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確信に触れる ⑹
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「……アスベルト殿下から見た、ヴェートル様はどういった方ですか?」
リズが尋ねると、アスベルトは鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をした。
「うーん……?難しい質問だな」
「ヴェートル様は冷たい方ですか?優しい方ですか?主観で構いません、教えてください」
リズの言葉に、アスベルトは眉を寄せますます悩むような顔をした。考え込むように数秒押し黙ると、彼はややあってから回答を口にした。
「対象にもよるし、一概には答えられない」
「では、血も涙もないと称される彼のことをあなたもまた、その通りだと思いますか?」
まるで心理テストのような質問である。
リズは我ながらそう思ったが、撤回することは出来なかった。
「血も涙もない?いやそれは……」
「………」
「リズレイン嬢、きみが何を気にしているのか分からないが、少なくとも僕の知るベルロニア公爵は、切られれば血は赤く、理不尽な惨殺には心を痛める、世間一般で言う普通の男と何ら変わらない、性格はね。仕事場では一切の感情を封じているようだけど、何も思わない冷血漢ということではないと思うよ」
では、アスベルトの言う通りならばヴェートルはリズを殺し、悪魔の儀式に捧げたとしても、彼はそれを忘れることはないということだろうか。
彼が生きている限り、リズを殺したという事実に彼は苛まれ続けるということ?
そう思うと、リズは眉を寄せた。
言葉では言い表せないが──なんだか、それでは納得がいかない。
「……えーと、きみの納得のいく答えは返せたかな?」
アスベルトが弱ったような声でリズに言った。
「……はい」
「それは良かった。じゃあ、僕からもひとつ聞かせて欲しいんだけど」
「?」
リズが首を傾げると、アスベルトは真剣な顔になった。自然、リズの背筋も伸びる。
「兄上──レドリアス王太子の妃になるつもりは、きみはないよね?」
「!」
驚きに息を飲む。
レドリアスの妃、つまり王太子妃ということだ。もちろんリズにそんな気は無い。目を見開いた彼女を見て、疑い深くアスベルトはなにかを探るような鋭い目でリズを見た。
リズはそんな目を向けられながらも、ようやく答えを返した。アスベルトの質問には驚いたが、リズの答えは決まっている。
「ありません。有り得ません。私がレドリアス殿下の妃に、など」
「そうとも言えないよ。兄上が令嬢に興味を示したのは、あの時が初めてだ」
「……だとしても、私は望みません」
不遜な答えだと分かっている。
わかっていてリズは答えた。
アスベルトはしばらくじっと彼女を見ていたが、やがて肩の力を抜くようにため息を吐いた。
「ならいい。もしきみが望むようなら僕がここに通う意味もなくなるからね、一応きみの意見も聞いておかなきゃ」
アスベルトがリーズリーの家に来た理由。
それはレドリアスに対する牽制の意味もあるのかもしれない。
リズがそう考えると、アスベルトが腰を上げた。
どこかリズを責めるような、攻撃的な笑みを浮かべていた。
「いずれにせよ、早く答えは出した方がいい。このままだとデストロイときみが婚約間近だと囁かれることになる。この前までベルロニア公爵と噂のあったきみが、次は王太子補佐を狙っていると話になればきみが決める前に話は動くよ」
「………」
リズもそれは危惧していた。
ただでさえ、社交界は耳が早いものが多い。デストロイがリーズリー邸宅に通っていることが知れたら、リズはベルロニアとアトソンを手玉に取る悪女として噂されることだろう。
それを避けるためにもリズは、デストロイがリーズリー邸宅を訪れた時は不在にするようにしているし、兄に彼の相手をさせていた。
デストロイが会いに来くるのはリズではなく、兄のロビンだと思わせるためだ。
だけどこの手も長引けば機能しないだろう。
友人に会いにいくだけにしては、頻度が多すぎる。
「……ありがとうございます。その忠告、ありがたく受け止めさせていただきますわ」
リズがドレスの裾を掴んで礼を言うと、アスベルトが小さく笑った。
(デストロイの訪問を断る方法は限られている。彼は婚約を求めて私に会いに来ているのだから、私が誰かと婚約してしまえば話は早い)
それはリズも理解しているのだが、だが、相手は?となると途端その策は瓦解してしまう。
リズは今恋愛どころではないし、ヴェートルとの件が落ち着くまで──真実を知り、答えを出すまでは婚約などするつもりもなかった。
父公爵に相談してみるが、歯切れの悪い答えが返ってくるばかりか、ロビンに何を言われたのかデストロイをおすすめされる始末だ。
父としては、ギクシャクしているヴェートルより、息子の評価が高いデストロイを推したい気持ちなのだろう。失恋の痛みは新しい恋で癒すべきだと考えたのかもしれなかった。
(お兄様はデストロイにすっかり懐柔されてしまったようだし)
全く役立たずな兄である。
最初はあんなに毛嫌いしていたというのに。
変わらずデストロイは定期的にリーズリー邸宅を訪れた。リズは彼が訪れる日は必ず外出の予定を入れるようにしていたが、毎回そうとはいかない。
兄に悪いやつじゃないから一度ちゃんと話せ、といわれ半ば無理やりティータイムの席につかされたリズは早くも不機嫌だった。
そのリズを見てデストロイが苦笑する。
「きみがいつも逃げるから、強引な手を取らせてもらった」
ごめんね、と全く思ってなさそうな声で言う。
リズは眉を寄せたが、淑女として取り乱すような真似はせず表面上落ち着いた様子を装って、紅茶に口をつける。
「女性の扱いに慣れている方はことの運びもお上手ですのね」
痛烈な批判は口にさせてもらったが。
同席していたロビンがリズを咎めるように視線を向けてくるが、無視である。
リズが尋ねると、アスベルトは鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をした。
「うーん……?難しい質問だな」
「ヴェートル様は冷たい方ですか?優しい方ですか?主観で構いません、教えてください」
リズの言葉に、アスベルトは眉を寄せますます悩むような顔をした。考え込むように数秒押し黙ると、彼はややあってから回答を口にした。
「対象にもよるし、一概には答えられない」
「では、血も涙もないと称される彼のことをあなたもまた、その通りだと思いますか?」
まるで心理テストのような質問である。
リズは我ながらそう思ったが、撤回することは出来なかった。
「血も涙もない?いやそれは……」
「………」
「リズレイン嬢、きみが何を気にしているのか分からないが、少なくとも僕の知るベルロニア公爵は、切られれば血は赤く、理不尽な惨殺には心を痛める、世間一般で言う普通の男と何ら変わらない、性格はね。仕事場では一切の感情を封じているようだけど、何も思わない冷血漢ということではないと思うよ」
では、アスベルトの言う通りならばヴェートルはリズを殺し、悪魔の儀式に捧げたとしても、彼はそれを忘れることはないということだろうか。
彼が生きている限り、リズを殺したという事実に彼は苛まれ続けるということ?
そう思うと、リズは眉を寄せた。
言葉では言い表せないが──なんだか、それでは納得がいかない。
「……えーと、きみの納得のいく答えは返せたかな?」
アスベルトが弱ったような声でリズに言った。
「……はい」
「それは良かった。じゃあ、僕からもひとつ聞かせて欲しいんだけど」
「?」
リズが首を傾げると、アスベルトは真剣な顔になった。自然、リズの背筋も伸びる。
「兄上──レドリアス王太子の妃になるつもりは、きみはないよね?」
「!」
驚きに息を飲む。
レドリアスの妃、つまり王太子妃ということだ。もちろんリズにそんな気は無い。目を見開いた彼女を見て、疑い深くアスベルトはなにかを探るような鋭い目でリズを見た。
リズはそんな目を向けられながらも、ようやく答えを返した。アスベルトの質問には驚いたが、リズの答えは決まっている。
「ありません。有り得ません。私がレドリアス殿下の妃に、など」
「そうとも言えないよ。兄上が令嬢に興味を示したのは、あの時が初めてだ」
「……だとしても、私は望みません」
不遜な答えだと分かっている。
わかっていてリズは答えた。
アスベルトはしばらくじっと彼女を見ていたが、やがて肩の力を抜くようにため息を吐いた。
「ならいい。もしきみが望むようなら僕がここに通う意味もなくなるからね、一応きみの意見も聞いておかなきゃ」
アスベルトがリーズリーの家に来た理由。
それはレドリアスに対する牽制の意味もあるのかもしれない。
リズがそう考えると、アスベルトが腰を上げた。
どこかリズを責めるような、攻撃的な笑みを浮かべていた。
「いずれにせよ、早く答えは出した方がいい。このままだとデストロイときみが婚約間近だと囁かれることになる。この前までベルロニア公爵と噂のあったきみが、次は王太子補佐を狙っていると話になればきみが決める前に話は動くよ」
「………」
リズもそれは危惧していた。
ただでさえ、社交界は耳が早いものが多い。デストロイがリーズリー邸宅に通っていることが知れたら、リズはベルロニアとアトソンを手玉に取る悪女として噂されることだろう。
それを避けるためにもリズは、デストロイがリーズリー邸宅を訪れた時は不在にするようにしているし、兄に彼の相手をさせていた。
デストロイが会いに来くるのはリズではなく、兄のロビンだと思わせるためだ。
だけどこの手も長引けば機能しないだろう。
友人に会いにいくだけにしては、頻度が多すぎる。
「……ありがとうございます。その忠告、ありがたく受け止めさせていただきますわ」
リズがドレスの裾を掴んで礼を言うと、アスベルトが小さく笑った。
(デストロイの訪問を断る方法は限られている。彼は婚約を求めて私に会いに来ているのだから、私が誰かと婚約してしまえば話は早い)
それはリズも理解しているのだが、だが、相手は?となると途端その策は瓦解してしまう。
リズは今恋愛どころではないし、ヴェートルとの件が落ち着くまで──真実を知り、答えを出すまでは婚約などするつもりもなかった。
父公爵に相談してみるが、歯切れの悪い答えが返ってくるばかりか、ロビンに何を言われたのかデストロイをおすすめされる始末だ。
父としては、ギクシャクしているヴェートルより、息子の評価が高いデストロイを推したい気持ちなのだろう。失恋の痛みは新しい恋で癒すべきだと考えたのかもしれなかった。
(お兄様はデストロイにすっかり懐柔されてしまったようだし)
全く役立たずな兄である。
最初はあんなに毛嫌いしていたというのに。
変わらずデストロイは定期的にリーズリー邸宅を訪れた。リズは彼が訪れる日は必ず外出の予定を入れるようにしていたが、毎回そうとはいかない。
兄に悪いやつじゃないから一度ちゃんと話せ、といわれ半ば無理やりティータイムの席につかされたリズは早くも不機嫌だった。
そのリズを見てデストロイが苦笑する。
「きみがいつも逃げるから、強引な手を取らせてもらった」
ごめんね、と全く思ってなさそうな声で言う。
リズは眉を寄せたが、淑女として取り乱すような真似はせず表面上落ち着いた様子を装って、紅茶に口をつける。
「女性の扱いに慣れている方はことの運びもお上手ですのね」
痛烈な批判は口にさせてもらったが。
同席していたロビンがリズを咎めるように視線を向けてくるが、無視である。
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