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第一章・救国の王女

18.ある精霊の不安

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 あの方の頼みで人間の女の子に剣術を教えるようになってからはや六年……俺は、漠然とした不安に襲われていた。
 ある日姫さんがもう一人の弟子のマクベスタと二人で模擬試合をしている間に、姫さんの事についてその不安をお………じゃなかった、あー、シルフさんに相談しようとした。
 …あぁ、あの子を姫さんって呼んでる理由はシルフさんのお気に入りで人間の国の王女だからってだけだ。深い意味はねぇよ、これぐらい緩い方がやりやすいんだ俺ァ。
 つぅか本当に言いずれぇな…シルフさん、って。焦るというか混乱するというか。

「…シルフさん、ちょっといいっすか」

 遠くから木剣を使った二人の模擬試合を眺めているシルフさんに声をかける。……しっかし、何で猫なんだァ? そりゃ制約の関係でアンタがこっち来られないってのは分かるけどよ、普通に人型の分身にすりゃあ良かっただろうに。
 シルフさんも意外と抜けてるとこあるんだよな…。
 猫の姿をしたシルフさんはいつも姫さんに向けているような瞳とは正反対の、冷たい眼差しをちらりと向けて来た。

「何の用だ、エンヴィー」

 声もまた淡々としていて姫さんと一緒にいる時とは大違い…というか、姫さんと接する時が異常なんだよ。俺達の知ってるシルフさんは寧ろこっちで、あんなデレデレしてふにゃふにゃしたシルフさんは今まで見た事が無い。
 機嫌がいい時に稀に優しくなったり軽快になったりするヒトではあったが、あんな様子は割と本気で見た事が無い。ぶっちゃけ気味悪い。
 こんな事口が裂けても言えねぇけどな……本人に言った日には殺される…。

「姫さんの事で色々と話があるんすけど」
「………聞いてあげるよ」

 とにかく気を取り直して、俺は相談がある事を伝える。もしここが精霊界で話題が別であったなら、確実に門前払いだっただろう。
 …本当に、どんだけ姫さんの事気に入ってんだよこのヒトは。確かにめちゃくちゃ面白くて将来が楽しみではあるが。

「分かってた…んすよね、シルフさんは…その……」

 途中で言葉を詰まらせてしまった。しかし、シルフさんは俺が話そうとしている事を理解したようで。

「アミィの才能の事か」

 と欠伸をしながら言った。俺はそれに頷き、続ける。

「…姫さんの才能は、はっきり言って異常だ。基礎をやり込ませたからそれがより顕著になった……血筋の影響もあるんだろうが、姫さんは有り得ないぐらい戦闘に特化した才能を持ってる」

 剣と魔法…それは本来相反するものだった。しかしいつからか人間達はそれを同時に使用し、更なる強さとするようになった。
 しかし人間達はそれを上手く行う事が出来なかった。何故なら、こと戦場において……剣で戦いながら魔法を発動するなんて事をしている暇が無いからだ。
 当然だ。剣で戦う時点で相当な集中力や気力が必要だと言うのに、魔法は更に精密な魔力操作や魔力管理を必要とする。
 この二つを並行して行おうとすると、常時の数十倍の速度で体は疲弊するだろうよ。そりゃあ、いざ戦場に出てそんな身を削るような真似をする奴はいないさな。
 だから人間界には騎士や剣士、魔導師といったそれぞれ専門の役職がある。いずれかに特化した方が自分は勿論味方の生存確率も上がるしな。
 剣と魔法を同時に扱い戦う…そんな事を平然とやってのける奴がいたならば、英雄だのなんだのって崇めたてられる事だろう。

 人間の歴史から見るに、今までもいなかった訳では無い。稀に剣と魔法両方に優れた化け物みたいな人間がいて、そいつ等は決まって戦場の英雄となっていたらしい。
 近代だと……姫さんの父親がそれに近いな。姫さんの父親はどちらかと言えば魔法寄りっぽくて、剣も扱えるが魔法の方が楽だから魔法を使ってるって感じだろう…って、氷の精霊のフリザセアの奴が言ってた。
 アイツは昔、姫さんの先祖に氷の魔力を与えたっきり他の誰にもそれを与えていない。その事もありアイツは氷の魔力の管理が凄く楽だといつも零している。
 何せ姫さんの一族にしか氷の魔力は発現しないんだからそりゃあ楽だろうな。
 何でも今はたったの三人しかいないんだとよ、氷の魔力保持者。確かに管理が楽そうで羨ましい…火の魔力は本当に母数が多いんだよ……。
 話が逸れたが、そんな感じで姫さんの父親はクソだがその才能は確かなものだったみてぇだ。その才能がより強く姫さんに遺伝した、って感じかこれ。
 姫さんは剣の才能は勿論、魔法の才能もある。元々魔力が多かったのに、シルフさんが勢いで加護かけたとかで魔力量は人並外れている。
 シルフさんによる魔法指導の甲斐もあって魔力操作は俺達精霊も舌を巻く程にまで成長した。…剣を振りながら片手間に長文詠唱を行える程成長するとは思ってなかったんだがな。

「アミィには多分その自覚が無いだろうけど…アミィの才能はあまりにもあの血筋に則している。まるで才能の代償に氷の魔力を得られなかったみたいだ」

 シルフさんが尻尾をゆらゆらと揺らしながら吐き捨てるように呟く。
 姫さんはこの世界で唯一氷の魔力を持つ一族に生まれながら、氷の魔力ではなく水の魔力を持って生まれたらしい。
 まぁ、正直な話、氷よりも水の方が汎用性も高けりゃ強い魔力だから個人的にはそっちで正解って感じなんだが……人間ってのは血筋だの伝統だのを重視するモンだから、姫さんはそれで冷遇されてるんだとか。
 理解し難いなァ…別にいいだろ、強いんだから。やっぱり俺には人間を理解するのは無理だな。

「……剣に魔法に弓に体術…こんだけの才能に恵まれた上にシルフさんの加護の所為で五感まで優れてると来た。姫さんの性格上、このままだと英雄街道まっしぐらっすよ」
「所為でとは失礼だな…そこはおかげで、だろう」
「アッ……すんません」

 目の前にいるのは猫なのに、本来のシルフさんのあの鋭い目がこちらを睨んできた気がした。俺は思わず頭を下げて謝罪する。

「本当にお前って変な所で気が抜けてるな……それはともかくアミィが持つ何よりの才能は確実に努力する才能だと思うんだけど、お前はどう思う」
「そっすね、姫さんが何を目指してんのかは知らねぇけど、普通あんな小せぇ女の子が傷だらけになってまで剣を振ったりはしないっすよ。王女なんて身分なら尚更…」

 二つ歳上の男相手に魔法無しで善戦する姫さんを眺めながら、俺は答えた。
 どこにでもいそうな普通の女の子が剣を手に汗水垂らして必死に強くなろうとする様は、はっきり言って異様だった。…だからこそ俺みたいなのが本気になっちまうんだ。
 最初はあの方に……シルフさんに、『ボクが加護をあげた人間の女の子が剣を習いたいって言ってるから教えてあげて』なんて脅迫紛いに頼まれたから渋々こっちに来たのに…いつの間にか本気で教えていた。俺が教えてやれる限りの事を教えようとしていた。

 姫さんが何を思い何を目指し何を成す為にあそこまで努力を積み重ねるのか俺には分からねぇけど、それでも何となく分かるんだ──きっと姫さんは、近い将来とんでもない事を成し遂げると。
 そこに剣やら魔法やらが関係してくるかは分からない。でも、きっと姫さんは持ち前の馬鹿みたいなお人好しで何かやべぇ事を成し遂げる。
 でもきっとそこまでの道には多くの障害が立ちはだかる……だから俺は姫さんに様々な戦い方を教えてきた。
 まともな戦い方は後でいい。今はとりあえず、もしもの時に姫さんが少しでも無事にその場を切り抜けられるよう…その為に必要な技術を叩き込んだ。
 フォーロイトとかいう戦闘狂みてぇな血筋なだけあって、姫さんはこと戦闘において本当に技術の吸収が早い。覚えたものをすぐに実践し我がものとする。
 かなり人間観察を行っているのか、たまにこちらの攻撃を先読みしたかのような行動に出る事もある。
 天才に努力する才能を与えたら駄目だろと何度思った事か。

「………俺、心配なんすよ。姫さんの性格だと強くなればなるほど多くを守ろうとしそうじゃないすか。それだと姫さんが危険な目に遭う確率が高くなるし、姫さんでもどうしようもない事態に直面するかもしれない。それが、心配なんすよ」

 姫さんが多くを守るんだとして、じゃあ誰が姫さんを守るんだ? 
 俺達精霊は制約で直接的にこの世界に干渉してはならない事になっている。こうして人間界に訪れて剣や魔法を教えるぐらいは問題ないだろうが、人間の争いに加担したり人間を殺したりすれば制約に抵触する。
 つまり、俺達はいざという時何も出来ない。そのいざという時に備えて色々教えてはいるのだが、それでも漠然とした不安が行先を暗く覆うのだ。

「…だから、アミィを守る為に彼を教える事も承諾したんだろう? マクベスタも剣と魔法の才能がありそうだったしね」

 シルフさんの言葉に俺は静かに頷いた。見抜かれていた…俺が、いざという時に姫さんを守る存在としてマクベスタを鍛えようとしていた事が。
 マクベスタは姫さんが連れて来た隣国の王子だとかで、剣においては天賦の才と言っても過言ではない潜在能力ポテンシャルを秘めた男だった。
 それに加えて魔力量もそれなりにあり、数ある魔力の中でもどちらかと言えば危険な部類に入る雷属性の魔力を持っている。姫さんと似た系統の人間だったから、お互いに良い刺激にもなるだろうとも思い、マクベスタも弟子にした。
 そして予想通り姫さんとマクベスタは互いに刺激し合い、目まぐるしい成長を遂げている。…特にマクベスタ、アイツはたった一年で以前とは比較にならない程成長したようだった。

「…やっぱバレてたんすね。姫さんが英雄になるんだとすりゃ、アイツは傑物になりますよ。今はまだシルフさんの魔法特訓を受けてないんであの通りっすけど、あれに魔法が加われば……」

 一つの時代に化け物が二人も現れてしまう事となる。…いや、三人か? あともう一人、神々の悪ふざけで馬鹿みてぇな事になってた野郎がいたな。
 姫さんの強さはきっと波乱や戦いを呼ぶ事になるだろう。姫さんが望まずとも、姫さんは否応なしに戦う必要が出てくる。

「そうだね、お前の心配や不安も分かるよ。ボクだってそう思う…でもどうせボク達には見守る事しか出来ない。昔からずっとそうだったように」
「そう……っすね…いつも通り、信じる事しか……」

 人間界と精霊界との制約…あれがある限り、俺達には何も出来ない。
 俺達に出来る事は信じる事だけ。だけど……あぁ、何回裏切られた事か。今まで俺達精霊は何度も何度も人間を信じてその度に裏切られてきた。
 相手が人間である以上仕方のない事だ。気に入った人間が居たから加護をあげ、新たな魔力をあげ、いつまでも一緒にと願っても…絶対に人間は先に逝く。
 俺達を置いて、俺達を忘れて死んじまう。
 それでも俺達は信じる。人間が好きだから、信じたいから信じるんだ。

「アミィはボク達を裏切らない。そりゃあ、いつかは死んじゃうのかもしれないけれど……ボクは、可能な限りその結末すらも覆してやるつもりだ」

 シルフさんの発言に俺は息を呑んだ。
 だって、それはつまり…姫さんを死なせないって事じゃ……!?

「アミィが望むなら、だけどね。だからそれまでにボクは絶対に制約を破棄する。もう一万年も経ったんだ、いい加減皆も制約には辟易しているだろう?」

 脳裏をシルフさんの悪どい笑みがよぎる。その声音はあの顔で発される事が多いからか。
 俺はシルフさんの方を見て口角を少しだけ上げる。

「………はァ…そーゆー事なら俺も協力しますよ。つぅか、多分俺以外にも制約を破棄したい奴はいると思うんで、一回精霊界で呼びかけてみたらどうっすか?」
「そうするか。今晩にでも上座会議を行うからお前も一旦帰って来いよ、エンヴィー」
「了解です」

 シルフさんにそう言われ、俺は恭しく頭を垂れた。
 上座会議は、精霊王と各属性の最上位に座する精霊達だけを集めた精霊界における最も重要な会議。参加しない訳にはいかない……つぅか、そもそも参加する気満々だけどな。
 たった一人の人間の女の子の為に一万年続いた制約を破棄する──最高に面白いじゃねえか。やってやるよ!
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