微笑みをたたえた青年…ミカリア・ディア・ラ・セイレーンが落ちて来た。
 そしてなんと、ナトラが飛び出してミカリアに拳を向けてしまった。人類最強と名高いその男に。

「ふんッ」
「おっと、こちらのお嬢さん……は一体何者かな。上位種、いやそれ以上の魔物………」

 ナトラの拳を軽々受け止め冷静に分析を行うミカリア。思うように体が動かないのか、もどかしそうに「チッ」と舌打ちをするナトラ。
 ナトラが追撃に打って出ようとした時、私は「ナトラッ!」と叫んだ。驚いた顔でこちらを見たナトラを私は諭す。

「ナトラ、大丈夫だから。この人達は悪い人では…」
「…じゃがそやつ等、どちらもただの人間ではなかろう。それにこれはお前とて予想外の事なのじゃろ? こやつ等の目的が計り知れぬ以上、さっさとぶん殴った方がよい」
「それはそうだけど………でも手を出すのは駄目、あなたが危険に晒されるから」
「……ふん、我はどうなっても知らないんじゃからな」

 ナトラはムスッと頬を膨らませてそっぽを向いた。ナトラはきっと、私を守ろうとしたからミカリアに向かって行ったのよね…それなのに申し訳ない事をした。
 だが私達がもしミカリアと争う事になったとして、勝てる見込みはまず無い。相手は人類最強の聖人だ……ナトラが万全の状態ならまだしも、瀕死から回復したばかりの今では勝率はゼロに等しい。
 それ以前に利が全くない。寧ろ損ばかりだ。

「この子が突然襲いかかってしまい申し訳ございません。町で急に話しかけられたかと思えば空間魔法で行先も分からず強制連行されたので…とても、警戒が強まっていたのです」

 小さく頭を下げながら、私は堂々と言い訳を述べた。何も嘘は言ってないのだからこれぐらいは許して欲しい。
 ちらりとミカリアの方を見ると…随分と黒い笑顔でラフィリアの事をじっと見つめていて。

「ラフィリア、まさか何も説明せずに彼女達を?」
「…………当方、命令遂行…」
「出来てないよね? 僕は君にちゃーんと説明するようにも言った筈だけど。一国のお姫様相手に一体何をしてるのかな??」
「………氷王女発見後、対象移動懸念…緊急任務兼報告故、焦心…」
「はぁ。とりあえず一連の無礼を姫君に謝らなくては」

 ミカリアとラフィリアの上下関係がハッキリとしたやり取りをぽかんとしながら見ていると、ふとこちらに視線を寄越したミカリアと目が合ってしまった。
 ミカリアはふっと柔らかく笑った後、胸元に右手を当てて左手を横に広げ少し頭を下げた。
 これは確か……国教会の正式な謝罪の姿勢、だったかしら。ゲームのミカリアルートで見た気がするわ。

「…うちのラフィリアがすみません。罰を希望でしたらいくらでも」

 聖人が頭を下げた事により、ラフィリアもまた深々と頭を垂れる。
 とても貴重な、聖人と枢機卿の頭頂部をまじまじと見てしまった事による恐怖心をかき消して、私は彼等を真っ直ぐ見据えて返答を口にした。

「罰よりも説明を希望します。どうして貴方達がここにいるのか…どうして私に用があるのか、それをお教え下さいまし」
「そう来ましたか。勿論構いませんよ、その代わりどこか落ち着いた場所に行きませんか? ここだととても目立ってしまいますし」

 ミカリアの提案を二つ返事で承諾し、私達は近くのお洒落な高級飲食店…それも一等室と呼ばれる最上級の個室に通された。ちなみに代金はミカリア持ちである。
 そこで四人で一つのテーブルを囲う形で座り、話し合う事に。その間ブレイドには悪いけど店の近くの物陰で待っててもらった。
 そういえば…店に入った瞬間、店員が私達を見て一瞬ギョッとしていたがあれはなんだったんだろう。凄い興奮してらしたけども。
 それはともかく。最初に話を切り出したのは勿論ミカリアだった。ミカリアは注文した飲み物が席に届くなり、口を切った。

「まず僕達がここにいる理由からお話しましょうか、きっと姫君はそれに一番驚かれていらっしゃるでしょうから」

 それに頷いて相槌を打ちつつ、飲み物を口にする。…ってこれお酒じゃないの。ジョーヌベリーって文言だけ見て適当に頼んだから気づかなかった……この歳で飲酒はまずい…大人達にバレたらまずい。
 と思っていてもお酒を飲む手は止まらない。このお酒凄く美味しい! もっと飲みたい! なんて考えつつぐびぐびと飲む。

「そうですね、理由はズバリ…大司教に任せたくなかったからです。僕自ら行った方が早く済みますし。決して意地とかでは無いのですよ?」

 確かに貴女からの手紙を見て思う所はありましたがそれはそれこれはこれでして──。と暫くミカリアが喋っていたのだが、私はそれのほとんどを聞いていなかった。
 飲み物のつまみにと運ばれていたドライフルーツのようなものがこれまたとても美味しいのである。

「そもそも精霊様を遣ってまで届ける内容がちょっと消極的なのです。どうして僕自身に最初から頼って下さらないのかハッキリ言って不思議でした。丁度大司教達が個別行動を出来ない理由があったのでこうして問題なく僕が抜け出す事も出来ましたが…他ならぬフォーロイト帝国からの要請でしたら僕も最初から動きましたのに……」

 ミカリアが延々と力説するも…ラフィリアは微動だにせずまさに人形のようにそこに在るだけ、私は人間の食べ物を警戒しているナトラにドライフルーツを手ずからあーんしてあげていて。
 食べる直前は「なんじゃこれ、干からびておるわい」と難色を示していたナトラも一度食べたら「なんじゃこれ、どうして干からびてるのに美味いのじゃ!?」と目を輝かせてドライフルーツの虜になっていた。

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