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「て………」
「…………」
「……………えっ?」
つい、言ってしまった。
あまりにも彼が私を大切にしようとするから、だから。
咄嗟に口をついて出た言葉にしまった、と思ったが言ってしまった以上撤回できない。
私は祈るように手を組みながら、彼を見上げた。
願わくば、これを話しても彼が不快な思いをしませんように、と。
「……物心ついた時から……私は、その。虐げられることに悦びを覚える人間でして……」
「………えっ……と。それは、チェリーディアが、ということで……あってる?」
困惑しながら私の話を聞いてくれるミュリディアス殿下は優しい。きっと彼は、こんな変態女と話すのはこれが初めてだと思う。
王家の生まれであり、高貴な彼が異状性癖を持った女と話す機会などあるはずがないのだ。
困惑しているはずなのに、彼は辛抱強く私の話を聞いた。
「美しい人に暴力を振るわれることが……その、好きなんです。……気持ち悪いですよね。ごめんなさい」
「いや……。…………」
ミュリディアス殿下は黙ってしまった。
当然だ。
不快にさせただろうか。
嫌われてしまった、だろうか。
初めて感じたその不安に、私はいてもたってもいられないような焦燥を覚えた。
ひとを不快にさせることを恐れても、嫌われることには慣れているはずだったのに。
俯く私を、彼が優しく呼びかけた。
「チェリーディア」
「………」
「顔を上げて」
言われた通りにおずおずと顔を上げると、彼は困ったような、困惑したようにしながらも頬笑みを浮かべていた。
嫌悪するような様子は見られない。
「きみの性へ……変わった嗜好は理解した。でも……ごめん」
やはり、受け入れられないのだ。
そうよね。それが普通の反応。
殴られたり蹴られたり、しまいには首を絞められて抱かれたいと思う女を普通の男性は受け入れない。
「……僕はきみに暴力をふるえない……」
悔やむような声だった。
びっくりして顔を上げると、彼は眉を寄せ、苦悩していた。
「え……」
「殴るのも蹴るのも……ちょっと。僕は好きな子は真綿で包むように大切にしたい質だし……傷はつけたくない。首を絞めるのも………。うん……………触るなら出来るんだけど……。首絞めってどれくらい?ちょっと掴む程度でもいい?」
「えっ、えっ、あの……。殿下は気持ち悪いと思わないのですか?あの、私を嫌いになったりとか……」
驚いて言うと、彼の方が驚いたような顔をした。
「僕が?チェリーディアを嫌いに?有り得ない。天地がひっくりかえってもありえないよ、チェリーディア。きみは僕の生きる理由なんだから」
「ですが」
「それより、僕のことはミュリディアスでいい。呼びにくいなら、きみに愛称をつけてほしい」
「え?え?」
「僕はなるべく……その、できる限り頑張ってきみの希望に答えるから……。だから、きみも僕を夫として受け入れて欲しい。きみが……大好きなんだ、チェリーディア」
彼は私の手を取った。
そのまま手の甲に口付けが落とされる。
絵本の王子様のような仕草だ、と思って、そういえば彼は本物の王子様だった、と気がついた。
恥ずかしくて頬が熱を持つ。それに気がついた彼が笑った。
「返事が欲しい」
「………殿下、ミュリディアス様が……よろしいのでしたら、喜んで」
控えめな言葉になってしまったが、私が答えるとミュリディアス殿下は私を急に抱き上げた。彼の膝の上に乗り上げた私をきつく抱きしめる。
「ああ、チェリーディア!……僕の、僕だけの……!」
「は、はい。あなただけのチェリーディアです」
だからどう扱っても構わない、という意味を汲み取ったのか。彼がきらりと光った目で私を見た。
「そういうことを言うと、本当に好きにしてしまうよ?」
「何をされるのですか?」
彼は私に暴力を振るえないと言ったが、もしかしたら出来るのかもしれない。期待半分、疑問半分で言った言葉だった。
彼は薄く笑って私の頬に口付けながら答えた。
「そうだな……。まずは手足の自由を奪って四六時中きみを犯したい」
「!?」
「きみの希望をその通りに果たすことはできないけど、快楽に咽び泣かせることは……僕もしてみたい。きみの綺麗なアメジストの瞳が快楽で潤んだら……きっと、すごく美しいと思うよ」
「う、うつくし……!?私がですか?」
美しいなど初めて──いや、昔はメイドに時々言われたものの、ここ10年は全く聞かない言葉だった。目を丸くする私に、彼は困った顔をした。
「何言ってるの、僕はきみほど美しい女性を見たことがない」
「ミュリディアス様の方が美しく……」
「……本当に、きみは自分のことを知らないんだね。あの伯爵家にいたならそうなるのも仕方ないかもしれないけど……きみが僕の好きな人の魅力を理解してくれないのは、悲しいな」
「え、ミュリディアス様──」
悲しい、という言葉にギョッとして彼を呼びかけると、彼が立ち上がった。抱き上げられている私も一緒だ。彼はそのままスタスタと歩き──応接室を出ると、私の部屋へ向かった。
部屋に置いてある化粧台の前に私を下ろすと、彼が鏡を覗き込む。そこにはいつもの私がいる。
濃い茶色の髪に、暗い紫色の瞳。
ぼんやりとした女が困ったような表情を浮かべている。彼は鏡を通して私を見た。
「…………」
「……………えっ?」
つい、言ってしまった。
あまりにも彼が私を大切にしようとするから、だから。
咄嗟に口をついて出た言葉にしまった、と思ったが言ってしまった以上撤回できない。
私は祈るように手を組みながら、彼を見上げた。
願わくば、これを話しても彼が不快な思いをしませんように、と。
「……物心ついた時から……私は、その。虐げられることに悦びを覚える人間でして……」
「………えっ……と。それは、チェリーディアが、ということで……あってる?」
困惑しながら私の話を聞いてくれるミュリディアス殿下は優しい。きっと彼は、こんな変態女と話すのはこれが初めてだと思う。
王家の生まれであり、高貴な彼が異状性癖を持った女と話す機会などあるはずがないのだ。
困惑しているはずなのに、彼は辛抱強く私の話を聞いた。
「美しい人に暴力を振るわれることが……その、好きなんです。……気持ち悪いですよね。ごめんなさい」
「いや……。…………」
ミュリディアス殿下は黙ってしまった。
当然だ。
不快にさせただろうか。
嫌われてしまった、だろうか。
初めて感じたその不安に、私はいてもたってもいられないような焦燥を覚えた。
ひとを不快にさせることを恐れても、嫌われることには慣れているはずだったのに。
俯く私を、彼が優しく呼びかけた。
「チェリーディア」
「………」
「顔を上げて」
言われた通りにおずおずと顔を上げると、彼は困ったような、困惑したようにしながらも頬笑みを浮かべていた。
嫌悪するような様子は見られない。
「きみの性へ……変わった嗜好は理解した。でも……ごめん」
やはり、受け入れられないのだ。
そうよね。それが普通の反応。
殴られたり蹴られたり、しまいには首を絞められて抱かれたいと思う女を普通の男性は受け入れない。
「……僕はきみに暴力をふるえない……」
悔やむような声だった。
びっくりして顔を上げると、彼は眉を寄せ、苦悩していた。
「え……」
「殴るのも蹴るのも……ちょっと。僕は好きな子は真綿で包むように大切にしたい質だし……傷はつけたくない。首を絞めるのも………。うん……………触るなら出来るんだけど……。首絞めってどれくらい?ちょっと掴む程度でもいい?」
「えっ、えっ、あの……。殿下は気持ち悪いと思わないのですか?あの、私を嫌いになったりとか……」
驚いて言うと、彼の方が驚いたような顔をした。
「僕が?チェリーディアを嫌いに?有り得ない。天地がひっくりかえってもありえないよ、チェリーディア。きみは僕の生きる理由なんだから」
「ですが」
「それより、僕のことはミュリディアスでいい。呼びにくいなら、きみに愛称をつけてほしい」
「え?え?」
「僕はなるべく……その、できる限り頑張ってきみの希望に答えるから……。だから、きみも僕を夫として受け入れて欲しい。きみが……大好きなんだ、チェリーディア」
彼は私の手を取った。
そのまま手の甲に口付けが落とされる。
絵本の王子様のような仕草だ、と思って、そういえば彼は本物の王子様だった、と気がついた。
恥ずかしくて頬が熱を持つ。それに気がついた彼が笑った。
「返事が欲しい」
「………殿下、ミュリディアス様が……よろしいのでしたら、喜んで」
控えめな言葉になってしまったが、私が答えるとミュリディアス殿下は私を急に抱き上げた。彼の膝の上に乗り上げた私をきつく抱きしめる。
「ああ、チェリーディア!……僕の、僕だけの……!」
「は、はい。あなただけのチェリーディアです」
だからどう扱っても構わない、という意味を汲み取ったのか。彼がきらりと光った目で私を見た。
「そういうことを言うと、本当に好きにしてしまうよ?」
「何をされるのですか?」
彼は私に暴力を振るえないと言ったが、もしかしたら出来るのかもしれない。期待半分、疑問半分で言った言葉だった。
彼は薄く笑って私の頬に口付けながら答えた。
「そうだな……。まずは手足の自由を奪って四六時中きみを犯したい」
「!?」
「きみの希望をその通りに果たすことはできないけど、快楽に咽び泣かせることは……僕もしてみたい。きみの綺麗なアメジストの瞳が快楽で潤んだら……きっと、すごく美しいと思うよ」
「う、うつくし……!?私がですか?」
美しいなど初めて──いや、昔はメイドに時々言われたものの、ここ10年は全く聞かない言葉だった。目を丸くする私に、彼は困った顔をした。
「何言ってるの、僕はきみほど美しい女性を見たことがない」
「ミュリディアス様の方が美しく……」
「……本当に、きみは自分のことを知らないんだね。あの伯爵家にいたならそうなるのも仕方ないかもしれないけど……きみが僕の好きな人の魅力を理解してくれないのは、悲しいな」
「え、ミュリディアス様──」
悲しい、という言葉にギョッとして彼を呼びかけると、彼が立ち上がった。抱き上げられている私も一緒だ。彼はそのままスタスタと歩き──応接室を出ると、私の部屋へ向かった。
部屋に置いてある化粧台の前に私を下ろすと、彼が鏡を覗き込む。そこにはいつもの私がいる。
濃い茶色の髪に、暗い紫色の瞳。
ぼんやりとした女が困ったような表情を浮かべている。彼は鏡を通して私を見た。
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