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第一章・救国の王女

76.束の間の休息3

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♢♢ 


 ──……誰かの声が聞こえる。会話してるのかな。
 包み込んでくれるような温もりを感じる。抱き締められてるみたい。
 体に響いていた衝撃や振動はもう無い。どこかに止まってるんだろうな。
 ゆっくりと瞼を開く。眩しさに目を細めながら世界を映す。すると…頭上から声が聞こえてきた。

「お目覚めになりましたか、王女殿下。お加減はいかがですか?」

 その声に引っ張られて少し首を捻り上を向くと、目と鼻の先にイリオーデの端正な顔があった。
 突然の事に思わずひゅっ…と喉笛を鳴らす。美形の顔面を至近距離で見ると心臓に悪いと言う学びを得た。
 ドッドッと強く鳴る心臓を落ち着かせながら、私はイリオーデの気遣いに返事をした。

「少し眠れたからすっかり元気よ、ありがとうイリオーデ」
「…王女殿下が元気になられたのであれば、支えとなっていた身としてはこれ以上無い幸福にございます」
「そんな大袈裟なぁ……」

 イリオーデとそんな会話をしつつ、私は彼のホールドより脱出し自由となった。どう言う理由で虎車が今こうして停止しているのか分からないが…荷台には私とイリオーデしかおらず、シャルとリードさんとシュヴァルツの姿は無い。
 しかし外から会話が聞こえてくるので、皆して外に出ているのだろう。そう予想を立てて幕の隙間から外を見ると、空には夕日があった。
 ……私一体何時間寝てたの?? もう夕方じゃない。いくらこの季節は夜になるのが早いからって…もう夕方なの?
 っていうかちょっと待ってよ、つまり私、何時間もイリオーデにあの体制を強いていたの!? 嘘でしょ……!
 衝動的にバッと勢いよくイリオーデの方を振り向いたが、イリオーデは何ともなさそうに首を傾げるだけだった。
 しかし途中で何かに納得したようにはっとして、彼は口を切った。

「気が至らず申し訳ございません。実は現在、近場に手頃な街や村が無い事から本日の宿をどうするかと言う話し合いが行われているのです。このまま進めば野宿になってしまうので」

 どうやらイリオーデは、先程私と目が合った事がこの状況の説明を求めるものだと勘違いしてしまったらしい。
 確かに説明が欲しいとは思ったけど、なんだかこれだと私がパワハラしたみたいなのよねぇ。
 ふむ、それにしても野宿かぁ……野宿…なんだか冒険してるみたいでいいわね。こんな時に何言ってんだって感じだけども。
 しかし皆は野宿にするのはどうなのかと言う話をしているらしい。多分、王女と王子がいるがちゃんとした警護がある訳では無いし、そんな状況で野宿は………ってところだろう。
 私としては大丈夫なんだけどなぁ…無情の皇帝サマの統治のおかげで帝都の外も割と平和らしいし。
 そんな危惧するような事は起きないでしょう。うん、そうだよね。
 と言う訳で私は「よしっ」と意気込みながら立ち上がり、華麗に荷台から飛び出た。
 ふわりとドレスを膨らませながら、後ろでぎょっとしているイリオーデに見せつけるように鮮やかな三点着地を決め、ちょっとドヤ顔になる。
 見よ、これが師匠との特訓で身につけた体術よ…!! まぁ師匠から教わったのは五点着地だけどね。五点着地が出来るなら三点着地も出来るかなって。
 ちょっと足が痛かった気もするが、まぁ、かっこいい事には犠牲が必要なのだ。なのでこれは必要な犠牲なのです。

「おーい皆ぁー! 何話してるのー?」
「お待ち下さい王女殿下! お怪我などは…!?」

 着地した所から皆の姿が見えた為、私は大きく手を振りながら駆け寄った。
 するとイリオーデが後ろから心配する声をかけてきた。
 それには「平気よ、特訓したもの!※嘘」と胸を張って自信満々に話し、イリオーデの手を引いて、早く行きましょ! と進んだ。

「起きたのかアミレス。すまない、今少し話し込んでいてな…」

 誰よりも早くこちらに気づいたマクベスタがこちらを振り向く。

「おはよう、宿が無いって話をしてるのよね?」
「あぁ。このままだとお前を野宿させてしまう事になりそうなんだ……もっとオレがちゃんと地図を見ておけば…」

 握り拳を震わせて、悔しそうな声を絞り出すマクベスタ。何だかデジャヴが…数時間前にもこんな姿を見た気がするわ。
 ふっふっふっ、だが今回は彼を慰める事が出来る。何故なら私は野宿でも問題ないからだ!

「私、野宿でも全然大丈夫だよ?」
「「「「えっ」」」」

 マクベスタとディオとイリオーデとリードさんの声が重なる。全員が私の発言にたまげているようだった。

「寧ろ野宿とか初めてだし、ちょっと楽しみよ!」

 今までの六年間を皇宮で過ごして来た反動か、ただでさえ外の世界が楽しくて仕方ないのだ。それに加えて野宿と来れば…まさに冒険、まさに旅。
 好奇心がどうしても抑えられないのだ。

「い、いや殿下、野宿ってのはつまりベッドも無けりゃ屋根も壁もねぇモンだ。それに安全だって保証も無いんだぞ?」
「別にいいわよ。ベッドも屋根も壁も無くて。寝ようと思えば人間どこででも寝られるものよ? それに貴方達がいて危険な目に逢う訳ないじゃない」
「うっ。そりゃ、そう…だが……」

 私兵三人と信頼のおける友人二人、そして人を裏切る事だけは無いと確信している青年が一人。
 それぞれが何らかの分野に優れている為、もし魔物や野盗の襲撃などか発生しても大抵は対処出来る筈だ。
 しかしそれでも心配だと言うのなら。

「どうしても万が一の事態を心配するなら、結界張ろうか?」

 皆を守る為の結界を張ろうじゃないか。そう提案したところ、彼等は目を丸くしていた。信じられないものを見るかのようにこちらを見ている。
 そんな中、リードさんがおずおずと問いかけてきた。

「……君は、結界魔法を使えると言うのかい?」
「えぇまぁ。シルフ………私の魔法の先生が色々教えてくれたので」

 戸惑いに染まるリードさんの顔に、ほんの一筋の冷や汗のようなものが滲む。
 何を隠そうこれまたシルフ直伝の技。魔力量が多く努力の末魔力操作にも秀でた私だからこそ出来るものとシルフは言っていた。
 だからこそ結界を張ろうかと提案したのだが、そこでディオがスっと小さく手を挙げ、

「ちょっと待てよ、俺ァ学がねぇからよく分かんねぇんだが……結界魔法っつぅのは光の魔力専用の魔法なんじゃなかったのか? 司祭達が恩着せがましく神聖なんたら結界とか張ってるのを見た事がある」

 質問を投げかけて来た。そしてそれにはどうやらリードさんが答えるようで。
 リードさんは深緑の眉を下げて「あー…」と少し困ったような声を漏らしてから、その事について説明した。

「やっぱり何処でも司祭がやる事は変わらないんだね。やり口が汚いよ、本当に………それで、まぁ、何と言うか…結論から言えば、一部の魔力は結界を張る事が出来ると言われているんだ。光の魔力に限らずね」

 リードさんは自身の右手にほんの少しの淡い光を纏わせた。それは恐らく、光の魔力による発光だろう。彼に治癒魔法をかけてもらった時も付与魔法エンチャントをかけてもらった時も、同様に彼の手が淡く光っていたから間違い無い。
 その右手に視線を落とし、彼は話を続ける。

「光の魔力を持つ者ばかりが結界を扱うのは、光の魔力が最も結界を張るのが簡単だからだ。実体を伴わない魔力だからこそ、結界として見えないものの形を維持する事が容易い。しかし他の魔力……分かりやすい所で言えば四大属性かな。あれらは全て結界と言う形状に維持する事が難しい。だから誰もやって来なかったし、やろうとすら思わなかったんだ」

 私も、結界を習う時に似たような事をシルフから言われた。だからこその精密な魔力操作と、長時間の結界維持を可能とする魔力と精神力が必要だと。結界と聞いてオタクの血が騒いでいなければ、あそこまで頑張れなかったと思う。
 しかしその気が遠くなるような特訓の果てに私は結界を張る事に成功し、そのおかげもあって全反射と言う技を生み出せたのだ。
 塵も積もればなんとやら。努力はやはり積み重なるものなのだ。

「…だけど。どうやらこのお姫様はその誰もやろうとすら思わなかった事をやり遂げてしまったらしい。そうなんでしょう、王女殿下?」
「えぇ。集中し過ぎたあまり何回か鼻血出しちゃう程には苦労したけど、見事結界魔法は習得しましたとも」

 話した後に私ははっとした。王女が鼻血とかはしたないかしら………? と口を押さえたのだが、この人達の前だと最早今更感が否めない。
 ので気にする事無く私は親指を立ててにっと笑う。

「そう言う訳ですのでご安心を。一晩ぐらいなら皆の事を守れるわ!」

 そうやってしばらく話し合いを続けた後、私が結界を張る事に落ち着いた。リードさんも結界魔法を扱えるそうなのだが、何やらあまり得意ではないとかで…申し訳無さそうに「君に任せるよ」と言っていた。
 今晩はあの場から少し進んだ所にある森の中で野宿をする事に。開けた草原よりかは森の方が紛れる事が出来て良いらしい。
 そしていざ結界を張ろうとなった時に先程の、特訓で鼻血出した発言から体の心配をしてくれたシャルとイリオーデに心配ご無用! とかっこつけ、私は準備に勤しむ。
 結界の張り方は様々だが、今回は一晩もてばいいので比較的簡易なもので問題ないだろう。
 と言う訳で、私はまず結界の柱となる場所を四箇所定めた。東西南北に一箇所ずつ、綺麗な正四角形の少し大きめな結界にするつもりだ。
 その四箇所に小さく穴を掘り魔力で作った水で水溜まりを用意し、その底に魔法陣を少しずつ刻んでゆく。順番は東西南北…特に理由は無いが、こうした方が元日本人としてやりやすい気がするのだ。
 柱の準備が完了した所で虎車や皆が結界範囲内にいる事を確認し、私はこの結界の中心たる場所に立った。後はもう、結界魔法を発動するだけである。

「アミレスは一体何を……」
「事前に結界の支柱を用意しておく事で、魔力消費を抑えられる上に結界も安定するんだよぅ。水の魔力で結界魔法なんてしたら尋常じゃない魔力消費が発生するし。おねぇちゃんのやり方はすっごく効率的だねぇ…あんなやり方を精霊が教える筈もないし、自己流かなぁ? 本当に面白いなぁあの子は」
「…シュヴァルツ、お前本当に何者なんだ?」
「え? 見ての通り超可愛い美少年だよっ」

 きゅるんって効果音が聞こえそうな笑顔のシュヴァルツと、混迷が隠し切れないマクベスタ……そんな二人による会話が聞こえてくる。確かにシュヴァルツは本当に何者なんだろうか。
 何で一目見て全部分かるんだろう、そう言う魔眼でも持ってるのかしら。全てを看破する魔眼とか…全てを見透かす魔眼とか。
 それはともかく、私は一度深呼吸をしてから、いざ結界魔法を発動させた。

「疑似領域、霧中むちゅう。流れ落ちよ、四柱しちゅう。四方の柱を繋ぎし水平線、その内側こそまさに遍く境界なり──深水四方結界しんすいしほうけっかい

 定められた詠唱のりと。これによりこの結界魔法は私の構想イメージに従い発動する。
 足元に広がる蒼き魔法陣。それは先んじて準備した四つの魔法陣と繋がり、一つの結界魔法の魔法陣へと化けた。
 四方には水の柱が立ち上り、それらを繋ぐようにシャボン玉のような薄い膜が出現する。やがてこの結界を包むように辺りに霧が立ち込めた。
 霧に紛れしこの空間は外界より隔絶され、水平線のごとき役割を成す結界によりここは例え外から認識されようと消して辿り着けぬものとなった。
 ありとあらゆる生命の延命を許可する水の結界…その一つがこの深水四方結界だ。
 ……この構成も詠唱文も私が考えたものだが、これは自信作だ。とてもかっこいいと思う。内なる厨二心が騒いでしまったからね。
 ほんと、超かっけーと思う。
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