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第一章・救国の王女

47.野蛮王女の偽悪計画4

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 ラークと共に現れたのは九名の男女。中には私と同い歳ぐらいの子供もいた。
 彼等彼女等の大半が私達の姿を見て一様に誰だと眉をひそめていたが、檻の前で会話もしたエリニティさんとバドールさんは、私の姿を見て手を振ったり小さく微笑んだりしてくれた。
 私は彼等彼女等の事をディオの仲間自慢を聞いたから何となく知っているのだが、この人達は私の事を知らないのかもしれない。
 自己紹介しようかと椅子を少し引いた時、ディオが私の代わりに紹介へと移ったのだ。

「紹介する。こいつが例の取引を持ちかけて来たガキ、スミレで……本名言ってもいいか?」
「勿論、少なくとも貴方達にはもう嘘をつきたくないから」
「…そうか。で、こいつの本名だが──アミレス・ヘル・フォーロイト様だ」

 その瞬間、彼等彼女等の顔に驚愕が浮かぶ。
 ダークグレーの髪の美青年が強く眉間に皺を作りこちらを睨んでくる。……貧民街が存在するのは私達貴族や皇族の怠慢だ、その事で恨まれていてもなんらおかしくはない。
 だからこそ恨み言の数々を私は覚悟していたのだが…彼等彼女等から発せられたのは予想外の言葉だった。

「………妙だな、銀髪じゃない…」

 眉間に皺のあるダークグレーの美青年がボソリと呟く。

「えー…皇帝の娘って事? そりゃあ強いわ……」

 今の私よりも少し薄い桃色の髪の少年? がか細い声で零す。

「ねぇねぇめっちゃ可愛い子いるよ!」

 獣の特徴を持つ黒髪の元気な少年が、私を指さしてはしゃいでいる。

「てかオレの天使メイシアちゃんはいないのか?!」

 猫目の人、エリニティさんがメイシアの姿を探しては落胆している。…この人まだ諦めてないのか?

「王女様って意外と素朴な服着てんのね…」

 赤髪の美人なお姉さんは、頭からつま先までまじまじと私を見つめている。

「…しまった、こんな事なら先日作った菓子を持ってくれば良かったな……」

 筋骨隆々のバドールさんがハッとしたようにため息をつく。

「フォーロイトって事はさ」

 檸檬色のセミロングの美少女が隣に立つ瓜二つの美少年に話しかけ、

「王女って事?」

 同じ檸檬色の髪の美少年が眉を顰める。

「……………っ」

 肩下辺りまである青い長髪を揺らして、とんでもない美丈夫は慌ててそっぽを向いた。
 なんと、誰一人として罵詈雑言を発さなかったのだ。と言うか割とどうでもいい事ばかり話しているようだった。
 ……じゃあなんでダークグレーの美青年に睨まれたんだ?
 と疑問符を抱えていると、それに答えるかのようにラークがダークグレーの美青年に声をかけた。

「こらシャル、そうやってすぐ皺を寄せるのはやめろっていつも言ってるだろう。相手が怖がるでしょうが」
「こうした方が遠くのものが見やすいんだ」
「とにかくほぼ初対面の人の前でそれはやめような」

 ダークグレーの美青年が眉間に指を当てながら、口を尖らせる。それを軽く窘めるラーク。
 ……もしかして目が悪いのかな、あの人。確かにああしたらちょっと視界がマシになるし、そうなのかもしれない。
 確か水ってレンズに出来たよね…ちょっと試しにやってみるか? 出来るかどうか分からないけれども。
 そして私は手元でこっそり魔法を発動し、水をなんとか球体にして、それ越しに足元を見る……が、ただ景色が揺らいでいるだけだ。

「シャル兄にオレの目ぇあげたいぐらいだもんな」
「少なくともジェジの目は良すぎるから要らないと思うわよ」
「えーなんでぇー!」

 獣人の少年と赤髪の美人が仲良さそうに話しているのを聞きながら、私は手元で作業を行う。
 それに気づいたシルフとシュヴァルツが「何やってるの?」と手元を覗き込んで来たので、それには秘密と答えておいた。
 とにかく水を色んな形に変えてみていると、ついにそれっぽい状態を作り出す事が出来た。
 達成感で高鳴る鼓動を落ち着かせ、私は立ち上がってシャルと呼ばれたダークグレーの美青年の方へと駆け寄る。彼は突然近づいて来た私を警戒している…と言う訳では無かった。ただ不思議に思っているようだった。
 彼が本当に目が悪いのかどうか、これで確かめてみようじゃないか。

「あの、もし良ければ一回この水の塊を覗き込んでみてくれませんか?」
「…? 分かった」

 凄く知的なイメージを抱くその容姿からは意外な程、ダークグレーの美青年は素直に私の指示に従ってくれた。
 彼の目の高さに合わせて水の塊を浮かべる。そして水の塊を覗き込んだ瞬間。
 彼の顔に電撃が走った。

「ッ!? どう言う事だ、こんな綺麗に世界が見えるなんて……っ!!!」

 ダークグレーの美青年は感極まり体を小刻みに震わせていた。
 うーん、やっぱり目が悪いみたい。今度眼鏡でもプレゼントしてみようかしら…日常生活に支障をきたしそうだし。

「おいスミレ、何をしたんだ? シャルルギルはかなり目が悪かった筈なんだが…」

 ディオが身を乗り出して聞いてくる。どうやらダークグレーの美青年はシャルルギルさんと言うらしい。
 成程、彼がシャルルギルさんか…ディオの仲間自慢で聞いた気もする名前だ。
 さて、とりあえずシャルルギルさんの事について説明しよう。

「シャルルギルさんの目が悪いみたいだったから、本当に悪いのかなって確かめる為に…ええと、眼鏡のようなものを水で再現してみただけ」

 水を手元でふよふよと動かしながら説明する。魔法の解説が出来て、楽しさから口角が上がっているかもしれない。まぁ、気にしないで欲しいな。
 ああそう、眼鏡はこの世界にもちゃんと存在する。
 ただそれなりに高いみたいなので、一般市民はあまり手を出せない代物なのだそうだ。

「あ、シャルルギルさん。眼鏡が必要でしたら言ってください。こちらで用意しますので」
「いいのか? 眼鏡は高いんだろう」
「私はこれでも王女ですよ、眼鏡なんて余裕で買えますから」
「…ふむ、本当に言葉に甘えてもいいものだろうか」

 シャルルギルさんが申し訳無さそうに眉尻を少し下げる。私はそれに、わざとらしい笑顔で返した。

「お気になさらず。これは投資のようなものなので!」
「そうか。お前は幼いのに賢いのだな…」

 シャルルギルさんはそのインテリな見た目からは想像も出来ない程、本当に素直で純粋らしい。私以上に腹芸に向いてなさすぎる。
 今なんて私の事をなんか凄い賞を貰った近所の子供を見守る大人、みたいな感じで見ている。いやよく分からんなこの例え…。
 とりあえず今度彼に眼鏡をプレゼントしよう。どうせならとってもお洒落なやつを。

「シャル兄確実に投資って言葉も理解してないだろうね」
「シャル兄あの見た目で凄いバカだしね」

 今なんかとんでもない会話が聞こえた気がしたぞ? 何この人おバカ属性なの?? この見た目でかい?
 それを私と同い年ぐらいの子供に言われるって……容赦が無いな、身内ノリって。

「こら。メアリー、シアン、言っていい事と悪い事があるだろう」
「う、ごめんなさいラークママ」
「…ごめんとは思ってるよ、シャル兄」

 ラークが瓜二つの二人の檸檬色の頭にコツンと拳を落とす。ラークは本当にお母さん的立場なんだなと笑いを堪えつつテーブルの方に戻り、私はディオに尋ねた。

「ねぇディオ、本当に申し訳ないのだけれど…皆さんを紹介してくれない? 未だに顔と名前が一致してなくて」
「あー、それもそうだな。気が利かなかった、悪ぃ」

 ディオもまた優しくて、ぶっきらぼうではあるのだが何かと親切で心を砕いてくれる。
 おもむろに立ち上がったディオはラーク達のいる所まで行き、皆さんを一列に整列させていた。
 それに合わせて私は椅子の向きを変えて、皆さんと真正面に向き合う形で座る。

「じゃァ一人ずつ紹介してくわ。まずこいつはシャルルギル、目が悪い馬鹿だ」
「シャルルギルだ、長いしシャルで構わん。それと俺は馬鹿ではない」

 シャルルギルさ…じゃあなくてシャルさんがディオに反論する。
 しかしその反論を無視してディオは言う。

「ああそうだ、スミレ、こいつ等も呼び捨てでいいからな」
「分か…ったよ」

 つい癖で分かりましたと言いそうになりかけたが、なんとか方向転換する事に成功した。
 そしてディオはすぐさま次の紹介に進む。

「で、こいつはジェジ。見ての通り存在がやかましい獣人だ」
「はい! ジェジでぇーすっ! 可愛いお姫様と仲良くなれて嬉しーです!!」
「はい不敬」
「いだっ!?」

 ジェジと呼ばれた獣耳の少年が尻尾を左右に振りながら急接近して来て、握手を求めているのか手を伸ばしてくる。しかしそれを横から現れたラークが頭にチョップを落として阻んだ。
 獣耳をしゅん…と垂れさせながらジェジが頭頂部を押さえて蹲る。その襟首を引っ張って、ラークが「うちの阿呆がごめんね、スミレちゃん」と言いながら彼を引きずって列に戻す。

「こいつは知ってるだろうが、幼女嗜好のエリニティだ。殴っていいぞ」
「オレは別に幼女嗜好では無いから! たまたま運命の相手が歳下だったってだけだから!!」

 エリニティを殴ってもいいと言われて、私は指をポキポキ鳴らす。が、皆さんへの第一印象が悪くなるのでやめた。ただこれから出来る限り彼をメイシアと会わせないようにしようとは決めた。
 嫌がるメイシアに言い寄る輩は許さんぞ。全員溺死させてやる! と、私は心の中で強く決意した。
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