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確信に触れる ⑸
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「え……?」
リズは小さな声を出した。
ヴェートルは全治一ヶ月の怪我──骨折をしている。そんな彼が無理を押してまで行わなければならない仕事とはなんだろう。
手をぎゅっと握り、くちびるを噛んだリズを見てアスベルトが目を細めた。
そして彼は、なんてことないように話した。
「ヴェートルが向かった先はリーズリー公爵領だ」
「リーズリー……。うち……?」
リズが困惑して顔を上げると、アスベルトの鋭い視線が向けられた。そのあまりにも鋭すぎる瞳にリズはなにか疑われていると感じて眉を寄せた。
リズは、じっとアスベルトを強く見つめ返した。
「どういうことなのでしょうか。ヴェートル様がリーズリーの領地に向かわれているというのは」
「……きみは、何も知らないんだな」
驚きを含んだ声だった。
目を見開いたリズが何か言うよりも先に、アスベルトが片手をあげる。
「いや、責めているわけじゃない。むしろ逆だ。きみは何かしら知っているのかと俺は思っていたから──知っているのだとしたら、その情報源を洗い出さなければならないと思っていた」
「それは、魔術師関連のことですか?」
硬い声でリズは尋ねた。
アスベルトに疑われている。考えてみれば当然だ。あの夜会の日で、リズは悪魔について彼に尋ねた。
悪魔崇拝者を摘発し、捕縛していると思われる立場の彼からしてみたらなにか探りを入れられていると感じても無理はない。
リズの言葉に、アスベルトは背もたれにもたれて答えた。
「半分くらいはそうかな。きみが何も知らないならいい。部外者には言えない話だ」
「でも、ヴェートル様はリーズリーの領地にいるのでしょう?」
骨折した彼がなぜ、無理をしてまでリーズリー領にいるのか分からない。その必要があるからだとは思うが、リーズリーに何があるというのだろう。
(魔術師は悪魔崇拝者を摘発する組織だと考えると……)
リズはひとつの仮説を組み立てた。
ごくりと息を飲み、対面に座るアスベルトを強く見つめる。
「リーズリー公爵領に悪魔崇拝者でもいるのですか」
「……」
アスベルトは僅かに目を見開いたが、何も答えなかった。それが、答えだとリズは思った。
「でも、ヴェートル様がわざわざ行く理由がありません。魔術師なら他にもいらっしゃいますよね」
「………」
「ヴェートル様が無理をしてまで行かなければならない理由がある、ということですね?領地に問題があるのか、ヴェートル様でしか対応が出来ないのか……。どちらにせよ、なにか問題が起きていることには変わりない。しかし、私たち貴族にすら何も情報が流れてこないところを見るに、悪魔関連の──」
「はいストップストップ。それ以上は言わない。というか僕も答えられないって知ってるよね?国家機密なんだって、ぺらぺら喋ったら僕が処罰を受けるの。重いんだよ、国家機密漏洩罪は。下手したら僕ですら王位継承権剥奪、とかなりかねないんだから」
「……そんなに重大な内容ということですね?」
「だから、僕の言葉から推測しないでくれる?やだな、リズレイン嬢って結構賢い方なんだね。うっかり口にしたらその日のうちに真実まで辿り着きそうで怖いよ、僕は」
アスベルトはやりきれないように足を投げ出した。これ以上彼から情報を引き出すのは無理だと判断して、リズは引き下がる。
空気を整えるようにリズが紅茶を口にすると、アスベルトがそんな彼女を見て何か言いたげな顔をした。
「……なんでしょうか」
「アトソンの息子がきみに首ったけって聞いたけど。ヴェートルから乗り換えるの?」
紅茶を吹き出すかと思った。
げほげほと噎せるリズを、アスベルトがなんとも言えなさそうな顔で見た。強いて言うなら、困ったペットの犬を見るような目だ。
「そ、そんな事実はありません」
「それはアトソンとの関係について言ってる?それともヴェートルから乗り換える、ということについて?」
「分かっていて仰ってますよね?」
「さあ。でも、僕の友人は、好きな女の子に嫌われて落ち込んでいたようだから、本当のところはどうなのかと思ってさ。兄上の件もそうだしけど……きみの心はどこにあるの?」
「好きな……女の子?」
思わぬ言葉にリズは目を見開いた。
驚いた様子の彼女に、アスベルトの方が目を丸くした。
「なんだ、気づいてなかったの?というか、あれで気づかない方がおかしいでしょ。あいつ、きみにはすごい甘くない?」
「それは……」
リズだって分かっている。
ヴェートルは優しい。対して興味もないだろう話題をリズが延々としていても彼はちゃんと聞いてくれるし、気長に付き合ってくれる。
リズがどんな無茶ぶりをしても、荒唐無稽な話をしても彼は頭ごなしには否定せず、まずは考えてくれるのだ。
それは、リズが一番理解していた。
だからこそ、彼女は疑問を抱いてしまうのだ。
なぜ、自分を殺したのか、と。
堂々巡りだった。
くちびるを噛んだ彼女にアスベルトはため息をついた。
「ちゃんと話した方がいいと思うよ。これ以上こじれる前に」
リズは小さな声を出した。
ヴェートルは全治一ヶ月の怪我──骨折をしている。そんな彼が無理を押してまで行わなければならない仕事とはなんだろう。
手をぎゅっと握り、くちびるを噛んだリズを見てアスベルトが目を細めた。
そして彼は、なんてことないように話した。
「ヴェートルが向かった先はリーズリー公爵領だ」
「リーズリー……。うち……?」
リズが困惑して顔を上げると、アスベルトの鋭い視線が向けられた。そのあまりにも鋭すぎる瞳にリズはなにか疑われていると感じて眉を寄せた。
リズは、じっとアスベルトを強く見つめ返した。
「どういうことなのでしょうか。ヴェートル様がリーズリーの領地に向かわれているというのは」
「……きみは、何も知らないんだな」
驚きを含んだ声だった。
目を見開いたリズが何か言うよりも先に、アスベルトが片手をあげる。
「いや、責めているわけじゃない。むしろ逆だ。きみは何かしら知っているのかと俺は思っていたから──知っているのだとしたら、その情報源を洗い出さなければならないと思っていた」
「それは、魔術師関連のことですか?」
硬い声でリズは尋ねた。
アスベルトに疑われている。考えてみれば当然だ。あの夜会の日で、リズは悪魔について彼に尋ねた。
悪魔崇拝者を摘発し、捕縛していると思われる立場の彼からしてみたらなにか探りを入れられていると感じても無理はない。
リズの言葉に、アスベルトは背もたれにもたれて答えた。
「半分くらいはそうかな。きみが何も知らないならいい。部外者には言えない話だ」
「でも、ヴェートル様はリーズリーの領地にいるのでしょう?」
骨折した彼がなぜ、無理をしてまでリーズリー領にいるのか分からない。その必要があるからだとは思うが、リーズリーに何があるというのだろう。
(魔術師は悪魔崇拝者を摘発する組織だと考えると……)
リズはひとつの仮説を組み立てた。
ごくりと息を飲み、対面に座るアスベルトを強く見つめる。
「リーズリー公爵領に悪魔崇拝者でもいるのですか」
「……」
アスベルトは僅かに目を見開いたが、何も答えなかった。それが、答えだとリズは思った。
「でも、ヴェートル様がわざわざ行く理由がありません。魔術師なら他にもいらっしゃいますよね」
「………」
「ヴェートル様が無理をしてまで行かなければならない理由がある、ということですね?領地に問題があるのか、ヴェートル様でしか対応が出来ないのか……。どちらにせよ、なにか問題が起きていることには変わりない。しかし、私たち貴族にすら何も情報が流れてこないところを見るに、悪魔関連の──」
「はいストップストップ。それ以上は言わない。というか僕も答えられないって知ってるよね?国家機密なんだって、ぺらぺら喋ったら僕が処罰を受けるの。重いんだよ、国家機密漏洩罪は。下手したら僕ですら王位継承権剥奪、とかなりかねないんだから」
「……そんなに重大な内容ということですね?」
「だから、僕の言葉から推測しないでくれる?やだな、リズレイン嬢って結構賢い方なんだね。うっかり口にしたらその日のうちに真実まで辿り着きそうで怖いよ、僕は」
アスベルトはやりきれないように足を投げ出した。これ以上彼から情報を引き出すのは無理だと判断して、リズは引き下がる。
空気を整えるようにリズが紅茶を口にすると、アスベルトがそんな彼女を見て何か言いたげな顔をした。
「……なんでしょうか」
「アトソンの息子がきみに首ったけって聞いたけど。ヴェートルから乗り換えるの?」
紅茶を吹き出すかと思った。
げほげほと噎せるリズを、アスベルトがなんとも言えなさそうな顔で見た。強いて言うなら、困ったペットの犬を見るような目だ。
「そ、そんな事実はありません」
「それはアトソンとの関係について言ってる?それともヴェートルから乗り換える、ということについて?」
「分かっていて仰ってますよね?」
「さあ。でも、僕の友人は、好きな女の子に嫌われて落ち込んでいたようだから、本当のところはどうなのかと思ってさ。兄上の件もそうだしけど……きみの心はどこにあるの?」
「好きな……女の子?」
思わぬ言葉にリズは目を見開いた。
驚いた様子の彼女に、アスベルトの方が目を丸くした。
「なんだ、気づいてなかったの?というか、あれで気づかない方がおかしいでしょ。あいつ、きみにはすごい甘くない?」
「それは……」
リズだって分かっている。
ヴェートルは優しい。対して興味もないだろう話題をリズが延々としていても彼はちゃんと聞いてくれるし、気長に付き合ってくれる。
リズがどんな無茶ぶりをしても、荒唐無稽な話をしても彼は頭ごなしには否定せず、まずは考えてくれるのだ。
それは、リズが一番理解していた。
だからこそ、彼女は疑問を抱いてしまうのだ。
なぜ、自分を殺したのか、と。
堂々巡りだった。
くちびるを噛んだ彼女にアスベルトはため息をついた。
「ちゃんと話した方がいいと思うよ。これ以上こじれる前に」
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