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第一章・救国の王女
33,5.ある伯爵の独白
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だが、そうやって立ち止まっている暇は無かった。妻との約束…生まれてきた子供を沢山愛してあげると言うもの。私はそれを果たす為に精一杯メイシアの為に奔走した。
メイシアは延焼の魔眼に加え膨大な魔力を保有していた。だからこそ、メイシアが産声をあげた瞬間に漏れ出た膨大な魔力に、延焼の魔眼の力で火が着いてしまったのだ。
延焼の魔眼は魔力さえあればいくらでも力を行使出来るとネラから聞いた事があった。だからまずはあの膨大な魔力を抑える事を目的とした。
その為、我が商会に名を連ねる技師に魔導具の義手を作るよう依頼し、メイシアの膨大な魔力を吸収し貯蓄出来る高品質な魔導具の義手を作る事に成功した。
生まれた時からこのような物を着ける事になってメイシアには大変申し訳なく思った。
だがメイシアの失くなった腕と膨大な魔力の問題を一度に解決するにはこれしか無いのだ。
次に延焼の魔眼…これは眼にしたもの全てを自由自在に燃やせるものらしく、魔眼はおろか魔力の制御すら不可能な幼いメイシアにはあまりにも危険なものだった。
だからメイシアには本当に申し訳無いが、眼を隠す事にした。幼子に満足に世界を見せてやる事すら出来ないなんてと、己の不甲斐なさを呪った。
そうして様々な対策をしつつ、メイシアが物心着いてからはまず、少しずつ魔力と魔眼の制御の訓練を始めた。
メイシアはネラに似てとても賢く心優しい子で、だからこそ、ある日ネラが寝たきりになっている事が自分の所為だと気づいてしまったらしい。
何度もあれは私の所為だと伝えたが、メイシアはそれでも自分の所為なのだと思い込み、塞ぎ込んでしまった……それが、メイシアがたった五歳の時の事である。
その時にはもう目隠しは外していたのだが、あの時のメイシアの辛そうな瞳と…その下に必死に作り上げていたぎこちない笑顔は、未だに覚えている。
メイシアはあまり外に出たがらない子供だった。勿論、幼い頃は危険だからと私達が外に出ないよう諭していたのだが……もう外に出ても大丈夫だとなっても、メイシアはずっと家の中にいた。
幼い子供は友達と共に外で遊ぶものと思っていた私は、一度だけ、親しい貴族のパーティーにメイシアを連れて行った事があった。
ここでメイシアに同年代の友達が出来て、少しでも明るくなってくれればと思ったんだ。
……だけど、私の思惑とは真逆に、メイシアは涙を流しながら『もう、帰りたいっ』と私に縋ってきた。
その時、メイシアの両手に着いていた手袋が無くなっている事に私は気づいた。
『…今すぐこのパーティーに来ている子供達を集めてください』
主催の貴族にそう伝え、そのパーティーにいた子供達全員を集めて私は問いかけた。
──娘を泣かせたのは誰か、と。
子供達の多くは怯えながらやってないと言った。だが数名の子供が嘲笑いながらメイシアを指さしてこう言ったのだ。
『だってそいつ、化け物なんだろ! 右手がニセモノで、母親を殺しかけたっていう!』
『化け物のくせに人間のばしょにくるなよ!』
『ニセモノの手でおれたちも殺そうとしたんだろ!』
その言葉を聞いて、メイシアは更に震え泣きじゃくった。
………そうか、私はまた間違えたのだ。こんな所来るべきじゃあ無かったんだ。
人の噂とは怖いものだ。あれ程箝口令を敷いたのにも関わらず、社交界ではメイシアの事や我が家の事が噂となっていたのか。
『…ごめんな、メイシア。こんな所に連れて来てしまって。もう帰ろうか』
『……ぅぐっ、ひぐ…』
『今日はメイシアの好きな夕食にしよう。夜はメイシアの好きな絵本を読もう。そして一緒に寝よう。大丈夫、私がずっと傍にいるから』
『………っぅ、おと、ぅ…さ…っ』
いつも全然感情を表に出してくれないメイシアが、こんなにも辛そうに泣いている姿を見て、私は腸が煮えくり返りそうになった。
私はその場にいた子供達とその親達を睨み、告げる。
『──私の娘を傷つけた報いは、後で受けて貰う』
メイシアを抱き上げ、背中を摩りながら私はパーティー会場に背を向ける。その際、先程のメイシアを泣かせた子供達の親らしき者達が血相変えて頭を下げて来た。…子供達にも無理やり頭を下げさせて。
『シャンパージュ伯爵! お許しください! まだ分別の無い子供の戯言ではありませんか!』
『そ、そうですよ! ほらッ、お前も早くご息女に謝るんだ!!』
『だってあいつは母親を殺しかけた化け物だって皆が言うっ』
『うるさい! シャンパージュ家のご息女に向かって何を言ってるんだこの恥晒しッ!』
『お許しください伯爵!! 伯爵からの支援が無ければ我が家は……!』
『この通りです! 子供にはこのような事が二度と無いよう厳しく言いつけておきますので!!』
我がシャンパージュ家の爵位は伯爵だが、その実、貴族達に影響を及ぼす権威だけで言えば侯爵…いや公爵家程ある。
昔からこの国の市場を切り盛りし、支配して来た我がシャンパージュ伯爵家は、好き勝手動きやすいからとあえてこの位であり続けた。
そんなシャンパージュ家を恐れない貴族はまずいない。何故なら、このフォーロイト帝国で商売をする者は我が家の機嫌を伺わねばやっていけないと言う程まで、我がシャンパー商会の影響力が広く強大だからだ。
だからこそ、親達は必死に頭を下げて来るのだ。私の機嫌を損ねたならば、家の没落が決まったようなものだから。
……我が家の権威とかにはさほど興味が無かったのだが、今となってはとても使い勝手のいいものだ。これのおかげで少しでもメイシアが過ごしやすい環境を作れるのだからな。
『…別に、謝罪と反省など求めておりませんよ。なので、その代わりにどうか学習してくださいませ。ほんの少しの発言や行動だけで取り返しのつかない事になると』
それだけ言い放ち、私はメイシアと共に帰路についた。
あのパーティーにいた子供達と親達の顔と名前は全て把握している。なので私は、メイシアを傷つけた子供達の家をじっくり、時間をかけて潰した。
実に簡単だった。彼等彼女等が生業としている商業よりもより優れたものをこちらで用意し、酷い経営不振に陥ってからより安く、あちらに一生働けば何とか返せる程の借金を残して買収した。
これであちらは多額の借金を負ったまま収入源を失い、貴族としての納税も出来なくなり呆気なく没落。その爵位は返上された。
これを幾つもの家相手に同時に行った事もあり、我が家は更に恐れられる事となったらしい。シャンパージュ伯爵家の機嫌を損なえば、どんな爵位の家であろうとも潰されてしまうと。
私は噂など信じてなければどうでも良かったのだが…これのおかげでメイシアに牙を剥く輩が減るかもしれないと思い、積極的に敵対する者達を丁寧に没落させていった。
これも全てメイシアの為だ。いつか必ずネラを助ける為だ。そう考えると、私はいくらでも極悪非道になれた。
私は様々な家とその商売を潰して来たが、その度にそれに変わる更に良い商売を作り出していた為、世間…特に一般市民からは何故か感謝されていた。
これだけシャンパー商会が人々に恐れられ愛されているのなら、いつかメイシアがこの家を継ぐと言い出しても大丈夫だろう、と私は安堵していた。
九歳になった頃から、メイシアは私の執務室で共に取引を見聞するようになった。
その頃にはメイシアもとても落ち着いていて、私も持たない新たな視点から切り込む為、私も学ぶ所があると思いつつ、メイシアの意見も参考にする事が多くなった。
メイシアはいつも言っていた…『屋敷の皆と、おとうさんとおかあさんがいればいい』と。メイシアがそう言うのならと私ももう無理に友達を作れとは言わなくなった。
…だけど、本当は、心のどこかでメイシアが心を許せるような友達が出来るようにと願っていたのかもしれない。
メイシアを受け入れ、メイシアを明るく広い世界に引っ張っていってくれるような、そんな友達が出来ればいい……そう、願っていたのかもしれない。
…まさか、その願いが叶う日がこんなにも早く来るなんて思いもしなかった。
発端はある日、私が数名の侍従と共にオセロマイト王国にとある取引の確認をしに行っていた時の事だった。
ようやく仕事を終え、夜中に帝都の屋敷に戻ると…屋敷全体が騒然としていた。慌てる侍従達が口にした言葉で、私は荷物を地面に落としてしまった。
──メイシアが、行方不明になった。いつの間にか屋敷から姿を消していたメイシアが、まだ見つからないのだと。
呼吸が荒くなり、鼓動が早くなる。最悪の展開に酷く狼狽し、私はまともな判断が出来なくなりそうだった。
『旦那様! 旦那様が落ち着き指揮を取らねば、一体誰がお嬢様を見つけると言うのですか!』
その時オルロットにそう諭され、私は何とか頭を落ち着かせて命令を下した。
『屋敷の者全てに告ぐ。屋敷の事など放っておけ、明朝よりメイシアの捜索に全ての人手を費やす! オルロット、街の警備隊に人手を寄越せと要請を出せ。いくらでも脅してもいいし金を積んでも構わない!』
『はっ!』
侍従達が慌ただしく動き出す。その際に一人の侍女が恐る恐る声をかけてきた。
『あのっ、旦那様! 奥様のお世話の方は如何致しましょうか……』
『っ………三人残れば問題ないか?』
『はい! 問題ありません!』
寝たきりのネラの世話をする侍女が三人残り、その他全ての侍従はいくつかの組み分けを受け、手分けして時刻制でメイシアの捜索にあたる事となった。
場所や時間帯によっては女性が行くには危険な場合もある。そう言った所は男組が行く事になった。逆に男が行くのが少々気まずいような場所には女性組が行く事になった。
その時刻の割り当てでは無い侍従達は、万が一メイシアが帰って来た時に備えて屋敷で待機するようにした。
そうやって、私達の約三日間に及ぶ捜索が始まった。
メイシアは大変愛らしく目立つので、目撃情報のようなものは多く出てきたのだが、肝心の居場所は全く掴めなかった。
私も捜索にはずっと身を投じていたのだが、仕事がどうしても滞ると言う事で、メイシアの帰ってくるこの家を守る為に、捜索を侍従達に託して泣く泣く仕事に戻った。
……どんな形であろうと、メイシアが無事に帰って来てくれたらそれだけでいいんだ。毎晩、ネラの元で私はそう祈っていた。
メイシアの事が心配で、毎日眠らずにずっとメイシアを待っていた。
そして、メイシアが行方不明になってから三日後の真夜中。涙を浮かべたオルロットが部屋に駆け込んで来た。
それは待ち望んだ吉報。それを聞いた私は廊下を駆け抜けて、玄関まで急いだ。
大勢の侍従達が涙を流し立ち尽くす中、私はメイシアを勢いよく抱き締めた。ずっと、三日間我慢し続けていた涙を溢れさせながら、私は何度も『無事で良かった』と繰り返した。
そんな私達を見守っていた少女に気づいた私は、慌てて少女に礼を告げた。少女は洗練された所作でお辞儀をした。
……どこからどう見ても、あの立ち居振る舞いは貴族のものだ。しかし、私の記憶には少女の存在は無かった。
帝国貴族の大半の顔と名前は把握していると自負する私だが、それでもあの少女については心当たりが無かった。
だから私は尋ねた。少女だけでなく、少女と共にいる上質な服を着た青年と、あどけない少年に、礼がしたいから名を教えて欲しいと。
青年はリード、少年はシュヴァルツと名乗った。最後に少女が名乗ろうと言う時、私は自身の目を疑った。
先程まで確かに桃色だった少女の髪が、透き通るような銀髪へと変わっていったのだ。…それには私もメイシアも、誰もが目を見張った。
そして、少女は名乗ったのだ。
──アミレス・ヘル・フォーロイト。今は亡き皇后様が最後に残された、現帝国唯一の王女殿下。
……王女殿下はメイシアと共に、年相応の少女のように笑っていた。
身分だとか、立場だとか、噂だとか…そう言ったものを気にせず、王女殿下は……メイシアに接して下さった。
それにはきっとメイシアも救われた事だろう。そして、私も救われたようだった。
ずっと願っていた娘の幸せを、少しずつではあるが、ようやく叶えられそうで…そのきっかけを下さった王女殿下に、私は心より感謝していた。
ネラの痩せ細った真っ白な手を握り、私は懇願するように呟いた。
「なぁ、ネラ。君にも是非見て欲しいよ、メイシアの笑顔を……君に似てとても可愛らしいんだ。だから、ネラ。早く…目を覚ましてくれ……」
そして、共に王女殿下にお礼を言おう。忠誠を誓おう。私達の愛おしい一人娘を救ってくれたあの少女に、感謝の限り、恩返しをしよう──。
メイシアは延焼の魔眼に加え膨大な魔力を保有していた。だからこそ、メイシアが産声をあげた瞬間に漏れ出た膨大な魔力に、延焼の魔眼の力で火が着いてしまったのだ。
延焼の魔眼は魔力さえあればいくらでも力を行使出来るとネラから聞いた事があった。だからまずはあの膨大な魔力を抑える事を目的とした。
その為、我が商会に名を連ねる技師に魔導具の義手を作るよう依頼し、メイシアの膨大な魔力を吸収し貯蓄出来る高品質な魔導具の義手を作る事に成功した。
生まれた時からこのような物を着ける事になってメイシアには大変申し訳なく思った。
だがメイシアの失くなった腕と膨大な魔力の問題を一度に解決するにはこれしか無いのだ。
次に延焼の魔眼…これは眼にしたもの全てを自由自在に燃やせるものらしく、魔眼はおろか魔力の制御すら不可能な幼いメイシアにはあまりにも危険なものだった。
だからメイシアには本当に申し訳無いが、眼を隠す事にした。幼子に満足に世界を見せてやる事すら出来ないなんてと、己の不甲斐なさを呪った。
そうして様々な対策をしつつ、メイシアが物心着いてからはまず、少しずつ魔力と魔眼の制御の訓練を始めた。
メイシアはネラに似てとても賢く心優しい子で、だからこそ、ある日ネラが寝たきりになっている事が自分の所為だと気づいてしまったらしい。
何度もあれは私の所為だと伝えたが、メイシアはそれでも自分の所為なのだと思い込み、塞ぎ込んでしまった……それが、メイシアがたった五歳の時の事である。
その時にはもう目隠しは外していたのだが、あの時のメイシアの辛そうな瞳と…その下に必死に作り上げていたぎこちない笑顔は、未だに覚えている。
メイシアはあまり外に出たがらない子供だった。勿論、幼い頃は危険だからと私達が外に出ないよう諭していたのだが……もう外に出ても大丈夫だとなっても、メイシアはずっと家の中にいた。
幼い子供は友達と共に外で遊ぶものと思っていた私は、一度だけ、親しい貴族のパーティーにメイシアを連れて行った事があった。
ここでメイシアに同年代の友達が出来て、少しでも明るくなってくれればと思ったんだ。
……だけど、私の思惑とは真逆に、メイシアは涙を流しながら『もう、帰りたいっ』と私に縋ってきた。
その時、メイシアの両手に着いていた手袋が無くなっている事に私は気づいた。
『…今すぐこのパーティーに来ている子供達を集めてください』
主催の貴族にそう伝え、そのパーティーにいた子供達全員を集めて私は問いかけた。
──娘を泣かせたのは誰か、と。
子供達の多くは怯えながらやってないと言った。だが数名の子供が嘲笑いながらメイシアを指さしてこう言ったのだ。
『だってそいつ、化け物なんだろ! 右手がニセモノで、母親を殺しかけたっていう!』
『化け物のくせに人間のばしょにくるなよ!』
『ニセモノの手でおれたちも殺そうとしたんだろ!』
その言葉を聞いて、メイシアは更に震え泣きじゃくった。
………そうか、私はまた間違えたのだ。こんな所来るべきじゃあ無かったんだ。
人の噂とは怖いものだ。あれ程箝口令を敷いたのにも関わらず、社交界ではメイシアの事や我が家の事が噂となっていたのか。
『…ごめんな、メイシア。こんな所に連れて来てしまって。もう帰ろうか』
『……ぅぐっ、ひぐ…』
『今日はメイシアの好きな夕食にしよう。夜はメイシアの好きな絵本を読もう。そして一緒に寝よう。大丈夫、私がずっと傍にいるから』
『………っぅ、おと、ぅ…さ…っ』
いつも全然感情を表に出してくれないメイシアが、こんなにも辛そうに泣いている姿を見て、私は腸が煮えくり返りそうになった。
私はその場にいた子供達とその親達を睨み、告げる。
『──私の娘を傷つけた報いは、後で受けて貰う』
メイシアを抱き上げ、背中を摩りながら私はパーティー会場に背を向ける。その際、先程のメイシアを泣かせた子供達の親らしき者達が血相変えて頭を下げて来た。…子供達にも無理やり頭を下げさせて。
『シャンパージュ伯爵! お許しください! まだ分別の無い子供の戯言ではありませんか!』
『そ、そうですよ! ほらッ、お前も早くご息女に謝るんだ!!』
『だってあいつは母親を殺しかけた化け物だって皆が言うっ』
『うるさい! シャンパージュ家のご息女に向かって何を言ってるんだこの恥晒しッ!』
『お許しください伯爵!! 伯爵からの支援が無ければ我が家は……!』
『この通りです! 子供にはこのような事が二度と無いよう厳しく言いつけておきますので!!』
我がシャンパージュ家の爵位は伯爵だが、その実、貴族達に影響を及ぼす権威だけで言えば侯爵…いや公爵家程ある。
昔からこの国の市場を切り盛りし、支配して来た我がシャンパージュ伯爵家は、好き勝手動きやすいからとあえてこの位であり続けた。
そんなシャンパージュ家を恐れない貴族はまずいない。何故なら、このフォーロイト帝国で商売をする者は我が家の機嫌を伺わねばやっていけないと言う程まで、我がシャンパー商会の影響力が広く強大だからだ。
だからこそ、親達は必死に頭を下げて来るのだ。私の機嫌を損ねたならば、家の没落が決まったようなものだから。
……我が家の権威とかにはさほど興味が無かったのだが、今となってはとても使い勝手のいいものだ。これのおかげで少しでもメイシアが過ごしやすい環境を作れるのだからな。
『…別に、謝罪と反省など求めておりませんよ。なので、その代わりにどうか学習してくださいませ。ほんの少しの発言や行動だけで取り返しのつかない事になると』
それだけ言い放ち、私はメイシアと共に帰路についた。
あのパーティーにいた子供達と親達の顔と名前は全て把握している。なので私は、メイシアを傷つけた子供達の家をじっくり、時間をかけて潰した。
実に簡単だった。彼等彼女等が生業としている商業よりもより優れたものをこちらで用意し、酷い経営不振に陥ってからより安く、あちらに一生働けば何とか返せる程の借金を残して買収した。
これであちらは多額の借金を負ったまま収入源を失い、貴族としての納税も出来なくなり呆気なく没落。その爵位は返上された。
これを幾つもの家相手に同時に行った事もあり、我が家は更に恐れられる事となったらしい。シャンパージュ伯爵家の機嫌を損なえば、どんな爵位の家であろうとも潰されてしまうと。
私は噂など信じてなければどうでも良かったのだが…これのおかげでメイシアに牙を剥く輩が減るかもしれないと思い、積極的に敵対する者達を丁寧に没落させていった。
これも全てメイシアの為だ。いつか必ずネラを助ける為だ。そう考えると、私はいくらでも極悪非道になれた。
私は様々な家とその商売を潰して来たが、その度にそれに変わる更に良い商売を作り出していた為、世間…特に一般市民からは何故か感謝されていた。
これだけシャンパー商会が人々に恐れられ愛されているのなら、いつかメイシアがこの家を継ぐと言い出しても大丈夫だろう、と私は安堵していた。
九歳になった頃から、メイシアは私の執務室で共に取引を見聞するようになった。
その頃にはメイシアもとても落ち着いていて、私も持たない新たな視点から切り込む為、私も学ぶ所があると思いつつ、メイシアの意見も参考にする事が多くなった。
メイシアはいつも言っていた…『屋敷の皆と、おとうさんとおかあさんがいればいい』と。メイシアがそう言うのならと私ももう無理に友達を作れとは言わなくなった。
…だけど、本当は、心のどこかでメイシアが心を許せるような友達が出来るようにと願っていたのかもしれない。
メイシアを受け入れ、メイシアを明るく広い世界に引っ張っていってくれるような、そんな友達が出来ればいい……そう、願っていたのかもしれない。
…まさか、その願いが叶う日がこんなにも早く来るなんて思いもしなかった。
発端はある日、私が数名の侍従と共にオセロマイト王国にとある取引の確認をしに行っていた時の事だった。
ようやく仕事を終え、夜中に帝都の屋敷に戻ると…屋敷全体が騒然としていた。慌てる侍従達が口にした言葉で、私は荷物を地面に落としてしまった。
──メイシアが、行方不明になった。いつの間にか屋敷から姿を消していたメイシアが、まだ見つからないのだと。
呼吸が荒くなり、鼓動が早くなる。最悪の展開に酷く狼狽し、私はまともな判断が出来なくなりそうだった。
『旦那様! 旦那様が落ち着き指揮を取らねば、一体誰がお嬢様を見つけると言うのですか!』
その時オルロットにそう諭され、私は何とか頭を落ち着かせて命令を下した。
『屋敷の者全てに告ぐ。屋敷の事など放っておけ、明朝よりメイシアの捜索に全ての人手を費やす! オルロット、街の警備隊に人手を寄越せと要請を出せ。いくらでも脅してもいいし金を積んでも構わない!』
『はっ!』
侍従達が慌ただしく動き出す。その際に一人の侍女が恐る恐る声をかけてきた。
『あのっ、旦那様! 奥様のお世話の方は如何致しましょうか……』
『っ………三人残れば問題ないか?』
『はい! 問題ありません!』
寝たきりのネラの世話をする侍女が三人残り、その他全ての侍従はいくつかの組み分けを受け、手分けして時刻制でメイシアの捜索にあたる事となった。
場所や時間帯によっては女性が行くには危険な場合もある。そう言った所は男組が行く事になった。逆に男が行くのが少々気まずいような場所には女性組が行く事になった。
その時刻の割り当てでは無い侍従達は、万が一メイシアが帰って来た時に備えて屋敷で待機するようにした。
そうやって、私達の約三日間に及ぶ捜索が始まった。
メイシアは大変愛らしく目立つので、目撃情報のようなものは多く出てきたのだが、肝心の居場所は全く掴めなかった。
私も捜索にはずっと身を投じていたのだが、仕事がどうしても滞ると言う事で、メイシアの帰ってくるこの家を守る為に、捜索を侍従達に託して泣く泣く仕事に戻った。
……どんな形であろうと、メイシアが無事に帰って来てくれたらそれだけでいいんだ。毎晩、ネラの元で私はそう祈っていた。
メイシアの事が心配で、毎日眠らずにずっとメイシアを待っていた。
そして、メイシアが行方不明になってから三日後の真夜中。涙を浮かべたオルロットが部屋に駆け込んで来た。
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大勢の侍従達が涙を流し立ち尽くす中、私はメイシアを勢いよく抱き締めた。ずっと、三日間我慢し続けていた涙を溢れさせながら、私は何度も『無事で良かった』と繰り返した。
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……どこからどう見ても、あの立ち居振る舞いは貴族のものだ。しかし、私の記憶には少女の存在は無かった。
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だから私は尋ねた。少女だけでなく、少女と共にいる上質な服を着た青年と、あどけない少年に、礼がしたいから名を教えて欲しいと。
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先程まで確かに桃色だった少女の髪が、透き通るような銀髪へと変わっていったのだ。…それには私もメイシアも、誰もが目を見張った。
そして、少女は名乗ったのだ。
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「なぁ、ネラ。君にも是非見て欲しいよ、メイシアの笑顔を……君に似てとても可愛らしいんだ。だから、ネラ。早く…目を覚ましてくれ……」
そして、共に王女殿下にお礼を言おう。忠誠を誓おう。私達の愛おしい一人娘を救ってくれたあの少女に、感謝の限り、恩返しをしよう──。
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主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
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