だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

十和とわ

文字の大きさ
上 下
70 / 790
第一章・救国の王女

65.一通の報せ5

しおりを挟む
「アミレス、手を」

 荷台の幌の幕を掻き分け先に降りたマクベスタがそう言って手を差し出して来た。私はその手を取り、ゆっくりと荷台から降りる。
 私が外に出た瞬間周りの人達のどよめきが聞こえて来た。好奇と畏怖の視線が、突き刺さるように注がれる。
 この前来た時は魔法で髪の色を変えてもらっていたもの…やっぱり、この髪だとこう言う反応になってしまうのね。

「…本当に嫌われてるんだな、この色って」

 波打つ髪を一束掴み、銀色のそれに視線を落とす。
 アミレスに最も似合う色だから私は全然好きなのだけど、この世界ではそうでは無いみたいね。
 するとどうやら私の発言が引っかかったらしいシュヴァルツが、荷台から軽快に飛び降りて背中に抱き着いて来た。

「ぼくは好きだよぉ、おねぇちゃんのキラキラな銀色の髪!」

 より強くうねりを見せる我が後ろ髪に顔をうずめながらシュヴァルツは言った。
 それに続くようにマクベスタが、

「オレも同意だ。とても……その、き、綺麗な色…だと思う」

 途中から恥ずかしそうに耳を赤くしながら慰めてくれた。別にそこまで気にしてないんだけど…二人の優しさには素直に甘えちゃおう。
 私はそれにありがとうと返し、意気揚々とシャルの元へと向かおうと振り向いたその瞬間。

「っ?!?!」

 そこにはこんな道のど真ん中で片膝を着く男がいた。
 何やらシュヴァルツもマクベスタも気づいていなかったらしく、私の声にならない驚愕で彼の存在に気づいたようだった。
 マクベスタは瞬時に愛剣の柄に手を掛け、シュヴァルツは私の背中に隠れたままジトーっとした目で彼を睨んでいた。
 男は微動だにせず片膝を着いている。当然のように、私に跪いているのだ。
 そして私はこの男を知っている。何故このような行動に出るのかは知らないが、少なくともこの人の名前は知っている。

「………そんな所で一体何をしているの? イリオーデ」

 私の問いかけに青い髪が少し揺れる。彼は更に深く頭を垂れてから答えた。

「私は王女殿下の騎士ですので」
「答えになってないわ…それよりも早く立って頂戴? いち早く顔を上げて立ってくれないと、ただでさえ底辺の私の評判が更に落ちるわ…」

 無辜の民に長時間跪く事を強要した……とか言われてね。
 私の要望は直ぐに聞き入れられた。イリオーデはハッとしたようにその美しい顔を上げ、慌てて立ち上がった。
 …改めて見ても本当に綺麗な顔ね。乙女ゲームの世界ともなると、当たり前のように顔面偏差値がインフレしてしまうみたい。
 私の周りの人達全員顔が良いわ。

「あぁそうだ。シャルが今何処にいるか知らない?」
「…シャルですか? 彼なら恐らく家にいますよ」

 彼は基本的に無表情なのだが、今一瞬、イリオーデが…しょんぼりしていたように見えてしまった。
 だがまぁ気のせいだろう。今見ても全然無表情だし。と、私は考えた。

「それじゃあ、今からお邪魔してもいいかしら」
「勿論でございます」

 まるで貴族のように恭しく一礼し、イリオーデは私達を先導し歩いた。
 言葉遣いと言い、姿勢と言い、所作と言い……どうにも市民らしくないわね。もしかして、元貴族とか? まっさかそんな訳~。

「どうぞお入りください、王女殿下」
「案内ありがとうイリオーデ。それではお邪魔しまーす」
「当然の事をしたまでです」

 当たり前のようにイリオーデが扉を開いて軽くお辞儀した。なるほど、これがレディファーストね。
 イリオーデにありがとうと言いながら、数日振りにディオの家にお邪魔する。
 中にはディオとラークとシャルとエリニティがいて…。

「はぁっ!? お前なんで…っ!」
「こんな時間に突然来るとは驚きだねぇ………はは…」
「よく見えないが、王女様が来たのか」
「きゃーーっ! スミレちゃんの破廉恥ーっ!」

 彼等はなんと、上裸だった。どうやら着替え中だったようで、私の目にはバッチリと四人の上半身が映ってしまった。
 ディオが慌てたように振り返り、ラークが頬を少し赤くして目を逸らし、シャルがまた眉間に皺を作り、エリニティが胸元に手を当ててふざけだした。
 ディオは全身が満遍なく鍛えられており、ラークとシャルもディオ程ではないがかなり鍛えているようだった。
 この三人と比べるとまだまだ細身のエリニティではあるが、その腹部には目に見えて筋肉がある。おまけに彼等はとても整った顔立ちであった。
 つまり──ここは、美形の筋肉楽園イケメンマッチョパラダイス…………ッ?!
 多分、これは見て見ぬふりをするべきだったんだろうけど…眼前の光景があまりにも眼福……ごほんげふん、衝撃的で目を逸らす事もできなかった。

「……ハッ、いけない…これって私も『きゃーっ!』とか淑女らしく騒いでおくべきだったのかしら」
「騒がなくていいからとりあえず一旦出ようか」

 私のちょっとした発言をマクベスタが冷たく一刀両断し、肩を掴んで回れ右させる。
 そしてシュヴァルツが素早く扉を閉め、私達はしばし外で待機する事となった。


♢♢♢♢


 バタリ、と大きく音を立てて閉じた扉を呆然と見つめる上裸の男達。
 鍛錬を終えて汗を拭き着替えていた時に、突然家を飛び出て行ったイリオーデが上機嫌に帰って来たかと思えば…その後ろにはこの国で最も高貴で麗しき少女がいた。
 可愛らしい顔でポカンと開く小さな口、とても丁寧に手入れが施されている銀色の髪、小綺麗なローブの下には凄腕の職人による淡い水色の可愛らしいドレス。
 何から何までがこの街に不似合いな帝国の王女は、見慣れている筈もない男の裸体を見たにも関わらず、一切の反応を見せずただ唖然としていた。
 これが普通の女性…貴婦人や貴族令嬢であったなら、恐らく黄色い悲鳴を上げていた事だろう。
 しかし、アミレス・ヘル・フォーロイトは普通ではない。
 どうしてか全く反応を見せず、寧ろ反応しなかった事を不安がった彼女の姿を思い出して…男達はえも言われぬ感情に心をかき混ぜられていた。

「……そんな見るも哀れなモンなのか、俺達の体は…?」
「彼女、無反応だったしね……ちょっと自信無くすなぁ…」
「帝国騎士団が常に裸で鍛錬しているとか?」
「ってか今日もメイシアちゃんはいないのかよぉおおおお!」

 男としての自信を少々喪失しつつ、ディオリストラスとラークとシャルルギルは軽く会話を交えながら服を着た。
 その近くではエリニティが真に迫る面持ちで慟哭していた。床に手を着いて、何度も握り拳で床を叩いている。

「早くしろ、いつまで王女殿下をお待たせするつもりだ」

 そんなエリニティに向けて、イリオーデは冷やかな視線を送った。

「ッはい!!」

 エリニティは猫のように目を丸くして立ち上がり、敬礼してから急いで気替えを始めた。

(ひぇ~~っ!? あんなイリ兄今まで見た事無いって! スミレちゃんが関わるとあんなに豹変しちゃうわけ?!)

 自分の知るイリオーデと言う人物とは百八十度異なる表情や言動をする眼前のイリオーデに、エリニティは体を震え上がらせた。

「なぁ、イリオーデ。なんで殿下が突然来たか知ってっか? いやまぁ突然来んのは毎回の事なんだが…今回は時間がおかしいだろ」

 エリニティの気替えを待つ間、既に気替えを終えたディオリストラスがイリオーデに疑問を投げかける。

「もう夜になるってのに…しかも今回はあの妙に強そうな侍女もいないみてぇじゃねぇか、どういう事なんだ?」
「私も知らない。だが何やら………シャルに用があるらしい」
「む、俺か?」

 ディオリストラスの問にイリオーデが答えると、突然自分の名前が上がったシャルルギルが驚いたように首を傾げた。
 こくりと頷いて少し不機嫌そうな面持ちでイリオーデは続けた。

「あぁ。王女殿下がいらっしゃった気配を察知して外に出たらすぐ近くに見慣れぬ馬車と王女殿下がおられた。王女殿下がこのような所までまたもや出向いて下さるとは…と感動していたのも束の間、シャルに用向きがあると言われ、家に入ってもいいかと問われたので案内した」
「俺達がまだ着替えてんの知ってたよな!?」
(察知して外出たって怖……イリ兄こっわぁ……)

 ディオリストラスが鋭いツッコミを入れた傍で、エリニティは変態的能力を発揮したイリオーデに対して更に恐怖していた。

「王女殿下に問われたら答える。命じられたら従う。私は、王女殿下のお言葉に異を唱えない」
「さも当然かのような言うなよ……その謎の忠誠心の所為で俺達は殿下に見苦しいモンを見せちまったんだが」
「許さん」
「だからお前の所為でな?!」

 まともに言葉が通じぬイリオーデと、そんなイリオーデ相手に正論を放つディオリストラス。
 二人の平行線な話し合いは程なくして終わりを迎えた。

「あのー、気替え終わったよイリ兄…」

 無事に服を着たエリニティがそっと手を挙げてそう言うと、イリオーデは会話を切り上げて「そうか」とだけ短く返し、即座に玄関へと足を向けた。
 そして扉を開け、アミレス達を呼んだのである。

(………イリオーデ、彼女がここに来た理由がシャルへの用事って聞いて拗ねてるのかな…)

 ──アミレスの話をする時のイリオーデの表情を見ていて、ラークはそう思ったとか思わなかったとか。


♢♢♢♢


 程なくして、イリオーデが扉を開けて「お待たせ致しました」と私達を招き入れた。
 少々気まずい気持ちになりながら中へ入ると、今度はちゃんと服を着た四人がそこにいた。
 数日ぶりにディオの家にお邪魔した私は、まず最初に──

「…ごめんなさい。その、何と言うか、色々………」

 ──謝罪した。普通の女の子ならあそこできっといい反応を取れていた筈だ。
 しかし私はあろう事か彼等の裸体を舐め回すように見つめ、その筋肉に少々、ヨダレを垂らしてしまいそうになった。
 フォーロイト帝国第一王女アミレス・ヘル・フォーロイトとしての最後の尊厳と強靭な理性で何とかそれを我慢したが、危うい所ではあったのだ。
 そしてこれは明確なセクハラ…許可なく彼等の裸体をまじまじと見てしまった事への謝罪でもあるのだ。
しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく……

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...