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第一章・救国の王女

22.いざ潜入任務!

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 両手を縄で縛られ、頭に布袋を被せられて私はどこかへと連れて行かれる。私の手を縛る縄は前を歩く男が握っていて、私はその男が進むままに着いていく。
 先程まで人の気配というものをあまり感じなかったのに、今はそこそこ感じる。恐らく二十人近くの人がこの空間内にいる。
 それも………全て、女の子や幼い少年等だ。子供のすすり泣く声や、酷い暴行を受けているのか叫び声や呻き声のようなものも聞こえてくる。
 同時に聞こえてくる汚らしい男の怒号が、全てを物語っているようなものだ。
 後で助けるから、もう少しだけ我慢してて。もう辛い事が無いように私が守るから。

「おい、そいつはなんだ」
「妹の代わりに私を連れて行けとか言って出てきたから連れて来たんだ、中々の上玉だぜ」

 また突然男が立ち止まったかと思えば、誰かに話しかけられたらしい。そして会話の流れで私の顔に被せられていた布袋が取られる。
 目に映ったものは、薄暗い地下空間。左右に広がる檻とその中に囚われている子供達。そして…気色悪い笑みを浮かべる男達。

「ほぉ~、確かに上玉だな。こりゃ売るのも勿体ねぇ……売られる前に俺達で楽しんじまおうぜ」
「俺も考えなかった訳じゃねぇんだが…これだけの上玉ならきっと子爵が欲しがるだろ? もし先に手ェ出したとバレたら絶対殺されるじゃねえか」
「あー確かにな。はァ、勿体ねぇな……」

 男は何度も私の体を上から下までじっくり眺めては、ため息をついた。
 すると縄を持つ男が縄をぐいっと引っ張って、

「おい行くぞ。お前の檻はこっちだ」

 また少し歩かされる。そして人が少ない檻の前につくと、男が檻を開けて言う。

「ここがお前の檻だ、さっさと入れ」

 私は黙ってそれに従い、檻に入る。中には四人の子供がいた。

「……普通ならもうちょっと騒ぐモンなんだがな。妹の代わりに自ら商品になろうとするとか、変わってやがる」

 男は檻に鍵をかけ、吐き捨てるように言いながらこの場を離れていった。
 ──ここは奴隷商の拠点。私は、上手い事、こうして潜入する事に成功したのだ。
 さてどうやってここまで上手い事やってのけたのか…それは遡る事数十分前………。


「──という訳で。只今より作戦名【自分から捕まりにいっちゃおう作戦】を決行します」

 日も沈み辺りが暗くなってきた頃合にて。
 頭を使う事があまり得意ではない私が必死に考えた末に出た結論もとい作戦。それが【自分から捕まりにいっちゃおう作戦】なのだ。
 読んで字のごとく、奴隷商の本拠地をつきとめるなら商品としてそこに行くのが一番手っ取り早いんだし、自分から商品になりに行こうぜ! という作戦だ。
 そりゃあ勿論、シルフにも大反対されましたとも。
でもここまで準備したんだからやるっきゃないよね。

「……あのさぁ、アミィ。どうして一旦皇宮に戻ったのにまた街に出てるの? しかもそこら辺の服屋で適当な服買ったりして…」

 猫シルフが肩に乗りながらそう聞いてくる。その辺りの細かい話はしてなかったなと思い出し、私は説明する。

「一旦皇宮に戻ったのは荷物を置きにいきたかったのと、ハイラを安心させる為よ。彼女はとても心配性だから少しでも私の姿が見えないと大事にしかねないから……一旦顔を見せておく必要があったのよ。もう一度抜け出す為にもね」

 ぱちりと猫シルフに向けてウインクをする。
 シルフは私の言葉に納得したように、あぁ…と息をもらして言う。

「だから『今日はもう休む』って言ったんだ…」
「ふふ、ハイラは私が休むと言った後は呼ばない限り部屋に来ないからね。それに頼み事もしておいたから明日の朝までに全て片付けたら万事解決よ!」

 そう。皇宮に戻った際にハイラさんに少し調べて欲しい事があると頼み事をしたのだ。きっと今頃それらについて調べてくれている事だろう。
 なので、今私が皇宮を抜け出した事に気づく人はいない。朝ハイラさんが起こしに来るまでに全てを終わらせておけばバレる事も無いし、皆幸せになれる。

「…じゃあその服は? わざわざその服に着替えてから皇宮を抜け出して来たよね」

 私は今、どこにでもあるような普通の服に身を包んでいる。街にいる女の子が着ているようなそんな服。
 これは皇宮に戻る前に買って持ち帰り、そして着替えて来た服だ。まぁ、それなりに可愛いんじゃないか。
 考えたのだ…どれだけアミレスが美少女でも、服装があれじゃあ、そう簡単に商品として認められないのではと。
 なので、作戦決行にあたって普通の町娘風の服装に着替えてみたのだ。ちなみに、ポケットには例の煙幕玉が入っている。
 今回はもうローブも羽織っていない。この服装に愛剣とこの身一つ…と煙幕玉で抜け出して来た。
 ……そんな簡単に城から抜け出せるものなのかと聞かれてしまいそうだけど、私も驚いたのよ。こんな簡単に抜け出せるとは思ってなかった。
 ちょっと魔法を使っただけで簡単に抜け出せるなんてこの城の警備ちょっとザルだな…と思ったのはここだけの秘密だ。

「この服装の方が普通の女の子みたいでしょ? 多分、こっちの方が狙われやすくなると思って」

 ひらりと服の裾を舞わせていると。
 ダンッ! とまるで机を叩いたような音が聞こえて来て、

「っ、だから! どうしてそんな事を進んでやるんだ! 凄く危ない事なんだよ?! 分かってるの!?」

 それに続くようにシルフが叫んだ。
 突然の大声に私は肩を少し跳ねさせた。驚いたのだ、シルフがこんな風に叫ぶ事なんて…今まで無かったから。

「……これは、私だけが今、やれる事だから。どんな事にも相応の危険は付き纏うものよ、危険を恐れていては……何も成し遂げられないわ」

 そうだ、失敗や危険を恐れていては生き延びるなんて不可能。幸せになる事なんて不可能なんだ。
 だから私はリスクを犯す。その先に、必ず何か得るものがあると信じて。

「…どうして、君は……そう…」

 今にも泡となって消えてしまいそうな声でシルフが何かを呟く。
 シルフは本気で心配してくれているのだ。その心配を無視するなんて本当にどうかと思う…でも、そうする必要があるんだ。
 だからごめんね、シルフ。お説教は後で沢山聞くから……今だけは私の無茶を見逃して。

「……それじゃあ、剣は魔法で隠して…シルフはどうする?」

 剣の鞘についている紐を肩に掛け、それごと剣を水の膜で覆う。これはかなりの微調整が必要で、少しでも気を抜けば服が不自然に濡れたり、剣を隠している魔法が崩れてしまう。
 何をやっているのかと言えば…義務教育の教科たる理科。その中にある光の反射分野の──全反射だ。まぁ要するに、光の反射の関係で水中にある水槽が見えなくなるアレだ。
 あれを意図的に出来ないものかと実は密かに訓練していたのだが、流石はファンタジー世界。なんと出来ちゃったのだ。
 苦節数年……ついさっき、『もうローブ使えないしどうやって抜け出そう…』と悩んだ際にこれを試し、何故かぶっつけ本番で出来てしまったので、そのまま抜け出して来たという訳だ。
 だがしかし、水の膜で隠す対象を覆い続ける必要がある為、これまた魔力の消費が激しく相当集中していなければならない。
 その上人や物に当たれば勿論相手が濡れるわ驚くわで大変なのだ……実は皇宮からここに来るまでに一回人とぶつかっちゃったんだよね、てへ。
 という訳で、正直やる意味をあまり見い出せない全反射を行いつつシルフにどうするのかと尋ねてみると、猫シルフが棘のある声で、

「駄目って言われても勝手に着いて行くよ。ボクは姿を隠しておくから、何かあったらすぐ飛び出すからね! 君の計画も無視して!」

 と言って「ふんっ」と姿を消してしまった。…これはかなり怒っているわね。
 あまりこちらで暴れる訳にはいかないらしいシルフに何かをさせないで済むよう、何も無い事を祈ろう。

「さてと、それじゃあわざとらしく人気の無い道を歩きますか」

 そう呟きながらおもむろに立ち上がり、暫く歩いていると、道行く人達がこちらをチラチラと見ていた。
 やっぱりこの時間に女一人だと目立つのね……どうやら最近街で女の子が行方不明になる事件が多発していたそうだし、その事もあってクレアさんや店員さんは私の身を案じてくれたのだろう。
 しっかし…そんな事件が多発してたってのに、帝都の警備隊は何やってるのかしら。
 私に権力があれば今すぐにでも警備隊を問いつめるんだけどなぁ………そんな権力私には無いからな…帝国の王女っていう地位だって最早砂上の楼閣だし…。
 それにしても全然声掛けられないな。ものすごく自分に自信があると思われそうだが、昼間であれだったんだから夜なんて楽勝だと思ったんだ。
 シルフの前でああ言い切った手前このザマは…とても情けないぞ、私。
 はぁ。と大きなため息を吐きながら歩いていると、横道から誰かの叫び声が聞こえてきた。

「いやぁっ!」

 その叫び声に釣られて横道を覗き込むと、そこには男に腕を掴まれ引っ張られる、私と同年代らしき女の子の姿があった。
 女の子は涙を浮かべながら必死に叫ぶ。しかし男は問答無用でどこかに連れて行こうとしている。もう片方の手に持っていた布袋を女の子に被せようとしている所に、私は飛び出した。

「──待って! 妹を離して!」

 あれは明らかに誘拐現場だ。それも恐らく、女子供の人身売買を行う奴隷商関連の。
 目的があって奴隷商の商品になる必要があるという理由もあるが、それ以上に、いざ目の前で誘拐現場を目撃して何もしない訳にはいかない。

「なんだお前は」

 男が疎ましそうにこちらを睨んでくる。
 私は緊張に早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、一歩ずつ近づいてゆく。

「妹を連れて行かないでください! 妹の代わりに私を連れて行ってください!! お願いします、妹だけは助けてください!!」
「あ? なんだお前……っ」

 そして勢いよく男の足に縋り付き、水を目元に程よく発生させて、まさに妹の為に我が身を犠牲にする姉を演じる。…まさか私にこんな演技の才能があるなんてね。
 涙を溢れさせながら瞳を見開く女の子に向けて一瞬笑いかけ、そして私は更に、いもしない妹の為にと泣き縋る。

「妹は…っ、妹だけは助けてあげてください! 私が代わりになりますから! お願いします!」

 もしここでこの男が二人共連れて行くと言ったら、どんな手段を使ってもとにかくこの女の子だけは逃そう。

「何言って………いや、いいか。お前は好きに逃げろ」
「いたっ」

 男はそう言うと女の子を乱雑に突き飛ばした。女の子は地面に倒れ込み、全身を震わせながら私を見上げている。
 そんな女の子に向けて私は告げる。

「…お姉ちゃんは大丈夫だから、もうお家に帰ってて」

 女の子はボロボロと涙を零しながら声を震わせる。

「い、や、でも……っ」
「早く帰らないとお母さんが心配しちゃうよ。お姉ちゃんは遅れるって伝えといて」
「~っ!」

 もう一度彼女に向けて笑いかけると、女の子は「ごめ…ん、なさいっ」と言って走り出した。
 やがて女の子の背中が見えなくなるまで通りの方を眺めていると、男が私の腕を掴みあげた。

「家族愛ってやつか? いい姉ちゃんだな」

 反吐が出るぜ。と言いながらニヤリと口角を上げ、男は布袋を頭に被せて来た。その後手首を縄で縛られ、しばらく歩くと……。

「おー、お前今日も連れて来たのか。どうだ今回は」
「暗かったから良く見えなかったが、結構な上玉だったぜ。明日の子爵の視察さえ無ければ遊べたんだが…」
「ハハハッ、お前よくガキ相手に盛れるな」
「ガキでも女は女だろ?」
「相変わらずの性癖だな」

 私を連れて行く男が、別の男と不愉快な会話を繰り広げていた。誰かの横を通り過ぎる際に、一瞬だけ臀を触られた気がしたのだが、とりあえず黙っていた。我慢だ我慢。…というか、剣がバレてしまうかもという緊張でとてもドキドキしていた。
 臀を触られた事よりもそっちの方が私としては大事だったのだ。
 そしてまたしばらく歩き、やがて薄暗い檻へと入っていった。
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