上 下
26 / 765
第一章・救国の王女

25.いざ潜入任務!4

しおりを挟む
「…つまり、お前等が逃げ出すのに俺達も協力しろ……って事か」
「理解が早くて助かります、優しいお兄さん」

 飛び蹴りを食らわせた後、私は眼帯の男に取引を持ちかけた。
 その内容は至ってシンプル──貴方の望みを叶えてあげるから、私達がここから逃げ出すのに協力して。……ただそれだけの取引だ。
 この子供好きでお人好しな男ならきっとこの取引に応じてくれる。私はそう確信していた。
 何故なら、彼もまたアンディザのサブキャラ…と言うかモブキャラなのだ。
 先程私が感じた既視感はズバリ正しく、彼はサラと言う攻略対象が語る過去話の際に少し名前か上がったキャラ。サラにとっても恩人のような人らしく、サラは彼の事を懐かしむように、とても優しい声音で語っていた。
 『紫の髪に眼帯を着けたお人好しで子供好きの男』……それがサラの恩人たるディオリストラスの特徴だった。
 正直それ以外の情報はほとんど無い。唯一ある情報が…貧民街の子供達に少しでも栄養のあるご飯を食べて欲しくて、金を稼ぐ為に同じ貧民街出身の仲間達と共に裏稼業の雇われ用心棒等をしている。というものだ。……サラがもうちょっと情報を出してくれてたら良かったのに。
 だがまぁ、それだけでも十分だ。彼のやんごとなき事情を交渉材料として使うようで少し申し訳ない気持ちになるが、致し方の無い事なのだ。
 これが一人でも多くの人を救う最善の道だと思うからね。

「…はぁ、とりあえずそのお兄さんってのやめろ。俺はそう言う柄じゃねぇんだよ」
「じゃあ何とお呼びすれば…」
「名前はディオリストラスだが……まぁ、ディオでいい。呼び辛い名前だからな」
「分かりました、ディオさん。それでお返事の方は期待しても宜しいのでしょうか?」

 地べたで胡座をかくディオさんと、その正面で正座する私。勿論一連の話はこの空間にいる子供達全員が聞いていたので、今や全ての檻が興奮や喜びに満ちている。
 きっと、子供好きのこの人には、あんな風に泣いて喜ぶ子供達を裏切るような真似は出来ない。狙ってやった事だが、こんな卑怯な手段を取るとか…酷いな私……。
 そうやって脅迫紛いのやり方で答えを迫ると、ディオさんは訝しげにこちらを見て、

「…その前に一つ聞きたい。さっき言ったよな、俺達の望みを叶えてやる…って。具体的には何を叶えてくれるんだ?」

 真剣な面持ちを作った。
 ここで返答を間違えたらいけない。断られる事はないだろうが、それでも今後の関係に響く恐れがある。
 だから私は、一度深呼吸をして鼓動を落ち着かせてから答える。

「金と地位──貴方達が望むものを、貴方達に贈ります」

 ディオさんの片目をまっすぐと見つめて、私は言い放つ。
 私の言葉に、ディオさん達は目を丸くして固まっていた。…どこの誰とも知らない私に急にこんな事を言われても信じられないだろう。だけど、今の私にはこう言う事しか出来ないのだ。

「……金はともかく、地位は今すぐ与えられる訳ではありません。でもいつか必ず、貴方達の望むままに地位を与えると約束します」

 剣を片手に髪を揺らしながら立ち上がり、私は彼等に向けて手を差し伸べる。

「絶対に後悔はさせません。だからどうか、私を信じてください。私の手を取り、共に来てください。貴方達の望みは──私が、絶対に叶えてみせます」

 その言葉を最後に、この空間は水を打ったように静かになった。
 時間が少しずつ、少しずつ、過ぎていく。長いように感じたほんの一分の間、ディオさんが私の手を取ってくれる事だけを信じて待ち続けていた。
 …そして、ついにその時が来た。

「………子供にそんな事を約束されるなんてな。長い目で見ろって事か…最後にもう一ついいか?」
「はい」
「何で俺達なんだ?」

 ディオさんがニヒルな笑みを浮かべながらこちらを見上げる。

「だって、ディオさん達は子供の為に日々戦っているんでしょう? そんな真っ直ぐな志を持つお強い方達が目の前にいて、助力を仰がないなんて選択肢はありませんよ」

 治安の悪い裏稼業の用心棒をやれるような人達なんだから、きっとかなり強いに決まっている。戦力と出来れば相当心強い事だろう。
 そう下心満載で私は言ったのだが、予想以上にその言葉はディオさん達に効いたようで…。

「……っはぁ、ここまで言われて断れる訳ねぇだろ…エリニティ、バドール、お前達もいいな?」
「こんな可愛い女の子にここまで言われちゃあね! ここで断ったら男が廃るってもんだ!」
「アンタが決めたのなら俺はそれに従う」

 ディオさんの言葉に、エリニティと呼ばれた猫目の男とバドールと呼ばれた筋骨隆々の男が首肯した。
 そしてディオさんが、

「…そう言う訳なんで。馬鹿な俺達はあんたみたいな子供の言う事でも、真に受けて信じさせて貰うぜ」

 ニッと口角を上げて私の手を取った。
 安心と嬉しさが込み上げて来てついにやけてしまいそうな口元を必死に正して、

「お任せを。私の手を取った事、絶対に後悔させませんから」

 と大胆不敵に言ってのけてみせる。これぐらい思い切って振舞った方が、きっと彼等とて安心してくれるだろう。
 そして、この場にはディオさんとエリニティさんが残り、バドールさんが巡回を終えた事の報告に向かった。
 ディオさん達は今自分達がこんな事をしている理由も混じえて身の上話を聞かせてくれた。
 ディオさん達はかつての自分と同じような境遇の子供達を放っておけず、子供達に少しでもいい暮らしをさせてあげられるよう、汚い仕事をして金を稼いでいるらしい。…サラのルートにあった情報通りだ。
 今回は子爵の何らかの事業の用心棒という契約で、子供達を攫ってきては奴隷として売り飛ばす奴隷商だったとは知らずに契約してしまったらしい。
 いざ用心棒の仕事を初めてからその事業の全容を知り、深く後悔したのだとか。それでも金の為にはこの仕事を続けるしかなく、救えない事に酷く苦しみながら毎日子供達に接していたと。

「俺達みたいな奴が働けて金を稼げる場所なんて滅多に無い…だからどれだけ不満があろうとも俺達はここで働いて、その都度ガキ達を見捨てるしか無かったんだ…っ」

 ディオさんは悔しさに顔を歪めて、ドンッと握り拳を地面に叩きつけた。
 赤く腫れたその拳にそっと手を重ねて、私は冷水を出してそれを冷やそうとする。氷を出して氷嚢を作るのが一番なんだろうけど、氷は出せないからね…。
 ポケットにある氷の鍵、絶対に誰にも見せないようにしよう。

「大丈夫です、もう、見捨てなくていいんですよ。貴方達がそうやって後悔に苦しむ必要も無いんです。頑張って、一緒にあの子達を解放しましょう」
「……そうだな。ガキ共を助けよう。それで、具体的に俺達は何をすればいい?」

 そして私達は作戦について話し合った。
 ディオさん達には逃げる子供達の護衛を頼む事にした。
 ここの建物の警備は夜の間ディオさんの仲間が担当しているらしく、逃げ出す事自体は可能だが…その間に奴隷商が来る可能性が無いとも限らない。
 もし万が一そうなってしまえば、私一人では子供達を守れない。だからこそ彼等にその護衛を頼みたいのだ。
 子供達がある程度安全な所に逃げられるまで、そして保護してもらえるまで、子供達を守って欲しい。
 ……そう、頼んだ所。エリニティさんが「あのー」と口を切った。

「君も一緒に逃げるんだよね? 何だか今の話には微妙に君の情報が欠けてた気がするんだけど」

 あぁ、そう言えば話すの忘れてたわ。その時私は別行動をすると。

「えっと、私はその時ちょっと別行動をさせてもらいます。少しやる事がありまして」
「やる事ってなんだ?」

 ディオさんが聞き返してくる。私はそれに小さく頷いて、

「奴隷商を徹底的に潰す為に、証拠を集めようかと。どうやらここの二階にこの建物の管理者の私室があるそうですので、そこをちょちょいと荒らして帳簿とか奴隷取引の記録等を拝借しようと思ってるんです!」

 はつらつと答える。私の返答を聞いたディオさんとエリニティさんがぽかんとしている。

「腐ってるとは言え相手は子爵…貴族を相手取るなら確実な物的証拠があった方がいいので。それなら子供達の逃走騒ぎに乗じて色々と貰っちゃおうかなぁと。あ、でも心配は無用です。ご存知の通り隠密行動が出来るので!」

 親指をグッと立てて自信満々に言い切る。
 この隠密行動で沢山情報を集めて、それを纏めてケイリオルさんに渡す。そうすればあの人が徹底的に子爵を潰してくれるだろうからね!

「……お前本当にガキか?」
「と言うか、君いくつなの?」

 あれ、私、何だか年齢疑われてない? 別にサバ読んだりはしてないんだけどな。

「今年で十二歳です」
「全然ガキじゃねぇか…」
「十二歳でそこまで考えて行動するって凄いね…」

 そう答えると、二人の顔が驚愕に染まった。いやまぁ確かに、私、歳の割に少し見た目は大人びているから……パッと見で分からないのは仕方の無い事だ。

「…まぁ、とにかく。そう言う事なので、私は別行動を取らせていただきます。皆さんの協力が得られて本当に良かったです……子供達を何とか逃がしてから、もう一度ここに戻って来る必要が無くなって助かりました」

 と言いながら私は横の檻の錠にこっそり氷の鍵を差し込んで、カチャリと開ける。そして、扉を開いて中にいるメイシア達に出ておいでと告げた。
 勢い良く飛び出てきたシュヴァルツに突進され抱きつかれる。
 そのまま勢いで後ろに倒れて頭を打った私は、ちょっとは文句を言ってやろうとシュヴァルツの方を見たのだが、眩しい笑顔で「楽しいね、スミレ!」と言うものだから、何も言えなくなってしまった。
 本当に数十分前に会ったばかりとは思えないなぁ…何だか今日はこう言う人とよく出会う日だ。

「……なぁ、あいつ今鍵開けたよな…」
「どうやったんだろう…」

 そんな私達の様子を、ディオさん達はえも言われぬ表情で眺めているようだった。
 その後、こっそり氷の鍵を使って全ての檻を開けた。その間にディオさん達が仲間の方々に説明しに行ってくださり、私は子供達にこの後の流れを改めて説明した。
 ようやく家に帰れると大はしゃぎの子供達に、「しーっ」と静かにするように伝えながら、私はディオさん達が戻ってくるのを待つ。
 子供達を外に逃がすのはディオさん達主導で行うので問題無いだろう。私はその隙に姿を隠して証拠集めに行くと。
 なんと完璧な作戦か…これは勝ちましたわ…!

「……」

 ──メイシアが心配そうにこちらをじっと見つめている事に、私はこの時気が付かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。

aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。 生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。 優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。 男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。 自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。 【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。 たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

6年間姿を消していたら、ヤンデレ幼馴染達からの愛情が限界突破していたようです~聖女は監禁・心中ルートを回避したい~

皇 翼
恋愛
グレシュタット王国の第一王女にして、この世界の聖女に選定されたロザリア=テンペラスト。昔から魔法とも魔術とも異なる不思議な力を持っていた彼女は初潮を迎えた12歳のある日、とある未来を視る。 それは、彼女の18歳の誕生日を祝う夜会にて。襲撃を受け、そのまま死亡する。そしてその『死』が原因でグレシュタットとガリレアン、コルレア3国間で争いの火種が生まれ、戦争に発展する――という恐ろしいものだった。 それらを視たロザリアは幼い身で決意することになる。自分の未来の死を回避するため、そしてついでに3国で勃発する戦争を阻止するため、行動することを。 「お父様、私は明日死にます!」 「ロザリア!!?」 しかしその選択は別の意味で地獄を産み出していた。ヤンデレ地獄を作り出していたのだ。後々後悔するとも知らず、彼女は自分の道を歩み続ける。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです

おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。 帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。 加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。 父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、! そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。 不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。 しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。 そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理! でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー! しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?! そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。 私の第二の人生、どうなるの????

処理中です...