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あなたのために死ぬ ⑺
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「最初は、きみの容疑を晴らすだけでよかった。リズレイン・リーズリーを殺したというきみの疑惑を晴らせば、それだけで。しかし、まさかこんなことになるなんて。よりによってリーズリー領。魔術師はどんどん死ぬし、リーズリー公爵も亡くなった。この国は滅びてしまうかもね」
ヴェートルは答えなかった。
アスベルトの言葉はどこまで本気かわからなかったが、リズには全てが本心のように感じた。
リズの死後、デッセンベルデングがこんな脅威に見舞われるとは思ってもみなかった。
しかも、ヴェートルにリズ殺害の疑いが持たれるなど。……リズを殺したのは、殺害を首謀したのはレドリアスなのに。
ぐっと強く手を握り、唇を噛む。
悔しくて、悔しくて、リズはたまらなかった。リズを殺したのはレドリアスだ。なのになぜ。
歯を食いしばって怒りと悲しみに耐える彼女の前で、アスベルトが言う。
「……どちらにせよ、きみを必ずここから出す。ここから出たらきみは、レドリアスの言うことを聞くのではなくまずは潜伏してくれ。ロビンと合流を果たすんだ」
その言葉で、リズはアスベルトがロビンを匿っているのだと知った。
アスベルトがは、と皮肉げな笑みを浮かべた。自嘲した様子で、鼻にシワを寄せる。
「………王子といったって、僕にはこれくらいしかできない。すまない」
「……いえ、十分助けられています」
ヴェートルが小さく零した。
それにアスベルトは泣きそうな顔をしたが、すぐに取り繕ったように笑った。誤魔化すような、痛々しい笑みだった。
「……必ずきみを助ける。待っていてくれ」
アスベルトが言うとまた、視界が真っ暗になった。
次にリズが立っているのは、王城の一室だった。見覚えのない部屋だ。とても豪勢な部屋で、調度品はもちろん、天井に嵌められた絵画ですら金がかかっていると一目見て分かる品だった。大理石の床に赤のベルベット生地のカーペットが敷かれている。
その先に、金と赤に彩られた豪奢な椅子が二脚並んでいた。
その椅子に座っている人物を、リズは──いや、デッセンベルデングにいる人間なら誰しもが知っている。
国王と、王妃だ。
壁に沿うようにして近衛兵が並び、国王と王妃の横にはレドリアスが。
対面に、ヴェートルが膝をついていた。
「ヴェートル・ベルロニア。お前はリズレイン・リーズリーを殺したが……今は一刻を争う状況であり、国の窮地でもある。お前に、名誉挽回の機会をさずけよう」
王が厳かに言った。
「リーズリー公爵領を侵す魔物を討伐し、国の英雄となれ」
ヴェートルは何を考えているのか。
跪いたまま動かない。
何も答えない彼に焦れたのは、王妃だった。
「……お答えなさい。陛下のお言葉ですよ」
ヴェートルはそれでようやく顔を上げた。
しかし、その表情はどこまでも冷たく、凍てつくようだ。何を考えているのか、相手に一切悟らせない。氷の美貌だった。
彼の瞳に静かに滲むのは、殺意のようでもあり、慈愛のようでもあり、彼の考えを察するのは難しかった。彼の青碧色の冷たい瞳に射られて、ただの王侯貴族に過ぎない王妃は怯えを覚えたようだった。居心地が悪いのか、座り直している。
「……承知しました」
ヴェートルはまつ毛を伏せ、静かに答えた。
彼の声は特段大きくもないのに、よく響いた。
「国を滅ぼさんとする悪しき逆賊は私がこの手で──屠りましょう」
静かな声だ。王と王妃を前にしても、彼は一切の緊張を見せることなく静かに言いきった。
王妃は得体の知れない男に恐怖を覚えたのか顔をひきつらせた。王を見て意味ありげに顎をあげる。恐ろしいこの男を早く追い出せ、ということなのだろう。
王妃に逆らえない国王は、吃りながらヴェートルに告げた。
「で、では。今から魔力封じの腕輪を外す」
ヴェートルの腕から、かちゃり、と音が鳴り腕輪が外される。王の命を受けて従僕が彼の腕輪を外したのだ。リズはその腕輪と王の言葉を聞いて、初めて彼が魔力を封じられていることを知った。彼は重罪人として戒められていたのだ。
(酷い……)
それが冤罪であることを、レドリアスは誰よりも知っているはずだ。
いや、だからこそか。だからこそ、彼はヴェートルの力を恐れて魔力封じを施した。
軽い音を立てて腕輪が外れるのを、ヴェートルは静かに見るだけだった。
王は、それを満足そうに見た。
「よいか?必ず、我が国の──」
王がそこまで言った時だった。
窓の外から、重たい落雷の音が聞こえる。
割り割くような爆音が聞こえ、瞬時に窓の外が暗くなる。突然天気が崩れたことに、国王夫妻は驚いたようだった。
近衛兵も同じで、彼らは窓の外に視線を向ける。
しかし、ヴェートルだけは違った。
彼は氷のような冷たい目で、レドリアスをただじっと、見ていたのだ。
レドリアスは蛇に睨まれたカエルのように息を飲み、生唾を飲み込んだ。
ヴェートルは答えなかった。
アスベルトの言葉はどこまで本気かわからなかったが、リズには全てが本心のように感じた。
リズの死後、デッセンベルデングがこんな脅威に見舞われるとは思ってもみなかった。
しかも、ヴェートルにリズ殺害の疑いが持たれるなど。……リズを殺したのは、殺害を首謀したのはレドリアスなのに。
ぐっと強く手を握り、唇を噛む。
悔しくて、悔しくて、リズはたまらなかった。リズを殺したのはレドリアスだ。なのになぜ。
歯を食いしばって怒りと悲しみに耐える彼女の前で、アスベルトが言う。
「……どちらにせよ、きみを必ずここから出す。ここから出たらきみは、レドリアスの言うことを聞くのではなくまずは潜伏してくれ。ロビンと合流を果たすんだ」
その言葉で、リズはアスベルトがロビンを匿っているのだと知った。
アスベルトがは、と皮肉げな笑みを浮かべた。自嘲した様子で、鼻にシワを寄せる。
「………王子といったって、僕にはこれくらいしかできない。すまない」
「……いえ、十分助けられています」
ヴェートルが小さく零した。
それにアスベルトは泣きそうな顔をしたが、すぐに取り繕ったように笑った。誤魔化すような、痛々しい笑みだった。
「……必ずきみを助ける。待っていてくれ」
アスベルトが言うとまた、視界が真っ暗になった。
次にリズが立っているのは、王城の一室だった。見覚えのない部屋だ。とても豪勢な部屋で、調度品はもちろん、天井に嵌められた絵画ですら金がかかっていると一目見て分かる品だった。大理石の床に赤のベルベット生地のカーペットが敷かれている。
その先に、金と赤に彩られた豪奢な椅子が二脚並んでいた。
その椅子に座っている人物を、リズは──いや、デッセンベルデングにいる人間なら誰しもが知っている。
国王と、王妃だ。
壁に沿うようにして近衛兵が並び、国王と王妃の横にはレドリアスが。
対面に、ヴェートルが膝をついていた。
「ヴェートル・ベルロニア。お前はリズレイン・リーズリーを殺したが……今は一刻を争う状況であり、国の窮地でもある。お前に、名誉挽回の機会をさずけよう」
王が厳かに言った。
「リーズリー公爵領を侵す魔物を討伐し、国の英雄となれ」
ヴェートルは何を考えているのか。
跪いたまま動かない。
何も答えない彼に焦れたのは、王妃だった。
「……お答えなさい。陛下のお言葉ですよ」
ヴェートルはそれでようやく顔を上げた。
しかし、その表情はどこまでも冷たく、凍てつくようだ。何を考えているのか、相手に一切悟らせない。氷の美貌だった。
彼の瞳に静かに滲むのは、殺意のようでもあり、慈愛のようでもあり、彼の考えを察するのは難しかった。彼の青碧色の冷たい瞳に射られて、ただの王侯貴族に過ぎない王妃は怯えを覚えたようだった。居心地が悪いのか、座り直している。
「……承知しました」
ヴェートルはまつ毛を伏せ、静かに答えた。
彼の声は特段大きくもないのに、よく響いた。
「国を滅ぼさんとする悪しき逆賊は私がこの手で──屠りましょう」
静かな声だ。王と王妃を前にしても、彼は一切の緊張を見せることなく静かに言いきった。
王妃は得体の知れない男に恐怖を覚えたのか顔をひきつらせた。王を見て意味ありげに顎をあげる。恐ろしいこの男を早く追い出せ、ということなのだろう。
王妃に逆らえない国王は、吃りながらヴェートルに告げた。
「で、では。今から魔力封じの腕輪を外す」
ヴェートルの腕から、かちゃり、と音が鳴り腕輪が外される。王の命を受けて従僕が彼の腕輪を外したのだ。リズはその腕輪と王の言葉を聞いて、初めて彼が魔力を封じられていることを知った。彼は重罪人として戒められていたのだ。
(酷い……)
それが冤罪であることを、レドリアスは誰よりも知っているはずだ。
いや、だからこそか。だからこそ、彼はヴェートルの力を恐れて魔力封じを施した。
軽い音を立てて腕輪が外れるのを、ヴェートルは静かに見るだけだった。
王は、それを満足そうに見た。
「よいか?必ず、我が国の──」
王がそこまで言った時だった。
窓の外から、重たい落雷の音が聞こえる。
割り割くような爆音が聞こえ、瞬時に窓の外が暗くなる。突然天気が崩れたことに、国王夫妻は驚いたようだった。
近衛兵も同じで、彼らは窓の外に視線を向ける。
しかし、ヴェートルだけは違った。
彼は氷のような冷たい目で、レドリアスをただじっと、見ていたのだ。
レドリアスは蛇に睨まれたカエルのように息を飲み、生唾を飲み込んだ。
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