75 / 765
第一章・救国の王女
70.白亜の都市の侵入者3
しおりを挟む
そしてエンヴィーは大聖堂の地下にある霊廟へと辿り着く。荘厳な雰囲気の空間で、エンヴィーは辺りを見渡しながら立ち止まった。
(姫さんが言うにはここの更に奥にその聖人とやらの部屋があるっつぅ話だが…ねぇな、部屋なんて)
この空間の出入口は来た道一つだけ。その出入口も今や追手が騒がしいと言う理由だけで、業火の柱により塞がれている。
窓すら無いこの空間の更に奥に本当に部屋があるのか……そう、エンヴィーは思案した。
だがしかし、エンヴィーは考えを改める。
(まぁ、あの姫さんがあるって言ったのならあるんだろう。とにかく壁を破壊してけばその内隠し通路とか出てくるだろ)
エンヴィーはアミレスの発言を疑わなかった。アミレスの発言を信じて、エンヴィーは勢い良く近くの壁をぶん殴った。
何度も何度も四方の壁を殴り、いたる所を陥没させた。
壁にはクレーターのような跡が多く作られ、床にはその破片が散らばる。
歴代の枢機卿や大司教が祀られる荘厳な雰囲気の霊廟は、たったヒトリの男により瞬く間に荒らされてしまったのだ。
「おっかしーなァ……周囲に隠し通路的なモンはねぇ…いや、そうか。魔法で隠蔽してんのか」
エンヴィーは部屋をもう一度ぐるりと見渡して思考し、そしてハッとしたように何かに気がついた。
彼の推測は正しかった。確かにこの部屋には隠し通路があるのだが、それは周囲には無かった。
何せ隠し通路があるのは壁沿いのどこかではなく──
「あそこか」
──足元、なのだから。
彼が視線を向けた先…それは霊廟の中心にして、多くの人々の骨が納められた納骨棺があった。
エンヴィーが納骨棺に向かっておもむろに歩き出す。
その棺からは夥しい程の魔力が溢れ出ており、それはエンヴィーの勘を鈍らせるにまで至った。その為この空間に足を踏み入れたばかりの時は気づけず、こうして冷静に考えてようやく気づけたのだ。
そして彼が納骨棺に触れようとしたその瞬間。あの火柱を越えて、何者かがこの空間に侵入して来たのだ。
「──どうかそれには触れないで頂けますか、精霊様」
「……誰? お前」
エンヴィーが振り返った先には一人の男が立っていた。
肖像画や彫刻で見る天使のような美しい顔立ちに、その羽が如き腰まで伸びた白金の長髪。穏やかな印象を抱かせる檸檬色の瞳と、その下で自然に弧を描く淡い桃色の唇。
最早不健康そうに見えてしまう雪のように白い肌に、純白と金の刺繍の祭服。
頭の先からつま先まで真っ白なその男は、何と最上位精霊たるエンヴィーに気取られる事無く火柱を越え、この空間に侵入せしめた。…もっとも、この空間が異様に濃く禍々しいまでの魔力に満たされていなければその限りでは無かった事だろう。
真っ白な男は、エンヴィーの問いに深く頭を垂れて答えた。
「我が名はミカリア・ディア・ラ・セイレーンと申します」
そう。彼こそが二作目で追加された攻略対象にして…国教会が誇る不老不死の人類最強の聖人、ミカリアなのだ。
ミカリアと言う名前を聞いて、エンヴィーは少し笑みを浮かべた。
「へぇ、お前が聖人とやらか。俺ァお前に用事があったんだよ」
「僕に……? 精霊様がですか?」
ミカリアが驚いたように目をパチパチと瞬きさせる。
「おう。それで急いでたのによォ、ここの人間達がどいつもこいつもすぐ喧嘩売ってきやがるんだが」
「それは…不甲斐ないばかりでございます。まさか貴方様の正体が精霊様と気づけぬ者達ばかりとは思わず……これよりは更なる教育の方を徹底致します。このような不敬な振る舞いを二度としないように」
今一度ミカリアは深く頭を下げ、謝罪した。
聖人と呼ばれる程のミカリアは一目見て………いや、エンヴィーが放出したあまりにも神聖な魔力から、彼が大聖堂前で暴れ出した瞬間よりそれを感じ取りエンヴィーの正体を看破していた。
しかし他の者達は違った。枢機卿と呼ばれる者や大司教程の地位にある実力者なら、まだ気づけたかもしれないが…そうでない一般的な司祭や教徒達が目の前の存在の正体を把握出来る筈もなかった。
相手が精霊と分かっていたのなら…彼等彼女等とてあのような強行に及ぶ事は無かっただろう。
人間が形ある精霊に挑むなど、ただの自殺行為に等しいのだから。
「そーしとけ。今回は俺だったからあの程度で済んだが、人間嫌いな奴等だったら確実にこの街滅んでたしな」
「御忠告痛み入ります」
「で、お前に話があるからどこかに案内しろ。そうだな…お前の部屋でいいか」
「…もしや、この霊廟には僕の私室を探しに?」
「そうだが?」
ミカリアは一瞬エンヴィーを訝しげに見つめた。
今、彼の頭は非常に混乱していた。何せ精霊召喚でもしない限り人間界に現れる事などない形ある精霊が、突然この神殿都市に侵入し大暴れした上に自分に用があるなどと宣ったのだから。
(………形ある精霊。それもこれ程の魔力と威圧感であれば恐らく上位精霊…何故そのような存在が、僕に?)
ミカリアは必死に考えつつも、「こちらです」とエンヴィーを私室に案内した。
隠し通路の答え合わせはエンヴィーの読み通り、棺の下。棺に仕掛けられた魔法陣を作動させる事で棺の手前に更なる地下へと続く階段が現れるのだ。
その階段は人が降りてゆくと勝手に塞がるようになっており、階段内より入口を開く事は不可能のようで…所謂一方通行の道だった。
等間隔に魔力灯が灯る暗い階段を、二人は足音と布擦れ音だけを響かせて降りて行った。
「この道は数十年前に作られたものでして、国教会でも極僅かな人のみが知る道なのです」
歩く際の話題にとミカリアが口を切る。
それには「へー」と興味なさげに答えたエンヴィーであったが、彼の反応はすぐさま塗り替えられる。
(……姫さんは何でこの道の事を知ってたんだ…?)
ピタリ、とエンヴィーの表情が固まる。顎に手を当ててエンヴィーは考えた。
『聖人の私室は大聖堂の霊廟の更に奥で、きっと侵入するのは困難だろうけど…信じても、いいですか』
エンヴィーの脳裏に再生されるただの人間の少女の言葉。
本来知る由もない事にも関わらず、どこか確信を持って話した彼女は一体何者なのか。
そんな疑問符がまたもやエンヴィーの頭に出現した。
(あのヒトのお気に入りって時点で相当変わってんのは決まりだし、俺自身それは身をもって知ってるんだが…だとしてもやっぱり……ま、その内分かる事か~)
が、しかし。エンヴィーは考える事をやめた。
別に絶対に今明かさなければならない問題と言う訳でもなければ、特に明かす必要もないからである。
アミレスが何者なのか…気にならないと言えば嘘になってしまうが、別に彼女が何者であろうとエンヴィーには関係の無い事。
例えアミレスがどんな存在であろうとも──エンヴィーにとって、アミレスはただの可愛い弟子。それだけは変わらないのだ。
「到着しました。こちらが僕の私室になります」
暫し歩くと、美しい扉の前でミカリアが立ち止まった。その扉をミカリアはゆっくりと開き、エンヴィーを招き入れた。
部屋の中は綺麗に整頓されていて埃一つ無い。そして窓も無い。
部屋の中にあるものと言えば…天蓋付きの寝台、様々なジャンルの本が所狭しと並ぶ本棚、ペンと紙が置かれた机、隣の部屋へと続く扉、謎の巨大なぬいぐるみぐらいだ。
この空間において巨大なぬいぐるみはとても異質だった。
その為、エンヴィーはそこに視線を奪われていた。それに気づいたミカリアが微笑みながら説明をする。
「それは……僕の唯一の友人が四十年程前に贈ってくれた、誕生日の贈り物なんです」
「ぬいぐるみねェ…随分と嬉しそうじゃん。人間がぬいぐるみ貰ったら喜ぶってマジだったのか」
「少なくとも僕はとても嬉しかったですね。彼から贈り物を貰ったのは後にも先にもあの時だけでしたから」
ミカリアは脳裏に一人の男の姿を思い浮かべ、懐かしむように話していた。エンヴィーはそれを興味ありげに聞いていた。
(そもそも、あのアンヘル君が僕に贈り物をくれた事が青天の霹靂だったしなあ)
(…………俺…特訓で使う物以外で姫さんに何かまともな物をプレゼントした事あったか? ねぇな! あー、ぬいぐるみー…贈ったら姫さんも喜ぶのか…?)
二人はまさに正反対の表情を作り考え事に耽けっていた。
エンヴィーに至ってはかなり真剣に悩んでいるようだ。そしてエンヴィーは思う。
(あの姫さんがぬいぐるみ貰って喜ぶか…? なんてったってあの姫さんだぜ? 星剣あげたら目ェきらきらさせて喜んでた姫さんだぜ??)
アミレスとの剣術の特訓にて。木剣による特訓を終え真剣での特訓に移行する際、エンヴィーは女の子たるアミレスの為に特別な剣を用意していた。
それは精霊界でのみ採取可能な星空の如き輝きを放つ鉱石、星雲石をふんだんに使用した魔剣だった。
魔剣としての能力は重量操作。アミレスが持つととても軽く感じる長剣なのだが、その攻撃自体にはなんと大剣程の威力と重量がかかっていると言う…。
簡単に言えば……アミレス専用の馬鹿みたいに強く希少な剣なのだ。
ちなみに、あの剣を鍛えたのは他ならぬエンヴィーである。石の最上位精霊と鋼の最上位精霊、そして智の最上位精霊に助力を仰ぎ作り上げた至高の一本──それが、あの白銀の長剣なのだ。
勿論、アミレスはそんな事知りもしないが。
(…でも姫さんって意外と可愛いものとか好きだからな。何でか知らねーけど、自分には可愛いものは似合わないとか思ってるらしいけども)
全然似合うのになァ……と思いつつエンヴィーは深くため息をついた。
そしてエンヴィーは気を取り直して本来の目的を果たさんと動き出す。懐より一通の手紙を取り出してミカリアに手渡した。
ミカリアは渡された美しき手紙を見て目を見張った。何故ならその手紙には…かの大国、フォーロイト帝国が皇家の紋章が封蝋にて押されていたのだ。
ミカリアは瞬時に理解した。かのフォーロイト帝国が公的手段では無く上位精霊を使ってまでして、聖人である自分に直接伝えなければならない程の事柄が起きたのだと。
天空教を国教と定めている訳では無いフォーロイト帝国と、天空教を信仰する国教会はとても密接な関係…と言う訳もなく付かず離れずの関係だった。
同じ大陸西側に領地を構える国家と都市らしく絶妙な関係を保っていたのだ。
フォーロイト帝国は帝国内での天空教の布教を認めるし、たまに国教会へと寄付もする。代わりに、国教会は帝国での有事の際にその力を費やしてくれ。
……そんな、互いに何かあれば協力はしよう、ぐらいのギブアンドテイクな関係だったのだ。
(姫さんが言うにはここの更に奥にその聖人とやらの部屋があるっつぅ話だが…ねぇな、部屋なんて)
この空間の出入口は来た道一つだけ。その出入口も今や追手が騒がしいと言う理由だけで、業火の柱により塞がれている。
窓すら無いこの空間の更に奥に本当に部屋があるのか……そう、エンヴィーは思案した。
だがしかし、エンヴィーは考えを改める。
(まぁ、あの姫さんがあるって言ったのならあるんだろう。とにかく壁を破壊してけばその内隠し通路とか出てくるだろ)
エンヴィーはアミレスの発言を疑わなかった。アミレスの発言を信じて、エンヴィーは勢い良く近くの壁をぶん殴った。
何度も何度も四方の壁を殴り、いたる所を陥没させた。
壁にはクレーターのような跡が多く作られ、床にはその破片が散らばる。
歴代の枢機卿や大司教が祀られる荘厳な雰囲気の霊廟は、たったヒトリの男により瞬く間に荒らされてしまったのだ。
「おっかしーなァ……周囲に隠し通路的なモンはねぇ…いや、そうか。魔法で隠蔽してんのか」
エンヴィーは部屋をもう一度ぐるりと見渡して思考し、そしてハッとしたように何かに気がついた。
彼の推測は正しかった。確かにこの部屋には隠し通路があるのだが、それは周囲には無かった。
何せ隠し通路があるのは壁沿いのどこかではなく──
「あそこか」
──足元、なのだから。
彼が視線を向けた先…それは霊廟の中心にして、多くの人々の骨が納められた納骨棺があった。
エンヴィーが納骨棺に向かっておもむろに歩き出す。
その棺からは夥しい程の魔力が溢れ出ており、それはエンヴィーの勘を鈍らせるにまで至った。その為この空間に足を踏み入れたばかりの時は気づけず、こうして冷静に考えてようやく気づけたのだ。
そして彼が納骨棺に触れようとしたその瞬間。あの火柱を越えて、何者かがこの空間に侵入して来たのだ。
「──どうかそれには触れないで頂けますか、精霊様」
「……誰? お前」
エンヴィーが振り返った先には一人の男が立っていた。
肖像画や彫刻で見る天使のような美しい顔立ちに、その羽が如き腰まで伸びた白金の長髪。穏やかな印象を抱かせる檸檬色の瞳と、その下で自然に弧を描く淡い桃色の唇。
最早不健康そうに見えてしまう雪のように白い肌に、純白と金の刺繍の祭服。
頭の先からつま先まで真っ白なその男は、何と最上位精霊たるエンヴィーに気取られる事無く火柱を越え、この空間に侵入せしめた。…もっとも、この空間が異様に濃く禍々しいまでの魔力に満たされていなければその限りでは無かった事だろう。
真っ白な男は、エンヴィーの問いに深く頭を垂れて答えた。
「我が名はミカリア・ディア・ラ・セイレーンと申します」
そう。彼こそが二作目で追加された攻略対象にして…国教会が誇る不老不死の人類最強の聖人、ミカリアなのだ。
ミカリアと言う名前を聞いて、エンヴィーは少し笑みを浮かべた。
「へぇ、お前が聖人とやらか。俺ァお前に用事があったんだよ」
「僕に……? 精霊様がですか?」
ミカリアが驚いたように目をパチパチと瞬きさせる。
「おう。それで急いでたのによォ、ここの人間達がどいつもこいつもすぐ喧嘩売ってきやがるんだが」
「それは…不甲斐ないばかりでございます。まさか貴方様の正体が精霊様と気づけぬ者達ばかりとは思わず……これよりは更なる教育の方を徹底致します。このような不敬な振る舞いを二度としないように」
今一度ミカリアは深く頭を下げ、謝罪した。
聖人と呼ばれる程のミカリアは一目見て………いや、エンヴィーが放出したあまりにも神聖な魔力から、彼が大聖堂前で暴れ出した瞬間よりそれを感じ取りエンヴィーの正体を看破していた。
しかし他の者達は違った。枢機卿と呼ばれる者や大司教程の地位にある実力者なら、まだ気づけたかもしれないが…そうでない一般的な司祭や教徒達が目の前の存在の正体を把握出来る筈もなかった。
相手が精霊と分かっていたのなら…彼等彼女等とてあのような強行に及ぶ事は無かっただろう。
人間が形ある精霊に挑むなど、ただの自殺行為に等しいのだから。
「そーしとけ。今回は俺だったからあの程度で済んだが、人間嫌いな奴等だったら確実にこの街滅んでたしな」
「御忠告痛み入ります」
「で、お前に話があるからどこかに案内しろ。そうだな…お前の部屋でいいか」
「…もしや、この霊廟には僕の私室を探しに?」
「そうだが?」
ミカリアは一瞬エンヴィーを訝しげに見つめた。
今、彼の頭は非常に混乱していた。何せ精霊召喚でもしない限り人間界に現れる事などない形ある精霊が、突然この神殿都市に侵入し大暴れした上に自分に用があるなどと宣ったのだから。
(………形ある精霊。それもこれ程の魔力と威圧感であれば恐らく上位精霊…何故そのような存在が、僕に?)
ミカリアは必死に考えつつも、「こちらです」とエンヴィーを私室に案内した。
隠し通路の答え合わせはエンヴィーの読み通り、棺の下。棺に仕掛けられた魔法陣を作動させる事で棺の手前に更なる地下へと続く階段が現れるのだ。
その階段は人が降りてゆくと勝手に塞がるようになっており、階段内より入口を開く事は不可能のようで…所謂一方通行の道だった。
等間隔に魔力灯が灯る暗い階段を、二人は足音と布擦れ音だけを響かせて降りて行った。
「この道は数十年前に作られたものでして、国教会でも極僅かな人のみが知る道なのです」
歩く際の話題にとミカリアが口を切る。
それには「へー」と興味なさげに答えたエンヴィーであったが、彼の反応はすぐさま塗り替えられる。
(……姫さんは何でこの道の事を知ってたんだ…?)
ピタリ、とエンヴィーの表情が固まる。顎に手を当ててエンヴィーは考えた。
『聖人の私室は大聖堂の霊廟の更に奥で、きっと侵入するのは困難だろうけど…信じても、いいですか』
エンヴィーの脳裏に再生されるただの人間の少女の言葉。
本来知る由もない事にも関わらず、どこか確信を持って話した彼女は一体何者なのか。
そんな疑問符がまたもやエンヴィーの頭に出現した。
(あのヒトのお気に入りって時点で相当変わってんのは決まりだし、俺自身それは身をもって知ってるんだが…だとしてもやっぱり……ま、その内分かる事か~)
が、しかし。エンヴィーは考える事をやめた。
別に絶対に今明かさなければならない問題と言う訳でもなければ、特に明かす必要もないからである。
アミレスが何者なのか…気にならないと言えば嘘になってしまうが、別に彼女が何者であろうとエンヴィーには関係の無い事。
例えアミレスがどんな存在であろうとも──エンヴィーにとって、アミレスはただの可愛い弟子。それだけは変わらないのだ。
「到着しました。こちらが僕の私室になります」
暫し歩くと、美しい扉の前でミカリアが立ち止まった。その扉をミカリアはゆっくりと開き、エンヴィーを招き入れた。
部屋の中は綺麗に整頓されていて埃一つ無い。そして窓も無い。
部屋の中にあるものと言えば…天蓋付きの寝台、様々なジャンルの本が所狭しと並ぶ本棚、ペンと紙が置かれた机、隣の部屋へと続く扉、謎の巨大なぬいぐるみぐらいだ。
この空間において巨大なぬいぐるみはとても異質だった。
その為、エンヴィーはそこに視線を奪われていた。それに気づいたミカリアが微笑みながら説明をする。
「それは……僕の唯一の友人が四十年程前に贈ってくれた、誕生日の贈り物なんです」
「ぬいぐるみねェ…随分と嬉しそうじゃん。人間がぬいぐるみ貰ったら喜ぶってマジだったのか」
「少なくとも僕はとても嬉しかったですね。彼から贈り物を貰ったのは後にも先にもあの時だけでしたから」
ミカリアは脳裏に一人の男の姿を思い浮かべ、懐かしむように話していた。エンヴィーはそれを興味ありげに聞いていた。
(そもそも、あのアンヘル君が僕に贈り物をくれた事が青天の霹靂だったしなあ)
(…………俺…特訓で使う物以外で姫さんに何かまともな物をプレゼントした事あったか? ねぇな! あー、ぬいぐるみー…贈ったら姫さんも喜ぶのか…?)
二人はまさに正反対の表情を作り考え事に耽けっていた。
エンヴィーに至ってはかなり真剣に悩んでいるようだ。そしてエンヴィーは思う。
(あの姫さんがぬいぐるみ貰って喜ぶか…? なんてったってあの姫さんだぜ? 星剣あげたら目ェきらきらさせて喜んでた姫さんだぜ??)
アミレスとの剣術の特訓にて。木剣による特訓を終え真剣での特訓に移行する際、エンヴィーは女の子たるアミレスの為に特別な剣を用意していた。
それは精霊界でのみ採取可能な星空の如き輝きを放つ鉱石、星雲石をふんだんに使用した魔剣だった。
魔剣としての能力は重量操作。アミレスが持つととても軽く感じる長剣なのだが、その攻撃自体にはなんと大剣程の威力と重量がかかっていると言う…。
簡単に言えば……アミレス専用の馬鹿みたいに強く希少な剣なのだ。
ちなみに、あの剣を鍛えたのは他ならぬエンヴィーである。石の最上位精霊と鋼の最上位精霊、そして智の最上位精霊に助力を仰ぎ作り上げた至高の一本──それが、あの白銀の長剣なのだ。
勿論、アミレスはそんな事知りもしないが。
(…でも姫さんって意外と可愛いものとか好きだからな。何でか知らねーけど、自分には可愛いものは似合わないとか思ってるらしいけども)
全然似合うのになァ……と思いつつエンヴィーは深くため息をついた。
そしてエンヴィーは気を取り直して本来の目的を果たさんと動き出す。懐より一通の手紙を取り出してミカリアに手渡した。
ミカリアは渡された美しき手紙を見て目を見張った。何故ならその手紙には…かの大国、フォーロイト帝国が皇家の紋章が封蝋にて押されていたのだ。
ミカリアは瞬時に理解した。かのフォーロイト帝国が公的手段では無く上位精霊を使ってまでして、聖人である自分に直接伝えなければならない程の事柄が起きたのだと。
天空教を国教と定めている訳では無いフォーロイト帝国と、天空教を信仰する国教会はとても密接な関係…と言う訳もなく付かず離れずの関係だった。
同じ大陸西側に領地を構える国家と都市らしく絶妙な関係を保っていたのだ。
フォーロイト帝国は帝国内での天空教の布教を認めるし、たまに国教会へと寄付もする。代わりに、国教会は帝国での有事の際にその力を費やしてくれ。
……そんな、互いに何かあれば協力はしよう、ぐらいのギブアンドテイクな関係だったのだ。
3
お気に入りに追加
622
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~
皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。
それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。
それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。
「お父様、私は明日死にます!」
「ロザリア!!?」
しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる