上 下
46 / 75

雪解けを待つ ⑶

しおりを挟む
リーズリー領で今何が起きているか分からない。であるのなら、直接見に行けばいいだけの話だ。
リズの言葉にアスベルトは虚をつかれたようだった。
しかし、リズはアスベルトの返答を待つことなく席をたち、父公爵の書斎へ向かう。
慌ててアスベルトもついてきた。

「リズレイン嬢、本気で言ってる?」

「もちろんです。このようなこと、冗談では言いません」

道すがらアスベルトが尋ねてきた。

「危ないよ。ヴェートルに知られたら僕がキレられる。きみはここで大人しくしてなさい」

「嫌です」

にべもないリズの返答にアスベルトが戸惑ったのが気配でわかる。
だけどリズは足をとめなかった。
突然書斎に現れた娘と、第二王子の姿に父公爵は困惑していたようだったが、リズの言葉を聞いて彼はぴしりと石のように固まった。

「リーズリー領には私が参ります」

父公爵の説得には骨が折れた。
何せ父は、リズに危ないことをしてほしくない。昔から利かん気のない、一度言い出したら聞かない娘ではあったがこれだけは彼も許可できなかったのだろう。
許可できない、と言う父公爵にリズはひたすら理詰めで許可を求めた。

今回の件はリーズリー領地の窮地だとリズは判断している。情報が不足しているため、何が起きているかは不明。でも、だからこそ情報精査のために現地を知る人間が向かうべきだ。
そしてそれは、リーズリー領地の指揮権を持つリーズリー公爵家の人間でなくてはならない。
しかし、なんと言っても今は情報がない。
その中でリーズリー領主である父公爵が向かうのは危険が伴う。父公爵に何かあれば、次の当主はロビンだか、彼はまだ勉強中の身である。
そして、ロビンもまた失われてはいけない立場だ。公爵家には男児はロビンしかおらず、女のリズでは爵位を継ぐことは叶わない。
そのため、今はリズが向かうのがいいだろうとひたすら冷静に彼女は話した。
リズの言葉を崩せなかったのだろう。
僅かに呻いたものの、最終的には父公爵から許可が降りた。

リズは許可を貰うとすぐに旅支度を整えるようメイドに言いつけた。
それを見てアスベルトが呆れたような、驚いたような顔をしていた。

「きみ、めちゃくちゃだね……。あの公爵を前に結局、自分の意思を通してしまうし」

当然のようにリズの部屋にいるアスベルトは、壁に背を預けて彼女を見ていた。
突然の旅支度の用意に追われ、部屋には入れ代わり立ち代わりメイドや侍従が訪れる。自然、部屋の扉は開いたままだった。
だが、リズは胡乱げな目でアスベルトを見た。

「殿下はいつまでこちらにいらっしゃるのです?着替えたいのですけど」

リズの服装は初夏に相応しい薄い生地で出来たデイドレスだ。
しかし、今から向かうのは北方のリーズリー領。暦上は春を迎えたとはいえ、北方はまだ雪解けすらしておらず、気温は王都の真冬と変わらない。

「ああ、ごめんごめん。だけどまさか、本当にリーズリー領に行くとは思わなくて」

「……だって、それが適任でしょう?少数精鋭で行くべきだと殿下は仰いました。意味もなく私兵を動かせば周囲から怪しまれますが、リーズリー公爵家の娘が羽休みのために領地に戻るだけであれば、何もおかしなことはおりません。令嬢の一人旅に護衛がつくのも当然のことでしょう?」

「……僕がヴェートルの話をきみにしたのは、確かにきみを怪しんでいたのもある。以前きみは、妙なことを口にしていたからね」

(……悪魔について尋ねた時の話かしら)

リズは目を細めた。
それ以外心当たりはない。
あの夜会でリズはアスベルトから思わぬ情報を得たが、その反面、彼に怪しまれてもいたのだろう。

「だけど今は、きみのことを信頼しているよ」

「……ありがとうございます」

その言葉は喜ばしいもののはずだ。
アスベルトは間違いなく、何かを知っている。
悪魔の儀式についても彼に尋ねれば何かしら知り得ることは可能だろう。
だけど、アスベルトが敵か味方か分からない以上、以前のように突っ込んだ質問をするのは危険だ。
アスベルトは喜んだ様子を見せないリズの本心を探るように彼女を見ていたが、やがて壁から背を離した。

「さて、お姫様の準備が整うまで僕は待つとしようかな」

「え……」

帰るんじゃないのか。
驚きに目を見開くりリズに、アスベルトが笑った。

「僕も行くに決まってるでしょ。きみひとり行かせたら、あとが怖い」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...