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あなたのために死ぬ ⑻
しおりを挟む窓の外は天候が荒れ狂っている。
どこかで雷が落ちた。
あまりの強風に窓が割れ、室内に灯る燭台の火がかき消された。異様な雰囲気に王と王妃は怯え、悲鳴をあげる。
「な、何!?何なのよ!」
「お前……何をした!!」
ヴェートルは国王の言葉を聞くことなく、静かに立ち上がると、彼らの前まで歩き始めた。
当然、控えていた近衛兵が彼に剣を突きつけてその歩みを止めようとするが、彼はそちらを一瞥することなく魔法を放った。
目の前に、鮮やかな炎が広がる。
煙のように現れた炎は瞬く間に近衛兵の服に移り、足を、手を、炎で覆っていった。悲鳴をあげる彼らを無視して、彼はレドリアスの前に立った。レドリアスは恐怖のためか、腰が引けている。珍妙な体制で、彼はヴェートルを見上げた。
「な、なに……」
「なぜ、リズレイン・リーズリーを殺した?」
「は……」
突然の問いかけに、レドリアスは理解が追いついていないようだった。悲鳴をあげて逃げ戸惑う国王と王妃の行く手を遮るように扉が勢いよく閉まり、セメントを塗り付けられたかのように扉は開かなくなった。
悲鳴をあげる両親を見てレドリアスは顔色を悪くし、焦ったように短く呼吸を繰り返した。
しかしヴェートルは一切国王の様子を気にする素振りを見せずにただレドリアスのを見ている。
射られたかのようにレドリアスは動けなくなる。
「なぜ、彼女である必要があった?」
「そ、それは……」
ヴェートルは、リズを殺したのがレドリアスだと確信しているようだった。
恐れ戦きながらも、近衛兵はヴェートルに向けて銃を発砲し、剣を突き刺した。しかしそのどれもが彼を覆う透明な膜に弾かれて届かない。
火の手は広がり、舐めるように天井に伸びていく。
炎で焼け落ちていく様を見て、レドリアスが恐怖に引きつった声を上げた。
「ひっ」
「言え」
「そ、それは………あ、あの娘がリーズリー領地の娘だからだ!!」
ついにレドリアスは答えを口にした。
もはや父王とその妃はレドリアスとヴェートルどころではなく、近衛兵に命じて半狂乱になりながら扉を開けようと試みている。
むろん、魔法で閉められた扉が物理的な力で開くはずがないのだが。
「リーズリーの娘。それが何の理由になる?」
「け、建国神話では……女神はリーズリー領に降り立ったと記されている!だから女神の末裔であるリズレインを捧げれば……」
瞬間、彼の頬を刃が滑った。
「ひぃい!」
「は、ただそれだけの理由………」
ヴェートルは武器を手にしていない。
今のもまた、魔法のひとつなのだろう。
国王は、王族は、あまりにも知らなすぎた。魔術師を統制する立場でありながら、魔術師、というものを。せいぜい瘴気を祓い、魔獣を追い払う程度のものだろうと思い込み、それが人相手に奮われるなど考えもしなかったのだ。
なにせ、魔術師というのは秘匿された組織であり、みながみな、陰湿な性格を持ち、社交的ではない。必要以上に能力をひけらかさない魔術師たちの力を本当の意味で、王族は理解していない。同じ魔術師である、アスベルト以外。
もはや及び腰どころではなく、カエルのようにひっくり返っているレドリアスは這いずりながら涙混じりにヴェートルに言った。
「だがリズレインを殺したのは僕ではない!僕ではないぞ!」
「ああ……」
思い出したようにヴェートルは呟いた。
しかしその瞳に明るい光はない。
ただただ、虫けらを見るような目で彼は答えた。
「それについてはあなたに問うつもりはない。それが真実だと私は知っているから」
「なにを………!」
「レドリアス殿下。彼女はね、決して編み物をしていることを他者に話さなかった。練習中だから、と彼女は私にこっそり教えてくれた」
ヴェートルは静かに言った。
その通りだった。
リズは、刺繍や手編みといった細やかな動きがどうにも苦手で、あの日は練習も兼ねて手を動かしていたのだ。
刺繍は令嬢の嗜みだが、手編みはそうでもない。個人の趣味としてやる令嬢もいるが、リズは手編みの練習中であることは誰にも言わなかった。
言ったのはヴェートルだけ。
上手くできるようになったら、カーディガンを編んでみせるから楽しみにしていて、とリズは彼に言ったのだ。外に着て出かけるほどの品にはならなくても、家の中では着ていて欲しくて。
それを覚えていたのかとリズは涙で目の前が見えなくなった。滲む視界の中、ごうごうと燃える炎だけが赤く染っている。
ヴェートルは転げたままのレドリアスを見下ろしながら冷たく言った。
「それをなぜ、あなたは知っている?聴取の時、あなたは言ったな。……リズレイン嬢は気性が荒そうに見えるが、意外にも手編みを趣味としているのだな、と」
「そ、それは……」
「理由はもうひとつある。例え、デッセンベルデングの危機だとしても。公爵家の娘を殺した疑いのある私の戒めをあっさりと外し、脅威を倒せというのは……あまりにも、危機感がないのではないか?……私が冤罪であるのなら、話は別だが」
「──!」
もはやレドリアスは呼吸ができているのか怪しいくらい息を荒らげていた。過呼吸一歩手前、といったところか。
ヴェートルはそんな彼に構わず、身を屈ませて彼の腰に差してある剣の柄を掴んだ。
(まさか………)
ごくりと息を飲む。
まさか、そんな、いやだって。
色んな考えがぐるぐると巡る。
その間に彼は、抜き身の剣を手に持ち、その刃先をレドリアスに向けていた。
「レドリアス殿下。私は私のために、あなたを殺す。あなたの言葉は要らない。私は、ただ私の自己満足のためだけにあなたを殺すのだから」
そう言って──ヴェートルはリズが止める間もなく、その刃先をレドリアスの胸に沈めた。
思わず、悲鳴が漏れる。
リズの声は、過去のヴェートルに届くはずがないのだから止めても意味が無いのだが、リズはこんなこと望んでいなかった。
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