〈完結〉あなたのために死ぬ

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
61 / 75

あなたのために死ぬ ⑵

しおりを挟む


「何?」

「僕たちは、失敗したら自身の口を封じるように教育されている。僕らにとって命令は絶対だ。このままだとあんたらは、何の手がかりも手に入れられなくなるが?」

「……」

アスベルトは難しい顔をしていたが、やがて立ち上がると、足早に部屋を出ていった。
強い口調の声が聞こえるので、おそらく子飼いの魔術師とやらを捕縛するよう命じているのだろう。リズがそう思っていると、デストロイがよろけながらも立ち上がる。
ヴェートルが警戒したようにそちらを見て、リズを背に隠した。
その仕草にデストロイは眉を寄せたが、気にすることなくリズに声をかける。

「ねえ、リズレイン・リーズリー」

「……なに?」

「そんな警戒しないでよ。たださ、ひとつ聞きたいんだ」

「………」

リズはヴェートルの背をそっと押して、彼の隣に並んだ。ヴェートルがいる以上、デストロイは脅威ではない。話すだけなら問題ないと判断したのだ。

「何かしら」

硬い声で冷たく答えるリズに、デストロイが肩をすくめる。動きがぎこちないので、やはり先程の衝撃でどこかしら痛めているのかもしれない。

「僕がただのアトソン家の子息だったら、何の目的もなく、誰にも命令されることなく。ただ純粋に──そう、興味本位だけできみに近づいていたら、少しはこの結末も変わっていたかな」

「………」

それは思わぬ質問だった。
リズは目を見開いた。

戸惑いに、沈黙が続く。
黙り込んだリズは、しかし答えを見つけると静かに切り出した。

「その答えは、いいえ、よ」

「なぜ?」

「私はあなたを好きにならない。それは、あなたに魅力がないとかそういうことではないわ」

事実、デストロイは令嬢や婦人に度々秋波を送られる貴公子だ。リズでなければ彼になびいていたかもしれない。
だけどリズは、彼に惹かれることはなかった。

なぜなら。

「私は既に心に決めた人がいるのだもの。好きな男がいる女を振り向かせるのは並大抵のことじゃないわ」

「……そう。勝敗は最初から決まっていたってわけか」

「…………」

リズは黙り込んだ。
悪魔崇拝者の処罰はどれほど重いのだろう。
魔術師の全貌──つまり、悪魔病の真実を口にしただけでもアスベルトは王位継承権剥奪ものだと話していた。王族の彼がそれほど重い罰を受けるのだ。伯爵家の息子である彼なら、その命をもって、となってもおかしい話ではない。
そうでなくても、とても重たい処分になるだろう。
リズはデストロイを苦手に思っていたが、ロビンは彼を気に入っているようだった。ロビンが自邸で友人と共に夜遅くまで酒を飲み交わすなど滅多にない事だ。
それを思うと、リズはなんだかいたたまれなかった。

「……兄は、あなたを気に入っているようだったわ」

ぽつりとリズが呟く。
デストロイが顔を上げた。

「兄には……手紙を書いてあげて」

リズが言うと、デストロイは目を見開いた。

「………」

少しして彼は前髪をぐしゃりとかきまぜる。
笑おうとしてそれに失敗したような、自嘲した表情だった。

「あれも、演技なのに」

「お兄様は演技だと思わなかったみたいよ。お人好しなの」

「は。………きみみたいだ」

苦しげにデストロイは呟いたが、リズはその言葉に首を傾げた。

(私がお人好し?どこが?)

全く理解できない。
デストロイにはリズがどう見えているのだろう。
そこでようやく、アスベルトが部屋に戻ってくる。どこか疲れた顔をしているのは、ほかの魔術師に話を通すことに疲弊したからだろう。

「デストロイの身柄はこちらで預かる」

アスベルトが言い、魔法を使用してデストロイの手首を縛った。デストロイは抵抗しなかった。
リズはその様子をじっと見ていたが、不意にヴェートルに話しかけられた。

「リズ、いきましょう」

「あ……」

顔を上げると、ヴェートルがリズを見ていた。
手を引かれ、リズは大人しく彼について行く。
部屋を出て廊下に出ると、アスベルトがデストロイと何か話しているのが聞こえた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。 そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。 死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

処理中です...