44 / 75
雪解けを待つ
しおりを挟む「おっと、すまない。話の邪魔をしてしまったかな」
「……アスベルト殿下!」
このひとはいつもいつも、突然現れないと気が済まないのか。飛び上がるほど驚いたが、それがアスベルトだったのは救いだった。
なにより、これ以上デストロイと一緒に居なくて済む。
アスベルトは木漏れ日が眩しいのか手で遮るようにしながらこちらに歩いてきた。
「やあ、リズレイン嬢。今日も美しいね」
「殿下もお元気そうでなによりですわ」
アスベルトがリズの手を取り、紳士のマナーとして手の甲に口付けを落とす。突然現れたアスベルトに、デストロイは苦々しく顔をゆがめている。
「もう話は住済みましたので、戻るところでした。殿下は本日はどのようなご用件で……?」
リズが声をかけると、アスベルトは頷いて彼女を見る。
「今日は伝書鳩の役割ではない。先日の回答はそろそろ貰えそうかな?と思ってね。ついでに、公爵家のティータイムにお邪魔しようかと」
(……本音は後半のような気もするけど)
ともあれ、アスベルトが現れたことで助けられたのは事実。リズは、メイドに言いつけて今日はいつもより豪華なティータイムにすることに決めた。
回答、というのはあれよね。
デストロイをどうする気か?っていう問いかけへの返答。リズの中で答えは既に決まっている。
今回は、思わぬ強硬手段を取られたので失敗しかけたが。
だけど、アスベルトが来たことで風向きは変わった。
リズに著しく有利な状況となったのだ。
デストロイの愚行はアスベルトに証言してもらえば問題ないだろう。リズだけではデストロイを嫌がるあまり偽りを口にしていると思われかねない。その点、アスベルトであれば証言者としてこれ以上の適任はいない。
「回答なら既に提出できそうですわ。貴賓室に案内します。こちらに」
「リズレイン嬢」
デストロイが声をかけた。
まだ何かあるのか。
リズがちらりとそちらを向くと彼は痛みを覚えたような顔をしていた。なぜそんな顔をするのか、リズには分からない。
(さっき加害を与えようとしてきたのはそっちのくせに……被害者ぶった顔をするなんて何を考えているのかしら)
リズはさっき、名誉を汚されそうになったのだ。既成事実を成すとはそういうこと。
「今日は退散いたします。ですが、色良い返事を期待することは変わりません」
「残念ですが、リーズリーから正式にアトソン家にお断りの返事を出させていただきます。デストロイ様、私はあなたに失望しているんですのよ」
アスベルトがいる以上、デストロイも下手な真似はしないだろう。そのためリズは言葉を選ぶことなく本心を口にした。
「淑女に乱暴をしようとする方だったなんて思いませんでした。私は、そのような方を夫に望みません」
「……それはきみが男を知らないだけだと思いますよ」
苦し紛れなのか、デストロイはそれだけ口にすると踵を返した。静かになった庭園で、腕をくんだアスベルトが傍観者の顔で言う。
「きみは男を引っ掛ける天才かもね」
「言葉選びに悪意を感じます」
静かに抗議する。
「いや、でも……そうだね。きみは見た目通りじゃないから、女に慣れている男ほど嵌ってしまうものなのかもしれない」
アスベルトの言葉にリズは胡乱げに顔を上げた。アスベルトの言葉は、まるでデストロイが本気でリズを想っているとでもいいたげだ。
そんなはずがない。
デストロイはなにか思惑があって──レドリアスの指示でリズに接触している可能性が高い。
なにせ、それまでリズはデストロイと会話らしい会話をしたことがなかったのだから。
「まあ、今のでおおよそきみの回答は分かった。だから後は、公爵家の美味しいお菓子をいただくことにしようかな」
「……」
(やっぱりアスベルト殿下はお菓子目当てでうちまでいらっしゃったのでは……)
その思いを隠せないリズだった。
日に日に、ヴェートルのことが心配になる。なにせ、一ヶ月療養を要する大怪我だ。
それなのに無理を押してリーズリーの領地に行ったなど。
(……大丈夫、なのかしら)
アスベルトにそれとなく聞いても彼からの連絡はまだ来てないとのことだった。
定期報告がそろそろ来るはずだから、連絡があり次第教えてくれるとも言っていた。
不安で仕方ない。
ヴェートルはリズを殺した人だ。
リズを生贄に捧げた人だ。
彼女を裏切った、人だ。
それなのに、彼への気持ちを殺せない。
消すことが出来ない。
(……ヴェートル様が無事でいますように)
せめてものと、リズは毎日寝る前に神に祈りを捧げ、ヴェートルの無事を願った。
126
お気に入りに追加
591
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる