37 / 75
確信に触れる
しおりを挟むそれからもデストロイは定期的にリズに手紙を送った。
(正直返事も出したくないくらい苦手なひとだけど……アトソン伯爵家はむげにできないとお父様も言ってたし)
仕方なくリズも手紙を返すが、その気のない、素っ気ない内容がほとんどだ。
デストロイはあれ以来も何かと彼女をティータイムや遠乗り、舞台に誘ったりした。四回のうち三回は断るようにしていたが、断りすぎるのも失礼かと思い礼儀程度にリズは彼の誘いに乗っていたが、回数を重ねるごとにデストロイは遠慮がなくなってきた。
今ではリズのきつい性格を『正直なひと』と称するし、『嘘が付けない素直な人ですね』とも言った。
妙にぐいぐいくる男にリズは困惑しっぱなしだ。
(私は彼と結婚するつもりはないのだけど、どうしたら諦めてくれるのかしら……)
リズがそう思っていた時、部屋の扉がノックされた。不思議に思ってリズがそちらを向いた時、彼女の言葉を待つことなく、兄の声が聞こえてきた。
「リズ、いるか?いるな?落ち着いてよく聞け。ベルロニア公爵が襲われて、怪我を負った」
「──」
リズは驚きに息を飲んだ。
気がつけば、扉を開けていた。
「どういうこと?ヴェートル様は怪我をされたの?」
開けた先には、難しい顔をしたロビンがいた。
「仕事中、何者かに襲われたらしい。しばらくは安静が必要だと、アスベルト殿下より連絡があった」
「アスベルト殿下……」
ヴェートルから便りがあった訳では無いのだ。
(ヴェートル様が……怪我?でも、そんなこと)
リズが知る限り、彼が襲われて怪我を負ったなどという記憶はない。
(少しずつ……少しずつ、変わってきている)
未来が変わっている。
デストロイがリズの婚約者に名乗り出した時から──いや、リズがヴェートルの婚約者にならなかった時から、少しずつリズが知る未来ではなくなってきているのだ。
思わず、ぐっと手を握った。
眉を寄せて黙り込むリズを見て、ロビンが言った。
「公には伏せているとのことだが、全治一ヶ月らしい」
「全治一ヶ月……」
どれくらい酷い怪我なのだろうか。
一体、どうしてヴェートルが襲われたのだろうか。いてもたってもいられなくなったリズに、ロビンがため息をつく。
「ベロルニア公爵と懇意にしているリーズリーとしても、見舞いを贈るつもりだ。……リズ、お前が行くか?」
「え……」
「父上から見舞いの使者は俺に、と任されていたが……お前が行きたいなら、お前に任せてもいい」
「………」
ロビンは確かめるような目でリズを見ていた。
リズは静かに混乱した。視線が定まらず、あちこちに忙しなく動いた。手を握ったり閉じたり繰り返し、落ち着かない。
(ヴェートル様のお見舞い。でも、私が行ってもいいの?さんざん、彼を拒絶して避けて……逃げてきたのに)
リズは躊躇したし、動揺した。
だけど躊躇いはすぐに消えた。
会えない理由ばかり考えるのではなく、今、リズはヴェートルに会いたいと思ったからだ。
会いたいという気持ちが強い以上、行動しない理由にはならない。
「お兄様、私が行くわ」
「分かった。明日窺うと先触れを出しているから……ああ、お前、明日はあれか。アトソンの野郎と予定あったんだっけか?」
そうだった。
明日はデストロイが公爵家にくる日だった。
もっとも、リズは快諾してないし押し切られる形となってしまったのだが。リズは形のいい眉を少し寄せた後、すぐに答えを出した。
「お兄様がもてなしてさしあげて。もともと、彼はリーズリーの邸宅に来るとしか手紙に書いてなかったわ。私がいなくてもいいはずよ」
「いや、お前に会いに来るんだろ絶対……」
「中庭を見たいと仰るからご自由にと返しただけで、そもそも、私は案内するつもりなかったもの。明日は教会に行くつもりだったし」
「教会?」
リズは頷いて答えた。
デストロイを避けるための口実でもあったが、彼女は悪魔の儀式について情報を求めていた。
王立図書館ではなにも手がかりを掴めなかったので、女神教の教えが細かく記された書物がたくさん置かれている教会に足を運ぶ予定だったのだ。
「だから、予定を変えるわ。教会ではなくベロルニア公爵家に行きます」
「……。あの男もよく分かんないよな。我が妹ながら、リズのどこがいいのか全く分からない。見た目は綺麗かもしれないが、社交界には見た目も中身も綺麗な女は──少なくともリズより性格のいい女はほかに沢山いる」
「お兄様?」
リズが強く睨みつけると、ロビンは両手を上げた。降参、という意味だろう。
「わかったよ、アトソン伯爵の──えーと、デストロイとか言ったっけ?俺、あいつ好きじゃないんだよな。鼻につくというか……」
ロビンのそれは、女にモテるデストロイへの僻みのように感じたがリズは黙っていた。
88
お気に入りに追加
585
あなたにおすすめの小説
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」
まほりろ
恋愛
【完結しました】
アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。
だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。
気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。
「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」
アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。
敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。
アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。
前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。
☆
※ざまぁ有り(死ネタ有り)
※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。
※ヒロインのパパは味方です。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。
※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。
2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!
逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜
みおな
恋愛
私は10歳から15歳までを繰り返している。
1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。
2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。
5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。
それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる