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第一章・救国の王女

28.奴隷解放戦線2

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 目の前の大男を飲み込むように、部屋の一部が燃え盛った。大男は炎に飲まれながら斧をその場に落として、呻き声を上げる。
 私は、ギリギリその斧を避けて地面に倒れ込んだ。
 ボスとやらも、残りの男も、そして私も…呆然とそれを見上げていた。
 すると突然、私の名を呼ぶ声がした。

「──スミレちゃんっ!」

 部屋の入口の方を見やると、そこには肩を大きく上下させるメイシアがいた。
 メイシアはこちらに駆け寄って来て、倒れ込む私を抱き起こした。その顔は、心配に染まりきっていて。

「なん、で、貴女がここに? 皆と逃げてる筈じゃ…」

 状況がよく理解出来ず、私は疑問をそのまま口にした。するとメイシアは強く私を抱き締めて、

「……あなたが、心配だったから。わたしも何か力になりたくて」

 と答えた。このとき私はようやく理解した。
 大男が突然炎に飲まれたのは──メイシアの力なのだと。延焼の魔眼か、それとも火の魔法かは分からない。
 ただ、メイシアが私の為に危険を冒してここまで来て、私の為に人を傷つける道を選んでしまった事は確実だ。
 誰よりも人を傷つけ人に恐れられる事に怯えていた少女に、私はその力を使わせてしまった。

「…ごめ、んね…っ、わた…しの、せいで……っ」

 気がつけば、私の視界はゆらゆらとぼやけていた。声は震え、頬を冷たいものが伝う。
 ぼやけた視界の中、メイシアの驚く表情だけが鮮明に見えるようだった。
 私を支えてくれている彼女の義手みぎてにそっと触れ、私は更に嗚咽をもらす。

「わたっ、しの…せいで…ぅぐっ……あなた、に…人を、傷つけ…させ、て……ごめん、ね…っ」

 悔しかった。メイシアの事も守ろうって、そう決めたのに。それなのに私はこんなにも幼い頃から彼女に辛い事をさせてしまった。
 人を傷つけ、殺める事を何とも思わない氷の血筋フォーロイトならまだしも、何かを傷つけるだけでとても苦しみ悲しむ少女に…あんな、事を。

「……どうして、あなたが、泣くの?」

 メイシアの赤い瞳が、私をじっと見つめた。
 私は、嗚咽を抑えながらなんとか答える。

「あな、たみたいな…普通の女の子に、こんな事、させたくなかった……っ、人を傷つけ…た後悔や、苦しみを、味わって欲しく、なかった」

 汚れ役は、私が全て背負いたかった。貴女達の心が少しでも晴れやかなものでありますようにと、その膿を引き受けたかった。
 それなのに私は、こんな所で……。

「………っ」

 メイシアは急に黙り込んだかと思えば、その瞳から綺麗な涙を溢れさせた。
 折れかけている腕で何とか起き上がり、私はメイシアが泣きじゃくる姿を見て、どうしたらいいか分からずあわあわとしていた。そうしている間に涙は止まった。
 何が理由で泣き出してしまったのかも分からないから、どうする事も出来ない。
 でも今はとにかく……!

「…泣かないで、メイシア。先に泣いてしまった私がこう言うのも変な話だけれど……私、貴女の笑った顔が見たいわ。泣いてる姿も可愛いのだけれど、きっと、笑った顔の方がもっとずっと可愛いわ」

 メイシアを抱き締めて、そう言った。メイシアはまだ小刻みに体を震わせている。
 後方に聞こえる呻き声も、炎の弾ける音も、木々が焼け朽ちる臭いも無視して、私はメイシアを抱き締めていた。
 ゲームではついぞ見られなかったメイシアの笑顔。私は、メイシアに会ってからそれを見たいなと密かにずっと思っていた。
 ……こんな時に言う事では無いと言うのは分かっている。だが、私はそれでもこの気持ちを伝えたかった。『こんな時に何言ってるの』…なんて笑い飛ばしてくれたらいいなとも思って。

「…この顔が、怖く…ないの?」
「ん? すっごく綺麗で可愛い顔だと思うよ?」

 メイシアが不思議な事を聞いてきたので、私好みの可愛い顔だという事を伝えた。
 するとメイシアは、

「………よかった」

 とても柔らかい声で呟いて、目尻に涙を浮かべつつはにかんだ。
 その笑顔に私は思わず「んぐっ」と謎の声を発してしまった。…可愛い、あまりにも可愛すぎるッ!
 初めて見たメイシアの笑顔すっごく可愛い!! …なのに場所がなぁ。

「…ちょっと待っててね、メイシア。悪い大人達を片付けてくるから」

 私はそう言って足に刺さった剣を叫びそうになりながら引き抜き、止血の為にスカートの裾をちぎって、足にぐるぐると巻き付ける。
 止血が終わると、よろめきながら立ち上がった。そんな私をメイシアは心配そうに見つめている。
 私は安心して、と親指をぐっと立ててニッと笑ってみせる。…勿論、ただの痩せ我慢である。
 そして、前方に手をかざして魔法を使う。燃え盛る人間と地面等に膨大な水をかけ続け、火が完全に消え去るまで待つ。

「…よし、これで消火は出来たかな。あ、逃げないでよ」
「んなっ!?」
「バレただと!?」

 消火をしてる間に、こっそり逃げ出そうとしている奴等がいたので、そいつ等目がけて水鉄砲ウォーターガンを二、三発ずつかました。
 ボスとやらの方は聞きたい事があったのでわざと外したが、最後の男に関しては足を刺して来たので仕返しにしっかりと足を撃ち抜いた。両脚の太ももを。
 地面でのたうち回る男達は一旦置いておいて、私は焼かれた大男の喉元に少し触れる。僅かだが、脈動していた。
 皮膚は至る所が焼け爛れ悲惨なものとなっているが、どうやらこの男、あの炎の中を生き延びたらしい。
 メイシアの方を見て、私は「生きてるよ」と告げる。するとメイシアは安心したように肩をなでおろしていた。
 そして、どうやら最後の男以外の奴等もあの火に巻き込まれたりしていたようで…もう戦意は無いらしい。
 それでも信用ならないので、念の為にとボスとやら以外の顔の周りに水の塊を出して一瞬だけ溺れさせ、気絶させた。
 勿論生きてますよ? 確かに倫理観皆無の手法を取ってるけど、殺すつもりは無いので…。
 一人取り残されたボスとやらを見下ろして、私は剣を抜いて再三尋ねる。

「さてそれじゃあ仕切り直して……全部吐いてもらうわよ!」

 ボスとやらは正直に全てを話した。部屋の本棚の裏にある隠し金庫の所在と暗証番号を教えられ、私はそれを開けようとする。
 ここには大した記録は残っておらず、あるのは子爵との契約書と数ヶ月前に新しくなったばかりの人身売買の帳簿、そして人身売買とは無関係な商売の帳簿だけだった。
 しかしそれだけで証拠としては十分だった。その内容を確認すると、そこにはしっかりと人身売買に関わった者達の名と買った子供の金額が記されており、売人の欄にはデイリー・ケビソン子爵の名前も書かれていた。
 こんな都合のいい証拠が手に入るなんて思いもしなかったわ…めちゃくちゃラッキーね。と思いながら、くるりと振り返り、また溺れさせて気絶させようとする。

「じゃあ、貴方はもう用済みね」
「は?! 大人しく話せば助けてくれるって話だったろうが!!」
「命『は』助けてあげるとは言ったわよ。貴方の人生まで助けてあげるなんて一言も言ってない」
「ンだとこのガキィッ!!」

 激昂してこちらに殴りかかってくるボスとやらを普通に返り討ちにして、今度こそ気絶させようとしたその時。メイシアが別の帳簿をペラペラと捲りながら発言した。

「この帳簿、おかしいよ」
「おかしいって?」

 くるりと振り向いて私がそう聞き返すと、メイシアはこちらに来て、帳簿のとある部分を指さしながら話す。

「ここ…最近の取引が記録されてるんだけど、オセロマイト産の果実の値段が両国間の商売取引の規定価格よりずっと安く記されてるの。これ、きっと違法取引」
「え、そうなの…?」

 メイシアの話を聞いて、私はただ感心する事しか出来なかった。
 流石は大商会シャンパー商会当主の一人娘、商売ごととなると強いわね…。
 なんていう風にメイシアの説明を聞く私とは打って変わって、ボスとやらは顔を更に青くしていた。
 ……こりゃ黒だわ。

「メイシア、他に何かおかしい所はない?」
「っ、おいやめろ!!」
「他には……」

 メイシアに更なる粗探しを頼むと、ボスとやらがそれを止めようと必死にもがく。しかしそれも、首に剣先を突き立てたらピタリと止まった。

「そのオセロマイトから仕入れた果実を規定価格より遥かに高く売ってるみたい。恐らくこの果実はオセロマイトの農家が処理に困っていた不出来なもので、それを活用する方法がある……みたいな事を言って安く仕入れたんだと思う。逆にフォーロイトでは、これは希少価値の高いものだ…って適当な事を言って、専門的知識の無い人達に高く売りつけたんだと思うよ」

 つらつらとメイシアが語るそれは、私には難しくてよく分からなかったのだけれど…とにかくこれが事実であり、その責任者がこのクソ野郎である事はなんとか理解した。

「……っテメェみたいなガキに何が分かる! ろくに字も数字も読めねぇガキが知ったような口に聞くんじゃねぇ!」

 そしてそのクソ野郎が汚い唾を飛ばしながらメイシアを愚弄した。それにむかついて、私はつい、その男の頭を鞘で思い切り殴ってしまった。
 メイシアの事何も知らない癖に知ったような口聞くなと言おうとした時、なんとメイシアからそれに反論した。

「…わたしはメイシア・シャンパージュです。父親の名前はホリミエラ・シャンパージュ、シャンパー商会頭目でシャンパージュ伯爵家当主。わたしは、昔から父や祖父の影響で多くの取引と様々な帳簿を見てきました」
「──シャンパージュ…? シャンパー、商会って……」

 メイシアの名前を聞いたクソ野郎は、完全に戦意を喪失したのか、その場に膝から崩れ落ちた。…シャンパー商会は帝国市場を牛耳っているとまで言われている一大商会。
 帝国で商売をする者なら誰もが恐れ敬う存在……それがシャンパージュ伯爵家が運営するシャンパー商会だった。
 流石に、その名を聞いてしまっては歯向かう気も失せたのだろう。クソ野郎はようやく大人しく気絶してくれた。
 私達は帳簿や剣を片手に、クソ野郎を引きずって廊下を進んでいく。帳簿類はメイシアが持ってくれたので、私は剣だけを持ってクソ野郎の襟元を引っ張っていた。
 ちなみに、メイシアも空いている義手みぎてで一緒に引っ張ってくれている。

「……ありがとう、メイシア」
「急に、どうしたの?」

 長い廊下をゆっくり歩きながら、私はメイシアに感謝の言葉を伝えた。
 メイシアは不思議そうにこてんと首を傾げた。

「助けに来てくれてありがとう…って、さっき言い損ねたから」
「っ、いいの……これぐらい…」

 メイシアはその赤い瞳を大きく丸くして、その後耳まで赤くして俯いた。…照れてるのかな、可愛いな。

「…それより、スミレちゃんが生きてて…本当によかった」

 ほんのり赤く染まった顔で、またふにゃりと微笑んでメイシアは呟く。
 それに、私の胸はどうしようもなく高鳴ってしまう。だってあんまりにも可愛いんだもの!
 そうやって、私達はまるで友達のように、和気藹々としながら進んでいく。
 他の子供達とディオさん達がいるであろう噴水広場を目指して、ゆっくりと…ゆっくりと、話をしながら。
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