〈完結〉あなたのために死ぬ

ごろごろみかん。

文字の大きさ
上 下
40 / 75

確信に触れる ⑷

しおりを挟む
「リズ」

「……?」

不思議に思って振り返る。
そうすると、彼は僅かに柔らかな笑みを浮かべていた。

「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってください」

「……ええ」

頷いて、リズは彼の部屋を後にした。
扉の近くで待機していたアンがリズの後ろを歩いてくる。
何か言いたげなアンを無視して、そのままリズは執事に挨拶するとベロルニア公爵邸宅を出た。





なにか、事情があるのでは。
リズはだんだんとそう考えるようになっていた。やはり、信じられない。あの優しいヴェートルがリズを嵌めて、悪魔の儀式の生贄に捧げるなど。

どうしても、信じられない。
いや、信じたくない……のかもしれない。

(彼なら……ヴェートル様なら、私の話をちゃんと聞いて、信じてくれるかもしれない)

リズが過去に戻っていること。
そして、自分が悪魔の儀式の生贄にされることを知っているということ。
それを伝えた上で、死にたくないといえば彼ならきっと──。

(……ヴェートル様は、彼ならきっと……目的のために死んでくれ、なんて……そんなことは、言わない、はず)

ヴェートルが悪魔崇拝者で、悪魔復活のために儀式を行うのだとしても……リズが嫌だといえば頭ごなしに否定することなく話を聞いてくれるはず、だ。
ヴェートルはリズを裏切り、彼女を殺したがリズは彼を信じている。

(信じたい、と思ってしまう)

もし、これでヴェートルに再度裏切られ死んだのだとしても、それはリズの選んだ道だ。
リズが愚かだった、そういう話だ。

(次会う時、彼に聞いてみよう。それで、言うのよ)

私はまだ死にたくない、って。

ぎゅっと胸元のネックレスを握りしめた。
色の変わった石。それが何を意味するのか分からない。

リズがリーズリーの邸宅に戻ると、なにやら忙しそうだった。不思議に思ったリズが近くを通ったオーレリーを捕まえて聞いてみると、まだデストロイは帰っていないようだった。
ロビンが相手をしているようだが、話が弾んでなかなか帰らないらしい。
それどころか酒盛りを始めたとのことで、長く飲んでいるらしい。

(まだ夜には早い時間なのに、お兄様は何を考えているのかしら)

だいたい、デストロイのことは嫌いなのではなかったか。リズはそう思ったが、デストロイに顔を見せるのは億劫だったのでそちらに向かうことなく、早々に自室に戻った。
入浴を済ませてアンの手を借りてデイドレスに着替える。
ベッドに入るにはまだ早い時間帯だったが、リズはでデイドレスのままベッドに潜り込んだ。

(次、ヴェートル様に会うのはいつになるのかしら……。一ヶ月は安静に、とのことだったわよね。お見舞いと称して会いに行こうかしら)

彼に話す内容のことを考えると緊張のあまり胸が痛くなる。目を閉じれば鮮明に思い出す。

あの日、あの時。
切り伏せられた床で見た先で。
黒のローブの下、フードが外れた時に彼の後ろ姿を見た。
アリスブルーの髪自体がとても珍しく、その髪を持つ人間は滅多に存在しない。その特徴的な髪を顎下で切りそろえている人を、リズは一人しか知らない。

そのままリズは枕に顔を擦り付けて、うとうとと微睡んでしまったようだ。夕食の時間になり起こされるまで、リズは眠りに落ちてしまった。





リズがヴェートルの見舞いに行ってから数日が経過した。次、ベルロニア公爵邸宅に向かうのはいつにしようかリズが考えていた時だ。
彼女に急な来客があった。

(まさか、デストロイじゃないわよね)

リズは警戒していたのだが、しかし来客は思わぬ人だった。
貴賓室に向かうと、その人はまるで慣れ親しんだ家のようにソファで寛いでいた。足を組み、メイドが入れた紅茶に口をつけている。
悠々自適な様子は相変わらずで、彼はリズが貴賓室に入ってくるのを見て片手を上げた。

「アスベルト殿下……!?」

「久しぶりだな、リズレイン嬢。今日は伝書鳩の役割を果たしに来た」

(伝書鳩!?)

アスベルトのような高貴な人間を使い走りにするなど、一体誰なのだろう。リズは不思議に思いながらアスベルトの対面に腰掛ける。
すぐにリズの紅茶が運ばれてきた。
アスベルトは、用意された菓子の中から一枚のクッキーを指でつまみ、口に放った。王子様にしてはずいぶん乱暴な所作だが、それがアスベルトらしくもある。
彼はクッキーをさくはくと咀嚼すると満足そうに頷いた。

「うん、リーズリーの菓子は美味いな」

「……ありがとうございます。本日はどのようなご用件で?」

「ああ、そうそう。それだったな。……俺が今日きみを訪ねたのは、ヴェートルに頼まれたからだ」

「ヴェートル様に……?」

リズは眉を寄せた。
アスベルトは足を組み替えると、大仰に頷いた。

「しばらく不在にするから、きみを見ていてくれ、とのことだ」

「不在?でもヴェートル様は怪我をされて療養中と聞きました」

「そう、療養中。そのはずなんだけど、今魔術師団で動けるのはヴェートルしかいない。事は一刻を争う自体ということで急遽、彼は王都を離れている」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...