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第一章・救国の王女

39.商談といきましょう。4

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 暫くして、私達の待つ部屋にやりきった面持ちのハイラさんがやってきた。結果は上々とのこと。
 伯爵は早くも今日より発注した物の手配を初めてくれるそうだ。物資が集まり次第、工事を開始する事となった。
 本当に有難い事に、工事中の現場監督や孤児院の経営者はシャンパー商会から信の置ける者を派遣してくれるらしい。
 さらにさらに…見込みのある貧民街の方々はシャンパー商会傘下の様々な店で雇ってもらえる事になったらしい。もう本当に至れり尽くせりだ。
 本当にここまでしてもらってもいいのか、と直球で伯爵に聞いたところ、伯爵はとても人の良さそうな微笑みで『寧ろ、まだ足りないぐらいですよ』と訳の分からない事を言っていた。
 なんでも引き受ける伯爵も凄いが、何から何まで交渉して契約にこぎつけたハイラさんも凄い。
 ハイラさんって本当に何者なんだろう…ただの侍女では無いよね、あまりにもパーフェクトな侍女だわ。
 そんなパーフェクト侍女ハイラさんのおかげで商談が上手くいった私は、本日のもう一つの目的を果たす為、メイシアに見送られながら伯爵邸を後にした。

 本日のもう一つの目的と言うのは、ずばりディオさん達への謝礼を渡す事だ。その為にちゃんと彼等に渡すお金も用意してあるし、色々とケイリオルさんに許可をとったりもした。
 ようやく準備が整ったので、あの夜の取引をきちんと果たそうと思い、こうして貧民街へと向かっているのだ。
 ディオさんから聞いたディオさんの家までの道のりを紙に記した物をハイラさんに渡しているので、そのうち着くことだろう。
 その間、私はまた、マクベスタとシュヴァルツと共に話しながら馬車に揺られる事となった。

「…本当なら由々しき事態じゃないか……」

 伯爵邸で今日の朝刊を貰ったらしいマクベスタが、それを眺めながら眉をしかめた。
 その理由が知りたくて、私は「何が由々しき事態なの?」と尋ねた。
 するとマクベスタが新聞から顔を上げ、こちらにその一面を見せて説明してくれた。

「何でも、魔王が半年程前より魔界から姿を消しているらしい」

 その一面には大きく『魔王消失か?! 魔界より姿を消したその理由とは!』と書かれており、魔王に対する様々な一説や憶測が書き連ねられていた。
 魔王って、よく聞くあの魔王? 魔界の支配者って言うあの?
 支配者が消えるってどう言う事なのよ…。

「…つまり、魔王なんて危険な存在がこの世界にいるかもしれないって事?」
「魔界から姿を消したならば、行ける場所はこの世界か精霊界か妖精界だろう。だが魔王が精霊界と妖精界に行くとは考えにくいし、可能性が最も高いのはやはりこの世界だろうな。この記事もその可能性を示唆しているようだ」

 記事の一部分を指さしながら、マクベスタが話す。そこを見ると確かに似たような事が書かれていて、魔王がいそうな場所の候補がいくつか挙げられていた。
 やはり可能性が高いのは魔界に繋がる扉のある巨大な山脈、白の山脈に接する国々らしい。
 魔界はこの世界の裏側にあると言われており、その魔界とは白の山脈の中にある魔界の扉で繋がっている。
 …そもそも、白の山脈と言うのはこの世界で言う所の神々の住まいなのだ。こんなの伝承やら神話内での話……と言いたい所なのだが、白の山脈に神々が住むと言うのは困った事に事実なのだ。
 アンディザのヒロイン、ミシェル・ローゼラは生まれてすぐに両親によって白の山脈の麓に捨てられる。
 その時偶然ミシェルちゃんを見つけた神々が、なんかめっちゃ可愛い子供いるじゃーん! みたいな軽いノリで神々の加護セフィロスを授けた結果、ミシェルちゃんには天の加護属性ギフトが与えられたのだ。
 そして、その白の山脈からいつも魔物が現れては世界中にその猛威を奮っているのだが……中でもその被害を受けているのが、白の山脈と接している九つの国々と都市と土地なのである。

 まずは我がフォーロイト帝国、西側諸国で一二を争う領土の大国であり、その分白の山脈と接している範囲も広い。
 二つ目はフォーロイト帝国より東側に位置する隣国ハミルディーヒ王国、一作目の主な舞台だ。
 三つ目はフォーロイト帝国のほぼ隣にある魔導国家クサキヌア、かつて賢者と呼ばれた偉大なる魔導師が作った国らしい。
 四つ目はその魔導国家クサキヌアの南方に位置する小国リベロリア王国、いつの間にか滅んでそうな国ランキング第一位だ。
 五つ目は西方諸国の中でフォーロイト帝国と争える程の領土を持つ獣人の国タランテシア帝国、その文化は西洋ファンタジーなこの世界観とは違い中華系の
文化らしい。
 六つ目は国教会の本拠地にして聖地の巨大なる白亜の神殿都市・ディアカノン、人類最強の聖人の住む大神殿もここにある。
 七つ目は……かつて国だった場所。突如生物が生存出来なくなり不毛の地となってしまった、呪われた大地と呼ばれる場所。
 八つ目は連邦国家ジスガランドに名を連ねる国ジャリオ、兵力がかなりのものらしい。
 最後に九つ目はハミルディーヒ王国の東側の隣国に位置する国エクセンリブル公国、何でも古き竜が封印されている伝説があるとか。
 以上が、白の山脈の周りをぐるっと一周した際に白の山脈と接している国々だ。
 これだけの国や都市が魔物の存在に手を焼いていると言うのに、その魔物達を束ねる魔王が行方不明ですって? どうするのよ、そんな奴が街にいたら! 危ない所の問題じゃないわよ!!

「何やってるんだ魔王は………どれだけ周りに迷惑をかければ気が済むんだろう」

 シルフがボソリと呟いたそれは、かなりの毒を纏っていた。……やっぱり精霊さんは魔族と仲悪いのね。
 猫シルフの背中を宥めるように優しく撫で、私は尋ねた。

「…シルフは魔王の事、何か知ってたりする? ほら、精霊さん的には魔王ってどんな感じなの?」
「知ってる……と言うか、一応会った事もあるよ。本っ当に面倒な男だったかな、魔王は。執拗いし鬱陶しいし面倒くさいし気色悪かったし五月蝿かったよ」

 刺々しく毒を吐き続けるシルフに、私は、おぉう…と少し気圧されてしまった。これはあれだ、私が思ってる以上に精霊さんは魔族が嫌いなんだ。
 あのゆるふわシルフがこんなに毒吐くぐらいなんだからそれはもう相当。
 まぁまぁ落ち着いてと猫シルフを一生懸命なでなでしていると、シュヴァルツがシルフの頭をツンツン、とつつきながら笑い、

「精霊って本当に魔族が嫌いなんだねー、そんなんだから魔族にも嫌われるんじゃないのぉ?」

 と首を傾げた。それにシルフはすげなく返す。

「別に魔族に好かれたいとか微塵も思ってないから構わないよ」
「あはは、そっかー。まぁそうだよねぇ」

 シルフの冷たい返事を、シュヴァルツはいつも通りの可愛い笑顔で受け止めた。それにしてもめちゃくちゃメンタル強いわよこの子。
 私だったら、ただ質問しただけでこんなに冷たく返されたりしたら心折れそうだもん。
 そうやってシュヴァルツの心の強さに感心していると、そのシュヴァルツが今度は私に質問があるようで…。

「おねぇちゃんは、魔王の事、どう思うのぉ?」

 と、つい目を細めたくなるような眩しい笑顔で聞いてきた。
 …しっかし、なんなんだこの質問は。魔王が好きかって事かしら? 元オタクの私としてはそりゃあ勿論魔王と言う存在はとてもカッコイイと思うけれど、でも本当に、関わりたくはないわね。
 シュヴァルツがどう言う意図でそれを聞いてきたのかは分からないけど、とりあえずそのまま答えようか。

「…魔王って言う存在はかっこよくて好きよ。でも実際には関わりたくないわね、心の底からそう思う」

 うーん、と唸っていた私は、そうやって簡単な意見を述べる。
 すると猫シルフの耳としっぽがビクッと反応する。更に、シュヴァルツがむすーっと怒ったような表情となった。

「…むぅ、好きなのに会いたくないの?」

 シュヴァルツが思い切り抱きついて来ては、拗ねたように言う。……これはもしや、もしかして、シュヴァルツは魔王ファンだったりするのかしら。
 絵本とか物語で魔王を描いた作品は多くあるものね、そういう物を見て育っていたのならファンになっててもおかしくは無いわ。
 どうしよう、シュヴァルツの好きなもの貶しちゃったような感じなのかもしれない。とりあえず謝ろう。

「ごめんねシュヴァルツ、別に魔王の事をわざと貶そうとか、嫌いだとかそう言う訳ではないのよ? ただ本当に…私はどちらかと言えば平和主義な人間だから……」

 だから争いの権化(と言うイメージ)の魔王とは本当に心の底から関わりたくないと私は思うのです。しかし、この発言により口論が勃発してしまう。

「魔王の事なんて思い切り嫌ってしまえばいいよ、アミィ。君が思ってるようなかっこいい存在じゃないから、魔王って」
「魔王かっこいいから! 魔族が嫌いだからってそうやってすぐ批難するとか、精霊はやる事が本当に姑息だよね!」
「君に精霊の何が分かるんだ。知ったような口を聞くなよ、ろくに魔力も持たない人間が」
「はぁー? そっちこそ魔王の事なぁんにも知らない癖に偉そうに語らないでくれなーい?」

 私を挟んで、精霊側の猫シルフと魔王ファンのシュヴァルツが代理戦争を始めたらしい。
 二人の勢いがあまりにも凄く、私にはそれを止める事は不可能だった。その為、間に挟まれたまま代理戦争の行く末を見守る羽目になったのだ。
 途中まではマクベスタもその代理戦争をオロオロとしながら見ていたのだが、途中でもう色々と諦めたようで、もう一度新聞に目を落としたっきり、目的地に着くまで顔を上げてくれなかった。
 くそぅ、マクベスタめ…一人だけ逃げやがって……!

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