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第一章・救国の王女
58.眠れる炎の美女3
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「ちょっと! 何をそんなにあっさり話しちゃってるのよ!」
「姫さんがあれだけ言う人間だし、話しても問題無いかなーと思いまして」
「貴方自分の正体分かってます?!!」
「はははっ、まぁ別に珍しいってだけでこの世界にも精霊はそれなりにいる事ですし、問題ないっすよ。多分」
「多分!?」
私は師匠の胸ぐらを掴んで引っ張り、彼の耳元で小声で問いただした。それを師匠はヘラヘラと笑いながら適当に流す。
確かに精霊さんはこの世界にも普通にいるという。一般的に目撃される精霊は下位または中位の精霊。精霊召喚で召喚されて使役されるのも大体この辺りらしい。
稀にとても魔力を持ち精霊と縁のある者が上位の精霊を召喚して契約を結ぶ事も稀も稀……奇跡的にあるそうなのだが…それは相当有り得ない事で、そんな事が出来るならば歴史に名を残せるだろうとシルフは言っていた。
上位精霊ともなると、基本的に自我が強く人間の都合で召喚されるのを酷く嫌う傾向にあるとか。なのでそもそも召喚に応じて貰えないらしい。
その結果、魔力がもっと欲しいだの強くなりたいだの願う人間が精霊召喚を行い、中位の精霊を召喚出来ただけで精霊に愛された実力者と言われているそうな。
その点、悪魔召喚(別名:魔物召喚)はそれ相応の対価と代償さえきっちり用意しておけば狙い通りのモノが召喚出来るとかで、せっかちな人にはそっちの方が人気らしい。
話が逸れてしまった。つまりこの世界にも精霊は全然いる…全然いるのだが、いても下位の精霊で存在感も弱い。
ここでこの火の精霊を見てみよう。うーん、存在感の塊。この精霊さん絶対上位の精霊さんだと思う。
師匠がどんな精霊かは今はとりあえずどうでもいい。問題なのはそれをあっさり明かしてしまった事だ。魔眼を見抜いた事に関する筋を通す為とはいえ、やり過ぎな気もする。
「ま、そーゆー事なんで。そこのお嬢さん、何か魔力とか魔眼の事で悩んでる事があるなら特別に俺が相談に乗ってやるぜ?」
私の拘束から解放された師匠はメイシアに向けてヘラヘラ笑いかける。それを警戒するように、メイシアは一歩後ずさった。
そのメイシアを守るように、執事長がメイシアの前に出た。
「……彼が精霊と言うのは本当ですか、アミレス王女殿下」
「…はい、それは私が保証します。師匠は紛れもなく精霊です」
執事長がちらりとこちらに視線を向けてきた。私はそれに頷いて答える。
それを受け、執事長は改めて師匠の方を向き真剣な面持ちを作った。
「………精霊様、とにかくお嬢様の魔眼の事は御内密にして頂けませんか。当家でも箝口令を敷いている内容でして」
「構わねぇよ。うちの姫さんももうその事を喋るなって言いたそうな顔してるし」
師匠がちらりとこちらを一瞥し、突然そんな事を言い出したので、私は慌てて自分の頬に触れる。
「ぷっ……姫さんって本当に変に素直っすよねぇ、普段めっちゃ頑固なのに」
「んな、失礼ね! そんな事言うなら貴方の火全部消火し尽くしてやるわよ!」
「ははは、消火出来ねぇ程燃え続けてやりましょーか? 我慢比べってヤツだ!」
「やってやろうじゃないの! 絶対に、貴方の炎は私が全部消し去ってやるわ!!」
師匠がケタケタと笑いながら煽ってくるので、売り言葉に買い言葉で少しだけ魔法を発動する。手のひらに水を出しながら臨戦態勢に入った。
しかしそんな私の頭に軽いチョップが落とされる。それはマクベスタによるもので…。
「ここはシャンパージュ伯爵邸だぞ。皇宮ならまだしも他所の家で何を暴れようとしているんだお前は」
マクベスタが呆れたような顔で冷静に突っ込んでくる。何もかもマクベスタが正しいので私は何一つ反論出来なかった。
そしてマクベスタが一度お辞儀をして、
「…騒いでしまって申し訳ない。もし良ければ、そろそろどこかに通して貰えると助かる。ここだと……いつどこに人の目があるか分からない」
と執事長に訴えた。ハッとしたように動き出した執事に案内され、私達は前来た時にも通された客室に通された。
…先程のマクベスタの発言、あれは双方にとって言える事だった。
向こうはメイシアの魔眼、こちらは師匠の正体…どちらも大きな声では言えないような情報だからこそ、こんな所で話を長引かせるのもどうだとマクベスタは主張したのだ。
まぁ……最後の方はただ私と師匠が喧嘩してただけなんだけども。
そして通された部屋で紅茶が並々注がれたカップをカチャリと置いてから、メイシアはおもむろに魔眼の事を話し始めた。
「…精霊様の言う通り、わたしの眼は魔眼で…延焼の魔眼と言うものなんです。見たもの全てを燃やす事が出来る魔眼で、わたしの火の魔力と相まってとても危険なものなんです」
ぽつりぽつりと小雨のように少しずつ話すメイシアの肩は震えていて……「黙っててごめんなさい」「話したらきっと怖がられると思った」と話すメイシアの肩を、私は優しく抱き締めた。
謝るのは私の方なのに。貴女の魔眼の事も魔力の事も最初から知っていたの。それなのに何も知らないフリをしていたの。
罪悪感から酷く胸を締め付けられる。ズキッと痛むそれは、メイシアが涙声で一言発する度に強く深刻になって行った。
「……お嬢さんの場合、魔力量が多いのも魔眼への恐怖を煽る原因なんだろうな。魔導具で魔力変換効率を抑えに抑えているが、それでも常人よか魔力変換効率がいいからなァ…こりゃ産まれた時とか相当大変だったろうな」
師匠がさりげなく放った言葉に、メイシアが強く反応した。どう言う事なのと聞き返すと、師匠が視線をグルグルとさせながら説明を始めた。
「まず~、あー…あれから話すか。人間は知らないみたいだけど、人間には目に見えない魔力炉って言う魔力と生命力を作る機構、第二の心臓みたいなのがあるんすよ。そこで大気中から取り込んだ魔力の元となる魔力原子が魔力と生命力に変換される。人間で言う所の魔力量ってのは俺達が変換効率って言ってるやつの事なんです」
その話は、今までゲームでもこの世界の本でも一度も聞いた事が無かった話だった。
それをこのゲームを愛したオタクであり、同時にこの世界に生きる私が前のめりで聞いたのは…当然の事だった。
「魔力炉がどれだけ機能するかは人それぞれで、魔力炉の機能が活発な人程、人間で言う所の魔力量が多く健康的な傾向に。逆に魔力炉の機能が不活発な人程、魔力量が少なく体が弱かったりするんすよ」
師匠が話すそれを、私達は唖然としながら聞く。
「でも魔力量が多いそれ即ち健康って結びついている訳ではなくて……魔力炉が活発故に、魔力暴走や魔力侵害を起こして死んだりする人間もいまして。で、そこのお嬢さんも恐らく前者に近い事が起きたかと」
聞いた事の無い話に耳を傾けていたら、突然、師匠がメイシアを指さしたのだ。
さっきからずっと俯いているメイシアが、またビクリと反応する。私に出来る事は、震えるメイシアを抱き締めてあげる事だけだった。
「多分産まれた時っすね…お嬢さんが産まれた瞬間、お嬢さんの魔力が膨大過ぎて周囲に溢れ出たんだと思います。幸いだったのは火の魔力は魔力が溢れただけでは何も起きない事…まぁ、突然、生産されたばかりの濃くて高熱の魔力に当てられて周りの人間が無事だったかは知りませんけど」
師匠は淡々と、平然と語り続ける…私達の様子など気にする素振りも無く。
「ただ不幸な事にお嬢さんは延焼の魔眼を持ってる。あれは延焼なんて名前ですけど、実際の所火種の力しか無い魔眼です。だけどお嬢さんの場合はその火種が火の魔力が充満した場所で放たれ、最悪の結果を招いた…とかだと思います」
ま、あくまでもこれは全部俺の憶測でしかありませんが。と師匠は言った。
延焼の魔眼はただの火種に過ぎず、その火種が着火出来るものは魔力……最もその火種の効果を強める魔力の属性は──火。だからこそ、火の魔力を持つ人間に延焼の魔眼が与えられる…いつでもどこでも、天災に等しい大火災を起こせてしまうから。
なんて胸糞悪い話なんだ。どうしてそんな魔眼があるの! と私は師匠を睨んだ。師匠がさっき、その魔眼も俺のものだったと言っていたからだ。
私の視線に気づいた師匠は意味ありげに眉尻を下げて、微笑んだ。
「………延焼の魔眼に限らず、魔眼は本来精霊のものじゃないんです。魔眼には二種類あって、魔王の悪ふざけで人間に与えられた魔眼と、妖精女王の暇潰しで人間に与えられた魔眼の二種類。あの二種族が与えた力なのに、途中で管理が面倒だとかで精霊王に丸投げしたんすよ」
「…それってつまり、魔族と妖精が、精霊に責任を押し付けたって事?」
私の疑問に呆れ顔の師匠は軽く頷き、続けた。
「本当に鬱陶しい話ですよね、自分勝手で迷惑極まりない。で、その後精霊王から魔眼の管理に適した属性の精霊にその仕事が下されたんですよ。なので、延焼の魔眼は俺のものみたいな感じなんです。本っ当に最悪な事に、延焼の魔眼とか…他の火関係の魔眼は火の魔力とちゃーんと相性バッチリですし」
はぁぁ…と大きくため息を吐きながら、師匠が手のひらに何かを出現させる。それらは暫く炎を纏っていたものの、程なくしてそれらは姿を見せる。
それを見て、私は叫び声を上げそうになった。目を見開き、師匠の右手を凝視する。目を逸らしたいのに何故か目を離せない。
「──これが俺が管理してる魔眼ですよ。延焼の魔眼、爆裂の魔眼、太陽の魔眼…お嬢さんは知ってるかと思いますが、全部ろくでもない魔眼っすね」
師匠の手のひらの上で、三つの眼球が太陽のように僅かな火を纏い浮いていた。
メイシアのような赤色の眼と、鮮やかな橙色の眼と、太陽のような黄色の眼。
両眼ではなく片眼ずつではあったが、三つの眼球が浮かぶ様はとても異様で、何故か目を奪われてしまう。
とても気味の悪い光景……突然こんなものを見たのに、どうして私はただ驚くだけなの? どうして目を逸らせないの、どうしてあれを綺麗だと思ってしまうの、どうして、どうしてどうしてどうして──。
「ああいけない。姫さん、もう見ちゃ駄目ですよ。魔眼に魅入られますから」
「……っ…」
師匠が魔眼を消した直後、突然体の自由が戻る。自分がつい先程何を考えていたか、それを思い出して若干の吐き気を覚えた。
だがそれもすぐに収まった。どうして私は、眼球を見ただけであんなにも変な気分になったのか。
それに………普通なら恐怖心を抱いてもおかしくないだろうに、私はそれを抱かなかった。ただ、突然眼球が現れた事に驚いただけだった。
これもフォーロイトの血筋の影響なのか? 氷の心を持つ冷酷無比な一族の…そう考えると、途端に虚しくなる。私にはある状況下において人間らしい反応や生き方が出来ないのだから。
アミレスも、そんな状態で生きてたのかな。
「姫さん大丈夫っすか? まさか魔眼の効果がここまで…」
「っ、いや大丈夫よ。ちょっとぼーっとしてただけだから」
私の体調を疑う師匠に大丈夫だと何度も繰り返す。暫し本当に大丈夫だと繰り返してようやく彼は「…そっすか」と納得してくれた。
そしてその後師匠が近くまで歩いてきて、私達のすぐ側で膝を折った。
「…さて、お嬢さん。その魔眼が要らないのなら、一旦俺が預かるけど、どうする?」
「………え?」
師匠の言葉にメイシアが反応した。少しだけ顔を上げて、弱々しい赤い眼で師匠を見る。
「魔眼はその人間の魔力炉と繋がってっから、生きている間に完全摘出しようとすると死に至る。だけど魔眼の管理権限のある俺なら、一時的にその魔眼を──魔眼の力を預かれる。お嬢さんが本当にそれを必要としていないのなら、だけどな」
メイシアの眼が溢れんばかりに見開かれる。
もしかして……師匠がメイシアに正体を明かしたのは、メイシアがあの魔眼を疎んでいた事に気づいたからなのかもしれない。
その為、メイシア自身が誰よりも疎み恐れていた魔眼を、師匠は一時的にだが預かると提案したのだろう。
それは私としてもとても喜ばしい事で、さっきから少し下がり気味だった師匠の株がぐんと上がった。
これでメイシアの重荷が減って彼女がもっと生きやすくなるのなら…私としては本当に嬉しい事なのだ。
──しかし、メイシアの答えは私の想像とは全く逆のものだった。
「姫さんがあれだけ言う人間だし、話しても問題無いかなーと思いまして」
「貴方自分の正体分かってます?!!」
「はははっ、まぁ別に珍しいってだけでこの世界にも精霊はそれなりにいる事ですし、問題ないっすよ。多分」
「多分!?」
私は師匠の胸ぐらを掴んで引っ張り、彼の耳元で小声で問いただした。それを師匠はヘラヘラと笑いながら適当に流す。
確かに精霊さんはこの世界にも普通にいるという。一般的に目撃される精霊は下位または中位の精霊。精霊召喚で召喚されて使役されるのも大体この辺りらしい。
稀にとても魔力を持ち精霊と縁のある者が上位の精霊を召喚して契約を結ぶ事も稀も稀……奇跡的にあるそうなのだが…それは相当有り得ない事で、そんな事が出来るならば歴史に名を残せるだろうとシルフは言っていた。
上位精霊ともなると、基本的に自我が強く人間の都合で召喚されるのを酷く嫌う傾向にあるとか。なのでそもそも召喚に応じて貰えないらしい。
その結果、魔力がもっと欲しいだの強くなりたいだの願う人間が精霊召喚を行い、中位の精霊を召喚出来ただけで精霊に愛された実力者と言われているそうな。
その点、悪魔召喚(別名:魔物召喚)はそれ相応の対価と代償さえきっちり用意しておけば狙い通りのモノが召喚出来るとかで、せっかちな人にはそっちの方が人気らしい。
話が逸れてしまった。つまりこの世界にも精霊は全然いる…全然いるのだが、いても下位の精霊で存在感も弱い。
ここでこの火の精霊を見てみよう。うーん、存在感の塊。この精霊さん絶対上位の精霊さんだと思う。
師匠がどんな精霊かは今はとりあえずどうでもいい。問題なのはそれをあっさり明かしてしまった事だ。魔眼を見抜いた事に関する筋を通す為とはいえ、やり過ぎな気もする。
「ま、そーゆー事なんで。そこのお嬢さん、何か魔力とか魔眼の事で悩んでる事があるなら特別に俺が相談に乗ってやるぜ?」
私の拘束から解放された師匠はメイシアに向けてヘラヘラ笑いかける。それを警戒するように、メイシアは一歩後ずさった。
そのメイシアを守るように、執事長がメイシアの前に出た。
「……彼が精霊と言うのは本当ですか、アミレス王女殿下」
「…はい、それは私が保証します。師匠は紛れもなく精霊です」
執事長がちらりとこちらに視線を向けてきた。私はそれに頷いて答える。
それを受け、執事長は改めて師匠の方を向き真剣な面持ちを作った。
「………精霊様、とにかくお嬢様の魔眼の事は御内密にして頂けませんか。当家でも箝口令を敷いている内容でして」
「構わねぇよ。うちの姫さんももうその事を喋るなって言いたそうな顔してるし」
師匠がちらりとこちらを一瞥し、突然そんな事を言い出したので、私は慌てて自分の頬に触れる。
「ぷっ……姫さんって本当に変に素直っすよねぇ、普段めっちゃ頑固なのに」
「んな、失礼ね! そんな事言うなら貴方の火全部消火し尽くしてやるわよ!」
「ははは、消火出来ねぇ程燃え続けてやりましょーか? 我慢比べってヤツだ!」
「やってやろうじゃないの! 絶対に、貴方の炎は私が全部消し去ってやるわ!!」
師匠がケタケタと笑いながら煽ってくるので、売り言葉に買い言葉で少しだけ魔法を発動する。手のひらに水を出しながら臨戦態勢に入った。
しかしそんな私の頭に軽いチョップが落とされる。それはマクベスタによるもので…。
「ここはシャンパージュ伯爵邸だぞ。皇宮ならまだしも他所の家で何を暴れようとしているんだお前は」
マクベスタが呆れたような顔で冷静に突っ込んでくる。何もかもマクベスタが正しいので私は何一つ反論出来なかった。
そしてマクベスタが一度お辞儀をして、
「…騒いでしまって申し訳ない。もし良ければ、そろそろどこかに通して貰えると助かる。ここだと……いつどこに人の目があるか分からない」
と執事長に訴えた。ハッとしたように動き出した執事に案内され、私達は前来た時にも通された客室に通された。
…先程のマクベスタの発言、あれは双方にとって言える事だった。
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まぁ……最後の方はただ私と師匠が喧嘩してただけなんだけども。
そして通された部屋で紅茶が並々注がれたカップをカチャリと置いてから、メイシアはおもむろに魔眼の事を話し始めた。
「…精霊様の言う通り、わたしの眼は魔眼で…延焼の魔眼と言うものなんです。見たもの全てを燃やす事が出来る魔眼で、わたしの火の魔力と相まってとても危険なものなんです」
ぽつりぽつりと小雨のように少しずつ話すメイシアの肩は震えていて……「黙っててごめんなさい」「話したらきっと怖がられると思った」と話すメイシアの肩を、私は優しく抱き締めた。
謝るのは私の方なのに。貴女の魔眼の事も魔力の事も最初から知っていたの。それなのに何も知らないフリをしていたの。
罪悪感から酷く胸を締め付けられる。ズキッと痛むそれは、メイシアが涙声で一言発する度に強く深刻になって行った。
「……お嬢さんの場合、魔力量が多いのも魔眼への恐怖を煽る原因なんだろうな。魔導具で魔力変換効率を抑えに抑えているが、それでも常人よか魔力変換効率がいいからなァ…こりゃ産まれた時とか相当大変だったろうな」
師匠がさりげなく放った言葉に、メイシアが強く反応した。どう言う事なのと聞き返すと、師匠が視線をグルグルとさせながら説明を始めた。
「まず~、あー…あれから話すか。人間は知らないみたいだけど、人間には目に見えない魔力炉って言う魔力と生命力を作る機構、第二の心臓みたいなのがあるんすよ。そこで大気中から取り込んだ魔力の元となる魔力原子が魔力と生命力に変換される。人間で言う所の魔力量ってのは俺達が変換効率って言ってるやつの事なんです」
その話は、今までゲームでもこの世界の本でも一度も聞いた事が無かった話だった。
それをこのゲームを愛したオタクであり、同時にこの世界に生きる私が前のめりで聞いたのは…当然の事だった。
「魔力炉がどれだけ機能するかは人それぞれで、魔力炉の機能が活発な人程、人間で言う所の魔力量が多く健康的な傾向に。逆に魔力炉の機能が不活発な人程、魔力量が少なく体が弱かったりするんすよ」
師匠が話すそれを、私達は唖然としながら聞く。
「でも魔力量が多いそれ即ち健康って結びついている訳ではなくて……魔力炉が活発故に、魔力暴走や魔力侵害を起こして死んだりする人間もいまして。で、そこのお嬢さんも恐らく前者に近い事が起きたかと」
聞いた事の無い話に耳を傾けていたら、突然、師匠がメイシアを指さしたのだ。
さっきからずっと俯いているメイシアが、またビクリと反応する。私に出来る事は、震えるメイシアを抱き締めてあげる事だけだった。
「多分産まれた時っすね…お嬢さんが産まれた瞬間、お嬢さんの魔力が膨大過ぎて周囲に溢れ出たんだと思います。幸いだったのは火の魔力は魔力が溢れただけでは何も起きない事…まぁ、突然、生産されたばかりの濃くて高熱の魔力に当てられて周りの人間が無事だったかは知りませんけど」
師匠は淡々と、平然と語り続ける…私達の様子など気にする素振りも無く。
「ただ不幸な事にお嬢さんは延焼の魔眼を持ってる。あれは延焼なんて名前ですけど、実際の所火種の力しか無い魔眼です。だけどお嬢さんの場合はその火種が火の魔力が充満した場所で放たれ、最悪の結果を招いた…とかだと思います」
ま、あくまでもこれは全部俺の憶測でしかありませんが。と師匠は言った。
延焼の魔眼はただの火種に過ぎず、その火種が着火出来るものは魔力……最もその火種の効果を強める魔力の属性は──火。だからこそ、火の魔力を持つ人間に延焼の魔眼が与えられる…いつでもどこでも、天災に等しい大火災を起こせてしまうから。
なんて胸糞悪い話なんだ。どうしてそんな魔眼があるの! と私は師匠を睨んだ。師匠がさっき、その魔眼も俺のものだったと言っていたからだ。
私の視線に気づいた師匠は意味ありげに眉尻を下げて、微笑んだ。
「………延焼の魔眼に限らず、魔眼は本来精霊のものじゃないんです。魔眼には二種類あって、魔王の悪ふざけで人間に与えられた魔眼と、妖精女王の暇潰しで人間に与えられた魔眼の二種類。あの二種族が与えた力なのに、途中で管理が面倒だとかで精霊王に丸投げしたんすよ」
「…それってつまり、魔族と妖精が、精霊に責任を押し付けたって事?」
私の疑問に呆れ顔の師匠は軽く頷き、続けた。
「本当に鬱陶しい話ですよね、自分勝手で迷惑極まりない。で、その後精霊王から魔眼の管理に適した属性の精霊にその仕事が下されたんですよ。なので、延焼の魔眼は俺のものみたいな感じなんです。本っ当に最悪な事に、延焼の魔眼とか…他の火関係の魔眼は火の魔力とちゃーんと相性バッチリですし」
はぁぁ…と大きくため息を吐きながら、師匠が手のひらに何かを出現させる。それらは暫く炎を纏っていたものの、程なくしてそれらは姿を見せる。
それを見て、私は叫び声を上げそうになった。目を見開き、師匠の右手を凝視する。目を逸らしたいのに何故か目を離せない。
「──これが俺が管理してる魔眼ですよ。延焼の魔眼、爆裂の魔眼、太陽の魔眼…お嬢さんは知ってるかと思いますが、全部ろくでもない魔眼っすね」
師匠の手のひらの上で、三つの眼球が太陽のように僅かな火を纏い浮いていた。
メイシアのような赤色の眼と、鮮やかな橙色の眼と、太陽のような黄色の眼。
両眼ではなく片眼ずつではあったが、三つの眼球が浮かぶ様はとても異様で、何故か目を奪われてしまう。
とても気味の悪い光景……突然こんなものを見たのに、どうして私はただ驚くだけなの? どうして目を逸らせないの、どうしてあれを綺麗だと思ってしまうの、どうして、どうしてどうしてどうして──。
「ああいけない。姫さん、もう見ちゃ駄目ですよ。魔眼に魅入られますから」
「……っ…」
師匠が魔眼を消した直後、突然体の自由が戻る。自分がつい先程何を考えていたか、それを思い出して若干の吐き気を覚えた。
だがそれもすぐに収まった。どうして私は、眼球を見ただけであんなにも変な気分になったのか。
それに………普通なら恐怖心を抱いてもおかしくないだろうに、私はそれを抱かなかった。ただ、突然眼球が現れた事に驚いただけだった。
これもフォーロイトの血筋の影響なのか? 氷の心を持つ冷酷無比な一族の…そう考えると、途端に虚しくなる。私にはある状況下において人間らしい反応や生き方が出来ないのだから。
アミレスも、そんな状態で生きてたのかな。
「姫さん大丈夫っすか? まさか魔眼の効果がここまで…」
「っ、いや大丈夫よ。ちょっとぼーっとしてただけだから」
私の体調を疑う師匠に大丈夫だと何度も繰り返す。暫し本当に大丈夫だと繰り返してようやく彼は「…そっすか」と納得してくれた。
そしてその後師匠が近くまで歩いてきて、私達のすぐ側で膝を折った。
「…さて、お嬢さん。その魔眼が要らないのなら、一旦俺が預かるけど、どうする?」
「………え?」
師匠の言葉にメイシアが反応した。少しだけ顔を上げて、弱々しい赤い眼で師匠を見る。
「魔眼はその人間の魔力炉と繋がってっから、生きている間に完全摘出しようとすると死に至る。だけど魔眼の管理権限のある俺なら、一時的にその魔眼を──魔眼の力を預かれる。お嬢さんが本当にそれを必要としていないのなら、だけどな」
メイシアの眼が溢れんばかりに見開かれる。
もしかして……師匠がメイシアに正体を明かしたのは、メイシアがあの魔眼を疎んでいた事に気づいたからなのかもしれない。
その為、メイシア自身が誰よりも疎み恐れていた魔眼を、師匠は一時的にだが預かると提案したのだろう。
それは私としてもとても喜ばしい事で、さっきから少し下がり気味だった師匠の株がぐんと上がった。
これでメイシアの重荷が減って彼女がもっと生きやすくなるのなら…私としては本当に嬉しい事なのだ。
──しかし、メイシアの答えは私の想像とは全く逆のものだった。
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