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第一章・救国の王女
21.初外出で厄介事とは。5
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しばらく話をしているうちに、リードさんがリンデア教に名を連ねていた事が発覚した。あの二大宗教の聖地連邦国家ジスガランド出身で、しかも司祭だったらしい。
「リードさんってリンデア教の司祭なんですか? 凄いですね!」
「いやいや、修行が面倒で逃げ出したような僕が凄い訳ないだろう?」
私が身を乗り出して、凄い! と騒いでいると、リードさんは恥ずかしそうに否定した。
しかし、オタクとしては司祭という言葉だけで興奮してしまう。目の前に本物の司祭がいるなんて! 異世界…じゃなかった、ゲームの世界最高! 中世西洋モチーフの世界観にしてくれてありがとう公式様!!
「先程から気になっていたんだが…その剣と猫は一体何なのか聞いてもいいか?」
脳内で何度も興奮のままに叫んでいると、リードさんが強引に話題を変えた。
ムッとしつつも、私はその質問に答える。
「これは私の愛剣です。こっちは友達の猫、シルフです」
「は、はぁ…友達…?」
リードさんは不思議そうに私とシルフを交互に見た。どうやら半信半疑らしいリードさんに向けて私はもう一度言う。
「私の初めての友達です」
私がそう言い放つと、リードさんの表情が次第に曇って行った。やがてその瞳は悲しみや憐れみを映して…。
これ、もしかしてうわぁ、可哀想な奴…とか思われてません? それとも、猫しか友達がいないとか笑。って笑われる??
「……その、なんだ、友情に性別や年齢や種族は関係ないと僕も思う。スミレちゃんさえ良ければ、僕とも友達になって欲しいのだが…」
リードさんはとても慈愛に満ちた優しい瞳で小さく微笑んだ。
同情されてるぅーーッ! 私、めちゃくちゃ憐れまれてるじゃん!!
そういう優しさが時に何よりも強い威力を持つ刃となってしまうんだよ……っ。リードさんの優しさが私の心に深いダメージを与えてきたぁ…!
「うっ……あり、がとう…ございます……よろしく、お願い、します…」
心に傷を負いながら、小さく声を震わせて御礼を告げる。
優しいお兄さんに慰められていると、近くのテーブルで食事をする男達の話が妙に耳に届いた。
「なぁ聞いたか、あのマイク達が道端でボロボロになってたらしいぞ」
「あいつ等相当恨み買ってただろうからな、因果応報ってヤツだな」
「それもそうだな、さまぁないぜ」
「しっかし誰の仕業なんだろうな、あいつ等それなりに腕が立つから誰も手出し出来なかったのによ」
気がついたら、私はその会話に聞き耳を立てていた。
……もしや、そのマイク達とやらはさっきの野郎共かしら。道端でボロボロになった男達なんて、普通一日に何度も現れたりしないだろう。
だから恐らく、彼等の話すマイク達とやらはあの男達だ。
それに、意地悪男が言っていた奴隷商の存在…私は運良く抵抗する術を持っていたから事なきを得たけれど、他の女の子達はそうはいかなかっただろう。
嫌だと抵抗しても誘拐され、やめてと言っても乱暴されてしまったのだろう。
……そう、考えると──私は、どうしても許せない気持ちになる。
相手は見ず知らずの少女達だ。私の目的に必要な訳でも無いし、危険を晒す必要だってない。だけど、それでも見過ごせない。見逃せないんだ。
これまでも誰かが苦しみ、今も尚どこかで誰かが傷つき、これからも誰かが悲しむのであれば…私はその諸悪を滅ぼしたい。
屑みたいな男達の身勝手な欲望で罪のない女の子達がその人生も尊厳も奪われたんだ。同じ人として、同じ女として絶対に許せない。
「…スミレちゃん、どうしたんだ? そんなに険しい顔して」
リードさんが心配そうにこちらを覗き込んで来た。
奴隷商への怒りがそのまま顔に出ていたらしい。
「……なんでもありません。ちょっと気分が悪くて」
とりあえず笑顔を張りつけ、リードさんに心配かけまいとする。
そして私は剣を手に取り立ち上がる。
善は急げと言う、今この時も苦しんでいる女の子や子供がいるかもしれないんだ。一秒でも早く私はその人達を助けたい。
ケイリオルさんに任せてその対処を待っているんじゃ遅い。今日、助けにいかないと。
「私はそろそろ帰りますね。代金は本当にお任せしてもよろしいのでしょうか」
「勿論だとも。女の子の一人歩きは危険だから家まで送ろうか?」
リードさんが優しさからそう提案してくる。しかし私は家に帰るつもりも無ければ、もし帰るのだとしてもリードさんに送って貰う訳にはいかないのだ。
なのでお気持ちだけ受け取って、丁重にお断りさせて頂こう。
「大丈夫です、ここから家近いので。それにもしもの時はちゃんと応戦します」
剣を少し掲げてニッと笑ってみせる。リードさんはまた眉をひそめて、
「君、本当に僕の話聞いてないね……危ないって何度言えば分かるんだ…」
とため息をついた。そんなリードさんに向けてお辞儀して、私は別れを告げる。
「色々とお話を聞かせてくださりありがとうございました。また会う事があれば、その時も仲良くしていただけたら幸いです」
最後にもう一度会釈して、私は店を出た。空が徐々に茜色に染まりつつある。
この後どうやって奴隷商の拠点に行くかを考えなければならない。
デイリー・ケビソン子爵の屋敷にその拠点があるとも考えられない……そもそも帝国の目を欺いて来たんだ。そう簡単には見つからないだろう。
ならばどうするか…情報を集めるというのも正直時間がかかりすぎる。
大通りを歩きながらそう考えていると、
「……ただいま、アミィ。ごめんねずっと一人にして…」
ずっと私の肩に乗り続けていた猫がようやく動き出した。猫シルフは耳をぺしょ…とさせている。
なんだろう、寝てたのかな。シルフの声が少し疲れているというか、いつもの元気が無いというか。
「あっ、おかえりシルフ。今までどうしてたの?」
「いやちょっと野暮用が…もっと早く戻ってくるつもりだったんだけど……本当にごめんね、一人で大丈夫だった? 何も無かった?」
「大丈夫だよ。男の人達に囲まれてそれを制圧したり、優しいお兄さんと仲良くなったぐらいかな」
シルフが微動だにしていなかった一時間程の間に起きた出来事を話すと、シルフは切羽詰まった声で、
「色々あり過ぎじゃないかな!? 何でよりによってボクがいない時に限ってそんな!」
むぎゅぅっと私の頬を二つの肉球で摘んできた。
面白そうな事があったのに自分だけ体験出来なくて拗ねてるのかしら。これからはちゃんとシルフを起こしてあげるようにしよう。
「それでねシルフこの後なんだけど」
「もうちょっと掘り下げさせてくれてもよくない…?」
シルフは動揺を隠せない様子で呟いた。しかし私はスルーして続ける。
「私ね、何とかして奴隷商の拠点に乗り込んで捕えられてる子供達を助けたいの」
私の言葉に、猫シルフはまたもや動きを止めた。
そしてかなりの間を置いてからシルフは叫ぶ。
「…………どうしてそうなったの?!」
そして私は、近くのベンチに一旦腰を下ろして、かくかくしかじかと一連の流れを説明する。
♢♢
大人の男に囲まれ襲われかけたがそれを返り討ちにした事を、アミィはとても誇らしそうに語った。
果実水や氷菓子がとても美味しかったから後でシルフにも買ってあげるね、と楽しそうに笑っていた。
更には新たな友達も出来たと嬉しそうに話していた。
………すっっっごく面白くない。ボクがいないうちにどうしてそんな危険な目に遭ってるのかなぁ…。
的確な判断で敵を制圧したと言えば聞こえは良いけれど、ボクとしては可能な限り危険な事はして欲しくなかったのに。
というか新たな友達って何、怪しくない? 一人ぼっちの女の子に心配だから声かけるってちょっと怪しすぎると思う。しかも大人の男だったんだよね? 絶対裏があるって。
人間は裏表の激しい種族なんだから、そう簡単に他人を信用しちゃいけないってハイラからも散々言われてる筈なのに…全然あの子は分かってない。
普通は初対面の男と仲良くなったりしないの! 危ないでしょもうっ! って言っても絶対アミィは『大丈夫大丈夫、あの人いい人だから!』とか言って軽く受け流す事だろう。
本当になぁんでボクがいない時にさ………そもそもボクが一時的にアミィの傍を離れた事だってボクとしては予定に無い事だったし…。
──アミィが果実水とやらをボクにも分けてくれると言った、その時だった。
「いいの? じゃあ貰──っ!?」
アミィが差し出してきた果実水に舌を伸ばした時。このボクの自室の扉を勝手に開いた者が現れた。
「なぁなぁちょっと仕事の話があるんやけどぉ」
空色の髪を肩で切りそろえた露出の激しい男が、気の抜ける口調と共にズカズカと押し入って来た。
「おまっ、ちょっと何勝手にッ」
それを追い出そうと急いで立ち上がり、その勢いで音声を切断した。
…ボクは個人的な空間を侵されるのが嫌いだ。それはこの男とて知る筈なのに。いつもと同じへらへらした笑みで現れた。
可能な限り部屋に入って来て欲しくなくて、急いで扉近くの壁際に追い込む。
「部屋に入るぐらいええやん別に~そんな神経質ならんときぃやぁ」
「死にたいのか、お前は」
「そういう訳やないよ。ただほんまに仕事の話しに来ただけやのになんかえらい怒ってはるし…」
「お前がこの状況で勝手に部屋に入って来たからだよ、ハノルメ」
ボクが一睨みすると、ハノルメは「ごめんなさぁい」と心無い謝罪を口にした。
ハノルメは……風の精霊だ。とにかく面倒で気持ち悪い男。可愛いもの程虐めたくなる特殊性癖の男で、絶対にアミィには会わせないと決めている精霊のうちの一人だ。
ハノルメは左手に持っていた紙の束を手渡して来た。ボクはそれを受け取り、次に視線を落とす。そこには…制約の破棄に関係する様々な文言が記されていた。
制約の破棄には全属性の最上位精霊の同意が不可欠。だからこそ以前の上座会議でエンヴィーと共に散々演説したんだが…。
「………現時点で制約の破棄に同意した最上位精霊は何体だ」
書類から目を離す事無く、ハノルメに尋ねる。
「俺含めざっと二十三体。十一体は無回答で残りの五体は今んとこ反対みたいやね」
ハノルメは「こっちがその署名やで」と紙の束の中から一枚を抜き出して一番上に重ねた。
署名には同意を示した最上位精霊達の名が連ねられている。しかしまだ半数近くの精霊の名が無かった。
無回答はまだいい…今後同意を得れば良いだけだ。だが反対は駄目だ。何としてでも説得せねばならない。
「…その五体はどれだ」
「雷のエレノラ、病のシッカー、夢のロマンスド、儡のマリネ、闇のゲランディオールやな」
「面倒なのばかりじゃないか……」
よりにもよってこの五体か、とボクは頭を抱えた。
まずシッカーとマリネ、あれはもう説得しようとする事が間違いだと言うぐらい話が通じない。ロマンスドはいつも寝ているから、説得に行ったとして起きているか分からない。
比較的楽なのはエレノラとゲランディオールか…とりあえずあの二人から説得しに行くか?
いやでもアミィを待たせてしまっているし……あんまり一人にしたくない…でも流石に、少し離席してる間にそう何度も事件が起きる筈もない。きっと大丈夫だ。
よし今すぐあの二人を説得しに行こう。最悪、権限で脅してやればいい。
「エレノラとゲランディオールの所に行くよハノルメ」
「ん、了解~」
ハノルメを連れて反対意見の二人の元へと急ぐ。あの二人とて話をすれば分かってくれる筈だ。
だからすぐ終われる。一秒でも早くアミィの元に戻る為にもさっさと事を済ませよう。
………そう、決意して説得に行ったのに。予想以上にアイツ等頑固だったんだよな……特にエレノラが…。
それに、まさか起こる筈もないと思ってた事件が起きてたなんて……本当にこれからはなるべくアミィの傍を離れ過ぎないようにしないと。
こんな面白くない展開は、もう嫌だからね。
「リードさんってリンデア教の司祭なんですか? 凄いですね!」
「いやいや、修行が面倒で逃げ出したような僕が凄い訳ないだろう?」
私が身を乗り出して、凄い! と騒いでいると、リードさんは恥ずかしそうに否定した。
しかし、オタクとしては司祭という言葉だけで興奮してしまう。目の前に本物の司祭がいるなんて! 異世界…じゃなかった、ゲームの世界最高! 中世西洋モチーフの世界観にしてくれてありがとう公式様!!
「先程から気になっていたんだが…その剣と猫は一体何なのか聞いてもいいか?」
脳内で何度も興奮のままに叫んでいると、リードさんが強引に話題を変えた。
ムッとしつつも、私はその質問に答える。
「これは私の愛剣です。こっちは友達の猫、シルフです」
「は、はぁ…友達…?」
リードさんは不思議そうに私とシルフを交互に見た。どうやら半信半疑らしいリードさんに向けて私はもう一度言う。
「私の初めての友達です」
私がそう言い放つと、リードさんの表情が次第に曇って行った。やがてその瞳は悲しみや憐れみを映して…。
これ、もしかしてうわぁ、可哀想な奴…とか思われてません? それとも、猫しか友達がいないとか笑。って笑われる??
「……その、なんだ、友情に性別や年齢や種族は関係ないと僕も思う。スミレちゃんさえ良ければ、僕とも友達になって欲しいのだが…」
リードさんはとても慈愛に満ちた優しい瞳で小さく微笑んだ。
同情されてるぅーーッ! 私、めちゃくちゃ憐れまれてるじゃん!!
そういう優しさが時に何よりも強い威力を持つ刃となってしまうんだよ……っ。リードさんの優しさが私の心に深いダメージを与えてきたぁ…!
「うっ……あり、がとう…ございます……よろしく、お願い、します…」
心に傷を負いながら、小さく声を震わせて御礼を告げる。
優しいお兄さんに慰められていると、近くのテーブルで食事をする男達の話が妙に耳に届いた。
「なぁ聞いたか、あのマイク達が道端でボロボロになってたらしいぞ」
「あいつ等相当恨み買ってただろうからな、因果応報ってヤツだな」
「それもそうだな、さまぁないぜ」
「しっかし誰の仕業なんだろうな、あいつ等それなりに腕が立つから誰も手出し出来なかったのによ」
気がついたら、私はその会話に聞き耳を立てていた。
……もしや、そのマイク達とやらはさっきの野郎共かしら。道端でボロボロになった男達なんて、普通一日に何度も現れたりしないだろう。
だから恐らく、彼等の話すマイク達とやらはあの男達だ。
それに、意地悪男が言っていた奴隷商の存在…私は運良く抵抗する術を持っていたから事なきを得たけれど、他の女の子達はそうはいかなかっただろう。
嫌だと抵抗しても誘拐され、やめてと言っても乱暴されてしまったのだろう。
……そう、考えると──私は、どうしても許せない気持ちになる。
相手は見ず知らずの少女達だ。私の目的に必要な訳でも無いし、危険を晒す必要だってない。だけど、それでも見過ごせない。見逃せないんだ。
これまでも誰かが苦しみ、今も尚どこかで誰かが傷つき、これからも誰かが悲しむのであれば…私はその諸悪を滅ぼしたい。
屑みたいな男達の身勝手な欲望で罪のない女の子達がその人生も尊厳も奪われたんだ。同じ人として、同じ女として絶対に許せない。
「…スミレちゃん、どうしたんだ? そんなに険しい顔して」
リードさんが心配そうにこちらを覗き込んで来た。
奴隷商への怒りがそのまま顔に出ていたらしい。
「……なんでもありません。ちょっと気分が悪くて」
とりあえず笑顔を張りつけ、リードさんに心配かけまいとする。
そして私は剣を手に取り立ち上がる。
善は急げと言う、今この時も苦しんでいる女の子や子供がいるかもしれないんだ。一秒でも早く私はその人達を助けたい。
ケイリオルさんに任せてその対処を待っているんじゃ遅い。今日、助けにいかないと。
「私はそろそろ帰りますね。代金は本当にお任せしてもよろしいのでしょうか」
「勿論だとも。女の子の一人歩きは危険だから家まで送ろうか?」
リードさんが優しさからそう提案してくる。しかし私は家に帰るつもりも無ければ、もし帰るのだとしてもリードさんに送って貰う訳にはいかないのだ。
なのでお気持ちだけ受け取って、丁重にお断りさせて頂こう。
「大丈夫です、ここから家近いので。それにもしもの時はちゃんと応戦します」
剣を少し掲げてニッと笑ってみせる。リードさんはまた眉をひそめて、
「君、本当に僕の話聞いてないね……危ないって何度言えば分かるんだ…」
とため息をついた。そんなリードさんに向けてお辞儀して、私は別れを告げる。
「色々とお話を聞かせてくださりありがとうございました。また会う事があれば、その時も仲良くしていただけたら幸いです」
最後にもう一度会釈して、私は店を出た。空が徐々に茜色に染まりつつある。
この後どうやって奴隷商の拠点に行くかを考えなければならない。
デイリー・ケビソン子爵の屋敷にその拠点があるとも考えられない……そもそも帝国の目を欺いて来たんだ。そう簡単には見つからないだろう。
ならばどうするか…情報を集めるというのも正直時間がかかりすぎる。
大通りを歩きながらそう考えていると、
「……ただいま、アミィ。ごめんねずっと一人にして…」
ずっと私の肩に乗り続けていた猫がようやく動き出した。猫シルフは耳をぺしょ…とさせている。
なんだろう、寝てたのかな。シルフの声が少し疲れているというか、いつもの元気が無いというか。
「あっ、おかえりシルフ。今までどうしてたの?」
「いやちょっと野暮用が…もっと早く戻ってくるつもりだったんだけど……本当にごめんね、一人で大丈夫だった? 何も無かった?」
「大丈夫だよ。男の人達に囲まれてそれを制圧したり、優しいお兄さんと仲良くなったぐらいかな」
シルフが微動だにしていなかった一時間程の間に起きた出来事を話すと、シルフは切羽詰まった声で、
「色々あり過ぎじゃないかな!? 何でよりによってボクがいない時に限ってそんな!」
むぎゅぅっと私の頬を二つの肉球で摘んできた。
面白そうな事があったのに自分だけ体験出来なくて拗ねてるのかしら。これからはちゃんとシルフを起こしてあげるようにしよう。
「それでねシルフこの後なんだけど」
「もうちょっと掘り下げさせてくれてもよくない…?」
シルフは動揺を隠せない様子で呟いた。しかし私はスルーして続ける。
「私ね、何とかして奴隷商の拠点に乗り込んで捕えられてる子供達を助けたいの」
私の言葉に、猫シルフはまたもや動きを止めた。
そしてかなりの間を置いてからシルフは叫ぶ。
「…………どうしてそうなったの?!」
そして私は、近くのベンチに一旦腰を下ろして、かくかくしかじかと一連の流れを説明する。
♢♢
大人の男に囲まれ襲われかけたがそれを返り討ちにした事を、アミィはとても誇らしそうに語った。
果実水や氷菓子がとても美味しかったから後でシルフにも買ってあげるね、と楽しそうに笑っていた。
更には新たな友達も出来たと嬉しそうに話していた。
………すっっっごく面白くない。ボクがいないうちにどうしてそんな危険な目に遭ってるのかなぁ…。
的確な判断で敵を制圧したと言えば聞こえは良いけれど、ボクとしては可能な限り危険な事はして欲しくなかったのに。
というか新たな友達って何、怪しくない? 一人ぼっちの女の子に心配だから声かけるってちょっと怪しすぎると思う。しかも大人の男だったんだよね? 絶対裏があるって。
人間は裏表の激しい種族なんだから、そう簡単に他人を信用しちゃいけないってハイラからも散々言われてる筈なのに…全然あの子は分かってない。
普通は初対面の男と仲良くなったりしないの! 危ないでしょもうっ! って言っても絶対アミィは『大丈夫大丈夫、あの人いい人だから!』とか言って軽く受け流す事だろう。
本当になぁんでボクがいない時にさ………そもそもボクが一時的にアミィの傍を離れた事だってボクとしては予定に無い事だったし…。
──アミィが果実水とやらをボクにも分けてくれると言った、その時だった。
「いいの? じゃあ貰──っ!?」
アミィが差し出してきた果実水に舌を伸ばした時。このボクの自室の扉を勝手に開いた者が現れた。
「なぁなぁちょっと仕事の話があるんやけどぉ」
空色の髪を肩で切りそろえた露出の激しい男が、気の抜ける口調と共にズカズカと押し入って来た。
「おまっ、ちょっと何勝手にッ」
それを追い出そうと急いで立ち上がり、その勢いで音声を切断した。
…ボクは個人的な空間を侵されるのが嫌いだ。それはこの男とて知る筈なのに。いつもと同じへらへらした笑みで現れた。
可能な限り部屋に入って来て欲しくなくて、急いで扉近くの壁際に追い込む。
「部屋に入るぐらいええやん別に~そんな神経質ならんときぃやぁ」
「死にたいのか、お前は」
「そういう訳やないよ。ただほんまに仕事の話しに来ただけやのになんかえらい怒ってはるし…」
「お前がこの状況で勝手に部屋に入って来たからだよ、ハノルメ」
ボクが一睨みすると、ハノルメは「ごめんなさぁい」と心無い謝罪を口にした。
ハノルメは……風の精霊だ。とにかく面倒で気持ち悪い男。可愛いもの程虐めたくなる特殊性癖の男で、絶対にアミィには会わせないと決めている精霊のうちの一人だ。
ハノルメは左手に持っていた紙の束を手渡して来た。ボクはそれを受け取り、次に視線を落とす。そこには…制約の破棄に関係する様々な文言が記されていた。
制約の破棄には全属性の最上位精霊の同意が不可欠。だからこそ以前の上座会議でエンヴィーと共に散々演説したんだが…。
「………現時点で制約の破棄に同意した最上位精霊は何体だ」
書類から目を離す事無く、ハノルメに尋ねる。
「俺含めざっと二十三体。十一体は無回答で残りの五体は今んとこ反対みたいやね」
ハノルメは「こっちがその署名やで」と紙の束の中から一枚を抜き出して一番上に重ねた。
署名には同意を示した最上位精霊達の名が連ねられている。しかしまだ半数近くの精霊の名が無かった。
無回答はまだいい…今後同意を得れば良いだけだ。だが反対は駄目だ。何としてでも説得せねばならない。
「…その五体はどれだ」
「雷のエレノラ、病のシッカー、夢のロマンスド、儡のマリネ、闇のゲランディオールやな」
「面倒なのばかりじゃないか……」
よりにもよってこの五体か、とボクは頭を抱えた。
まずシッカーとマリネ、あれはもう説得しようとする事が間違いだと言うぐらい話が通じない。ロマンスドはいつも寝ているから、説得に行ったとして起きているか分からない。
比較的楽なのはエレノラとゲランディオールか…とりあえずあの二人から説得しに行くか?
いやでもアミィを待たせてしまっているし……あんまり一人にしたくない…でも流石に、少し離席してる間にそう何度も事件が起きる筈もない。きっと大丈夫だ。
よし今すぐあの二人を説得しに行こう。最悪、権限で脅してやればいい。
「エレノラとゲランディオールの所に行くよハノルメ」
「ん、了解~」
ハノルメを連れて反対意見の二人の元へと急ぐ。あの二人とて話をすれば分かってくれる筈だ。
だからすぐ終われる。一秒でも早くアミィの元に戻る為にもさっさと事を済ませよう。
………そう、決意して説得に行ったのに。予想以上にアイツ等頑固だったんだよな……特にエレノラが…。
それに、まさか起こる筈もないと思ってた事件が起きてたなんて……本当にこれからはなるべくアミィの傍を離れ過ぎないようにしないと。
こんな面白くない展開は、もう嫌だからね。
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