だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第一章・救国の王女

♢竜の呪い編 88.巻き起こる波乱

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(遅い。今までの数日間を鑑みれば、この時間には王女殿下はお目覚めになられてもおかしくはないんだが……) 

 オセロマイト王国の誇る花の都ラ・フレーシャが王城には、現在とある賓客達が滞在している。
 その賓客達の中心に立つはフォーロイト帝国が王女アミレス・ヘル・フォーロイト。彼女はその身分に釣り合わない護衛の少なさで危機に瀕する他国に訪れた。
 その為、数少ない彼女の護衛──中でも初めから忠誠心が桁違いであったイリオーデは、一睡もせず彼女の部屋の前(正確には向かいの壁際)に立ち警護に尽くしていた。
 勿論これはラ・フレーシャに到着するまでも毎日行っていた。それ故にイリオーデはアミレスのルーティーンを把握しつつあった。
 基本的に、毎日明朝に軽く素振りと運動をするアミレスではあったが、この日に限ってはそれが無い。規則正しい生活を送るアミレスは、素振りをするしないに関わらず朝早くに起きる。
 しかし今日は一向に起きる気配が無いのだ。
 流石に仕える相手のプライベートを盗み聞く訳にもいかない為、イリオーデはギリギリ有事の際に反応出来る場所まで離れて待機していた。

(………私は部屋に入る訳にはいかない。王女殿下がお目覚めにになるのを待つか、侍女の者が来るのを待つか。とにかく待つしかないな)

 そう決めたものの…イリオーデはいつになく不安に背を撫でられ、踵を上げては下げてを繰り返し心を落ち着かせようとする。
 どこか険しい面持ちで腕を組み忙しなく足を動かしつつ壁にもたれ掛かる美青年。そんな彼に二つの影が近づく。

「よぅ、イリオーデ。殿下はまだ寝てるのか?」
「おはようイリオーデ」

 眼帯をつけた精悍な顔つきの男と、眉間に皺を蓄えた怜悧そうに見える美男子。イリオーデの幼馴染みたるディオリストラスとシャルルギルである。

「あぁ珍しくな。あれだけの強行軍だったんだ、疲れが溜まっていたのかもしれない」

 ディオリストラスとシャルルギルに一瞥を送り、イリオーデは所感を口にした。
 それを聞いたディオリストラスはアミレスに与えられた部屋の扉へ視線を向けた。

「ようやくまともに寝られるからな……野宿は論外、宿屋のベッドだって殿下にとっちゃ寝辛いモンだったのかもしれねぇな」
「この城のベッド、信じられないぐらいふかふかだったな。寝ている間は雲に包まれてるような気分だったぞ」

 話を聞いていなかったのか、はたまた空気が読めないのか…シャルルギルは突然自分の感想を述べた。そんなシャルルギルを生暖かい目で見守り、その頭を乱雑に撫でるディオリストラス。
 傍から見ればつい二度見してしまうような異様な光景にも関わらず、イリオーデは全く気にする事なく一点──アミレスの泊まる部屋の扉を見つめ続けていた。
 そんな場に更なる人影が現れる。わたあめのように白くふわふわな頭と触角のごとき髪を揺らして歩く、絶世の美少年だった。

「おっはよ~、いい朝だねぇ~」

 相変わらずの笑顔でシュヴァルツは挨拶した。それにイリオーデは「あぁ」とだけ答え、ディオリストラスが「おはようさん」と軽く返事し、シャルルギルは「丸い雲…………はっ、いい朝だなシュヴァルツ」と慌てて返事をしていた。

「皆しておねぇちゃんの事待ってるのぉ?」

 じゃあぼくも一緒に待とーぅっと。と言いながらシュヴァルツは彼等の輪の中に自然に入っていった。
 そうしてイリオーデ、ディオリストラス、シャルルギル、シュヴァルツの四人で軽い話をしながら待機していた所……シュヴァルツがとある異変に気がついた。
 じっと扉の方を見つめたかと思えば、突然扉に近づき耳を立てたのである。その行動を勿論イリオーデとディオリストラスは咎めたのだが…それ所では無くなったのだ。

「ねぇ、何だか変じゃない? 部屋の中から全く人がいるって気配がしないよ?」

 真剣な面持ちのシュヴァルツが放った言葉が、イリオーデ達に緊張の糸を張り巡らせた。
 どうしたものかと話し合う四人。しかしもし万が一の場合…今ここで突入しなければ後悔する事になるやもしれない。
 だがそうでなければ……彼等は仕える王女殿下の寝室に堂々侵入した不届き者達となってしまう。
 彼等は今、かなり厳しい選択を迫られているのであった。

「…とにかく突っ込むぞ。そんで何も無ければ全員でしっかり怒られよう」

 ディオリストラスがそう提案すると、誰も反論を口にする事無く静かに頷いた。
 そして──。

「入るぞ殿下!!」

 意を決してディオリストラスが扉を開く。四人で雪崩込むように部屋に入ると……そこには人っ子一人いなかったのだ。
 寝台ベッドには人の温もりなど無く、この部屋にはここ数時間人がいた事を示す形跡が全く残ってなかった。
 いる筈の人はおらず、ある筈の物もいくつか無くなっている。
 それ即ち…数時間前より既に、この部屋からアミレス・ヘル・フォーロイトが姿を消していた事を意味する。

「──ッ!?」

 事の重大さを瞬時に理解し、四人の顔が青く染まる。

(──荒らされた形跡も争った形跡も無い。そもそも侵入者が現れたとなればそれ相応の音がする筈だ。私が気付かぬ筈が無い…っ)

 音も無く姿を消したアミレスの事で珍しく気が動転しているイリオーデは、粗くなる呼吸を正す事無く必死に頭を動かしていた。

(ならば、それならば何故王女殿下はここにいない? 王女殿下がいなくなるなんて、駄目だ。私の、私の所為で──ッ!?)

 その瞬間。イリオーデの脳裏に数日前に見た悪夢が蘇る。
 ──記憶に無い未来。ぐしゃぐしゃに握り潰された一束の新聞に、絶える事の無い嗚咽と涙を落とす自身の姿。
 その新聞の一面に大きく書かれた、とある大罪人の死──。
 それを思い出し、イリオーデは叫び出しそうになる口を片手で抑えた。頬に爪が食い込もうとも、頬を爪で傷つけようとも、今のイリオーデは気づけない。
 飛び出そうな程見開かれた瞳で、イリオーデの心象を表すかのように瞳孔が震える。足に力が入らないのか、彼の体がフラフラとし始める。
 そんなイリオーデの異変に気がついたシャルルギルが彼に近寄り、その肩を支えた。

「どうしたんだイリオーデ。顔色が酷いぞ」
「……っ、ぅ…………」
(…もしかして。イリオーデが変なのは王女様がいなくなったから……?)

 シャルルギルがイリオーデに具合を尋ねるも、イリオーデはそれに返事をする事も出来なかった。
 そして…そのイリオーデの尋常ならざる様子から、シャルルギルは理由を察してみせたのだ。そしてシャルルギルは語りかけた。

「今、どうしてかここに王女様はいない……だけど。何があったにせよ、あの人が無事じゃないはずがない。過度な心配は王女様に失礼だ」
「…っ」
「とにかく手がかりを探そう。何かあるはずだ……今シュヴァルツとディオが探している、俺達もそこに加わろう」
「…………ぁあ…」

 シャルルギルの言葉に考えさせられたように俯くイリオーデ。シャルルギルの言う通り、何か手がかりなどは無いかとシュヴァルツとディオリストラスが部屋の中を調べて回っている。
 そこに加わろうという提案を、イリオーデは小さく震える唇で受け入れた。
 四人で手がかりの捜索を始めてから程なくして、シュヴァルツが長椅子ソファの下から一枚の紙を見つけ出した。
 恐らく、机の上に置かれていた紙が何らかの拍子に長椅子ソファの下へと落ちたのだろう。

「っ! 皆、書き置きみたいなの見つけたよ!!」

 片手で紙を掲げ、三人を呼ぶシュヴァルツ。それに勢い良く反応する三人。
 中でもイリオーデが人間離れした反射神経と瞬発力でシュヴァルツの元に駆け寄った。

「それで、内容は!?」
「えっ? う、うん。えっとね…」

 詰め寄られたシュヴァルツは戸惑いながらも書き置きを読み上げた。

「『草死病そうしびょうの原因を何とかする為に暫く別行動します。これは誰の責任でもないので誰も咎めないでください。ここから先は皆へのお願いです。絶対に私を探さないでください。私がいなくても治療活動はしてくれると助かります。身の危険を覚えたり皆が草死病そうしびょうにかかった場合は迷わず自分を優先してください。絶対に原因を何とかするので、私が凱旋した暁には今度こそたくさん褒めてください。最後に…私のお願いを全部、ちゃんと聞いてください。それじゃあ頑張ってきます! アミレス』………だって」

 何となく、これを書いている時の本人の表情が思い浮かびそうな文章であった。
 しかしこれを読み終えたシュヴァルツの表情は無に近く、ディオリストラスとイリオーデとシャルルギルのそれは…困惑と後悔に近いものだった。

「~~ぁああクソッ! あのガキまた一人で全部背負い込もうとしやがって……ッ!!」

 ディオリストラスが怒号を上げながら床を強く殴る。

「王女様はどうしてそんな無茶を……」

 シャルルギルが眉根を下げ呟く。

「……………っ」

 イリオーデは無言で血が出る程下唇を噛んでいた。
 命の危険すらある無茶を平然と繰り返す十二歳の少女に、彼等はどれだけ歯がゆい思いをした事だろう。
 大人しく守られていて欲しいのに全く守らせてくれない幼い王女に、彼等はどれだけ地団駄を踏んだ事だろう。
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 そんなアミレス・ヘル・フォーロイトの自分勝手な暴走に巻き込まれた男達は、どうすればいいのかと頭を抱えた。
 本来であれば、私兵なのだから主を探すべきだ。だがその本人から絶対に探すななどという書き置きを残されてしまったのだ。
 どう行動するのが正解なのか分からない──……それが、彼等の正直な気持ちであった。
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