〈完結〉あなたのために死ぬ

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
56 / 75

信じる、ということ ⑹

しおりを挟む
銃、と呼ばれた武器は軽くて、ひんやりとしていた。冷たい感触がして、取り扱いが分からないリズは困惑して顔をあげる。
そんな彼女に、ヴェートルが薄く笑った。

「使い方はしごく簡単です。まずは安全装置を外し、あとは標的に向かってトリガーを引くだけ」

「え……?え?」

軽い音がする。どうやら、安全装置というものを外したようだった。リズが目を白黒させているうちに、彼はリズに銃を構えさせた。
慣れないながらも手に銃を持つ彼女に、ヴェートルは目を細めた。

「そうです。それで引き金を引けば、弾が打ち出され、対象を貫きます」

「……あまりよく想像ができないわ」

「大砲の小さいバージョンと考えてもらえれば分かりやすいかもしれません」

「!!」

リズは咄嗟に銃を手から落としそうになった。
しかし、しっかりとヴェートルに手を握られていて、銃を取り落とさずに済む。

「これはひとの命を奪う道具ですが、使い方はそれだけではありません。特に、リズのように扱いになれていないひとは、相手に当てることを意識するのでなく……」

「………」

「ただ、トリガーを引くことだけ意識してください」

「……?」

これは、殺傷性の高い武器なのでは無いのか。
リズが訝しく思い顔を上げると、ヴェートルが薄い笑みを浮かべた。

「これをあなたに渡す理由は、時間稼ぎをしてもらうためです」

「時間稼ぎ……」

「はい。銃声の音が聞こえれば誰かしら駆けつけますし、私もまた、向かいます。いいですか、決して相手を打とうとは考えずに、打つことを考えてください」

これはきっと、武器と縁の薄かったリズのために言ってくれているのだろう。リズは武人ではない。人を殺すことはおろか、傷つけることすら抵抗を持つ、ただの一般人だ。そんな人間がいきなり殺傷性に優れた武器を手にしたからと言って本来の用途で使用できるはずがない。
ヴェートルはそれを見越して言っているのだろう。正しく使わずとも構わない、大きな音が鳴る、ベルの類と思うと良い、と。

「……分かったわ。でも、どうしてこれを私に?」

不思議に思ってリズは顔を上げた。

「状況は殿下から説明があったと思います。あなたはリーズリー家の令嬢ですし……何より私が、あなたにこれを持っていて欲しい」

「………」

「そう心配そうな顔をしないでください。あくまでお守りのようなものですよ」

ヴェートルがふ、と笑ったのが気配でわかる。
彼はリズに銃を持たせると、そっと離れた。

「それで……リズの話はなんでしょうか」

「!」

そうだ。リズは話をしようと思っていたのだ。
過去の話、悪魔の儀式の話。

(私は過去に戻っていて……儀式に捧げるために殺された記憶を持つ。ヴェートル様が悪魔崇拝者だとしても、私は死にたくないと、そう伝えるつもりだった)

「………」

だけど、こんな大切な話は落ち着いた時にするべきだ。少なくとも、北方魔術師団駐屯地がこのような状況であるときに話すべきではない。
リズはそっとヴェートルの胸を押し、離れた。

「……いえ、王都に戻ってからにします。大切なお話ですから」

リズの言葉にヴェートルは僅かに眉を寄せた。
だけどリズの声に固い意思を感じ取ったのだろう。ため息をついた。

「……分かりました。それがいい話であるといいことを期待しています」

「………」

リズはそれに答えられなかった。
ヴェートルにとっては恐らく……良くない話だと思ったからだ。

ヴェートルの部屋を出ると、待機していたのかビビアンに捕まったものの、大した話はしていないと言うとビビアンは納得したのか、去っていった。

リズは自分にあてがわれた部屋に向かうと、彼から貰った銃をどこに仕舞うか考えた。ドレスにポケットなどないし、リズはいつもバッグを持ち歩いているわけでもない。

悩んだ彼女は、手持ちのストッキングと靴下留めの間に銃を挟むことにした。幸い、銃は彼女の手のひらより大きい程度。

寝る時は枕元に置いておくことにして、リズはアンの手を借りて入浴すると早々に就寝した。自分ではそこまで疲れていないと思っていても、一週間の馬車旅は結構な疲労を彼女にもたらしたらしい。
ようやく寝台で眠れることに安心して、リズはぐっすりと眠った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...