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あなたのために死ぬ ⑵
しおりを挟む「何?」
「僕たちは、失敗したら自身の口を封じるように教育されている。僕らにとって命令は絶対だ。このままだとあんたらは、何の手がかりも手に入れられなくなるが?」
「……」
アスベルトは難しい顔をしていたが、やがて立ち上がると、足早に部屋を出ていった。
強い口調の声が聞こえるので、おそらく子飼いの魔術師とやらを捕縛するよう命じているのだろう。リズがそう思っていると、デストロイがよろけながらも立ち上がる。
ヴェートルが警戒したようにそちらを見て、リズを背に隠した。
その仕草にデストロイは眉を寄せたが、気にすることなくリズに声をかける。
「ねえ、リズレイン・リーズリー」
「……なに?」
「そんな警戒しないでよ。たださ、ひとつ聞きたいんだ」
「………」
リズはヴェートルの背をそっと押して、彼の隣に並んだ。ヴェートルがいる以上、デストロイは脅威ではない。話すだけなら問題ないと判断したのだ。
「何かしら」
硬い声で冷たく答えるリズに、デストロイが肩をすくめる。動きがぎこちないので、やはり先程の衝撃でどこかしら痛めているのかもしれない。
「僕がただのアトソン家の子息だったら、何の目的もなく、誰にも命令されることなく。ただ純粋に──そう、興味本位だけできみに近づいていたら、少しはこの結末も変わっていたかな」
「………」
それは思わぬ質問だった。
リズは目を見開いた。
戸惑いに、沈黙が続く。
黙り込んだリズは、しかし答えを見つけると静かに切り出した。
「その答えは、いいえ、よ」
「なぜ?」
「私はあなたを好きにならない。それは、あなたに魅力がないとかそういうことではないわ」
事実、デストロイは令嬢や婦人に度々秋波を送られる貴公子だ。リズでなければ彼になびいていたかもしれない。
だけどリズは、彼に惹かれることはなかった。
なぜなら。
「私は既に心に決めた人がいるのだもの。好きな男がいる女を振り向かせるのは並大抵のことじゃないわ」
「……そう。勝敗は最初から決まっていたってわけか」
「…………」
リズは黙り込んだ。
悪魔崇拝者の処罰はどれほど重いのだろう。
魔術師の全貌──つまり、悪魔病の真実を口にしただけでもアスベルトは王位継承権剥奪ものだと話していた。王族の彼がそれほど重い罰を受けるのだ。伯爵家の息子である彼なら、その命をもって、となってもおかしい話ではない。
そうでなくても、とても重たい処分になるだろう。
リズはデストロイを苦手に思っていたが、ロビンは彼を気に入っているようだった。ロビンが自邸で友人と共に夜遅くまで酒を飲み交わすなど滅多にない事だ。
それを思うと、リズはなんだかいたたまれなかった。
「……兄は、あなたを気に入っているようだったわ」
ぽつりとリズが呟く。
デストロイが顔を上げた。
「兄には……手紙を書いてあげて」
リズが言うと、デストロイは目を見開いた。
「………」
少しして彼は前髪をぐしゃりとかきまぜる。
笑おうとしてそれに失敗したような、自嘲した表情だった。
「あれも、演技なのに」
「お兄様は演技だと思わなかったみたいよ。お人好しなの」
「は。………きみみたいだ」
苦しげにデストロイは呟いたが、リズはその言葉に首を傾げた。
(私がお人好し?どこが?)
全く理解できない。
デストロイにはリズがどう見えているのだろう。
そこでようやく、アスベルトが部屋に戻ってくる。どこか疲れた顔をしているのは、ほかの魔術師に話を通すことに疲弊したからだろう。
「デストロイの身柄はこちらで預かる」
アスベルトが言い、魔法を使用してデストロイの手首を縛った。デストロイは抵抗しなかった。
リズはその様子をじっと見ていたが、不意にヴェートルに話しかけられた。
「リズ、いきましょう」
「あ……」
顔を上げると、ヴェートルがリズを見ていた。
手を引かれ、リズは大人しく彼について行く。
部屋を出て廊下に出ると、アスベルトがデストロイと何か話しているのが聞こえた。
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