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序章
7.悪役王女ですが頑張ります!2
しおりを挟むあの後私は、もうフリードルに会いたくない。という一心で早々に探索を切り上げて部屋に戻った。
部屋に戻った私に待っていたのは、突如砕け散り消え去った扉をどうするかという問題だった。どう言い訳すればいいのかと考えあぐねていたところ、恐る恐ると言った風にシルフが、
「…ボクで良ければ直そうか? それぐらいなら、多分、干渉しても大丈夫だろうし」
そう提案してくれた。私はそれに、藁にもすがる…いや精霊さんにもすがる思いで乗っかった。
そしてシルフが扉を魔法で直しているのを見ながら、私はフリードルとの邂逅を思い出す。
…ついにアンディザの攻略対象のうちの一人と出会ってしまった。それも私の死に直結しているような男と。
そりゃあいつかは出会うと思っていたけれど、だとしても早すぎる。どうしてこんな幼少期から対立構造を作ってしまったんだ私は……いやまぁ、フリードルがあの性格なのだから仕方の無い事と言えばその通りなのだけれど。
恐らく、これからも私の意思とは関係なしにフリードルと関わる事になるだろう。もちろん…皇帝とも。
それを避ける事はほぼ不可能に近いし、今の私にはなんの力も無いからいざと言う時に逃げ出す術も抵抗する術も無い。
だからこそ私は力をつけなければならない。魔法を習得し、剣を会得し、知識を得なければならない。この世界で生きていく術を知る必要がある。
例え皇帝やフリードルであれども脅かせない程の地位を手に入れる必要もある………そう簡単には私を殺せないようになるぐらいの、地位か名誉が欲しい。
皇帝が私を殺そうとするのがゲーム通りならば、私にはまだ10年近い猶予がある。…その間に、何とか皇帝でさえも気軽に殺せない存在になるように努力をしなければ。
後、それとは別に……私は攻略対象達やサブキャラクター達の未来を守りたい。
ヒロインではない私に、いつかの未来で彼等を救う事は出来やしない。だけど…まだ起きてもいない悲劇から彼等を守る事ぐらいなら、きっと私にだって出来る。
起こると分かっている悲劇をみすみす見逃すなんて真似は私には出来ない。かつて愛したゲームの大好きな人達だからこそ、可能な限り誰しもに幸せになって欲しい。
だから私は…彼等の未来を守る。未来のシナリオの中で、彼等の心に巣食う闇が少しでも減るように……彼等が苦しまないでいいように、私は彼等の未来を守ろう。
少しでも、彼等の未来が明るく幸せなものになるように。
…きっとそれが、私の幸せにも繋がると信じて。
「アミィ、扉の修理が終わったよ。この通り綺麗に元通りさ」
シルフの自慢げな声が部屋に落とされる。そんなシルフの様子を表すかのように、光は右へ左へ飛び回っていた。
「ありがとう、シルフ。これで怒られないで済むよ」
「………元はと言えば…ボクのせいだから、ね…」
私がお礼を告げるとシルフが物凄い小声で何かをぶつぶつと呟いた。
何か言った? と聞くとシルフは慌ただしくそれを否定した。多分、私に聞かれちゃ不味い事でも呟いちゃったんだろう。
そしてその後、今日作った地図を誰にも見つからないように机の引き出しの奥の方にしまい、その後は額縁を絵画につけてまた壁に戻した。今回はシルフが魔法で手伝ってくれたから簡単に持ち上げられた。
しばらくシルフとのんびり話していると、窓の外が夕焼けに染った頃合に一人の侍女が私の部屋にやって来た。
『………姫様、お目覚めになられていたのですね…!』
と言いながら、栗色の瞳に茶色の髪を後ろで綺麗なお団子にした侍女は私に駆け寄った。
彼女はアミレスの唯一の専属侍女、ハイラさん。皇帝と兄王子に疎まれている事から侍女達に妙に見下されがちだったアミレスを、どうやら本気で慕ってくれているらしい変わった人。
……勿論私はこの人を知らない。今聞いたのは全て彼女自身から聞いたのだ。
彼女は二年前からアミレスに仕えていて、下手をすればアミレス以上にアミレスに詳しいというレベルにまで至っていた。…だからこそ、一瞬にしてバレてしまったのだ。
『──貴女は誰ですか? 私の姫様ではありませんね』
そう彼女に言われた時は肝が冷えた。だがしかし、先程まで記憶喪失に陥っていて、フリードルの顔を見たら部分的にだが記憶を取り戻した……と色々口から出まかせを続けていると、ハイラさんは今にも泣き出しそうな顔で私を抱き締めた。
『まさかそんなにもお辛い事に……っ、申し訳ございません姫様、私がお傍を離れたばかりに…!』
ハイラさんは何度も謝ってきた。私は舌を噛んで自殺してしまいたいぐらいの良心の呵責に襲われた。
こんなにも本気でアミレスを愛してくれている人を騙す事になるなんて…と私の胸がかつてない痛みを発する。
それが落ち着いてから、今までアミレスがどう過ごしていたのかをハイラさんから聞いた。アミレスはいつもこの部屋の中で過ごし、滅多に外に出ないらしい。
…外に出てもすれ違う侍女達に謗られるだけだし、フリードルや皇帝に出くわしたら『言いつけも守れないのか』と睨まれるだけ。そりゃあ、アミレスだって部屋の中で日々を完結させるでしょうよ。
アミレスはいつも本を読み勉強をして過ごしていたとか。
しかし、部屋にはマナーや語学の本に絵本やらがいくつかあるだけで他には勉強出来そうな本は無かったのだが……ハイラさん曰く、アミレスは本当に優秀で大抵の本はすぐに理解し読み終えてしまう為、勉強をする場合は皇宮の大書庫から教材を持ち出して授業を行っていたのだとか。節約にもなるしね。
だからこの部屋にはそういう系の本が無いのね。
そしてこれが一番の衝撃だったのだが、なんと私、熱がありました。最初のハイラさんのあの反応は、高熱にうなされていた私が平然としている事に驚いてのものだったらしい。
そもそも今日の祭り──建国祭はアミレスも出る予定だったのだが、前日の夜に高熱で倒れそのまま欠席…という流れだったらしい。道理で体が妙にぐらついた訳だ。
…え? なんで気づかなかったって? さぁ……異世界転生が嬉しすぎて、熱の怠さよりも楽しさが上回っちゃったんじゃないかな。
それはともかくだ。熱があると言われると、確かに熱があり倦怠感が全身を襲っているような気がしてきた。
あっ、そうこう言ってるうちに視界が霞む……。
「姫様! やはりまだ回復なされては………今すぐ氷嚢等の準備を致します! とにかく姫様はベッドの上でお休みください……っ」
途端に熱がある事を自覚し倒れ込んだ私を、ハイラさんは優しく受け止めてくれた。そして私をベッドに寝かせると、元々看病をするつもりで持ってきていたらしい氷嚢を取り出し、私の額に置く。
急激に熱くなる全身に、意識は朦朧としてきた。
そんな中、とても心配そうに私を見つめるハイラさんの頬に触れて、
「…心配かけて、ごめんなさい……」
申し訳ない気持ちを伝えると私の意識は途切れ、深い深い夢の中へと落ちていった。
次に起きた時、またハイラさんにごめんなさいって伝えよう。私が最初から熱があると気づいて大人しくしていれば、ここまで熱が酷くなる事も無かっただろうから。
心配と…あと、迷惑もかけてごめんねって……言わなきゃ…。
こうして私は…熱にうなされつつこの世界に来て初めての夜を迎え、更に朝も迎える事となったのだ。
♢♢
「まさかアミィが体調不良だったなんて…全っ然気が付かなかった……どれだけ浮かれてんだよボク…」
アミィが倒れてそのまま眠りについた後、ボクは自室にて椅子の背もたれに全身を預けて天井を仰いだ。
オーロラのように光を反射する長髪はぞんざいに扱われ、精霊界で最も美しいだとか言われる顔も恥ずかしさから赤くなっている。
誰にも見られていないのをいい事に、ボクはこれ以上なくだらしない姿をしていた。
庭園の時だってあの子は気分が悪そうだったじゃないか。どうして気が付かなかったんだボクは…ちょっと間抜けすぎないか?
「やっぱり人間はボク達よりもずっとか弱いんだなぁ…」
熱であんなに苦しそうにして…ボクが治してあげられたらよかったんだけど、腹立たしい事にボクはあまり人間界に干渉してはならない事になっている。
扉を壊したり扉を直したりするぐらいならまだ、ギリギリ、問題は無いんだけど……人間の病を治すとなると厄介なんだ、これが。
ボクが下手に力を使うと、あまりにも人間界に影響が出すぎてしまう。場合によっては精霊界と人間界の間で交わされた制約に抵触するので、大事になりかねない。
だがしかし、あの子が病や怪我に苦しむ姿はあまり見たく無い。
「ぐぬぬぬぬ、どうしたものか…」
どうにかして制約を破棄するか、制約の穴を掻い潜るか、制約を無視するか…色々と考えては駄目だなと没にしてを繰り返す。
ティーカップに注いだ紅茶が冷めきった頃、ついにボクは一つの名案を思いつく。
「あ、そうだ。加護をあげちゃえばいいんだ!」
精霊の加護は人間にとってこれ以上無いくらいの守護みたいなものらしい。魔力の絶対量が増えたり、その属性への強い適正と耐性を得たり、かなり健康でいられるのだとか。
精霊の加護に最後のような効果は全く無いのだが、人間達がそう思い込んでいるのならわざわざ訂正してやるのも可哀想だし、放っておこう。
普通の精霊の加護にはそんな効果は無いけど、ボクの加護はちょっぴり特殊だからそれに似た効果があったりもする。
なので、ボクがアミィに加護をかければ万事解決。制約にも抵触せずアミィを守れるという訳さ!
「という訳で早速……あ、どうやって向こうに行こう。流石に端末越しじゃあ加護はかけられないからなぁ…かと言ってこの姿で行くのも身嗜み云々以前に実は制約が…」
やっぱり制約とかもう破棄した方がいいんじゃないかな。邪魔だよ、うん。制約の破棄も視野に入れておこう。
「適当にボクの分身を作って、それを何か別の…猫でいいか。あれの姿にして、意識の分割を行えば………よし出来た。この姿でならギリギリ制約にも抵触しないだろう」
これからアミィの傍に置いておく事となる己の分身(猫)を人間界へと送る。
そして猫は今も尚荒い息のまま眠るアミィのすぐ傍にたどり着く。肉球でぷにっとアミィの頬に触れて、
「……君のこれからが、少しでも安らかなものになりますように。星の名のもとに…君に加護を」
ボクは加護をかけた。月明かりだけが頼りの暗い部屋の中に、星々の瞬きが如き光が溢れ出す。それらはアミィの体を覆うように輝き、やがてその体に溶け込むように消えていく。
改めてアミィを見ると、少し、呼吸が落ち着いてきている。ボクの加護もちょっとは役に立つらしい。
無事にアミィに加護をかけられたのを確認して、猫はその場で体を丸くして眠りにつく。猫を模して作ったからその辺も猫寄りなのだ。
意識を分身から本体に全面移行して、ボクは安堵のため息を吐く。
「ふぅ…………あっ、そういえば…」
そこでふと思い出したのだ──ボクの加護の、特典を。
「加護属性……まぁあの子ならきっと大丈夫か」
無責任な事を言いつつも、ボクは仕事に戻る。今日一日ずっと放置していたからそろそろやらなければならないのだ。
…遠くない未来でこの事についてアミィに怒られるかもしれないけど、気にしない気にしない。
だってボクはいい加減な精霊だからね。
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