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信じる、ということ
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それから数日間かけてようやくリーズリー領に入ると、アスベルトは目的地を北方魔術師団駐屯地と定めた。リズは初めて聞いた名前でし、それがどこにあるかも分からなかったがアスベルトは知っているようなので任せることにする。
デストロイはリーズリー領に入ると、だんだん無口になり、物思いにふけることが多くなった。リズとしては彼に馴れ馴れしく話しかけられることが減って喜ばしいことこの上ないのだが、彼の態度は気にかかった。
(デストロイは何か知ってるのかしら……)
デストロイは魔術師ではないが、彼の仕える主は第一王子レドリアスであり、王族であり王太子である彼は魔術師について全て知っているはずだ。その彼から、デストロイは何か教えられている可能性はじゅうぶんにある。
アスベルトはそれを探りたい思いもあって同行を許可したのだろうか。
領地に入ってから馬車を走らせること半日。
ようやく見えてきた砦に、リズは目を見張る。
(あれが北方魔術師団駐屯地)
リズはリーズリー公爵家の娘だが、領地にそんな城塞が存在するなど知らなかった。
アンが降りようとしたところで、アスベルトがデストロイに声をかけた。
「この雪道だし、ご婦人ひとりで下車するのは危ないね。デストロイ、きみが先に降りなよ」
と。彼はアスベルトの言葉に嫌そうな顔をしたものの、大人しく馬車を降りた。
そしてアンに手を貸し、恐縮する彼女の下車を手伝った。その横でアスベルトが飛び降りるようにして降りた。
彼は雪道に足をつけると振り返り、リズに手を伸ばす。
「さ、お手をどうぞ。お嬢様」
「……どうも」
リズはひとりで降りることも出来たが、メイドのアンがデストロイの手を借りている以上、リズが拒否するわけにもいかない。
仕方なくアスベルトの手を取ってリズも降りた。
顔を上げると、見慣れた一面の銀世界が広がっている。国の重鎮である父公爵は常に王都のカントリーハウスに滞在し、領地に戻るのは年に数回の長期休みくらいだ。リズもまた、そのタイミングでしか領地には訪れない。
最後にここにきたのは半年ほど前だ。
毛皮のマフラーをつけ、厚手のコートに身を包んだリズはそれでも鼻を赤くしながら砦を見上げた。
少し先で、馬車を怪訝な顔で見る警備兵──彼らもまた、魔術師なのだろうか。
彼らはリズを見てとても驚いたような顔をしていた。
ついで、アスベルトが顔を見せると、さらに慌てたようだ。アスベルトはそんな彼らに手を上げて挨拶していた。
「……アスベルト殿下、今更ですがわたしがここに来ても良かったのですか?」
魔術師は秘匿された組織だ。
リーズリーの娘であるリズですら、北方魔術師団駐屯地など知らされていなかった。
それなのに、連れてきて良かったのだろうか。その思いでアスベルトを振り向くと、彼は頬笑みを浮かべていた。食えない顔だ。
「責任は全部僕が取る。どちらにせよ、リーズリー領主の名代だというのなら、まずはここに連れてこなければ話にならない」
どうやら、魔術師はここを拠点としているようだ。ここで何をしているのか、リズはいまいち分からないが、ここに全てがあるというのであれば彼女が行かない理由にはならない。
アスベルトのエスコートを断り、デストロイの茶化しを無視して、リズは砦の入口へと向かった。
通されたのは、無骨な部屋だった。
客人が来ることを想定していないのだろう。調度品は必要最低限で、木製の丸テーブルと同じく硬い椅子が六脚置かれている。
暖炉はあるが、火は入れられていないようだった。室内に入っても変わらず寒く、リズはマフラーやコートを外すことは出来ない。
部屋に通されてすぐ、北方魔術師団駐屯地の責任者と名乗る男が部屋に入ってきた。名をバルセログ・バースナーといい、左腕を負傷しているのか吊り、右足も引きずっているようだ。
何より、顔には火傷のあとと思われる広い染みがある。白髪の男性だったが、怪我のせいか年齢より歳かさに見えた。
「まさかアスベルト殿下とリーズリー家のご令嬢がいらっしゃるとは……」
弱ったように男は言った。
アスベルトは男の怪我を見て、目を細める。
「大怪我だな。ヴェートルは?」
「ご心配には及びません。命に別状はありませんので……。ヴェートル様は浄……仕事に向かわれております。あと数刻もすれば戻るかと」
バルセログは口ごもった様子だった。
リズは直感で、魔術師についての話なのだろうと確信する。
ちらりとリズ同様、無関係者であるデストロイを見るが、彼は対して緊張した様子は見せず、のんびりと室内を見渡していた。
「そうか、分かった。それと、今の状況を話してくれ」
アスベルトもまた、サーコートを脱がないままに彼に尋ねた。室内は気温が低く、吐いた息は真っ白だ。
アスベルトの言葉にバルセログは口ごもった。ちらりと意味深にリズとデストロイを見る。
その意図を察してリズは退席すべきか考えたが、その考えを打ち消したのはアスベルトだった。
「構わない。こちらはリーズリーの令嬢で、そしてその隣は兄上の筆頭補佐だ」
「……レドリアス殿下の」
バルセログは苦々しく言った。
どうやら、彼はレドリアスにあまりいい感情を抱いていないようだ。
デストロイはリーズリー領に入ると、だんだん無口になり、物思いにふけることが多くなった。リズとしては彼に馴れ馴れしく話しかけられることが減って喜ばしいことこの上ないのだが、彼の態度は気にかかった。
(デストロイは何か知ってるのかしら……)
デストロイは魔術師ではないが、彼の仕える主は第一王子レドリアスであり、王族であり王太子である彼は魔術師について全て知っているはずだ。その彼から、デストロイは何か教えられている可能性はじゅうぶんにある。
アスベルトはそれを探りたい思いもあって同行を許可したのだろうか。
領地に入ってから馬車を走らせること半日。
ようやく見えてきた砦に、リズは目を見張る。
(あれが北方魔術師団駐屯地)
リズはリーズリー公爵家の娘だが、領地にそんな城塞が存在するなど知らなかった。
アンが降りようとしたところで、アスベルトがデストロイに声をかけた。
「この雪道だし、ご婦人ひとりで下車するのは危ないね。デストロイ、きみが先に降りなよ」
と。彼はアスベルトの言葉に嫌そうな顔をしたものの、大人しく馬車を降りた。
そしてアンに手を貸し、恐縮する彼女の下車を手伝った。その横でアスベルトが飛び降りるようにして降りた。
彼は雪道に足をつけると振り返り、リズに手を伸ばす。
「さ、お手をどうぞ。お嬢様」
「……どうも」
リズはひとりで降りることも出来たが、メイドのアンがデストロイの手を借りている以上、リズが拒否するわけにもいかない。
仕方なくアスベルトの手を取ってリズも降りた。
顔を上げると、見慣れた一面の銀世界が広がっている。国の重鎮である父公爵は常に王都のカントリーハウスに滞在し、領地に戻るのは年に数回の長期休みくらいだ。リズもまた、そのタイミングでしか領地には訪れない。
最後にここにきたのは半年ほど前だ。
毛皮のマフラーをつけ、厚手のコートに身を包んだリズはそれでも鼻を赤くしながら砦を見上げた。
少し先で、馬車を怪訝な顔で見る警備兵──彼らもまた、魔術師なのだろうか。
彼らはリズを見てとても驚いたような顔をしていた。
ついで、アスベルトが顔を見せると、さらに慌てたようだ。アスベルトはそんな彼らに手を上げて挨拶していた。
「……アスベルト殿下、今更ですがわたしがここに来ても良かったのですか?」
魔術師は秘匿された組織だ。
リーズリーの娘であるリズですら、北方魔術師団駐屯地など知らされていなかった。
それなのに、連れてきて良かったのだろうか。その思いでアスベルトを振り向くと、彼は頬笑みを浮かべていた。食えない顔だ。
「責任は全部僕が取る。どちらにせよ、リーズリー領主の名代だというのなら、まずはここに連れてこなければ話にならない」
どうやら、魔術師はここを拠点としているようだ。ここで何をしているのか、リズはいまいち分からないが、ここに全てがあるというのであれば彼女が行かない理由にはならない。
アスベルトのエスコートを断り、デストロイの茶化しを無視して、リズは砦の入口へと向かった。
通されたのは、無骨な部屋だった。
客人が来ることを想定していないのだろう。調度品は必要最低限で、木製の丸テーブルと同じく硬い椅子が六脚置かれている。
暖炉はあるが、火は入れられていないようだった。室内に入っても変わらず寒く、リズはマフラーやコートを外すことは出来ない。
部屋に通されてすぐ、北方魔術師団駐屯地の責任者と名乗る男が部屋に入ってきた。名をバルセログ・バースナーといい、左腕を負傷しているのか吊り、右足も引きずっているようだ。
何より、顔には火傷のあとと思われる広い染みがある。白髪の男性だったが、怪我のせいか年齢より歳かさに見えた。
「まさかアスベルト殿下とリーズリー家のご令嬢がいらっしゃるとは……」
弱ったように男は言った。
アスベルトは男の怪我を見て、目を細める。
「大怪我だな。ヴェートルは?」
「ご心配には及びません。命に別状はありませんので……。ヴェートル様は浄……仕事に向かわれております。あと数刻もすれば戻るかと」
バルセログは口ごもった様子だった。
リズは直感で、魔術師についての話なのだろうと確信する。
ちらりとリズ同様、無関係者であるデストロイを見るが、彼は対して緊張した様子は見せず、のんびりと室内を見渡していた。
「そうか、分かった。それと、今の状況を話してくれ」
アスベルトもまた、サーコートを脱がないままに彼に尋ねた。室内は気温が低く、吐いた息は真っ白だ。
アスベルトの言葉にバルセログは口ごもった。ちらりと意味深にリズとデストロイを見る。
その意図を察してリズは退席すべきか考えたが、その考えを打ち消したのはアスベルトだった。
「構わない。こちらはリーズリーの令嬢で、そしてその隣は兄上の筆頭補佐だ」
「……レドリアス殿下の」
バルセログは苦々しく言った。
どうやら、彼はレドリアスにあまりいい感情を抱いていないようだ。
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