だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

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第一章・救国の王女

86.ある青年の混迷

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 ──この程度で弱音を吐くな。おぬしは余の跡を継ぐ者なのだぞ。

 …僕には無理だよ。

 ──おぬしには才能がある。天より主が下賜してくださった偉大なる力があるのだ。

 そんなもの…僕には無いよ。

 ──何故諦める。何故投げ出す。何故、何故おぬしは逃げ出すのだ!

 何でって、そりゃあ──貴方の期待に応えられないからだよ。


「──ッ! はぁ、はぁ………夢か…」

 布団を押し退けて体を起こす。窓から差し込む光はまだ仄明るく、時刻はまだ四時を回った頃だった。
 久々に見た夢は、父親の叱責から始まった。幼い頃より何度も何度も言われてきた言葉。
 届く筈もない無謀過ぎる妄想の為に息子の人生を犠牲にした父親の戯言。
 僕の人生をこれでもかってぐらい縛りやがった…最悪の鎖だ。
 父親の期待に応えたくない。そもそも応えられない。そんな僕に出来る事なんてもう…理想の息子を演じる事だけが、僕に出来る最後の事だった。
 ………まぁ、それすらもう無理だと思ったから逃げ出したのだけど。
 それでもやっぱり、人に嫌われたくなくて無意識で優等生いいひとを演じてしまう。

「…何で、あんな夢………自分の無力さを痛感したからとかだったら、本当に無様だな」

 寝台ベッドの上で膝を立て座り込む。そして、自分の手のひらを見つめながら僕は嘲笑をこぼした。
 それは昨日の事。僕は光魔法の中でも一番面倒な魔法をちょっと使っただけで魔力の大半を消費し、倒れてしまった。司祭が聞いて呆れる………まぁ、そもそも僕は司祭じゃないんだけどね。
 こんな筈じゃ無かったんだけどな。本当はもっとこう…彼女達の前で簡単に何度も治癒魔法を決めて、期待に応えたかったのに。
 実際は僕の扱える治癒魔法じゃあ癒せないからって光魔法を使って…それで一回で倒れるとか本当に有り得ない、凄く恥ずかしい。
 というかそもそも昨日神聖十字臨界セイクリッド・ペトロを使った時、本来の二倍ぐらいの魔力を消費した気がするんだが…………草死病そうしびょうってそんなに大変な病なのか?
 厄災レベルの病って何、本当に。

「………外、歩いてこよう」

 気分転換は大事だ。軽く着替えた後、僕は少しの荷物を胸ポケットに入れた。そして部屋の窓を開け放ち、そこから飛び降りた。
 これぐらいの高さならば身体強化の付与魔法エンチャントで軽々行ける。昔も、よくこうして修行から逃げだしたものだ。
 纏める事すら億劫でそのまま放置していた髪が、風に押されて上空で荒ぶる。地面に着地すると、その髪と上着の裾がふわりとホオズキのように膨らみやがて落ち着きを取り戻す。

「ん? 夜のうちに雨でも降ったのかな…」

 ふと上を見上げると、城壁に謎の……水の跡と思しき跡があった。だが昨晩雨が降った様子はない。
 つまりただの不可思議で不自然な跡という訳だ。そもそも寝起きで頭が働かないし、あの不愉快な夢の所為で深く考える気にもならない。
 僕は結局、それを調べる事もなく歩き出した。柔らかい朝日が差し込む草の上を歩く。とても静かで穏やか…まるであんな恐ろしい病に襲われているとは思えない程、平和な空気だった。
 朝日が気持ちいいなぁ…と思いつつポケットからお気に入り(全体的に小さめの特注品)のパイプを取り出し、光魔法の間違った使い方にて点火する。
 ちなみにこの間違った使い方というのは、太陽光を一点に収束させ照射するというもの。昔修行とやらで魔物が跋扈する洞窟に閉じ込められた際に暖を取るべく習得した技だ。
 あの時はついつい父親の事を『クソ親父!!』と叫んでしまったな。我ながらまだまだ若かったのだ。
 いやぁ、光魔法で擬似太陽が作り出せて本当に良かった。おかげさまでいつでもどこでも簡単に煙草を窘める。

「…っふぅー……こんな所彼女達に見られたら不味いなぁ。まだ辛うじて真面目で優等生な僕って思って貰えてるんだから…化けの皮が剥がれないように気をつけないと……」

 こんなどうしようもないろくでなしが本性だってバレたら、確実に期待を裏切ってしまう。確実に見損なったと言われ嫌われる事だろう。
 ……はは、何なら昨日の体たらくで既に見限られてるかもしれないな。やだなぁ、せっかく久しぶりに対等に話せる人達と出会えたのに、速攻で嫌われるとか。
 特に…彼女に嫌われるのは、何だかとても辛いな。理由は分からないけれど、あの子の期待を裏切るような真似だけはしたくない。
 期待という言葉が何よりも苦手な僕だけれど、珍しく、そう思えてしまった。

 ──口から煙を吐き出しつつ思い返す。
 昼間から働きもせず酒を煽って騒ぎ倒す人の形をしたゴミ共が多い店に一人…(と猫一匹?)でいた女の子。
 不思議な格好をしていたが、その纏う気品や所作は全て洗練された王侯貴族のそれ。何より本人がとても可愛らしい容姿をしている。
 そんな少女が一人で食事をしていたので、周りのろくでもないゴミ共は下卑た笑みで少女を狙っていた。
 それに気づいた僕はそれはもうめちゃくちゃ不自然に声をかけた。
 とにかくこの店から出せばいい。その後は特に考えてなかったものの、とりあえずこの汚いゴミ共に少女が一人で囲まれている現状がとてもよろしくないので、普通の少女なら危機感を抱くであろう言葉を言いながら近づいたのだが、空振りだった。
 あの子本当に変。本当に変わってる。自分が目立っている自覚は一応あったようだが、でも危機感は特に抱いてなかったらしい。
 そしてまだ暫くその場に居座るつもりなのだと僕は気づいた。一人にする訳にはいかなかったので、僕も彼女が退店するまで付き合う事にした。
 特に予定もアテもない旅だからこれでも全然いいのだ。

 その後話のネタにと僕はこれまで旅してきた国々の話をした。少女…スミレちゃんは相当箱入りだったのか、僕の話を全て興味深そうに瞳を輝かせて聞いていた。
 こんなにもいい反応をして貰えるのなら、僕の旅も意味があったんだなと思えて……ついつい僕自身、この時間を楽しんでしまっていた。
 楽しい時間程早く終わりを迎えるというもの。スミレちゃんは家まで送るよという僕の申し出を断り、一人で帰って行った。
 本当に大丈夫かなぁ、何かすごーく嫌な予感がするんだけど。
 と思いつつ泊まっている宿に戻った。そしてその予感は見事的中してしまったのだ。
 その日の夜、部屋の窓を開けて煙草を吸っていると近くの通りの方から騒ぎが聞こえて来たのだ。やはり嫌な予感がしたので様子見に向かった所、一人の男…ディオとすれ違いざまにぶつかった。
 怪我をさせてしまったのなら申し訳ないなと思い、治癒を申し出たのだが…気がついたら子供達の治癒をする事になっていた。
 別にいいんだけどね、僕に出来る事なんて本当にそれぐらいだし。人の役に立てるのならそれが最良なんだよ。
 ただ更なる事件が起きた。暫くしてディオが見覚えのある少女を抱えて現れた。
 少女の腕にはこれまた見覚えのある剣が抱かれていたのだ…。

 あっれーーーーーーー???
 何でこんな所に凄く怪我したスミレちゃんがいるのかな? というか家帰ったんじゃなかったのか??
 という動揺を必死に隠しつつ、僕は彼女の治癒に挑んだ。これがまた大変だった。
 彼女が怪我したのは足だったんだ! 治すから見せてと言ったら、あの子、何の躊躇いもなくスカートたくしあげてさ! 許可無く女性の肌見る所だったんだけど!?
 それなりにちゃんとした教育を受けていたからか、僕の体は頭で理解するよりも早く動いた。
 でもこれ治す時には見ないといけないよな……かなり失礼だし、彼女としてもとても恥ずかしい事の筈だ。そうか、彼女今とても気丈に振舞っているんだ。
 それなのに僕はなんて馬鹿な態度を…本当に出来損ないだなぁ僕は! と自分に喝を入れ、本当にごめんなさいと心の中で謝りながら傷口を診る。
 唖然とした。包帯代わりにと雑に巻かれた血濡れの布切れの時点で予想はしていたが……そこには、普通に生きてたら貴族令嬢の足に出来る筈もない深い傷跡があったのだ。

『…これ、何があったんだ』

 "優等生な僕"を演じる事も忘れ、僕は唸るような低い声でそう呟いていた。
 …すると彼女は何と言ったと思う? 奴隷商の大人達相手に戦ってる時に隙をつかれて、って。
 本当に馬鹿なのかと思った。何で君みたいな女の子がそんな無茶をしたのかとその場で説教してやりたいぐらいだった。
 でも出来なかった。他ならぬスミレちゃんがまるで名誉の負傷とばかりに明るく話すので、叱るに叱れなかった。
 心の弱い僕には、本人が望まない説教をする事なんて出来ない。そもそもそんな資格ないし、権利もないし。
 だから僕は押し黙って悔しさから下唇を噛んで治癒した。当てつけとばかりにそれはもうとびっきり強力な治癒魔法を使って完治させてやった。
 君に名誉の負傷なんてありませんよーだ。と思っていたのも束の間、今度は手足の骨が折れかけたとか言われた。
 本当に何やってんのこの子と呆れ半分驚愕半分で彼女の全身に治癒魔法を使った。
 こんな危ない事はもう二度としないでくれと釘を刺して、僕はディオに文句を言いに行った。なんて事に子供を巻き込んでるんだ! と。
 しかしディオ達から返って来たのは、『この作戦の立案者はスミレなんだが』と言う言葉だった。…頭を抱えたよね。僕の心配は何だったのかと、本当にもう頭と心がごちゃごちゃになった。

 そこで僕は確信した。
 ──これ、絶対家まで無理にでも送らないとあの子は絶対更に無理するだろ。と……。
 出会って半日の僕にこれだけ心配かけるんだ、多分彼女の家族の心配はもはや天にも届く程だろう。
 なので否応なしに送り届ける事にしたのだが…何度目かも分からない事件が起きた。
 スミレちゃんも正体を隠していて、よりにもよってそれが現フォーロイト帝国唯一の王女だったのだ。衝撃を通り越して最早何も感じなかった。
 でも確かに…彼女にはあの桃色の髪よりも銀色の髪が良く似合う──言っておくけど、僕は別に変な意味では言ってないからね? ただ客観的に見てそう思っただけだよ。
 とにかくその日は城まで彼女(と身寄りのないシュヴァルツ君)を送り届けて自分もまた泊まっていた宿に戻った。
 寝台ベッドに倒れ込み、僕は真剣に後悔していた。何で宿の事教えちゃったかなぁ、本当に嫌な予感しかしないとも。ここ暫くずぅっと嫌な予感と同居してるよ。
 それから数日間、僕は結局嫌な予感を拭いきれないままのんびりとした日々を過ごしていた…………嵐が来たあの日までは。

 夜中に突然、ディオ達と彼女が尋ねてきた時はよっぽどの事が起きたのだろうとすぐに察した。なので僕はすぐさま準備を始めた。
 この時、煙草吸ってなくて本当に良かったと思った。ワイン飲んでただけで良かった。ワインならまだ言い逃れ出来る。まだ優等生な僕でいられる。
 この後まさか、色んな事がありすぎて数日でどっと心労が溜まるなど思いもしなかった。
 特にスミレちゃん──王女殿下がね……無防備過ぎるし無頓着だし色々と規格外だし。何故か保護者のような気分になってしまうよ。
 だからかなぁ…あの子に期待されると嬉しいし、応えたいなぁって思う。期待に満ちた目で見上げてくるのが弟と少し似てるからかな。
 どうしても、彼女の期待だけは裏切りたくないと。卑屈で出来損ないの僕は分不相応にも思ってしまうのだ──。
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