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第一章・救国の王女

19.初外出で厄介事とは。3

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 ──アミレスが不審な男達に囲まれた同時刻、王城では…。


 よく晴れた青空の下、王城敷地内のいつもの場所でオレは自主練に勤しんでいた。
 今日はアミレスも師匠も先生も来ていないようで、完全にオレ一人だった。
 ……いつもなら、アミレスが剣を片手に小走りでやって来ては『マクベスタも自主練なの? 一本どう?』と模擬試合を申し込んで来たりするのだが…今日はどうやら、本当に来なさそうだ。

「ふッ、ふッ」

 二百五十六、二百五十七、二百五十八………と頭の中で数字を数えながら、風を切って素振りをする。
 やがて三百を迎えた辺りで一度休憩する。師匠が基礎は大事だがやり過ぎはよくないと言っていた。何事も休憩や息抜きが大事だと。
 いつもは師匠が休憩を促してくれるのだが、今日は師匠がいないので自分の裁量で行わねばならない。…しかし、休憩の度に師匠がはしたない話ばかり振ってくるのは何なのだろうか。
 近くにはアミレスもいるのだから自重して欲しいと何度も進言しているのに……全く聞く耳を持たない。ああいう一面さえ無ければ本当に素晴らしい師匠なんだが…。

「はぁ……アミレスは今頃何をしているんだろうか」

 澄み渡った青空を見て、彼女を思い出した。彼女と出会ったのは一年程前……。
 オレの祖国オセロマイト王国は手工芸や芸術などがよく発展していて、いざ戦うとなればどこにも勝てないような弱い国だ。そんな我が国が生きていく為には大国の機嫌を窺う必要がある。
 オセロマイト王国はフォーロイト帝国と隣接しており、古くからフォーロイト帝国の友好国として知られている。…だが、その友好がいつまで続くか分からない。
 現皇帝エリドル・ヘル・フォーロイト様は無情の皇帝と呼ばれるような御方。かつて帝位争いの際に自身の家族や当時の皇帝さえも殺し、その座についたという恐ろしい人。
 たった一度、ハミルディーヒ王国との戦争に当時十五歳という若さで出陣した時には五千人近い敵をたった一人で皆殺しにしたのだという。夥しい量の死体を生み出し、文字通り戦場を凍てつかせた氷の怪物──。
 不必要とあらば身内でさえも切って捨てるあの皇帝が、オセロマイトのような力の無い小国をいつまでも庇護する筈が無い。
 しかしオセロマイトはフォーロイト帝国の庇護無しではすぐに滅んでしまう。そんなオセロマイトがフォーロイト帝国への従属の証として送ったのが、オレだ。

 ……送るものは従属を示す為にオセロマイト王国の直系王族である必要があった。王太子には兄上がついているから、王位継承にも興味が無い第二王子のオレが行くのが丁度良かったのだ。
 オレは家族や国が大好きだし家族の為ならなんだって出来ると思い、単身フォーロイト帝国に行くと決心した。
 偶然にも、フォーロイト帝国の次期皇帝と謳われるフリードル・ヘル・フォーロイト様はオレと同い歳だった。更に剣術に秀でた人らしい。そういう縁もあって、オレは人身御供と言うよりかは親善交流のつもりでフォーロイト帝国に来たのだが………そんな気はしていたが、誰も相手にしてくれないのだ。
 オレのような小国の王子相手にへりくだる必要もゴマをする必要も無い。だからこの国の騎士達が、オレの鍛錬に混ぜて貰えないかという自分勝手な申し出に難色を示すのも当然だった。
 フリードル殿下に関しても同様だ。彼は忙しい…暫く剣の鍛練は行わないと言われてしまった。
 結局、せっかく帝国に来たにも関わらずオレは毎日用意された部屋を抜け出しては人気の少ない所で一人で素振りをしていた。
 そんな時、突然声をかけられたのだ。フリードル殿下とそっくりの容姿を持つ少女……この国唯一の王女、アミレス殿下に。

 彼女は剣を振るオレを見て、あろう事か『一緒に剣の特訓をしませんか?』と言ってきた。帝国の唯一の王女が剣と魔法の鍛練…いや特訓をしている事に、オレは驚愕を隠しきれなかった。
 オレを特訓に誘ってきた時もそうだが、彼女は体を動かす際は薄手のシャツにズボンという非常に珍しい服装に、白銀の長髪を一つに結わえていて…その、真っ白なうなじがよく見えてしまう。
 そもそもあの服装も駄目だろう淑女があんな……と最初は戸惑っていたのだが、半年も経てばもう慣れていた。
 見た目も声も大変愛らしい少女なのにその言動は何故か王女らしくなく、いつもこちらの調子を崩されてしまう。…そんな彼女と過ごす特訓漬けの日々が楽しくて、いつの間にか敬語も敬称もオレ達の間からは無くなり、まるで古くからの友人のような距離感となった。
 だからこそこうして会えない日がとても珍しく、寂しく感じてしまう。

 もうすぐ会えなくなると考えると…余計に。
 元々オレは一年半程こちらに滞在して、オセロマイトに戻る予定だった。
 何せフォーロイト帝国にあまり歓迎されない事は予想出来ていたのでな。最初からそのつもりでいた。
 …それなのにアミレスと出会い目まぐるしく日々が過ぎて、気づけばあっという間に一年も経ってしまった。あと半年もすれば、オレはオセロマイトに戻り兄上の補佐をしなければならなくなる。
 別にそれが嫌な訳では無いんだが、ただ、アミレスや師匠達との特訓がもう出来なくなるのだと思うと…少し……いやかなり悔やまれる。
 模擬試合だろうが何だろうがもっとアミレスと剣を交わしたい。もっとたくさんの事を師匠達から学びたい。
 なのに、その期間がたったの半年しかないなんて。

「………どうしてオレはこう、運が悪いんだ…」

 はぁ…と項垂れる。するとその時、誰も寄り付かないようなこの場所に人がやって来た。
 その人は、キョロキョロと辺りを見渡しながらとある人物を呼んでいて…。

「姫様ー、いらっしゃいますかー?」

 彼女は…アミレスの専属侍女のハイラさんだな。アミレスを探しているのか?

「どうかしましたか」

 今日ここにアミレスは来ていない事を伝えようと、ハイラさんに声をかける。するとハイラさんはこちらに気づいたようで恭しくお辞儀した。

「これはマクベスタ殿下……私の姫様をお見かけしませんでしたか?」

 …私の? まぁいいか、ここはしっかりと伝えなければ。

「いいえ、少なくともオレがここにいる間には見かけていません」
「本当ですか? それはおかしいですね……」

 ここにアミレスは来ていないと伝えると、ハイラさんの表情が曇った。
 おかしいとは? と問うと、ハイラさんはオレの目を見て不安げに言った。

「…姫様がいつも特訓の際にお召しになられる衣服と姫様の愛剣が、お部屋のどこにも無いのです。勿論姫様もシルフ様もいらっしゃいませんでした……なので、本日も自主練をしていらっしゃるものだと思いこちらに来たのです」

 ……そういえば、昨日、アミレスが妙にそわそわしていたような気がする。もしかして今日何かあるのか…?

「ですが、オレはアミレスを見ていません…一体どういう事なのでしょうか」
「本当に………何だかとても嫌な予感が致します…」

 ハイラさんの表情を見ていると、オレまで不安になってきてしまった。
 程なくして『もう少し姫様をお探ししてみます』と言いハイラさんがどこかへ向かうのを見送った後、オレは不安を吹き飛ばそうと素振りを繰り返していた。休憩も挟まず、日が落ちるまでずっと。
 ──この時は…本当に嫌な予感が的中するなんて、思いもしなかったんだ。


♢♢


「さて。それじゃあ話して貰いますよ…一体誰の差し金なんですか?」

 意地悪男だけを近くの路地裏に連れてゆき、剣先を喉元に突き立てて私は問い詰める。
 先程私達がいた場所には早くも人が集まりつつあり、流石に人前で大人を脅す訳にもいかないので姿を隠したのだ。
 実際に私が彼等を制圧した様子を見ていた人がいたならばまだしも、『子供を拐かそうとして返り討ちに遭った』なんて事…言いたくもないだろうし、言っても普通は信じて貰えないだろう。
 この状況、全面的に私が有利なのだ。
 しかしそれでも注意は怠らない。私は水を限りなく細分化して擬似的な霧を作り出し、辺りに霧を立ち込めさせた。

 これはシルフより学び、自分なりに水の魔力の汎用性について考察した末に編み出した魔法だ。
 シルフやエンヴィーさんが教えてくれたのだ。水程使い勝手のいい魔力は無い、と……最初は本当に? と疑ったものだけれど、いざ色々と考え試しているとその言葉の意味を理解した。
 今まで誰もそうしようとしてこなかっただけで、水の魔力はなんと水の温度を操れるのだ。これで分かった事だろう──氷だって作れちゃいます。
 一回普通に氷を作っちゃった際、シルフ達に『絶対それ人前でやらないようにね』と釘を刺された。…確かに、氷の魔力を持たない私が氷を作ったら何事かと大騒ぎになりそうだ。
 なので、水の温度を下げる……この魔法に名をつけるならば氷点化というのはどうだろうか? 中々にお洒落じゃないか? ダサいとは言わせないぞ!!
 さて話が少し逸れてしまった…霧に関しては大した事をしていなくて、私の魔力で水を生み出すのだとしてその生み出した水が形を持って現れる際に限りなく細分化し、ミスト噴射の如く出しているだけに過ぎない。
 本当に大した事はしていないのだ。ただこの霧は絶え間なく膨大な量のミストを発生させなければならないので、それなりに魔力も消費するしただの目くらましにしかならないから、正直言ってコスパが悪い。
 あまり使いたく無かった手段でもある……。

「うっ、裏の奴等だ! 一人のガキや貧相なガキをよく誘拐して売り捌いてる奴隷商がいやがんだ!! 俺達はそいつ等に命令されてガキを何人か連れてっただけなんだ! そうだ、脅されてたんだ……っ、命令に従わねぇと殺すって!!」

 意地悪男は必死の形相で訴えかけてくる。その口の端は醜く歪んでいて、その発言がこの男の作り話である事を物語っていた。
 ……目は口ほどに物を言うとはこの事なのかしら。この場合は顔だけれど。
 それにしても、奴隷商がこの国にいるなんて…フォーロイト帝国ではずっと昔から人身売買等を法で禁止している。それなのに国の目を掻い潜って人身売買を行う奴等がまだいるとは…。

「主犯格の名前は?」

 この件は後でケイリオルさんにでも伝えておこう。そうしたらあの人がどうにかしてくれるかもしれないからね。皇帝への忠誠心が凄いあの人が、この国で人身売買をする人間を許す筈がないし。

「………」

 男はぎゅっと口を真一文字に結び、露骨に視線を逸らした。その肩や足は小刻みに震えていて、様々な事へ恐怖している事が分かった。
 しかしそんな事は私には関係無い。私が追い打ちをかけるように「死にたいのであれば言わなくてもいいですよ」と言い放つと、男はあっさりと口を割った。

「デイリー・ケビソンって子爵の男だッ! お、おい、ちゃんと話してやったんだから助けてくれよ…っ」

 男は目を強く見開き、喉を震わせながらこちらを見上げている。それは恐らく、私がまだ剣を下ろしていないからだろう。……殺しはしないけれど、多少は痛い目を見ないとこういうのは改心しないもの。仕方ないわよね。

「ぐぁっ?! 話が、ちがっ……!」
「貴方は死んでないのだから話通りではあるかと。では私はこの辺りで、失礼」

 下手に暴れたり逃走したり出来ぬよう、私は男の太ももに少し深い傷をつけておいた。深いとはいえ、治療したらすぐにでも治る大した事のない傷だ。
 血が流れ出る足を抑えてのたうち回る男を置いて、私は人目につかぬようその場を後にした。
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