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あなたのために死ぬ ⑹
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(レドリアス……殿下)
そう。そこにいたのは、レドリアス・アズレン。
この国の第一王子だ。
咳き込んだ彼を心配するように、背後に控えていた男が声をかけた。
「ご体調は」
「うるさい。僕に話しかけるな」
その声もまた、彼女の知るレドリアスのものだった。彼は舌打ちすると、自身の髪を引っ掴んだ。
「くそ、頭がチクチクしていて鬱陶しい。もうこんなものは被らずともいいだろう」
「ですが殿下、ご尊顔を誰かに見られでもしたら」
「見たやつは殺せばいい。既に十分、この髪は役割を果たしている」
レドリアスが掴んだ髪はずるりと動き、彼の頭から離れた。現れたのは、リズも知る黒色の髪。
レドリアスは鬘をつけていたのだ。
ハッとしてリズが過去の自分を見ると、既に息は無いようだった。視線の先で、リズの胸を剣で貫いた男が、生々しい水音を立てながら何かしている。
何をしているのか思い当たったリズの肌にぞっと鳥肌が立った。
心臓を取り出しているのだ、文字通り。
気色悪くて、気持ちが悪くて、リズはいてもたってもいられず、吐きそうになった。咄嗟に口元を手で覆う。吐き気が込み上げて、どうしようもない。
リズの胸を解剖する男が言う。
「この女、用が済んだら僕にください」
リズはまた、目を見開いた。
その声もまた、見知ったものだったからだ。
その男はフードをとる事はしなかったが──その声は──その声の男は。
(デストロイ…………………)
目眩がした。吐き気がした。
生理的な涙が零れそうになった。
しかしリズは堪えて、必死に深呼吸を繰り返す。ここで混乱してパニックを起こしてはならないと、その思いだけで冷静さを取り戻そうと気を奮い立たせる。
気がつけば、既に知らない場所に移動していた。
石の魔法が為せる技だろうか。
ようやく自分の体が消えたことで、ほんの少し平常心を取り戻せたリズが周囲を見渡す。
薄暗く、石の壁が冷たい印象を与える。ただ石を敷き詰めて作られたこの空間は──
(牢屋……?)
リズは牢屋に足を運んだことは無い。
だけど、本能的にここはどこかの牢屋なのだろうと彼女は思い当たった。
薄暗いので、遠くまで見ることができない。牢にはリズひとりなのか、ほかに誰がいるかも分からなかった。
しばらくそこで立っていると、ふとコツコツ、という足音が聞こえてくる。ハッとしてリズは振り向いた。
手に燭台を持って現れたのは、アスベルトだ。
彼は疲れたような顔をして、牢の前まで来ると、壁に背をもたれた。
柵腰に、彼が言う。
「……大変なことになった」
牢にはやはり、アスベルト以外にひとがいるのだろう。全く気配がしないので、誰がいるのかも、どこにいるのかもわからない。
「きみも関係のあることだよ、ヴェートル」
「!!」
リズは悲鳴をあげそうになった。
この牢屋にいるのは、ヴェートルなのだ。
(なぜ?どうして……!?)
なぜ、ヴェートルが牢に入れられているのだ。
口を手で覆いながら、リズはアスベルトを見た。
アスベルトは目の前に立つリズではなく、その先──おそらく、ヴェートルがいる方を見て、言葉を続ける。
「リーズリー領で魔獣が大量発生しているらしい。いや……あれは魔獣といっていいのかも分からないな。報告を聞いたが荒唐無稽な化け物と、そう称するべきだな。未知の化け物がひとを食い荒らして、リーズリー領は全滅間近だ」
「……それが?」
静かに声が響いた。その声が、ヴェートルのものだと知りリズはまた驚いた。彼のこんな冷たい声を、リズは聞いたことがない。
全てを突き放すような、切り捨てるような声。
それに……アスベルトは今なんと言っただろうか。
(全滅……!?)
一体何が起きているのか。
リズは固唾を飲んでふたりの会話を見守った。
アスベルトは壁にもたれたまま、足を組み直した。
「近いうちに、兄上……レドリアスが、きみを牢から出すだろう。リーズリーに現れた化け物退治に。今残っている高位魔術師はきみだけだ。ヴェートル。王都にいたバロラリオンも、南方にいたローベルトもリーズリーに向かわされて、死んでいる」
「………」
「レドリアスはかなり焦っている。使えるものはなんでも使えとそう思っているようだ。……リーズリー公爵に自分の領地の問題なのだから自身で解決するまで戻ってくるなと言いつけて追い出し、魔力も体術も剣術も扱えないリーズリー公爵はあっけなく化け物に食われて死んだ」
「………」
「現公爵のロビン・リーズリーは、身を隠し行方不明。……どうしてこうなったんだろうね」
アスベルトは疲労を隠せない様子だった。
そう。そこにいたのは、レドリアス・アズレン。
この国の第一王子だ。
咳き込んだ彼を心配するように、背後に控えていた男が声をかけた。
「ご体調は」
「うるさい。僕に話しかけるな」
その声もまた、彼女の知るレドリアスのものだった。彼は舌打ちすると、自身の髪を引っ掴んだ。
「くそ、頭がチクチクしていて鬱陶しい。もうこんなものは被らずともいいだろう」
「ですが殿下、ご尊顔を誰かに見られでもしたら」
「見たやつは殺せばいい。既に十分、この髪は役割を果たしている」
レドリアスが掴んだ髪はずるりと動き、彼の頭から離れた。現れたのは、リズも知る黒色の髪。
レドリアスは鬘をつけていたのだ。
ハッとしてリズが過去の自分を見ると、既に息は無いようだった。視線の先で、リズの胸を剣で貫いた男が、生々しい水音を立てながら何かしている。
何をしているのか思い当たったリズの肌にぞっと鳥肌が立った。
心臓を取り出しているのだ、文字通り。
気色悪くて、気持ちが悪くて、リズはいてもたってもいられず、吐きそうになった。咄嗟に口元を手で覆う。吐き気が込み上げて、どうしようもない。
リズの胸を解剖する男が言う。
「この女、用が済んだら僕にください」
リズはまた、目を見開いた。
その声もまた、見知ったものだったからだ。
その男はフードをとる事はしなかったが──その声は──その声の男は。
(デストロイ…………………)
目眩がした。吐き気がした。
生理的な涙が零れそうになった。
しかしリズは堪えて、必死に深呼吸を繰り返す。ここで混乱してパニックを起こしてはならないと、その思いだけで冷静さを取り戻そうと気を奮い立たせる。
気がつけば、既に知らない場所に移動していた。
石の魔法が為せる技だろうか。
ようやく自分の体が消えたことで、ほんの少し平常心を取り戻せたリズが周囲を見渡す。
薄暗く、石の壁が冷たい印象を与える。ただ石を敷き詰めて作られたこの空間は──
(牢屋……?)
リズは牢屋に足を運んだことは無い。
だけど、本能的にここはどこかの牢屋なのだろうと彼女は思い当たった。
薄暗いので、遠くまで見ることができない。牢にはリズひとりなのか、ほかに誰がいるかも分からなかった。
しばらくそこで立っていると、ふとコツコツ、という足音が聞こえてくる。ハッとしてリズは振り向いた。
手に燭台を持って現れたのは、アスベルトだ。
彼は疲れたような顔をして、牢の前まで来ると、壁に背をもたれた。
柵腰に、彼が言う。
「……大変なことになった」
牢にはやはり、アスベルト以外にひとがいるのだろう。全く気配がしないので、誰がいるのかも、どこにいるのかもわからない。
「きみも関係のあることだよ、ヴェートル」
「!!」
リズは悲鳴をあげそうになった。
この牢屋にいるのは、ヴェートルなのだ。
(なぜ?どうして……!?)
なぜ、ヴェートルが牢に入れられているのだ。
口を手で覆いながら、リズはアスベルトを見た。
アスベルトは目の前に立つリズではなく、その先──おそらく、ヴェートルがいる方を見て、言葉を続ける。
「リーズリー領で魔獣が大量発生しているらしい。いや……あれは魔獣といっていいのかも分からないな。報告を聞いたが荒唐無稽な化け物と、そう称するべきだな。未知の化け物がひとを食い荒らして、リーズリー領は全滅間近だ」
「……それが?」
静かに声が響いた。その声が、ヴェートルのものだと知りリズはまた驚いた。彼のこんな冷たい声を、リズは聞いたことがない。
全てを突き放すような、切り捨てるような声。
それに……アスベルトは今なんと言っただろうか。
(全滅……!?)
一体何が起きているのか。
リズは固唾を飲んでふたりの会話を見守った。
アスベルトは壁にもたれたまま、足を組み直した。
「近いうちに、兄上……レドリアスが、きみを牢から出すだろう。リーズリーに現れた化け物退治に。今残っている高位魔術師はきみだけだ。ヴェートル。王都にいたバロラリオンも、南方にいたローベルトもリーズリーに向かわされて、死んでいる」
「………」
「レドリアスはかなり焦っている。使えるものはなんでも使えとそう思っているようだ。……リーズリー公爵に自分の領地の問題なのだから自身で解決するまで戻ってくるなと言いつけて追い出し、魔力も体術も剣術も扱えないリーズリー公爵はあっけなく化け物に食われて死んだ」
「………」
「現公爵のロビン・リーズリーは、身を隠し行方不明。……どうしてこうなったんだろうね」
アスベルトは疲労を隠せない様子だった。
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