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真実の欠片 ⑵
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昨日の記憶を頼りに会議室に向かい、リズは扉をノックした。
しかし、返事は返ってこない。
(……?)
聞こえなかったのだろうか。
リズがそう思ってもう一度扉をノックしようと手を持ち上げた時だった。
不意に、扉が開き、リズが何をいう間もなく腕を掴まれて引き込まれた。
「きゃ……!?」
半ば転がり込むようにしてリズは部屋に入った。
何事かと顔をあげようとしたところで、口に布のようなものを入れられる。
「ん……!?」
リズがようやく事態を理解したのは、彼女が冷たい床の上に転がされた時だった。仰向けに押し倒され、天井が視界に入る。
頭をうちつけたのだろうか。少しクラクラするものの、リズの上にのしかかってきた男を見てリズは目を見開いた。
「んんん!!」
「暴れないで。あまり痛くしたくない」
リズの両手を床に縫い付けて、彼女を押し倒しているのはデストロイ・アトソンだった。
(どうして?デストロイがなぜ……!?)
目を見開き、硬直するリズにデストロイが笑った。困ったような笑みだった。
「さて、若き女神の依代。リズレイン・リーズリー。……何が起きているか分からない、という顔だね」
「…………」
リズはだんだん事態を理解した。
リズはヴェートルに呼び出されたはずだが、そこにいたのはデストロイだった。デストロイはリズを騙したのだ。
力強く真紅の瞳で睨みつけると、デストロイが苦笑した。
「やだな、睨まないでよ。安心して、リズレイン……いや、リズ」
「……」
デストロイに愛称を呼ばれて、リズは身の毛がよだつほど不快だった。
「きみの命はここで刈り取る。僕がきみを殺すんだ。でもね、安心して」
「………」
「きみが死んだら、僕もきみの後を追うよ」
「………?」
こいつは何を言っているのだろうか。
リズは理解できない不気味さで鳥肌が立った。
デストロイはうっとりしたような、嫣然な笑みを浮かべていた。その紫根の瞳には形容しがたい熱が点っている。
「リズレイン・リーズリー。最初はただ、命令されてきみを監視しているだけだった。僕を好きにさせるなんて簡単なことだと思ったんだ。特にきみは、色ごとに慣れていない。初心な女の子ほど、僕は落とすのが得意なんだ」
「………」
リズは何も言わない。
いや、口に布を突っ込まれているので、言うことが出来ないのだ。
「だけどきみは一向に僕を寄せ付けないどころか、僕を拒絶した。その力強い真紅の瞳でね」
「………」
「その気高く気の強い瞳が愛情で溢れたらどうなるのか、僕はそれだけが気になった。今のように力強く睨みつけるきみも素敵だ。でも僕は、その瞳が愛に染まるのを見たい」
リズはもごもごと口を動かした。
言われっぱなしで腹が立ったのだ。
デストロイは勝手なことばかり言うが、そんな相手を彼女が心から好きになると思っているのか。
舌で押し出して、ようやく布を口内から追い出す。デストロイはそれを黙って見ていた。
リズはきつくデストロイを睨みつける。
「あなたの狙いは何?」
「気になる?」
「ふざけないで」
「ふざけてなんかないんだけどね。でも、いいよ。教えてあげよう。僕たちの最後の会話なんだから」
「………」
リズは薄々理解し始めた。
この男は狂っている、と。
「僕の……いや、僕たちの狙いはきみの心臓だ」
「私の……心臓?」
「そうだよ。リズ。きみの心臓はとてつもなく価値がある」
「……意味がわからない。どういうこと」
リズは低く唸った。
そんな彼女に、デストロイはまた柔らかい笑みを浮かべる。いつもと変わらない笑みを浮かべるこの男が、リズは怖い。
「さぁ、知らない。だけどきみは女神の依代になりうる人物で、儀式に捧げるのに最適な生贄だと僕は聞いている」
「──!」
直感的にリズは、それが悪魔の儀式だと理解した。途端、体が硬直する。
『公女を早く連れ出せ』
『心臓を捧げよ』
『悪魔の儀式の生贄とするために』
息を詰めて目を見開くリズに、デストロイは彼女が怯えていると判断したのだろう。彼女の頬に口付けを落とそうと身をかがめた。
頬に触れる僅かな柔らかさにリズは我に返った。
「離して!!」
金切り声だった。
悲鳴なんてぬるいものではなく、劈くような声だ。必死の声を出してデストロイを押しのけようとする彼女の顎を、彼は乱暴に掴んだ。
「静かに。痛い思いはしたくないだろ」
つ、と二の腕に冷たい感触が走りリズは息を飲む。
視線の端に、銀色にきらめく刃があった。
「は、………わたしを、どうする気」
「きみを殺して、心臓を持ち出す。全て終わったら僕も後を追う。怖がらなくていい」
「…………あな、あなた、狂ってるわ」
リズは本心をこぼした。
今、彼は宣告したのだ。
今からリズを殺し、死体から心臓を持ち出すとを猟奇殺人以外の何ものでもない。
しかもデストロイはリズの後を追うと言う。彼が何を考えているのか全くもって、リズには理解できない。
「命令してるのはレドリアス殿下?」
「そこまでは言えない」
つまり、それが答えだ。
(悪魔の儀式の首謀者はレドリアス殿下だった……)
思えば、夜会であった時、レドリアスは意味深なことを言っていたでは無いか。今まで私的な場で言葉を交わしたこともないリズに、興味があるようなことを言っていた。
それからデストロイがリズに婚約を申し込んだのはすぐのことだった。
全て、レドリアスの指示だったのだ。
(どうして気が付かなかったの……)
自身を責める気持ちと、ひどい自己嫌悪でリズは嫌になる。後悔したところで、それは今彼女を助けるものではない。
また、殺されるのだろうか。
また、心臓を抉られるのだろうか。
また、儀式の生贄とやらにされるのだろうか。
(そんなの……ぜったいにいや……!)
しかし、返事は返ってこない。
(……?)
聞こえなかったのだろうか。
リズがそう思ってもう一度扉をノックしようと手を持ち上げた時だった。
不意に、扉が開き、リズが何をいう間もなく腕を掴まれて引き込まれた。
「きゃ……!?」
半ば転がり込むようにしてリズは部屋に入った。
何事かと顔をあげようとしたところで、口に布のようなものを入れられる。
「ん……!?」
リズがようやく事態を理解したのは、彼女が冷たい床の上に転がされた時だった。仰向けに押し倒され、天井が視界に入る。
頭をうちつけたのだろうか。少しクラクラするものの、リズの上にのしかかってきた男を見てリズは目を見開いた。
「んんん!!」
「暴れないで。あまり痛くしたくない」
リズの両手を床に縫い付けて、彼女を押し倒しているのはデストロイ・アトソンだった。
(どうして?デストロイがなぜ……!?)
目を見開き、硬直するリズにデストロイが笑った。困ったような笑みだった。
「さて、若き女神の依代。リズレイン・リーズリー。……何が起きているか分からない、という顔だね」
「…………」
リズはだんだん事態を理解した。
リズはヴェートルに呼び出されたはずだが、そこにいたのはデストロイだった。デストロイはリズを騙したのだ。
力強く真紅の瞳で睨みつけると、デストロイが苦笑した。
「やだな、睨まないでよ。安心して、リズレイン……いや、リズ」
「……」
デストロイに愛称を呼ばれて、リズは身の毛がよだつほど不快だった。
「きみの命はここで刈り取る。僕がきみを殺すんだ。でもね、安心して」
「………」
「きみが死んだら、僕もきみの後を追うよ」
「………?」
こいつは何を言っているのだろうか。
リズは理解できない不気味さで鳥肌が立った。
デストロイはうっとりしたような、嫣然な笑みを浮かべていた。その紫根の瞳には形容しがたい熱が点っている。
「リズレイン・リーズリー。最初はただ、命令されてきみを監視しているだけだった。僕を好きにさせるなんて簡単なことだと思ったんだ。特にきみは、色ごとに慣れていない。初心な女の子ほど、僕は落とすのが得意なんだ」
「………」
リズは何も言わない。
いや、口に布を突っ込まれているので、言うことが出来ないのだ。
「だけどきみは一向に僕を寄せ付けないどころか、僕を拒絶した。その力強い真紅の瞳でね」
「………」
「その気高く気の強い瞳が愛情で溢れたらどうなるのか、僕はそれだけが気になった。今のように力強く睨みつけるきみも素敵だ。でも僕は、その瞳が愛に染まるのを見たい」
リズはもごもごと口を動かした。
言われっぱなしで腹が立ったのだ。
デストロイは勝手なことばかり言うが、そんな相手を彼女が心から好きになると思っているのか。
舌で押し出して、ようやく布を口内から追い出す。デストロイはそれを黙って見ていた。
リズはきつくデストロイを睨みつける。
「あなたの狙いは何?」
「気になる?」
「ふざけないで」
「ふざけてなんかないんだけどね。でも、いいよ。教えてあげよう。僕たちの最後の会話なんだから」
「………」
リズは薄々理解し始めた。
この男は狂っている、と。
「僕の……いや、僕たちの狙いはきみの心臓だ」
「私の……心臓?」
「そうだよ。リズ。きみの心臓はとてつもなく価値がある」
「……意味がわからない。どういうこと」
リズは低く唸った。
そんな彼女に、デストロイはまた柔らかい笑みを浮かべる。いつもと変わらない笑みを浮かべるこの男が、リズは怖い。
「さぁ、知らない。だけどきみは女神の依代になりうる人物で、儀式に捧げるのに最適な生贄だと僕は聞いている」
「──!」
直感的にリズは、それが悪魔の儀式だと理解した。途端、体が硬直する。
『公女を早く連れ出せ』
『心臓を捧げよ』
『悪魔の儀式の生贄とするために』
息を詰めて目を見開くリズに、デストロイは彼女が怯えていると判断したのだろう。彼女の頬に口付けを落とそうと身をかがめた。
頬に触れる僅かな柔らかさにリズは我に返った。
「離して!!」
金切り声だった。
悲鳴なんてぬるいものではなく、劈くような声だ。必死の声を出してデストロイを押しのけようとする彼女の顎を、彼は乱暴に掴んだ。
「静かに。痛い思いはしたくないだろ」
つ、と二の腕に冷たい感触が走りリズは息を飲む。
視線の端に、銀色にきらめく刃があった。
「は、………わたしを、どうする気」
「きみを殺して、心臓を持ち出す。全て終わったら僕も後を追う。怖がらなくていい」
「…………あな、あなた、狂ってるわ」
リズは本心をこぼした。
今、彼は宣告したのだ。
今からリズを殺し、死体から心臓を持ち出すとを猟奇殺人以外の何ものでもない。
しかもデストロイはリズの後を追うと言う。彼が何を考えているのか全くもって、リズには理解できない。
「命令してるのはレドリアス殿下?」
「そこまでは言えない」
つまり、それが答えだ。
(悪魔の儀式の首謀者はレドリアス殿下だった……)
思えば、夜会であった時、レドリアスは意味深なことを言っていたでは無いか。今まで私的な場で言葉を交わしたこともないリズに、興味があるようなことを言っていた。
それからデストロイがリズに婚約を申し込んだのはすぐのことだった。
全て、レドリアスの指示だったのだ。
(どうして気が付かなかったの……)
自身を責める気持ちと、ひどい自己嫌悪でリズは嫌になる。後悔したところで、それは今彼女を助けるものではない。
また、殺されるのだろうか。
また、心臓を抉られるのだろうか。
また、儀式の生贄とやらにされるのだろうか。
(そんなの……ぜったいにいや……!)
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