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第一章・救国の王女

30.奴隷解放戦線4

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 ドンドンッ、ドドドンッ! バシャッ! と大きな音を立てて、人が階段を転がり落ちていく。

「…あれ、生きてるかな……」
「あの人、まだ起きないけど、死んじゃったのかな」

 それを私とメイシアは階段の上から冷や汗と共に眺めていた。
 事の発端はほんの数分前。ここまでクソ野郎をなんとか引っ張って来たはいいが、どうやって階段を降りるか……と言う話になったのだ。
 私達はどちらも非力な少女であり、ここまでなんとか引きずって来ただけでもうヘトヘトなのだ。
 こんな状態でクソ野郎を引っ張って降りたりなんてしたら、逆にクソ野郎の重さに引っ張られてしまい、階段から転がり落ちてしまうだろう。
 ならばどうやって階段を降りるか…と話し合った末に、先にクソ野郎を落としてから私達は優雅に降りる事にしたのだ。

 で、冒頭に戻る。念の為に階段の下に残り僅かな魔力で水溜まりを作ってあげたのだが………あまり意味は無かったらしい。
 頭を打ったら大変だよね、とメイシアが体を横向きにしてあげたのだが……むしろ勢いよく角に顔や頭をぶつけていそうだった。
 そして、ここまでやったのにクソ野郎は目を覚ます気配を見せない。…そりゃあ、殺っちゃった? って不安にもなるわ。

「…メイシア、もし万が一あの人が死んでたらその時は私が全ての責任を負うから。貴女は何も心配しなくていいのよ」
「だめ! わたしも、わたしもちゃんと一緒に……!」

 階段の上、二人でそうやって話し合っていると、階段の下に何者かが現れた。

「なんだ今の物音は……って、ここの管理者じゃねぇか!? まさか階段を踏み外しでもしたのか? 情けねぇな…」

 荒々しい口調と片目を覆う眼帯。それは子供達の護衛をしている筈のディオさんだった。
 残念なものを見るような目でクソ野郎を見下ろしているディオさんに、私はメイシアと一緒に階段を駆け下りながら声をかける。

「ディオさん! どうしてここにいるんですか!?」
「あっ、お前…っ! お前を迎えに来てやった……っておい、何でもう一人ガキがいるんだ?!」

 ディオさんはメイシアの姿を見て驚愕を表す。肩を飛び跳ねさせてから、メイシアは私の背に隠れるように後ずさった。

「ちょっとディオさん、この子怖がってるじゃないですか。そんな大声出さないでくださいよ」
「はぁ?! ……っ、あー…悪かったな大声出して…」

 ディオさんは後頭部をガシガシと掻きながら、小さい声でそう謝ってきた。…本当に子供好きのいい人なんだな、この人は。
 責めてしまって申し訳なく感じる。

「それより、お前…怪我とかは無いか? 後、用事とやらは済んだのか?」

 ディオさんがしゃがみ込んで、優しく聞いてきた。
 私はメイシアちゃんから帳簿を受け取って、ディオさんに見せつけるように胸元に掲げる。

「この通り、完璧です!」
「…そりゃ良かったな。で、怪我は?」

 ディオさんの言葉に反応して、私は無意識で、怪我をした方の足を隠すように後ろに動かした。…しかしディオさんは目敏くそれに気づいた。

「おいお前さては足を怪我したな? 何があった」
「………」
「言え」

 ディオさんの瞳が真っ直ぐ私を捉える。暫く無言を貫いたのだが、それでもディオさんはこちらをずっと見ていて………私が先に折れてしまった。

「…敵が、六人ぐらいいたんです。四人目まではいい感じにいってたんですけど、五人目辺りでちょっと失敗して……足、剣で刺されました」

 ススっ…と刺された方の足を前に出す。止血の為にと巻き付けたスカートの切れ端は、今や血で真っ赤に滲んでいた。
 それを見たディオさんは暫く言葉を失っていた。そして……。

「ッ、何やってんだお前は!! どうして逃げたりしなかったんだ! どうしてそこまで無茶するんだ! どうしてそこまで危険を犯そうとするんだ!?」

 ディオさんの叫び声が静かな部屋に轟く。
 その言葉は何から何まで正しかった。だから私は、ただ口をぎゅっと結ぶ事しか出来なかった。

「…お前がどこの誰かも、その真意も俺は知らねぇ。そもそも赤の他人だ。だけどな、少なくとも今この時は俺達は手を組んだ協力者なんだ。どうしてもっと俺達を頼ろうとしなかったんだ、お前は。俺達をお前の目的の為に利用するのなら、どこまでも利用すれば良かっただろう、どうして必要最低限しか俺達を使わなかったんだ?」

 まるで子供に説教をする大人のように、ディオさんは私に語りかけた。…だからだろうか。気がついたら、勝手に口が動いていた。

「…………私の事情だから。下手に巻き込んで、危ない目に遭って欲しくなかった」
「人に飛び蹴り食らわせといて、変に遠慮がちなのは何なんだよ」
「………私の事よりも、子供達を逃がす方を優先したかった」
「ンなの俺の仲間だけで十分だ。俺一人抜けようが抜けまいが問題ねぇよ」

 こうやって話していると、何故だか、目尻がまた熱くなってきた。

「……私一人で何とか出来ると思ってた」
「そういうのは本当に一人で何とか出来てから言えよな」
「…こんな風に怪我するなんて、思ってなかった」
「…痛かったか?」

 私の呟きに、毎度、ディオさんはぶっきらぼうに返した。しかし最後だけ、ディオさんが優しくそう聞き返して来たのだ。
 …それに私は、本当はずっと足を引きずって歩きたいぐらい痛かった事を吐露した。

「痛いに決まってるじゃん…ずっと、ずっと我慢してたのに。どうして痛いのを思い出させたの」

 ずっと我慢してた事がバレて、何だか恥ずかしくて、私は意味不明にディオさんに八つ当たりしていた。
 しかしディオさんは嫌な顔一つせず、優しい笑顔で、

「悪かったな、俺は気が利かない男なんだわ」

 と言いながら、私の頭に大きくてゴツゴツした手を置いた。そして、

「……ここまでよく頑張ったな。もうガキは休め」

 と頭をわしゃわしゃと掻き乱される。この世界の人は皆それするけど流行ってるのかしら?!
 …ごほん。それはともかく。急にそうやって子供扱いされてしまい、私は不思議な気持ちになった。
 そんな気持ちのままぼーっとしていると、突然ディオさんが私を抱え上げた。

「んなっ!?」
「…お前、女なら『きゃっ』とか言うべきだろうが。つくづく変わったガキだな」

 片手で軽々と私を抱えたディオさんは、残念そうに、はぁ…とため息をついた。
 悪かったわね女の子っぽくなくて! と怒りを顔に宿す。さっきまで凄くいい人って感じだったのになんなんだこの人!!
 苛立ちを込めたキツい視線をディオさんに送ってみる。しかし全然気にもとめてくれない。

「そんな怒んなよ。おいそっちのガキ…お前は怪我とかして無いか?」

 ディオさんはメイシアを見下ろしてそう確認した。メイシアは小さく左右に首を振って答えた。

「そうか。じゃあ自分で歩けるな?」

 ディオさんは再度確認をとる。それにメイシアはこくりと頷いた。これらの確認…もしやこれは……。

「…私の為なの?」
「あ? だって痛ぇんだろ、足。ならこうした方が痛くならないだろ」

 ディオさんはさり気なくそう言って、歩きだそうとする。クソ野郎が置いて行かれそうになったので、私は慌ててディオさんを呼び止める。

「待ってディオさん! クソ野ろ……じゃなかった、あの男も連れて行って欲しいの!」
「何でだよ」

 ディオさんがどうしてとばかりにこちらを見てくる。私はそれに、元々考えていたクソ野郎の使い道を答えた。

「あの男かなり悪い人だから、警備隊に突き出せばきっと謝礼金を貰える筈です。もし良ければ」

 空いている手で親指を立ててここぞとばかりにどやぁ、と笑う。
 そんな私を見て、ディオさんは「ふはっ」と笑い声を漏らした。

「はははっ! お前…っ、歳の割に抜け目無さすぎだろ…! はは、あっはっはっ!」
「……お金が欲しいらしいディオさん達の為なんですけど」
「そりゃあ、ありがてぇが…そんな事を十二のガキに言われる日が来るたぁ思わなかった。期待してなかったが、謝礼金か……随分といい報酬だ!」

 ディオさんが豪快に笑う為、そのディオさんに抱えられている私はそれなりの揺れを体感する事になる。急いで彼の服にしがみつき事なきを得た。
 それにしても、ディオさんは何か勘違いをしているみたいだ。これはあくまでもついでの事であって、報酬はちゃんと後々渡すつもりだったのに。

「これは報酬じゃないですよ?」
「は?」
「報酬はちゃんと別で、後日お渡しします。あっ、そうだお宅の場所お伺いしてもいいですか? 報酬を渡しに行きますので」
「………は?」

 ディオさんは理解出来ないとばかりに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし続けていた。…何故だか報酬の話は信じてくれていないようだが。
 それも暫くすると元通りになり、クソ野郎をもう片方の手で抱えて、ディオさんは子供達の待つ噴水広場まで連れて行ってくれた。
 そこで彼から聞いたのだが、何やら私達を迎えに来る途中で偶然にも司祭をやっている男性と出会ったらしく、その人が快く子供達の治癒を引き受けてくれたのだとか。
 …その話を聞いて、一瞬とあるお友達の顔が脳裏をよぎったのだが、まぁ気のせいだろう。
 そして私も目視していた奴隷商の追っ手は、ディオさんの仲間の方々が撃退したらしい。仲間の方々の話をするディオさんの横顔がとても嬉色に染っていた事から、ディオさんが本当に仲間思いなのだと、ひしひしと伝わって来た。
 そうやってしばらく(ディオさんが)歩いていると、大きな噴水と大勢の人々の姿が見えてきた。
 あちらの人達もどうやらこちらに気づいたようで。

「あっ、アニキー!」

 エリニティさんがぶんぶんと大きく両手を振って、ディオさんを呼ぶ。その後犬のように素早く駆け寄って来て、私達の存在に気づく。

「良かった、スミレちゃんも無事だったんスね! って、あれ…そっちの子は……」

 慌ててディオさんの後ろに隠れたメイシアだったが、エリニティさんはメイシアの事を随分気にしているようで。

「この子は…その、私のとっ…友達……の、メイシアです」
「っ!」

 ひゃーっ、友達って言っちゃった! いいよね、私達きっと友達だよね!? そう思ってるのは私だけじゃあないよね?!
 急に不安になって来て、私はゆっくりとディオさんの後ろを覗き込む。すると、メイシアがキラキラとした瞳でこちらを見上げていて…私と目が合うなり、顔を赤くして何度も強く頷いていた。
 いよっしゃあああっ!! この世界初の女の子の友達ゲットォ!!
 私は泣きそうになりながら内心でガッツポーズを作る。…ハイラさんはもはや家族みたいな感じだし、シルフもマクベスタも男の人だから同年代の女の子の友達は今まで1人もいなかったの…っ!
 そりゃあ社交界に出てないのだから当然だけども!

「へぇ、そっちの君はメイシアちゃんって言うのか。オレはエリニティ。よろしくねー、メイシアちゃ………」

 エリニティさんがさらっとディオさんの後ろに回り込み、メイシアに接触した。ただ挨拶をしているだけのようだが、エリニティさんの言葉と笑顔は、メイシアの顔を見た瞬間に止まった。
 エリニティさんの頬が徐々に色づいていく。何故かは分からないが、鐘の音が聞こえてきた気がした。まぁ、幻聴だが。

「……運命だ」

 心底嬉しそうな面持ちで、エリニティさんがボソッと呟く。

「運命だッ! オレはついに運命に出会ったぞぉおおおおおおおッ!!」
「っ?!」

 突然天を仰ぎながらエリニティさんが大声で叫び出した。それにはメイシアも酷く驚き怯えた様子で後退る。

「メイシアちゃん、あの、何歳かな? 君歳上とかっていけるタイプ? あっ理想のタイプとかがあれば是非教えて貰えたらうれッ」
「やめろこの阿呆が!! ガキ相手に何やってやがる!」
「ぐふぉっ!?」

 興奮気味にメイシアに詰め寄るエリニティさんを、ディオさんが思い切り蹴飛ばした。

「くそ、あの野郎…いつかやるとは思ってたが本当にガキ相手に……」
「──ディオさん、ちょっと下ろして貰えませんか。後、あの人ぶん殴ってもいいですか。私の可愛い友達に言い寄りやがって」
「…………せめて、お前の怪我が治ってからにしてくれ」

 ディオさんは複雑な表情で、そう、言葉を捻り出した。
 きっと、仲間だから酷い目に遭って欲しくないという気持ちと、それ相応のやらかしをしたからな…と言うメイシアへの申し訳無さが心の内で戦っている状況なのだろう。
 それなら早く怪我を治してもらいに行きましょう、と私は笑顔で催促した。
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