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あなたのために死ぬ ⑸
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純白に緋色を一滴垂らしたような、淡い桃色。
ヴェートルの髪である白から、リズの色である赤に。
魔法で作られただけあって、ただの石では無いのだ。
現実離れした話なので、なかなか実感がわかない。
リズがただ石を見つめていると、ヴェートルが続けた。
「全て憶測です。戻ってからバロリオン先生に聞こうと思っていましたが……。そうだ、リズ」
名を呼ばれて、リズは反射的に顔を上げた。
彼はなにか思いついたようにリズの石を見て、指先で触れる。
「今、思いついたのですが……試してみたいことがあります」
「試してみたいこと?」
「はい。私の魔法が確かにあなたを守ったのなら……あなたの知る、以前の記憶をこの石は記録しているかもしれない」
「え……」
思わぬことにリズは目を見開いた。
それに対し、ヴェートルはわずかに眉を寄せ、難しそうな雰囲気のまま、口にする。
「……この石に、私の魔力を込めてみれば、あるいは」
「………」
「だけどそれは、あなたの傷に触れる行為でもある。……リズ、あなたが見たくないというのなら、やめておきましょう。知らないままでいることの方が、幸福ということも有り得る。……だけどあなたが、真実、過去の出来事の全てを……何が起きたかを知りたいと思うのなら。共に、石の記録を追いませんか」
「───」
思ってもみない言葉だった。
リズは目を見開いた。言葉を理解するのに時間がかかった。
(過去の……記憶)
それはつまり、リズがヴェートルだと思った男に殺され──心臓を捧げられたあと、の話。
何が起きたのか。どうしてあんなことになったのか。
そうだ。リズはそれが知りたい。
真実を知りたいと思ったからこそ、リズは調べていたのだ。ヴェートルが……彼では無いかもしれないが、リズがヴェートルだと思った男が、なぜあのような凶行に走ったのか。リズは知りたいと思っていた。
ややあって、ぎこちなく、リズは石に触れるヴェートルの指先に手を重ねた。
きゅ、と力を込めて彼の手を握った。
「……知りたい。……知りたいわ。ヴェートル様。なぜ私が殺されたのか……私でなければならなかったのか。私は、それが知りたい」
真実を知ることが出来るというのなら、そうしない理由はない。リズが力強い瞳でヴェートルを見上げると、彼はわずかに微笑んだ。
そして目を閉じると、細く息を吐く。
「……私がいます」
短い言葉だった。
だけどリズは、それで十分だった。
ふたりで手を握りながら、静かに目を閉じた。石の記録を辿るには何をするのか。何が起きるのか。リズには全く分からない。
何が起きるか分からない緊張に身を固くしている中で、彼が小さく呟いた。
「|凝縮開始(トライス・オン)」
瞬間、室内は淡い光に包まれた。
***
ぱちぱち、と火が爆ぜる音が聞こえた。
気がつくとリズは、どこかの部屋にいた。
(ここは……どこ?)
不思議に思ってあたりを見回す。そして、すぐにここがどこか気がついた。
(私の部屋……)
公爵家の自室だ。
そしてリズは、視線の先に有り得ないものを見て悲鳴をあげかけた。
リズの視線の先──室内の安楽椅子に腰掛けた、自分がいる。
彼女は、手に刺繍糸と針を持ち、鼻歌交じりに糸を編んでいた。
時々窓の外は白光りし、続いて遠くから轟音が聞こえてくる。……雷だ。
リズは瞬時に、自分は過去の──死の直前に立ち会っていることを知った。咄嗟に手を握る。
周りを見渡すが、共に駐屯所の室内で手を握り、真実を確かめようと話したヴェートルはいなかった。部屋には、リズしかいない。
ぱちぱちと火の爆ぜる音は、暖炉で燃える薪の音だった。
(どういうこと?どうして私一人で……)
リズが狼狽えているうちに、ふと、扉が音もなく開いた。
「ひ……」
咄嗟にリズは悲鳴をあげてしまった。
目の前に現れたのは、記憶に残る、黒のローブに身を包んだ人間数人だったからだ。
悲鳴をあげてしまったリズは瞬時に口を手で覆ったが、彼らはリズに見向きもせずに、安楽椅子に腰かけるもうひとりの彼女に近づいていく。
(だめ……!!)
そう思っても、リズの足は金縛りにあったかのように動かない。声も出なかった。
食い入るように見つめたその先で──リズの想像通り。いや、記憶通りに状況は変化した。
視界の先のリズが彼らに気づき、悲鳴をあげる。
針を落とす。肩を袈裟斬りにされる。
崩れ落ちたリズの前で、彼らは口々に言った。
「公女を早く連れ出せ」
「心臓を捧げよ」
「悪魔の儀式の生贄とするために」
リズは凍りついた。
そうだ。この後だ。この後、リズは彼を見た。
震えが走り、呼吸が早くなる。
見たくないのに、視線を逸らすことは出来なかった。
(いや……いや……)
小さく呟いた。
男が剣を掲げ、倒れ伏したリズの胸元に狙いを定めた。
(い、や……………)
「悪く思うな、リーズリー家の生ける女神の依代よ。お前の死は無駄にはしまい」
知っている声。覚えている声。
男が手首を返し、剣を突き刺そうと構えた。
その時、彼らに視認されない、現在のリズの隣に控えている男──今しがた、過去のリズを袈裟斬りにした男だ。
彼が、咳を繰り返した。げほ、という音は今のリズには届いた。
彼女は瞬間、まつ毛をはね上げて目を見開いた。
ヴェートルの声ではなかったからだ。
目を見開き、見つめる現在のリズの視界の先で、男のローブがまくれる。
過去のリズからは背後しか見れないが、おとこは現在のリズの横に立っている。自然、横顔を見ることがかなった。
「な──」
リズは声がこぼれた。
これ以上ないほどに目を見開いた。
(な………どう、して)
そこに立っていたのは、ヴェートルではなかった。アリスブルーの髪を持ちながらも、その男はヴェートルではなく──。
ヴェートルの髪である白から、リズの色である赤に。
魔法で作られただけあって、ただの石では無いのだ。
現実離れした話なので、なかなか実感がわかない。
リズがただ石を見つめていると、ヴェートルが続けた。
「全て憶測です。戻ってからバロリオン先生に聞こうと思っていましたが……。そうだ、リズ」
名を呼ばれて、リズは反射的に顔を上げた。
彼はなにか思いついたようにリズの石を見て、指先で触れる。
「今、思いついたのですが……試してみたいことがあります」
「試してみたいこと?」
「はい。私の魔法が確かにあなたを守ったのなら……あなたの知る、以前の記憶をこの石は記録しているかもしれない」
「え……」
思わぬことにリズは目を見開いた。
それに対し、ヴェートルはわずかに眉を寄せ、難しそうな雰囲気のまま、口にする。
「……この石に、私の魔力を込めてみれば、あるいは」
「………」
「だけどそれは、あなたの傷に触れる行為でもある。……リズ、あなたが見たくないというのなら、やめておきましょう。知らないままでいることの方が、幸福ということも有り得る。……だけどあなたが、真実、過去の出来事の全てを……何が起きたかを知りたいと思うのなら。共に、石の記録を追いませんか」
「───」
思ってもみない言葉だった。
リズは目を見開いた。言葉を理解するのに時間がかかった。
(過去の……記憶)
それはつまり、リズがヴェートルだと思った男に殺され──心臓を捧げられたあと、の話。
何が起きたのか。どうしてあんなことになったのか。
そうだ。リズはそれが知りたい。
真実を知りたいと思ったからこそ、リズは調べていたのだ。ヴェートルが……彼では無いかもしれないが、リズがヴェートルだと思った男が、なぜあのような凶行に走ったのか。リズは知りたいと思っていた。
ややあって、ぎこちなく、リズは石に触れるヴェートルの指先に手を重ねた。
きゅ、と力を込めて彼の手を握った。
「……知りたい。……知りたいわ。ヴェートル様。なぜ私が殺されたのか……私でなければならなかったのか。私は、それが知りたい」
真実を知ることが出来るというのなら、そうしない理由はない。リズが力強い瞳でヴェートルを見上げると、彼はわずかに微笑んだ。
そして目を閉じると、細く息を吐く。
「……私がいます」
短い言葉だった。
だけどリズは、それで十分だった。
ふたりで手を握りながら、静かに目を閉じた。石の記録を辿るには何をするのか。何が起きるのか。リズには全く分からない。
何が起きるか分からない緊張に身を固くしている中で、彼が小さく呟いた。
「|凝縮開始(トライス・オン)」
瞬間、室内は淡い光に包まれた。
***
ぱちぱち、と火が爆ぜる音が聞こえた。
気がつくとリズは、どこかの部屋にいた。
(ここは……どこ?)
不思議に思ってあたりを見回す。そして、すぐにここがどこか気がついた。
(私の部屋……)
公爵家の自室だ。
そしてリズは、視線の先に有り得ないものを見て悲鳴をあげかけた。
リズの視線の先──室内の安楽椅子に腰掛けた、自分がいる。
彼女は、手に刺繍糸と針を持ち、鼻歌交じりに糸を編んでいた。
時々窓の外は白光りし、続いて遠くから轟音が聞こえてくる。……雷だ。
リズは瞬時に、自分は過去の──死の直前に立ち会っていることを知った。咄嗟に手を握る。
周りを見渡すが、共に駐屯所の室内で手を握り、真実を確かめようと話したヴェートルはいなかった。部屋には、リズしかいない。
ぱちぱちと火の爆ぜる音は、暖炉で燃える薪の音だった。
(どういうこと?どうして私一人で……)
リズが狼狽えているうちに、ふと、扉が音もなく開いた。
「ひ……」
咄嗟にリズは悲鳴をあげてしまった。
目の前に現れたのは、記憶に残る、黒のローブに身を包んだ人間数人だったからだ。
悲鳴をあげてしまったリズは瞬時に口を手で覆ったが、彼らはリズに見向きもせずに、安楽椅子に腰かけるもうひとりの彼女に近づいていく。
(だめ……!!)
そう思っても、リズの足は金縛りにあったかのように動かない。声も出なかった。
食い入るように見つめたその先で──リズの想像通り。いや、記憶通りに状況は変化した。
視界の先のリズが彼らに気づき、悲鳴をあげる。
針を落とす。肩を袈裟斬りにされる。
崩れ落ちたリズの前で、彼らは口々に言った。
「公女を早く連れ出せ」
「心臓を捧げよ」
「悪魔の儀式の生贄とするために」
リズは凍りついた。
そうだ。この後だ。この後、リズは彼を見た。
震えが走り、呼吸が早くなる。
見たくないのに、視線を逸らすことは出来なかった。
(いや……いや……)
小さく呟いた。
男が剣を掲げ、倒れ伏したリズの胸元に狙いを定めた。
(い、や……………)
「悪く思うな、リーズリー家の生ける女神の依代よ。お前の死は無駄にはしまい」
知っている声。覚えている声。
男が手首を返し、剣を突き刺そうと構えた。
その時、彼らに視認されない、現在のリズの隣に控えている男──今しがた、過去のリズを袈裟斬りにした男だ。
彼が、咳を繰り返した。げほ、という音は今のリズには届いた。
彼女は瞬間、まつ毛をはね上げて目を見開いた。
ヴェートルの声ではなかったからだ。
目を見開き、見つめる現在のリズの視界の先で、男のローブがまくれる。
過去のリズからは背後しか見れないが、おとこは現在のリズの横に立っている。自然、横顔を見ることがかなった。
「な──」
リズは声がこぼれた。
これ以上ないほどに目を見開いた。
(な………どう、して)
そこに立っていたのは、ヴェートルではなかった。アリスブルーの髪を持ちながらも、その男はヴェートルではなく──。
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※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
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