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真実の欠片 ⑶
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リズはぐっと拳を握った。
しかし、体格の優る男にのしかかられては逃げようがない。どうにかこの男を引き離し、逃亡の隙を見つけなくては……。
リズが静かに呼吸を整えた時だった。かつ、となにか硬質なものに指先が触れた。
(………!)
その正体に思い当たったリズは内心息を詰めた。
隙を作るための道具はある。
あとは……。
(デストロイの油断を誘わなければ)
リズは荒れ狂う心臓をなんとか宥めながら、デストロイを見た。できる限り怯え、抵抗心を持ってなさそうに装った。
「……レドリアス殿下は悪魔崇拝者ね?」
「へえ、そんなのも知ってるんだ。アスベルト殿下かな」
「儀式をしたら悪魔は復活するの?あなたたちの目的は何?悪魔は何なの?」
「質問ばかりだね。どういう心境の変化かな」
「どうせ死ぬなら、最期に知りたいと思ったのよ。教えてくれないの?死後の世界へ向かう私への餞だと思って」
リズの言葉を信じたのか、それともほかに思惑があるのか。デストロイはじっとリズを見つめていたがやがて冷笑をうかべた。
「……そうは言ってもね。僕も知らされていない。言っただろう。僕は、必要なことしか知らされていない、とね。ようは僕は使い勝手のいい手駒なんだ。言われたことを粛々とこなすだけの道具」
「………」
「その道具が初めて意志を持った。きみが欲しい、という思いをね」
「……しらばっくれないで」
「しらばっくれてるわけじゃないよ。本当に知らないんだから。ああでも……少なくともあの人たちは悪魔が復活すると信じているんじゃないかな。きみの心臓を捧げれば……ってね」
僕|たち(・・)。あの人|たち(・・)。
先程から、デストロイの言葉は複数形だ。
それはつまり、彼の仕える相手は……首謀者はレドリアス一人ではないということ。
「きみへの餞にもならない情報でごめんね?でも、すぐに死後の世界で会えるからさ。待っててよ」
変わらずデストロイは勝手だ。
なぜリズが彼を待たなければならないのか。
仮に、ここでデストロイに殺されたとして、リズは彼を待つつもりなどない。そんなの死んでもごめんだ。
デストロイが手に持った短剣を振りかぶった。
「地獄と天国で分かたれないよう、きみの遺髪は僕が持ち歩くから。心臓は殿下に取られちゃうけど……それ以外は僕が保管するから、安心して」
ひゅ、と短剣が空を切る。
今だ、と感じた。
リズは靴下留めとストッキングに挟んでいた銃を掴むと、銃口を壁に向けて、トリガーを引いた。銃に気がついた時に、安全装置は外しておいた。小さな撃鉄音ではあったが、デストロイに気づかれないようリズは油断を誘うために彼に質問をなげかけたのだ。
爆発音が響く。
暴力的な大きな音だ。
小さくない衝動が手にかえってきて、手が痺れる。
デストロイは突然の爆音に驚き、身を起こした。
その隙にリズも身を起こし、距離をとる。
「な、何だ……!?」
デストロイは未だに、何が起きたか理解できていない。リズは丸テーブルを挟み込んでデストロイに対峙した。
「お生憎様。誰があなたを待つものですか!あなただけは……死んでも、あなただけは一緒になりたくない!」
「な……!」
「ずいぶん勝手なことを言ってくれたわね。私の遺体を管理するですって?気色悪い。そんなの、ペドフィリアと何も変わらないじゃない!死後、あなたの良いように弄ばれるなんて……想像しただけで恨んで悪霊となりそうよ!」
リズは両手で銃を構えた。
その時になってようやく、デストロイはリズがなにか手に持っていることに気がついたようだ。
「リズ、それは……」
「その名で呼ばないで!」
金切り声でリズは叫んだ。
取り付く島もない彼女の様子に、デストロイが眉を寄せた。
「一歩でもこっちに近づいてみなさい。打つわ」
実際、デストロイに当たるかは分からない。
人を殺したことの無いリズが、人を打ったらどうなるかも分からない。それでも、彼女は打たないという選択肢はなかった。
彼が動けば、打つ。
それだけは確かで、握りしめた銃を持ちながらデストロイを睨みつける。
「……きみは」
そこまで言った時、爆発音がまた響いた。
今度はリズではない。
銃口から火が吹いたわけではなく、デストロイの背後。扉から爆音が響いたのだ。
凄まじい衝撃波と爆発音に、リズもまた足をもつれさせて転んだ。
扉は木っ端微塵になったのか、木の破片がぱらぱらと飛んだ。
「……リズ!!」
その声に、リズは条件反射のように顔を上げた。
煙がもうもうと上がって見えにくいが、それでも彼女がその色を間違えるはずがない。
空色の色彩が純白に滲んだような、アリスブルーの髪。
彼はすぐさま座り込んだリズの前に膝をついた。
「リズ、無事ですか?怪我は?」
「……ヴェートル様」
来てくれた。
……来てくれると、思っていた。
しかし、体格の優る男にのしかかられては逃げようがない。どうにかこの男を引き離し、逃亡の隙を見つけなくては……。
リズが静かに呼吸を整えた時だった。かつ、となにか硬質なものに指先が触れた。
(………!)
その正体に思い当たったリズは内心息を詰めた。
隙を作るための道具はある。
あとは……。
(デストロイの油断を誘わなければ)
リズは荒れ狂う心臓をなんとか宥めながら、デストロイを見た。できる限り怯え、抵抗心を持ってなさそうに装った。
「……レドリアス殿下は悪魔崇拝者ね?」
「へえ、そんなのも知ってるんだ。アスベルト殿下かな」
「儀式をしたら悪魔は復活するの?あなたたちの目的は何?悪魔は何なの?」
「質問ばかりだね。どういう心境の変化かな」
「どうせ死ぬなら、最期に知りたいと思ったのよ。教えてくれないの?死後の世界へ向かう私への餞だと思って」
リズの言葉を信じたのか、それともほかに思惑があるのか。デストロイはじっとリズを見つめていたがやがて冷笑をうかべた。
「……そうは言ってもね。僕も知らされていない。言っただろう。僕は、必要なことしか知らされていない、とね。ようは僕は使い勝手のいい手駒なんだ。言われたことを粛々とこなすだけの道具」
「………」
「その道具が初めて意志を持った。きみが欲しい、という思いをね」
「……しらばっくれないで」
「しらばっくれてるわけじゃないよ。本当に知らないんだから。ああでも……少なくともあの人たちは悪魔が復活すると信じているんじゃないかな。きみの心臓を捧げれば……ってね」
僕|たち(・・)。あの人|たち(・・)。
先程から、デストロイの言葉は複数形だ。
それはつまり、彼の仕える相手は……首謀者はレドリアス一人ではないということ。
「きみへの餞にもならない情報でごめんね?でも、すぐに死後の世界で会えるからさ。待っててよ」
変わらずデストロイは勝手だ。
なぜリズが彼を待たなければならないのか。
仮に、ここでデストロイに殺されたとして、リズは彼を待つつもりなどない。そんなの死んでもごめんだ。
デストロイが手に持った短剣を振りかぶった。
「地獄と天国で分かたれないよう、きみの遺髪は僕が持ち歩くから。心臓は殿下に取られちゃうけど……それ以外は僕が保管するから、安心して」
ひゅ、と短剣が空を切る。
今だ、と感じた。
リズは靴下留めとストッキングに挟んでいた銃を掴むと、銃口を壁に向けて、トリガーを引いた。銃に気がついた時に、安全装置は外しておいた。小さな撃鉄音ではあったが、デストロイに気づかれないようリズは油断を誘うために彼に質問をなげかけたのだ。
爆発音が響く。
暴力的な大きな音だ。
小さくない衝動が手にかえってきて、手が痺れる。
デストロイは突然の爆音に驚き、身を起こした。
その隙にリズも身を起こし、距離をとる。
「な、何だ……!?」
デストロイは未だに、何が起きたか理解できていない。リズは丸テーブルを挟み込んでデストロイに対峙した。
「お生憎様。誰があなたを待つものですか!あなただけは……死んでも、あなただけは一緒になりたくない!」
「な……!」
「ずいぶん勝手なことを言ってくれたわね。私の遺体を管理するですって?気色悪い。そんなの、ペドフィリアと何も変わらないじゃない!死後、あなたの良いように弄ばれるなんて……想像しただけで恨んで悪霊となりそうよ!」
リズは両手で銃を構えた。
その時になってようやく、デストロイはリズがなにか手に持っていることに気がついたようだ。
「リズ、それは……」
「その名で呼ばないで!」
金切り声でリズは叫んだ。
取り付く島もない彼女の様子に、デストロイが眉を寄せた。
「一歩でもこっちに近づいてみなさい。打つわ」
実際、デストロイに当たるかは分からない。
人を殺したことの無いリズが、人を打ったらどうなるかも分からない。それでも、彼女は打たないという選択肢はなかった。
彼が動けば、打つ。
それだけは確かで、握りしめた銃を持ちながらデストロイを睨みつける。
「……きみは」
そこまで言った時、爆発音がまた響いた。
今度はリズではない。
銃口から火が吹いたわけではなく、デストロイの背後。扉から爆音が響いたのだ。
凄まじい衝撃波と爆発音に、リズもまた足をもつれさせて転んだ。
扉は木っ端微塵になったのか、木の破片がぱらぱらと飛んだ。
「……リズ!!」
その声に、リズは条件反射のように顔を上げた。
煙がもうもうと上がって見えにくいが、それでも彼女がその色を間違えるはずがない。
空色の色彩が純白に滲んだような、アリスブルーの髪。
彼はすぐさま座り込んだリズの前に膝をついた。
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……来てくれると、思っていた。
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