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第一章・救国の王女

85.オセロマイト王国にて5

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 リードさんとシャルの噂はもう既にラ・フレーシャ中に広まっていて、明日からは大勢の人が押し掛けてくるかもしれないと……そう、用意された夕食の席でオセロマイト王より話があった。
 リードさんもシャルもかなり消耗していたのに、更にペースを上げるなんてあまりにも…と私がカトラリーを握り締めた時。
 リードさんがスっと手を上げてオセロマイト王に進言した。

「万能薬──って、まだ残ってますか?」
「あぁ。国庫にまだ幾らか…しかしあれは何故か感染者達には効かぬ、例え使用しても……」

 そんな気がしていたが、なんと万能薬と呼ばれる死以外の大抵のものを癒す最強の薬でも竜の呪いは破れなかったらしい。
 じゃあ竜の呪いを破れる毒の魔力と光の魔力はなんなのよ…万能薬超えちまってるわよ……。
 ちなみに、ここで言う万能薬と言うのはいわゆるエリクサー的な不老不死の霊薬とはまた違ったもので、ポーションの王様…最も効果の強いウルトラアルティメットポーションなのだ。
 この世界にはエリクサーも勿論存在するのだが、誰も作り方を知らない誰も材料を知らないでもう数百年と姿を見せていない。文字通りの幻の霊薬なのだ。
 ……補足だが。実は天の加護属性ギフトを持つミシェルちゃんであれば、エリクサーに近い効果を発揮する特殊な魔法を扱う事が出来る…とファンブックに書いてあった気がする。やっぱえぐいのよ加護属性ギフトって。
 と考え事に耽っている間も話は進んでいて。

「いえ、感染者に使うのではなく。僕が使わせて頂こうかと」
「き、貴殿が?」
「はい。僕が」

 オセロマイト王が驚きを顔に宿す。リードさんはずっと変わらず微笑んだままだ。…オセロマイト王って実直な人なんだろうな、腹芸とか苦手そう。

「この通り僕はまだまだ半人前でして、神聖十字臨界セイクリッド・ペトロを一度使えば倒れてしまいます。しかし僕は、どうやらあれでなくてはこの病は癒せないようで…じゃあどうするのかと思い、考えついたのです──」

 ゴクリ、と私達は固唾を飲んだ。そして笑顔のリードさんはとんでもない言葉をサラッと吐き出した。

「──万能薬を乱用ドーピングするしかないなーと。治癒目当てでは無く、魔力の回復目当てで」

 どっ、ドーピングだとぉおおおおおお!!? そんな目的で万能薬を使うとか聞いた事ない!
 と瞠目する私。
 しかしリードさんは我々の驚愕など毛程も興味が無いようで、オセロマイト王に更なる質問を重ねていた。

「こちらにある万能薬はどこ産でしょうか」
「万能薬は…クサキヌアのものだが……」
「ふむ。クサキヌア産なら一瓶で魔力回復量はおよそ………一回につき三本あればいけるか…?」
「まさか貴殿は世界中で流通している産地別の万能薬の僅かな効果の差を把握しているというのか?!」
「えっ? は、はい。実家で色々仕込まれたので……」

 オセロマイト王の勢いに少々押されるリードさん。
だがオセロマイト王の驚愕も頷ける。普通は万能薬のそんな細かい差異、誰も気づけないし気にしない。
 そもそも万能薬がお高いものでして、普通の人ではまず手の届かないもの。その名に相応しい超スーパーレアアイテムなのだ。
 そんな万能薬の効果を産地別で全て把握しているとかこの人何者なんだ…司祭ってそんな教育も施されるものなの? それともリードさんは実はとんでもない大貴族とか。
 いつか本人から教えて貰えるといいな。
 その後、シャルもドーピング作戦に賛同してしまい、明日から二人が無茶な治癒を始める事になってしまったのだ。
 しかし私にはそれを止める資格がない。私が二人を巻き込み二人に頼んだ事だから………。
 この罪悪感と責任感から逃れる事は許されない。これは、私が背負うべきものなのだ。

 夕食を食べ終わると、私達はそれぞれに用意された客室へと案内された。絢爛豪華で目を奪われる調度品達に毎度怯んでいたディオとシャルではあったが、ここまで来ると最早慣れてきたようで、ただの彫刻や絵画ぐらいでは動じなくなっていた。
 部屋割りはというと。イリオーデ達が「王女殿下の警護をする」と主張し続けた結果、全員かなり近めの部屋となった。
 何処かで叫び声が上がればすぐにでも聞こえそうな近さである。
 でもそれ以前に…イリオーデの事だから夜中もずっと部屋の前にいたりしそうなのよね。さてどう脱出してやろうかしら。
 夜中のうちに脱出して百年樹とやらを目指そうと思ってたのだけれど………あっ、そうだわ。その前に百年樹の場所の確認とそこに行くまでの足を確保しなければ。
 行き当たりばったりな私は、慌てて紅茶を入れてくれているこの城の侍女に尋ねた。

「少し聞きたい事があるのだけれど…百年樹ってどこにあるのかしら? 私、前々から話を聞いていて……全て片付いたら一目見に行ってみたいのですわ」

 まぁ嘘だけどな。全て片付く前に行く予定よ。
 ふふふ、嘘も方便。侍女は私の話を信用してその場所を教えてくれた。

「百年樹でしたら、王都北門より出て馬車で四日程の森の中心部にありますよ。実は百年樹にはとても素敵な言い伝えもあって………行かれる際は是非、マクベスタ殿下と!!」
「そ、そう…?」

 侍女が妙に鼻息を荒くし、目を輝かせてこちらを見つめてくる。あれかしら、私みたいな余所者は道に迷うから現地の案内人を用意しろって事かしら。
 でもマクベスタ連れてったら即死しちゃうし、それは無理なんだよなぁ…。
 それにしても馬車で四日か……困ったな、それじゃあ単純計算でも往復八日はかかるのか。確実に抜け出したのがバレるわ。
 まぁでもやるっきゃないよね。

 そして私は、次いで厩舎の場所を尋ねた。案内役に現れた騎士と侍女の方に「貴女様が行かれるような場所では……」と何度も言われたのだが、実家では全然近寄らせて貰えなくて興味があると告げた所、何とか案内して貰えた。
 そして辿り着いた厩舎では、何頭もの馬がいて…初めて現れた毛色の違う私の事を興味深そうに見ているようだった。
 ここに来た理由、そう! 事情が事情だし、無断で馬を一頭貸して貰おうかなーと。最悪、フォーロイトだから何とかなると踏んでいる。
 なので、今夜ちょっと拝借する馬を選定する為にここに来たのだが………どうしよう、馬の善し悪し分かんない。
 一応知識として乗馬の方法を把握してはいるものの、実際にやった事は無い。だってハイラが危ないからってやらせてくれなかったんだもん。
 馬の善し悪しだって…いやもう分からないなら分からないなりに、私と相性の良さそうな馬を選べばいいのでは?
 ぐるりと辺りを見渡すと、一頭の白い毛並みの馬と目が合ったような気がした。その馬に惹かれるように近づくと、案内役の騎士が「そちらはマクベスタ殿下の愛馬でして、名をブレイドと言います」と説明してくれた。
 なんと、この子マクベスタの愛馬だったか。てかマクベスタはリアル白馬の王子様なのか。

「マクベスタ殿下以外にはあまり懐かないというか、大人しいのですがとても気難しいというか……なのであまり近づかないように──って王女殿下ぁ?!」
「触っちゃ駄目だったの…?」

 騎士が狼狽する。私は今普通にブレイドに触れているのだが……どうやらこの子、本来はとても気難しい性格らしい。それなのに触る事を許されている私を見て騎士は驚いたようだ。
 なんだかとてもマクベスタに似てる気がするのよね、この子。だから不思議と初めて会った気がしないというか、親近感が湧くというか。

「…ふふ、あなた、とっても主人に似てるわね。とても綺麗で、凛々しくて勇ましい」
「ブルッ」
「喜んでくれてるの? えぇそうね、あなたもあなたの主人もとっても素敵だわ」
「ブルルルッ」

 ブレイドは、主人マクベスタが褒められたからか嬉しそうに顔を寄せて来た。どうやら私にも少し心を許してくれたらしい。
 それに……こころなしか、ブレイドの言葉が分かるような気がする。この子が何を言おうとしているのかが、何となく分かる。それってきっと、相性がいいって事よね?
 うん、決めた。今夜この子と一緒に行こう。

「……そんなまさか。あのブレイドが殿下以外の人にこれだけ懐くなんて…」

 愕然とする騎士が何か呟いているようだったが、私はブレイドの声で掻き消されてあまり良く聞こえなかった。
 そして去り際にブレイドに向けて小声で「また後で来るわ」と告げ、私は厩舎を後にした。
 部屋へと戻る際に、ダメ元で騎士に「わたくしも万能薬がいくつか欲しいのですが…駄目でしょうか?」と上目遣いで頼んでみた所、首が折れ曲がりそうな勢いで顔を逸らした騎士からオセロマイト王へとその旨が伝えられ、その結果私の手元には四本の万能薬がある。
 これとこの前買った保存の効く食料を持って、深夜のうちにこの街を抜け出そう。
 誰にも知られてはいけない。誰にも着いてこられてはいけない。これは、私にだけ許された極秘任務なのだから。
 そして、もう寝るからと侍女を下がらせて……私は寝たフリをした。

 深夜になると私は書き置きを用意し、念の為に持ってきておいたいつものシャツとズボンに着替え…邪魔になりそうな髪を一つに纏めた。
 鞄を肩から提げ、こんな事もあろうかと持ってきておいたソードベルトを腰に巻き、愛剣を佩く。
 最後にローブを羽織り、私は音を立てぬようゆっくりと窓を開け……窓から下を見下ろして人がいないのを確認し、城壁で水を氷に変えて階段擬きを作り降りていった。
 勿論、念の為に全反射も行っている。おかげさまでそれはもう疲れる。
 しかし止まる訳にもいかず、私は落ちるかもという恐怖心を捨てて駆け足で氷の階段を降りてゆく。そして地面に降り立った所で、全ての氷を水に変えて証拠隠滅。
 続いての問題はどうやってブレイドを外に連れ出すかだが………全反射でいけるかしら。馬程大きな生き物でやるのは初めてだから上手くいくか分からないわ。まぁ、やるしか選択肢は無いのだけれど。
 とりあえず息を潜めて厩舎に向かい、お得意の鍵開け術で楽々侵入。そして一度休憩も兼ねて全反射を解除した。
 ブレイドの前に立ち、私は尋ねる。

「ねぇ、ブレイド。これから私はこの国を守る為に遠くに行こうと思うのだけれど…私を乗せてくれるかしら?」
「ブルッ、ブルルル」
「…ふっ。ありがとう」

 穏やかな面持ちのブレイドはどうやら私の申し出を快諾してくれたようで、後肢で地面を蹴っている。
 厩舎からブレイドを連れ出し、私は全反射を使おうとしたのだが……突然明後日の方向へと駆け出して。

「えっ、ちょっ待って!?」

 と慌てて追いかけるものの、私の足で馬に追いつける筈も無く。五分程走ってようやくブレイドに追いついた。
 息を整えながら辺りを見渡すと、そこはどうやら城の周りの外壁のすぐ下だった。

「ブルッ」
「何…? って、扉? なんでこんな所に……」

 ブレイドが鼻で示した場所には鉄製の大きな扉があった。それこそ、馬一頭が軽々通れてしまいそうな──。

「まさかここって……!」
「ブルンッ」
「っ、あなた本当に偉いわね~~っ!」
「ブブルッ!」

 ある事に気づいた私は、どやぁ…とした顔つきのブレイドを見上げ、その頬を撫でる。
 恐らくここはマクベスタがブレイドと共にこっそり出かける時などに使っていた裏口なのだろう。それを覚えていたブレイドが、私が外に出ようとしている事を察して連れて来てくれたのだ。
 なんと賢い子。流石はマクベスタの愛馬ね。
 私は当たり前のように鉄製の扉の鍵を開け、全体重を使い重い扉を開く。開いた扉を通り外に出てから、念の為にちゃんと施錠する。
 …ようやく城の外に出られた。馬に乗るのは初めてだけど、多分きっと何とかなる。
 だってゲームでフリードルが馬に乗ってるシーンがあったから! 兄に出来て妹に出来ぬ訳がないッ! キリッ!

「……よし、いざっ!」

 意を決して馬具に足をかけ、持ち前の身体能力を全力で活かし馬に跨る。
 おおう、アミレスって凄いな…マジで一発で乗れちゃったよ……。
 手綱を握り、私はブレイドに語りかける。

「それじゃあお願い、ブレイド。北の方に行きましょう!」
「ヒヒーンッ!」

 夜の王都に響く高らかな嘶きと共に、ブレイドは駆け出した。その振動も速度も凄まじく、気を抜いたら一瞬で振り落とされてしまいそう。
 さぁ、行きましょう──緑の竜が眠る百年樹へと!!

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