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あなたのために死ぬ
しおりを挟むリズはデストロイを打つ覚悟を決めていたものの、だからといって怖くなかったわけではない。
荒事とは程遠い環境で育った箱入りの令嬢が、人を銃で打ってなんとも思わないはずがないのだ。
人を死に至らせる武器を手に、それでも自分の身を守るためだけに薄氷のような儚い覚悟を決めた。
ヴェートルが駆けつけたことで、その覚悟も不要になれば残ったのは命のやり取りに怯える心だけだ。
慣れ親しんだ顔を見て、声を聞いて、ようやく、日常が戻ってきた気がした。
じわ、と涙が滲み、気がついた時にはもう遅かった。ぽたぽたと床に濃い染みを作る。
リズは声もなく泣いていた。
「ヴェートル様、わたし」
リズの手は未だにしっかりと銃を掴んでいた。緊張を強いられたために、石のように手はこわばり、銃を手放すことができない。ヴェートルは彼女を見て、その肩を支えながら彼女の手に触れた。強ばる固まる彼女の指先に触れて、ほぐすように一本一本、指を外させる。
リズはひたすら泣きじゃくっていた。
遠くから足音が聞こえる。
その足音は強くなり、すぐさま部屋に飛び込んできた。
「何事だ!?何があっ……ヴェートル!?」
アスベルトの声だ。ハッとしてリズが顔を上げようとすると、ばさりと頭に何かかけられた。視界が覆われて、何も見えなくなる。
布を挟んだ先では、アスベルトとヴェートルの声が聞こえた。
「これは一体、どういうことだ?」
「それは、そこで伸びている彼に聞けば分かると思いますよ」
「お前……高位魔法を使ったのか?扉が木っ端微塵だが」
「開ける手間が惜しかったんです」
「…………」
アスベルトの深いため息が聞こえてきた。
この頃になるとリズもようやく平常心を取り戻しつつあって、彼女は深く深呼吸すると、静かに立ち上がった。
被された布を外し、見てみると紺のサーコートだった。ヴェートルが着ていたものだろう。
「お騒がせして申し訳ありません。アスベルト殿下、ヴェートル様」
リズが声をかけると、ふたりの視線が彼女に向いた。
ヴェートルはリズを見て眉を寄せた。アスベルトは驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返している。
(そんなに泣いたの目立つかな……)
号泣というほど酷い泣き方をしたわけではないが、結構泣きじゃくってしまったので目が腫れているのかもしれない。鏡がないので確認のしようがないが、それより状況を報告しようとリズは口を開いた。
「先程デストロイ様が私を刺殺しようとしたので、抵抗しました」
「刺殺……!?」
アスベルトが目を見開いた。
そして、リズを見て上から下までアスベルトは視線を巡らせる。
「怪我はないようだね」
「刺される前に抵抗しましたもの。……彼は、私を悪魔復活のため、儀式の生贄にすると言っていました」
「………」
「私の心臓を捧げると、悪魔は復活すると彼の仕える主は考えているそうです」
「……なぜ、リズレイン嬢の。いや、それよりも、よく無事だった。デストロイが気絶しているのはきみが?」
アスベルトの疑問はもっともだ。
非力な小娘であるリズが自身の力でデストロイを昏倒させるとは思いにくい。リズは頷いて答えた。
「はい。ヴェートル様からお借りした──」
そこで、デストロイが目を覚ました。
床に頭を強かにぶつけたのだろう。しきりに後頭部に触れ、顔を顰めていた。
「……なんだ?」
「いいところで目が覚めたようだね、デストロイ・アトソン。起きたついでに色々聞きたいことがあるんだけど」
アスベルトがデストロイの前に膝をつく。
そこでようやく、デストロイは室内にアスベルトだけでなくヴェートルもいることに気がついたのだろう。彼は短く舌打ちした。
「どうしてあんたらがここにいる」
「ご挨拶だね。爆発音が聞こえたから慌てて飛んできたんだよ」
「そうじゃなくて、あんたらそれぞれ話し合いの最中だっただろうが」
「……なるほど、この駐屯地にもきみ側の人間がいくらかいる、ということだね。いや、兄上の手勢かな。まさか魔術師にも子飼いがいるとは思わなかったよ」
アスベルトが嘆息したように言った。
デストロイはしばらく黙っていたが、ふと顔を上げ、リズを見た。
「………は」
そして皮肉げな笑みを浮かべる。
彼はリズから視線を逸らすと、厳しい顔のアスベルトを見た。
「いいのか、行かなくて。早く行かないと、大切な情報源は無くなるが」
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