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雪解けを待つ ⑹
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北方魔術師団駐屯地には、中位魔術師が十人、初位魔術師が三十人ほど所属している。
一ヶ月の休暇を利用してヴェートルが訪れた時、そこはもはや正常に機能していない状況だった。中位魔術師では手に負えない瘴気が複数箇所確認され、それを中位魔術師数人で祓っているとのことだが、瘴気の数が多く追いつかない。さらには、瘴気に侵され興奮し、錯乱した魔獣に襲われる始末で、中位魔術師十人中六人は重軽傷を負っていて、残った四人も疲弊し、魔力の残値は心もとない状況だった。
突然現れたヴェートルに彼らはとても驚いていたが、ようやく増援が来たのかと喜んでもいた。
実際は、増援どころか状況すら正しく報告されていない様子だったので確認がてらヴェートルが来たのだが。
ヴェートルは一週間の間でできる限りの浄化活動を行った。昼夜問わず確認された瘴気へと足を運び、襲ってくる魔獣は魔術を用いて倒し、ひたら虱潰しに浄化を重ねていく。
しかし、なんと言っても数も規模も大きい。いくらヴェートルが高位魔術師といえど、ヴェートルひとりでは無理がある。そう判断した彼は、ある程度瘴気を祓った後で、王都に戻ったのだ。詳細な報告と、増援を連れてリーズリー領に戻るために。
彼が襲われたのはその途中だった。
急いでいた彼は馬車ではなく馬を駆けていた。
本来ならほかにも数人つれてきた方が良かったのかもしれないが、とにかく魔術師の数が不足している今、リーズリー領から魔術師を連れてくるわけにもいかない。
それに万が一、襲撃を受けた時のことを考えると中位魔術師でなければ対応は難しい。初位魔術師数人連れて戻るのは手間だ。それならヴェートルひとりで王都に戻った方がいいと彼は考えた。
リーズリー領から王都に向かっている途中、風が強くなり吹雪く夜があった。彼が襲撃を受けたのはその夜だ。
視界不良だったのでヴェートルもまた注意していたのだが、馬の足を銃で射抜かれたために落馬し、そのタイミングで襲われた。
ヴェートルの命運を分けたのは、彼が帯刀していたことだろう。
数多くの瘴気を祓ったために彼は魔力が底をついた状態だった。そのため、彼はいつも持ち歩かない剣を帯刀していたのだ。
魔術師である彼が剣を使うとは思ってもいなかったのだろう。
魔術師なのに魔術を使わずに、騎士のように剣を振るい、的確に人体の急所を狙って攻撃を繰り広げるヴェートルに相手は尻込みしたようだった。その隙を狙い、ヴェートルは何人かは殺し、他は切りつけるに留めるとあとは錯乱魔法を使用し、その場を切り抜けた。
ただし、彼は落馬したために足を骨折していたので、その後の移動には苦労したが。
骨折のために熱を持ち、発熱したが構わず冷却魔法をかけ続け、彼は代わりの馬に乗り、王都に戻ってきたのだ。
リズには誤魔化した襲撃事件のあらましはこんなものだった。
そして、王都に戻り王に正式に報告すると彼は中位魔術師の部下を引き連れてリーズリー領へと舞い戻った。中位魔術師のアスベルトを人数に含めなかったのは、レドリアスの件もあったし、何よりリーズリーの令嬢であるリズのそばには信頼出来る人間を置きたかったからだ。その点で言えば、アスベルト以上の人材はいない。
そのためアスベルトは王都に残したのだった。
リーズリー領に戻ると、やはり想定以上に瘴気が増加している。今までの報告データを鑑みるに、まだ瘴気は増強していないはずなのだが、半年経過したくらいには増えている。やはり、何かおかしいと彼は考えた。
北方魔術師団駐屯地では本格的に瘴気の浄化に乗り出し、計画を進めた。
そんな時だった。ヴェートルが王都を出る前に手配していた支援物資が届かないのだ。
本来なら届いているはずの日数が経過しても、一向にそれらしい部隊は駐屯地に訪れない。
何かしらの思惑が入り込み、邪魔をされていると気がつくのにそう時間はかからなかった。
リーズリー領はまだまだ寒い地域である。
夜になると吹雪き、毎日のように雪が降る。
深夜は氷点下になることも多く、薪やオイルといった燃料は必要不可欠だ。
その上、食料品の備蓄も厳しい状況だった。亜寒帯の山は枯れ細り、山のめぐみには程遠い。
動物は冬眠し、川は凍りつき、魚は泳いでいない。魔術師たちは寒さに耐えるための燃料もそうだが、それ以上に食料の危機に瀕していた。
ヴェートルは早い段階で、土地を収める地主に便りを出したが、それもいつ届くか分からない。
完全に追い込まれた状態だった。
ヴェートルは冷え込んだ室内で目を覚ました。
彼がリーズリー領に到着してから二週間が経過する。そろそろ、アスベルトに報告は届いただろうか。
体を起こす。息を吐くと、あまりの冷たさから息は白くなった。
「……一度私が戻っても構いませんが」
ヴェートルは独り言のように呟いた。
(いや……今ここで高位魔術師である私が抜けるわけにはいかない)
瘴気の数は、正式な調査の結果、想定の三倍ほど規模が大きかった。中位魔術師三人以上の力を持つ高位魔術師がこの状況で抜けたら、怪我人を出すのは想像にかたくない。
今は信じるしかない。アスベルトに出した定期報告が届き、彼が行動することを。
そして、地主に出した手紙が相手に届き、応援部隊を出してもらうことを。
(間もなくここは限界を迎える。あと……一週間、持てばいい方ですが)
そうなる前に、ヴェートルは動くべきだろう。
早いのは王都よりも地主に会いに行くほうか。
ヴェートルは体を動かして、鈍い痛みを持つ足に眉を寄せた。一ヶ月絶対安静と告げられたのだ。それが無理を押してリーズリー領まで移動し、さらにはそこからずっと松葉杖を使用しながら浄化活動を行っていた。一ヶ月で治るはずだった怪我は、当然だが完治していない。
しかし今、彼には安静にするという選択肢はなかった。
その日は珍しく雪が降らず、鈍色の空が広がるだけだった。常に雪が降るリーズリー領では珍しく良い天気だ。これなら浄化活動も通常より捗るだろう。
松葉杖をつきながらではあるが、昨夜頭に叩き込んだ目的地を思い出しながら足を進めていると、真っ白な雪の先で鮮やかな色彩が見えた。
北方魔術師団駐屯地の砦のすぐそばで、青白磁色に中縹色の差し色を使用したドレスを着用した娘が見える。
どこもかしこも雪でおおわれるリーズリーの領地では珍しく、派手な色合いだ。
ヴェートルが足を止めるのと、裏方に回されている初位魔術師のひとりが彼の元に走ってくるのは同時だった。
「ご令嬢が……!ご令嬢が、北方魔術師団駐屯地にいらしています。お戻りください、ヴェートル様」
一ヶ月の休暇を利用してヴェートルが訪れた時、そこはもはや正常に機能していない状況だった。中位魔術師では手に負えない瘴気が複数箇所確認され、それを中位魔術師数人で祓っているとのことだが、瘴気の数が多く追いつかない。さらには、瘴気に侵され興奮し、錯乱した魔獣に襲われる始末で、中位魔術師十人中六人は重軽傷を負っていて、残った四人も疲弊し、魔力の残値は心もとない状況だった。
突然現れたヴェートルに彼らはとても驚いていたが、ようやく増援が来たのかと喜んでもいた。
実際は、増援どころか状況すら正しく報告されていない様子だったので確認がてらヴェートルが来たのだが。
ヴェートルは一週間の間でできる限りの浄化活動を行った。昼夜問わず確認された瘴気へと足を運び、襲ってくる魔獣は魔術を用いて倒し、ひたら虱潰しに浄化を重ねていく。
しかし、なんと言っても数も規模も大きい。いくらヴェートルが高位魔術師といえど、ヴェートルひとりでは無理がある。そう判断した彼は、ある程度瘴気を祓った後で、王都に戻ったのだ。詳細な報告と、増援を連れてリーズリー領に戻るために。
彼が襲われたのはその途中だった。
急いでいた彼は馬車ではなく馬を駆けていた。
本来ならほかにも数人つれてきた方が良かったのかもしれないが、とにかく魔術師の数が不足している今、リーズリー領から魔術師を連れてくるわけにもいかない。
それに万が一、襲撃を受けた時のことを考えると中位魔術師でなければ対応は難しい。初位魔術師数人連れて戻るのは手間だ。それならヴェートルひとりで王都に戻った方がいいと彼は考えた。
リーズリー領から王都に向かっている途中、風が強くなり吹雪く夜があった。彼が襲撃を受けたのはその夜だ。
視界不良だったのでヴェートルもまた注意していたのだが、馬の足を銃で射抜かれたために落馬し、そのタイミングで襲われた。
ヴェートルの命運を分けたのは、彼が帯刀していたことだろう。
数多くの瘴気を祓ったために彼は魔力が底をついた状態だった。そのため、彼はいつも持ち歩かない剣を帯刀していたのだ。
魔術師である彼が剣を使うとは思ってもいなかったのだろう。
魔術師なのに魔術を使わずに、騎士のように剣を振るい、的確に人体の急所を狙って攻撃を繰り広げるヴェートルに相手は尻込みしたようだった。その隙を狙い、ヴェートルは何人かは殺し、他は切りつけるに留めるとあとは錯乱魔法を使用し、その場を切り抜けた。
ただし、彼は落馬したために足を骨折していたので、その後の移動には苦労したが。
骨折のために熱を持ち、発熱したが構わず冷却魔法をかけ続け、彼は代わりの馬に乗り、王都に戻ってきたのだ。
リズには誤魔化した襲撃事件のあらましはこんなものだった。
そして、王都に戻り王に正式に報告すると彼は中位魔術師の部下を引き連れてリーズリー領へと舞い戻った。中位魔術師のアスベルトを人数に含めなかったのは、レドリアスの件もあったし、何よりリーズリーの令嬢であるリズのそばには信頼出来る人間を置きたかったからだ。その点で言えば、アスベルト以上の人材はいない。
そのためアスベルトは王都に残したのだった。
リーズリー領に戻ると、やはり想定以上に瘴気が増加している。今までの報告データを鑑みるに、まだ瘴気は増強していないはずなのだが、半年経過したくらいには増えている。やはり、何かおかしいと彼は考えた。
北方魔術師団駐屯地では本格的に瘴気の浄化に乗り出し、計画を進めた。
そんな時だった。ヴェートルが王都を出る前に手配していた支援物資が届かないのだ。
本来なら届いているはずの日数が経過しても、一向にそれらしい部隊は駐屯地に訪れない。
何かしらの思惑が入り込み、邪魔をされていると気がつくのにそう時間はかからなかった。
リーズリー領はまだまだ寒い地域である。
夜になると吹雪き、毎日のように雪が降る。
深夜は氷点下になることも多く、薪やオイルといった燃料は必要不可欠だ。
その上、食料品の備蓄も厳しい状況だった。亜寒帯の山は枯れ細り、山のめぐみには程遠い。
動物は冬眠し、川は凍りつき、魚は泳いでいない。魔術師たちは寒さに耐えるための燃料もそうだが、それ以上に食料の危機に瀕していた。
ヴェートルは早い段階で、土地を収める地主に便りを出したが、それもいつ届くか分からない。
完全に追い込まれた状態だった。
ヴェートルは冷え込んだ室内で目を覚ました。
彼がリーズリー領に到着してから二週間が経過する。そろそろ、アスベルトに報告は届いただろうか。
体を起こす。息を吐くと、あまりの冷たさから息は白くなった。
「……一度私が戻っても構いませんが」
ヴェートルは独り言のように呟いた。
(いや……今ここで高位魔術師である私が抜けるわけにはいかない)
瘴気の数は、正式な調査の結果、想定の三倍ほど規模が大きかった。中位魔術師三人以上の力を持つ高位魔術師がこの状況で抜けたら、怪我人を出すのは想像にかたくない。
今は信じるしかない。アスベルトに出した定期報告が届き、彼が行動することを。
そして、地主に出した手紙が相手に届き、応援部隊を出してもらうことを。
(間もなくここは限界を迎える。あと……一週間、持てばいい方ですが)
そうなる前に、ヴェートルは動くべきだろう。
早いのは王都よりも地主に会いに行くほうか。
ヴェートルは体を動かして、鈍い痛みを持つ足に眉を寄せた。一ヶ月絶対安静と告げられたのだ。それが無理を押してリーズリー領まで移動し、さらにはそこからずっと松葉杖を使用しながら浄化活動を行っていた。一ヶ月で治るはずだった怪我は、当然だが完治していない。
しかし今、彼には安静にするという選択肢はなかった。
その日は珍しく雪が降らず、鈍色の空が広がるだけだった。常に雪が降るリーズリー領では珍しく良い天気だ。これなら浄化活動も通常より捗るだろう。
松葉杖をつきながらではあるが、昨夜頭に叩き込んだ目的地を思い出しながら足を進めていると、真っ白な雪の先で鮮やかな色彩が見えた。
北方魔術師団駐屯地の砦のすぐそばで、青白磁色に中縹色の差し色を使用したドレスを着用した娘が見える。
どこもかしこも雪でおおわれるリーズリーの領地では珍しく、派手な色合いだ。
ヴェートルが足を止めるのと、裏方に回されている初位魔術師のひとりが彼の元に走ってくるのは同時だった。
「ご令嬢が……!ご令嬢が、北方魔術師団駐屯地にいらしています。お戻りください、ヴェートル様」
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